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【第一章完結】最弱不撓の冒涜者~不死身になってしまったコミュ障転移少年、拾ってくれた腹黒没落エルフ令嬢に尽くしていたら、いつの間にか過保護に包囲される~  作者: D.S.L
第一章:不死身以外に取り柄が無いヤツ

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31.“悪”の開花

「……何やってんですかぁ……?」

「「!!」」


 ユイトの背後から、偵察任務を終えたペイルに訊かれ、二人はビクりと飛び上がった。

 エレノアに至っては、はじかれたようにユイト手を振りほどき、背を向けてしまう。


「ぺっ、ぺっぺっぺっ、ペイルさん……っ」

「人の名前をバッチい食べ物吐き出すみたいに呼ばないでくださぁい」

「あっ、すいませ……!」


 二人の間に流れる微妙な空気感を嗅ぎ取ったペイルは、


「キミ、なんかまたやらかしましたあ?」


 半目でいぶかりながら、取り敢えずまずはユイトを疑った。


「やらか……っ、し、た、と、言います、か……、あの……」

「は?今度は何したんですか?キミほんといい加減に——」


「ペイル」


 体表を烈火の如く揺らめかせかけた彼女は、エレノアからの呼びかけに肩を叩かれ、渋々彼への説教を後回あとまわす。


「その者、ユイトは晴れて、お前の正式な同僚です」

「え……はあっ!?」


 そして続けざまに放たれた宣言を聞いて、今度は形を大いに失うほどの動揺を見せた。

 

「こいつ連れてくんですかぁ!?」


「そう言いました。私に同じ事を二度も言わせないように」


「キミ、エレノア様にしつこく纏わりついて何のつもり?困らせないでくださいよ!エレノア様がいつになく慈悲深いのを良いことに、ストーキングですかぁ?女の子の後ろチョコチョコするのが『アプローチ』だって思っちゃうタイプぅ?」


「う、あ、あの……」


「おや、ペイルは不満ですか?」


 横顔だけで振り返り、暗い緑色の半円をし撃つエレノアに、ペイルは責問せきもんの手を鈍らせる。


「これは、私が提案し、その者の合意を得た上で、決まったこと」


「え゛、エレノア様から……?」


「それに異を唱えるのであれば、相応の理路を持っていると、そう捉えてよろしいのでしょうね?」


「そ、のぉ………」


 論拠を求められた彼女は、弱さだとか優柔不断さだとか得体の知れなさだとか、片っ端から口に出そうとする。だが、それほど分かり切ったことを今更(あげつら)うのは、「エレノアはそんなことも分からないほど愚かなのか」、と疑っているのも同然。


 彼女はしばらくムムムと口を揉みうねらせ、「気をつけ」の姿勢で棒になっているユイトと、エレノアの堂々たる後ろ姿とを交互に見遣り、


「なんでも、ないです……!」


 折れた。

 これまで散々言いつのったこと、エレノアが把握しているであろうこと以外で、彼に難点を見つけられなかった。


 なかんずく、ペイルが最も軽蔑していた点、「愚かさ」に関しては、反証らしき事実まで出ている。世間知らずではあれど、常人離れした発想力に関しては、認めざるを得ないところがあった。


「仲良くするように」


 エレノアのその口調は、決心を固めてしまった時のものだと、ペイルは知っていた。少なくとも、勘や感情論だけでは覆せない、確固としたものである、と。


 彼女は項垂うなだれて、それからキッ、とユイトを睨み、


「エレノア様に妙なことしてみなさい……?『こんな死に方は嫌だランキング』を上から順に味わわせ、肉体は殺せずとも心の器をぶち壊してやりますから……!」


 取り急ぎ、絶対に外せない釘だけは刺しておく。


「な、なんですそのランキング……?」

「ぁあ!?文句ありますぅ!?」

「はっ、はいっ!あっ、いえっ!そのっ、よっ、よろしくお願いします……っ!えっと、ペイル先輩……っ!」

「『先輩』とか言わないでくださいっ!サブイボが立ちますっ!スライムですけどっ!」


 最低限の筋が通り、彼ら3名による旅が、本決まりとなった。

 従者同士はまだ打ち解けていないようだが……、それも時間が解決してくれることだろう。恐らくは。


 そこまでのやり取りを、全て背中越しで済ませたエレノア。


 彼女はさっきから、眼下の傷痕グラウンド・ゼロを望んでいる、というわけでは、実はない。

 顔はそちらに向いているが、心はその景色を捉えておらず、もっと内側で反響を起こしている。

 

 その左手は右手を掴み、甲を何度も指先で撫でていた。

 そこに触れた熱の記憶を、繰り返し喚起かんきしては名残惜しんでいた。


 その心情を一言にするなら、「危ないところだった」、となるだろう。


 ユイトという少年をれる、脱出不能の鳥籠。

 それを構築する為に、彼自身によって選択させた。


 お願いして、依頼して、彼の海よりも深い優しさによって、ではいけない。

 彼女に自由を奪われることを、彼の意志で選ばせる。


 一度そうと決めたことを、曲げることが大の苦手、それが彼なのだ。

 そして、その決断が非合理であるほど、その誓いは強固になる。


 何故なら彼は、論理を重んじる者だから。


 理性で行動しようとする彼が、ロジックに反する道を行く。それは、大事そうに抱える拠り所よりも、更に優先すべき深い部分に、何かが刺さり込んだ、ということ。


 だから、エレノアは演出した。

 エリーフォン行きで想定可能な、不穏な要素を一切排して語り、ひるがえって同行する未来については、懸念ばかりを並べ立てた。


 実際にやっていることを抜き出すと、エリーフォンに向かうようユイトに説得しているも同然であり、裏目に出る可能性だってあった。と言うより、裏目に出る可能性の方が高かった。


 それでも、彼女は持ちがねの全てを、彼が合理に反することに賭けた。


 それは、エレノアの本心からの願いを、ユイトが無碍むげにするわけがない、という狂信と、今ならまだ“甘声濫色クルエ・キケリ・ミケリ・カ”の後遺症が、彼の中に残っているかもしれない、という打算とがぜになった、祈りに似た行動だった。


 ユイトは彼女を置いていかない。

 付いてきてくれる。

 彼女はそれを信じていた。

 

 けれど、世の“信奉者”の多くがそうであるように、結果が出るまでの間、不安は決してぬぐいきれなかった。


 心にもない言葉をそれらしく言うことは、彼女の得意とするところだったが、それでも完遂は困難を極めた。引き裂かれるような辛さがあった。


 もう少しで形相ぎょうそうを醜くじれさせ、「いかないで」と縋りつくところだった。


 反動で、ユイトが自分の望み通りにしてくれた時、心が跳ねるあまりにトチ狂った。

 自分の眼前に、ちょこんと従順にひざまずく彼を見て、ほとんど我を失った。


 価値ある人間を従わせている、

 それほど素晴らしきひとが、自分の為だけに尽くしてくれている、

 その優越感、自己肯定感。


 脳が溺れるほど分泌されたそれらが、彼女の中のよこしまな欲を刺激し、むくむくと膨らませてしまったのだ。


 そして、手の甲に接吻させるという、暴挙が出力された。




 そこから彼女は、暴れ回る狂喜を押し隠すという、先程とは真逆の試練にさらされる。

 いや、自ら身を投げただけなのだけれど。

 



 ともかく、その闘いは熾烈を極めた。


 エレノア相手には絶対に優しいユイトが、力を籠めて彼女の手を引いた時、

 そしてその、女を知らなさそうな未熟な唇が、彼女に触れた時、


 ほとばしった法悦ほうえつに、腰を砕かれるところだった。

 

 顎の力が入らずに、どうしても口を引き結ぶことができなくて、だらしなく緩んだ顔を見せ、幻滅させてしまいかねなかった。


 更に、ペイルの戻りがもう少し早ければ、ユイトにキスされているところも、エレノアが彼女に負けないくらい液状化しているところも、目撃されていたことだろう。




 彼女の内心の中だけで行われていた、一世一代の綱渡り。

 総じて、「危ないところだった」のだ。




「ふぅー………」


 細く息を吐き、排熱。

 だが、夢見心地から抜けられない。

 

 もういいかと、彼女は諦めた。

 どうせその頭は、芯まで熱病に侵されているのだから、と。


「くく……」


 エレノアが振り返り、その瞳を黄色く光らせる。

 ユイトとペイルは暫時ざんじ、空気さえ歪ませるその美景に、見惚れてしまう。


 絵画の中にしか存在しない、白く柔らかな雲から覗く、

 烈日の如き笑顔に、ぼうっとてられる。


「私から離れる機会を、何度も与えてやったと言うのに」


 手放すつもりなど、欠片も無かったクセをして、そよ風のように彼女は言う。


——お前が悪いのですからね


 その一節だけは、胸に隠して。


「もう、離れられませんよ?」




 手放してなんて、やらない。

 切り離すなんて、出来ない。

 彼はもう、彼女の夢の全てなのだから。



 

 エレノアは夢想する。

 いつかユイトに、史上のどんな王でも手に入らなかった、楽園を与えることを。

 

 世界が彼女を肯定せずとも、彼が彼女を肯定する。

 彼女はそれだけで、いっぱいになれる。


 だが、世界が彼を肯定しないことは、我慢がならない。

 彼女を否定することには目をつぶれても、それだけは許してやるわけにはいかない。


 だから彼女が世界を握り、彼を肯定させるのだ。


 彼の誠実を、苦しみを、覚悟を、「弱さ」とわらった世界を、

 彼の前に、かしずかせる。

 平伏させ、言祝ことほがせる。


 ああそれは、なんて、

 なんて素晴らしい思いつき。

 これ以上の正義などないと、錯覚するほど甘やかな悪逆。


 彼女の生涯を懸けた事業に、これほど相応しい自己満足はない。


「くく……楽しみです……くくく……」


 急に笑いが止まらなくなった彼女に、少なからず惑った従者二人は、


 それでも彼女が嬉しそうであったので、素直に幸せを感じておくことにした。

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