3.お値打ち品 part1
「“矮虫族”の砦に?」
「ああ。最近ぶっ壊した都市があったろ?あそこで見つかったんだと」
優れた金属加工技術で知られる種族、“矮虫族”。
エリーフォンが「滅ぼすべし」とする、「まつろわぬ者ども」の一種でもあり、絶賛戦争状態の相手だ。
「チビ虫どもがどこからこいつを手に入れたのかはよく分かんねえ。埋まってたのを掘り出したのかねえ?こいつ自身もあまり覚えてねえらしいが、どうやら例の“巨神”の行進事件の時に——」
「この子、喋れるんですか?」
ペイルが胡散臭そうに片眉——の形にゼリー状の額が盛り上がっている部位——を上げる。
「ちゃんと知性体なんだとしたら、どの種族です?“小鬼族”とか?」
「自称“類猿族”」
「この私をして、初めて耳にする名称ですね」
「俺もこいつで初めて知った。ってこたあ、このケダモノについての俺の知識は、お偉い家のお嬢ちゃんと同じレベルってわけか。光栄だね」
「まあ見てなって」、突拍子のない商品説明を聞いて、懐疑を深めていく彼女に応えるべく、奴隷商は牢の鍵を開けて中に入る。背負っていた金属棒を抜きながら、部屋の隅から伸びる鎖で、手枷足枷を繋がれているその生き物の前に立ち、
「よっ、と」
バ ア ン
その黒い毛で覆われた頭部を、快音と共に破裂させた。
「!」
「………」
急に商品をフルスイング破壊した店主の凶行に、あからさまに困惑するペイルと、長い睫毛の先すら動かさず傍観するエレノア。その目前で、粘っこい赤色を噴き出しながら砕けた頭部が、逆回し映像のように元の形へ戻っていく。店主を汚した返り血までもが、塞がっていく傷の中に回収されているのだ。
「ダダー!……ほら、何か気の利いた挨拶してみろ」
「………ひっ、え?あの……」
「ワッ」と声が上がることを期待して、芝居がかったジェスチャーまで披露したのに、重い沈黙が垂れ込めた、その羞恥を誤魔化すみたいに、商品に無茶振りする店主。
「何でもイイんだよ!ほら!」
「あっ、う……えと……クロキ・ユイト、って言います……どうも……」
奴隷の方も奴隷の方で、目に涙を浮かべながらここで自己紹介という、ズレた応答をしてみせる。頭をカチ割られた結果、脳内回路がおかしくなってしまったのだろうか。
「どうよ?言っとくがこれでも傭兵上がりでよ。さっきのは結構な威力だったぜ?肉体強化まで使ったんだ」
言われずとも、ペイルはそれを見抜いている。
戦闘経験が豊富な彼女は、彼の肉体内のマナの励起をしっかり感知していた。
さっきのは手加減や仕込みではなく、本気の攻撃だった。その生き物は本当に、致命傷から復活したのだ。
「使い道は、幾らでもありそうに思われますが」
暫くぶりに、エレノアが口を開く。
「何故、不良在庫に?」
「奴隷ってやつには、『絶対に逆らわねえ』って保険が必要だろ?」
「なるほど。道理です」
「えーっ?今ので分かったんですかあ?置いてかないでくださいよぉー!」
腕を掴んで揺さぶってくる馴れ馴れしいメイドに、うんざりした横顔をチラリと見せながら解説してやる雇用主。
「知性体を道具として使う、その一番のリスクはなんだと思いますか?」
「えーとぉ……、急にキレて下剋上してくることですかぁ?」
「分かっているじゃないですか。通常の家畜と比べ、“尊厳”という概念に目覚め得る知性奴隷には、『屈辱を感じても主人を襲わない』、という制約を課す必要があります」
「ふむふむ」
「では、具体的にどうするかと言えば?」
彼女はそこで、自らに装着された首輪を、トントンと指で叩いて見せた。
「『逆らったら殺すぞ』っていう強制力で……あーっ!そっか!」
不死者を奴隷にすると、必ず噴出する構造的問題。
最強の脅しが、その者相手には通用しない、ということ。
不死身は死なないが故に便利だが、死なないが故に危険物でもあるのだ。
「今後、不死者の購入を検討する場合に備えて、頭に入れておきなさい?」
「不死身なんてヤバいのが、そんなゴロゴロ市場に溢れててたまりますか」
さて、そうなると、どうだろうか。
戦闘面や毒見等での有用性は確かだが、一方で扱いの難しさも無視できまい。
信頼性という、兵器にとって重要なものが、ごっそり欠けているわけだ。
「あっ、でも……!」
ペイルが意図的に呑み込んだ、そこに続く言葉はこうだ。「エレノア様には固有魔導があるんだった」。
彼女には、強力な洗脳を可能とする力がある。
調整が難しいそれは、大抵の場合は勢い余って命を奪ってしまう為、そこまで普段使いできるものではない。
が、不死を相手に行使するなら、ほぼノーリスクだ。忠実な手駒への改造は、ほぼ100%成功すると言っていい。
エレノアにとって、お誂え向きとも言える奴隷が、格安で手に入る。という状況を前にして、しかし彼女は興味の薄そうな顔色を変えない。
この好機に気付いていないほど鈍感、なんてことは彼女に限って有り得ない。
ならば、値段交渉で足下を見られない為に、「まー、妥協できる範囲か」、という態度を演じている、という結論に自ずと辿り着く。
と、そこまで想像が及んだので、ペイルは大っぴらに喜ぶことを止めて、表情筋を難しげに寄せておく。
「興味がないわけでもないですが、値段次第ですね」
「元々処分に困ってた商品だ。大まけにまけてやらあ。金貨で大体——」
「あのっ」
商談がクロージングの段階に入り、纏まりかけていたそのタイミング。両者にとって最も不愉快な時点を狙ったかのように、水を差した者が居た。
「すいません、あの、なんて言うか……」
「ユイト」と名乗った不死者だ。その場の全員の視線が集まったことで、プレッシャーを感じてしどろもどろになっていたそいつは、意を決したようにエレノアと目を合わせ、
「やめた方が良いと思いますっ!」
そう言ったところで、横からの蹴りを受け顎の骨を砕かれた。
「チッ……!悪いな。売れる予定もなかったから、躾がなってねえんだよ。許可なく勝手にしゃべんなって基本すらできてねえ」
「ほひゅ……!ひゃほっふぇうふぁけじゃなくてブゲッ!」
修復されかけた骨格をもう一度踏み躙ってから、「上で話そうぜ」と退出を促す店主。だがエレノアの両目の焦点は、妖しく光る宵闇のような、黒い瞳に結ばれたまま。
「おい、おい嬢ちゃん」
「話を」
「あん?」
「ほんの余興です。この哀れな子猿の言い分を、あともう少しだけ聞かせなさい」
顔を動かしもせず、奴隷に喋らせろと要求する彼女を、「おいおい勝手なことは」と押し遣ろうとして、ペイルに素早く取り押さえられる店主。
「ぐおっ!おいっ!あんまりナメてっと……!」
自慢の戦闘能力を振るってやろうとした彼は、水流を口に突っ込まれて、硬い石の床の上でガボガボと溺れかけてしまう。
「さて地下ゴミ、お前の発言を許可します。精々この私の足元に、有用な情報を落としなさい」
ビクビクと体を痙攣させながら口腔を正常な形に戻した奴隷は、膝をつきながら彼女を見上げ、
「その人に、その、騙されてます……っ!」
まず端的にそう言った。




