表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
44/99

エルフの長耳について

「耳、ですか……?」

「ええ、あの男からは、なんと聞いていますか?」


 山の中の道なき道を歩いている途中、エレノア様が僕に、エルフの耳についてどこまで知っているか、そんなことを訊ねてきた。

 旅路の退屈しのぎにもなるから、と。


「ちょっと、待ってくださいね、えー……ライセルさんの資料には、エルフは耳が良いって……、たしか、そういう書き方、だったと思うんですけど、書いてあって……」


 気になってはいたんだけれど、身体的特徴についての話なので、聞くのがはばかられてたところがある。


「例えば、こういう森、みたいなところで、木々の向こうで、見えづらい生物を、早めに発見できたり、とか?」


 と言っている傍から、前を行くペイルさんが右手をヒュンと伸長させ、草むらに擬態する何かの虫だか獣だかを突き殺した。……あの大きさ、獣だよね?虫じゃないよね?


「あの粗忽者そこつものめが……」


「あっ、すいませんっ、なんか、間違って……」


「ああ、違いますユイト。お前には何ら気兼ねするところはない。これはライセル・ブラウンの、言葉の使い方についての問題です」


 ってことは……あんまり正確な表現じゃ、なかったってことだろうか?


「『耳が良い』という言葉は、エルフの社会での文脈では、複合的な能力について語るもの……、なのですが、他の種族からしてみれば、単に『聴力』を表現すると考えてしまうのは、至極当然のこと」


 「己にとって当たり前のこと過ぎて、知らず知らずのうちに言及を省略したのでしょう」、と、「仕方ないなあ」みたいな溜息を、鼻で細くくエレノア様。


 言葉は批判的だけど、我が子のケアレスミスにガックシきてしまう母親みたいな、良い意味での雑さを持った口調だった。


「エルフの、耳って……、じゃあ、音を聞く、だけじゃない、んですか……?」


「ええ、そういうことです。『動態どうたい検知』、という言葉が最も近いでしょうか」


 彼女はそこで、自分の耳を指す。


「我々の耳が持つのは、従来の『振動を感じる』能力の、更に深い形態。『マナが運動する際に発するエネルギーを受け取る』能力……、より平易に言い換えましょうか、『マナの運動を感じ取る』能力です」


「え……、え……?」

 

 マナは万物万象の根源で、その動きを感知するってことは——


「それ、動いてるものなら、たいていなんでも、見つけられる、ってことに……」


「ええ。検知範囲や細かさは、個人の資質、素養、コンディション等で、かなりの幅がありますが」


「え、な、ならですけど、人によっては、例えば、えー……、5m先のやぶの中で、虫が歩いてる、とか……」


「体調が優れており、動きが少ない場所であれば、珍しくもない能力」


 わぁお……、漫画に出てくる達人キャラか何か……?


「その程度で驚いて良いのですか?私であれば、密室で火花がはじけたとして、それが焚火たきびなのか、静雷せいらいなのか、金属同士の摩擦なのか、それを外から、10m先からでも感じ分けますよ?マナの動き方が違いますから」


「ぇぇええええ……?」


 地球で言うなら、電線の中に電気が流れてるかどうか分かる、みたいなことが出来るレベル?

 人間の耳にも、神経が通りまくってて敏感だから、引っ張られると痛い、みたいな話があるけど、もはや次元が違う。


「す、すっごー……!?なんか……すごぉ……!?」


 溶けていく語彙力そのままに驚いていたら、僕が見ている前で、その耳がピクピクと上下した。え!エルフって耳を自由に動かせるの!?と彼女の顔を見たら、「驚きました?」という声が聞こえてきそうなほど、鼻高々(はなたかだか)ってご様子だった。


 いやでもこれに関しては「すごい」とかより「カワイイ」が勝っちゃいます!失礼な感想なのは分かってるけど、めちゃくちゃかわいいですよそれ!?


「と、ここまでが理論的な話で」


「あうっ、は、はい?」


「ネタバラシをすれば、エルフはその能力を、常に十全に発揮しているわけではありません。お前の肉体に掛かっている制限装置と同じで、魂の処理リソースを超えないよう、平時は抑制されている」


「あ、ああ……」


 流石にいっつもアンテナ全開にしてたら、色々とバグるらしい。そりゃそうである。


 僕達人間の脳だって、情報の取捨選択をして、見る必要のないもの、見たらヤバそうなものを、意識に上げる前にり分けている。エルフの情報処理能力が僕達よりずっと上だったとしても、全てを受け取り切るまでは出来ないのだろう。

 

 情報が捨てられない状態って言うのは、例えばアニメとかで主要人物どころか、背景の端にある草や壁までが、1コマごとに動いてるようなもの。全部の存在が、「こっち見て!」って言ってくるのだ。


 目が疲れることは間違いないし、そこに細かい音まで全て収録されてると考えると、ストーリーの本筋が入ってこないこと請け合い。2次元上でも、人類のキャパを超えている。


 現実はそれに加えて、鼻が空気の臭いを、肌が服の感触を、舌が唾液の味を絶えず送り続けて、それらを「なんとなくいつも通り」でスルーできず、いちいち意識しなきゃいけなくなって……うん、頭が爆発するね。


「細かく見え過ぎて、逆に自らの現在位置や方向感覚を喪失する、精神に異常をきたし、情報制限状態に戻れなくなる、魂の活動が完全に停止する……等々、幾つもの副作用が記録されています」


「……それ、最悪死ぬ、ってことですか……?」


「その通り。エルフに限らず、潜在能力100%という状態は、極めて危険なもの。私のユニークに、相手自身の能力にリミッターを掛けさせないことで、自滅させるという側面があることからも、それは分かろうというもの」


「あ、た、たしかに、そっか……」


 エレノア様の力が恐れられているのは、自分に自信がある人ほど、その能力で酷い目にあうから、っていうのも理由の一つなのか。「俺は強いから無敵だぜ」、が通用しないどころか、完全な裏目なんだ。


「分かりますか?ユイト」

「えっ、と、すいません、あの、どのことに、関して……?」

すなわち、己のブレーキを外すことを、尋常な手段の一つと捉えている、お前の軽率さについてです」

「うぁ………」


 そ、そういうことかぁ……。


「今はまだ、影響が肉体で留まっています。けれど、魂がそれに特化する形へと変質すれば、精神や処理能力にも、影響が出るやもしれません」


「い、一応、エレノア様の能力、受けても、生きてた、わけですし……」


「しかしながら、意識は失った。それも、2回ともです。魂に何の負荷もないと、言い切れるものではない」


「そう、です、ね、はい………」


 この会話が、エレノア様の心遣いだと、ようやく気付く。

 彼女は僕の身を案じてくれて、その注意をする為に、耳の話題を切り出したのだ。


「心しなさいユイト」


 エレノア様の、上品な手袋に包まれた指の中節部ちゅうせつぶが、僕の頬をするするとさする。


「我が所有物となったからには、そう易々(やすやす)と壊れることは、許しませんよ?」


 日が昇る草原みたいな神秘的な目には、“慈愛”という言葉がよく似合っていた。


「は、はい……、気をつけ、ます……!」

 

 彼女にとっては、道具のメンテナンス感覚なんだろうけど、でもそうやって気を回してくれること自体に、安心に似た嬉しさを覚えた。


 いけない……。それを喜んでいたら、ちゃんと成長できない。

 こうやって目をつけてて欲しいから、わざと問題行動を繰り返す、幼稚園児めいた退行を起こしてしまう。


 よくないぞ、玄桐唯仁。ちゃんと改善しろ。

 命じられた通り、いざって時、必要な時以外は、なるべくやらないようにするんだ。

 エレノア様が僕を見てなくても良いくらいに、頼れる従者になれ。


「以上、私は言いたいことを言いました。この件に関してお前から、言及しておきたいことは?」

「いえっ、いいえ……、エレノア様の仰る通りで……」


 あ、でも……いや、これは、あんま関係ないかな………

 なんて迷いも、彼女には簡単に見破られてしまう。


「何か訊きたそうな顔をしていますね」


「えー……と……話が、けっこう、変わっちゃう、って言うか……」


「構いません。どうやら私は、お前がこの世界に興味を持ち、より深く知っていく、その過程を眺めることが、そこまで嫌いではない」


 寛大なお言葉ぁ……。

 本当ならわずらわしいだろう僕の未熟さを、最大限好意的に受け止めてくれている。


「その……、えっと、やろうと思えば、マナの動き方の、種類?あー、的なものを、細かく区別できる、んですよね?」


「ええ」


「ほんと、ちょっと気になっただけで、分かったらいいな、くらいなんですけど、ゴルゴンのマナって、あれ、どういうその……、あれです、雷系なのか、炎系なのか、光系なのか、それとも別なのか……」


「ゴルゴンですか。ふむ……」


 顎の下に指を添え、やや上を見るエレノア様。


「あれは、光というエネルギーそのものですね。情報を光に変えて、下界の生命に注入しているのでしょう」


「情報……それかな……?」


「気になる事でも?」


「気のせい、かもしれないん、ですけど……」


 ゴルゴンのマナの爆発に巻き込まれた時、妙に場違いな感覚があった。

 あれは——


「優しい……?」


「はい?」


「あー、いえ、それは、感傷的過ぎる言い方で……、うー……温かさ、なんでしょうか?」


 肌も骨も焼かれている筈なのに、あまりにも苦痛とは無縁な柔らかさ。体がほとんど失われて、外からの刺激を受け付けなくなって、そうやって出来た空白を、脳が記憶を使って勝手に埋めたのかな?幻肢痛げんしつうみたいに?


「あの時に、感じたものの、正体?って言うんですかね?それが、よく分かんなくて……」

「ゴルゴンが、『優しい』、ですか……」

 

 あんまりカッチリと納得できない表現だと、僕も思う。あの激ヤバ人体強制改造上位存在に対して、「優しい」なんて普通は思うわけがなくって——


「ふぅん、そうですか……」


 ………なんだろう。エレノア様の反応が、急にどこか素っ気なくなった気がした。こっちに向けられた瞳がせばめられ、下半分だけ露出しているので、緑色に染まってしまっている。


「あ、の…?エレノア様……?」

「私の道具であるより、月の傀儡くぐつであった方が、心安らかでいられましたか?」

「……あぇっ?」


 ちょっ、これっ、思わぬ誤解が生じてない!?


「私のマナは、『優しく』ありませんからね?」


 不興げに口を尖らせ、頬に掛かった銀白の髪の先を、指で巻くようにいじる彼女。

 

「ちっ、ちがいますっ!そういう意味でっ、言ったつもりはなくって……!」


「ふぅ~~~ん……?どうだか」


「いやっ、待ってくださいっ、僕的にはそんなの『もしも』ですらありえなくって、あの光の中でもその、エレノア様から離れようとか、そういう発想自体ぜんぜん出て来なくって、って言うかその前からそれはずっとそうでっ、あの時エレノア様に言われて初めて、いつまでも一緒じゃないんだって気付いたくらいで、付いてきて良いって言われたのもスゴく嬉しかったですし、これからだって、それ以外の生き方は考えられないって言うか——」


 等と、慌てて力説していた僕は、背丈と比べて小ぶりな彼女の肩が、小刻みに振動していることに気が付いた。よくよく聞くと、口元を隠す手の甲の向こう側から、「たまらず」といった様子で、震える吐息が漏れている。


「……え、エレノア様?あの、すいません、も、もしかして、なんですけど……」


「ふっ、くくくっ、どうし、ました……?」


「……僕、からかわれて、ます……?」


「はて?まあどちらにせよ、お前の想いはしっかり聞かせてもらいましたが」


 熱くなった僕の顔面は、「今の言葉、しばらく忘れてやりませんから、そのつもりで」、とか言われて、余計にで上がってしまった。

 人が悪いですよお……!


「ユイト」


 両手で顔を覆っていたら、肩に手を乗せたエレノア様が、そっと上体を傾けて、


「お前がつかえてくれたこと、私も嬉しく思っていますよ?」


 耳元に寄せた唇でそう言った。


 


 ファンサービスの過剰供給によって、真夏の都心部に匹敵する熱暴走を起こした僕の頭は、いつの間にか後ろ歩きめいた体勢になっていたペイルさんが、こっちを鬼のような形相ぎょうそうで睨んでいることに気付くまで、しばらく冷めてくれなかった。

 

 はい、すいませんペイルさん。完全に気ぃ抜いてました。エレノア様の盾として気合い入れ直します。だからその顔で見るのそろそろやめて頂けると助かります。怖いので。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ