無邪気
星明りの下の夜と同じように、ぼんやりと照らされる暗がり。
けれどもどこか無機質に思えるのは、青みが無粋に強過ぎるせいか、それとも空間の狭さのせいか。
そこは、通路のような場所だった。
ゴツゴツした岩肌に、青色に光るラインが引かれ、それが視界を確保している。
その途中、少し広くなったところ。
壁からテーブル代わりとなる台が彫り出され、その上に食べカスや工具などが散乱している、休憩所らしき広間。
今、その端の方に、小柄な人影がたむろして、闇色の塊を作っていた。
餅めいて柔らかそうな輪郭をした体には、濃淡様々な黄色のラインが奔り、その頼りない照明が、琥珀の如き褐色の瞳を、何対も暗中に光らせる。
その視線の無数照射を、穴だらけになるほど受けているのは、壁に取り付けられた金具に鎖で繋がれた、一匹の珍種。
光る線を束ねる体に見下ろされ、蛍光灯のように黄ばんだ明かりの中に居ることで、そいつが感じている痛みが、ますます生々しいものとなる。
その、地に付いていた右手の甲を、一本の細い金属棒が貫いた。
頭に一対の突起を持つ小鬼の一人が、さっきまで食事に使っていた串で、オモチャを弄り始めたのだ。
掌の内が凍り付いたと感じた後、今度はそこから火が噴き出たと思えるような、激しい体感。それ以外にそいつが得られたものは、耳を劈くヒステリックな叫び。
遅れて、喉に鑢を掛けられる痛みがやって来て、喚いているのが自分だと気付く。
「イタがってるよ……!」
「マジだ……こんなので……」
「すっげー……!ぜんぜんコワくねえや……!」
「ね、ね、つぎボクにやらせてよ……!」
「あ、おい、ぬかすなよー……!」
喉に籠った笑い声と、その空気が漏れたような言葉。それらが風の強い夜の森めいて周囲を騒がせ、彼らの血の気と体温の昂りを増長させる。
そう、彼らは興奮していた。
しばらくぶりに貰えたプレゼントが、自分達の好きにしていい動物。幼い彼らが熱中するのは、自然な成り行きだった。
「ほんとに、なぁんにもできないんだぁ……?」
彼らの最前列には、やっと回ってきた自分達の順番を、仲良く共有する双子の姉妹。
「クヒヒッ、やめてほしい?やめてほしいのぉ?じゃあ言わなきゃさあ。ちゃんと口に出さなきゃだよねぇ?」
串をぐりぐりと乱暴に回し、傷口を乱暴に押し広げる姉。
「うわ……、ブリュネ……こいつ、泣いてる……」
冷たい目と口調で、ただ観察するだけの妹。
「ほんとだ!ほんとだほんとだー!クヒヒヒッ!アタシたちにスキホーダイされて、テーコーできないどころか、ないちゃうんだぁーッ!」
「ふるえてる……びくびくーって……ばかみたい……」
体が反射的に防御反応を見せ、本気で逃れようと藻掻いている。
その様を仔細に捉えながら、妹は姉にヒソヒソと、その生き物の哀れさを暴いていく。
「たぶん、ほんとにこれが、精一杯……。これが、本気……」
「やだやだやだーって、そーやってビクビクプルプルするしか、できないんだぁー?くるしいよー、たすけてーたすけてーおねがいー、って、そうゆってるの?ねえねえ?どうなの?」
「オモチャ」がグシャグシャの顔を、何度も上下に振って見せる。
姉がそれを、素足で踏みつけにしてしまう。
「おい、なにきたないカオみせてんだよ。アタマあげるなよ。そこでメソメソ、ゴメンナサイしてろよ」
体重を掛け、硬い岩盤に押しつけて、雑巾みたいに前後させ、顔面に泥土を塗りつける。
そこまでされて、けれどその生物は、じっと耐えることすらできず、なすがままにされている。
何も感じていないのではない。
そいつの身体が命の危機を訴えて、全力を解放して嫌がって、涙を流しながら抗って、
それなのにここまで、良いように遊べてしまうのだ。
「弱過ぎ……キモチワルイ……」
「よわいクセにさからおうとすんなよ。ラクになろうとすんなよ。シアワセになろうとすんなよ。よわいんだから、ずっとなきわめいてろよ……!」
自分達より明確に下の存在。
どれだけ頑張っても自分達を害せず、言い分を押し付け放題な、安心感と全能感をくれる遊具。
それはまるで麻薬のように、彼らの脳をピリピリと喜ばせた。
「つぎは左手いっちゃおーっと!」
「ブリュネ……、爪はがそう、爪……」
「クヒヒッ、おもしろそー!せっかくだし、耳とかモいでみるぅー?」
これからしばらく後、その巣は壊滅した。
彼らの生き残りは、「遊び」の光景を何度も思い返すことになる。
後悔と共に、何度も夢に見るのだ。
「あんなこと、しなければよかった」、
「あれさえなければ、許されたかもしれないのに」、と。




