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【第一章完結】最弱不撓の冒涜者~不死身になってしまったコミュ障転移少年、拾ってくれた腹黒没落エルフ令嬢に尽くしていたら、いつの間にか過保護に包囲される~  作者: D.S.L
第一章:不死身以外に取り柄が無いヤツ

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30.ここに分岐などない part1

 “負渦ケイオス”は消滅したらしい。


 ペイルさんは水分を扱う能力によって、一部を除いた生命の気配を、結構な範囲で探知できるのだと言う。それにより、マイナスマナエネルギーを循環させる命が、全く湧いていないことを、確認してくれたのだ。


「その、天使の、えっと、自爆、に、巻き込まれ、た感じ、ですか……?」

「いいえ、予測発生地点は、より奥まった場所でした。流石にそこまでは、破壊は及んでいません」


 しかも彼女は、今僕とエレノア様が向かい合って掛けている、テーブルや椅子となる台を作ってくれた。水を含む土をねたり固めたりして、脱水することで、こういうものを作れるらしい。


 なにその職人芸……!?

 航空機にも洗濯機にも収納にも日曜大工にも護衛にもなれるメイドさんって……!

 一家に一人欲し過ぎる……!


「おおかた、地脈の大きな変化によるものでしょう」

「地脈?」

「生態系単位で行われる、広範囲、長期にわたるマナ循環系」


 僕やエレノア様が居所いどころを移しても、土地全体で見た時のマナの流れに、大した影響は出ない。


 他方で、森の中の動物が大移動したり、山火事とかで植生がガラッと一掃されたり、そういうことがあると、マクロなマナ流動に、明らかな変化が起こる。


 そして、マナエネルギーの活性化の反動である、マイナスマナエネルギーの流動と、その集積としての“負渦ケイオス”にも、影響が出るというわけだ。


「ここらは派手に吹き飛びましたからね。地脈は大いに狂い、どころかほぼ消失したと考えられます。“負渦ケイオス”が霧散すると言うのも、何ら不思議なことではない」


 “負渦ケイオス”解消の方法の一つ……なんだけど、毎回毎回こんな規模で、絶滅を起こして回るわけにもいかないのだろう。


「この手法、だと……マナの……、ええと、『生命としてのマナ』、みたいなものにとぼしい、あー、死んだ土地、しか、手に入らない、んですよね……?きっと……」


 例えばアメリカの田舎とかに、強めの熊が沢山湧いてくる穴が出現したとして、そこにいきなり核を落とすって話にはならない……な、ならないよね?流石のアメリカもそれはしないよね?


「消え入るような声で正答を言うのが得意ですね、ユイトは。推量の鋭さと声量の間に、反比例の相関でもあるのですか?」


「う……、いや、全部その、自信ないだけ、っていう、言いますか……」


重々(じゅうじゅう)存じています。冗談を真に受けないように」


 「自信」。自信かあ……。

 そんなもの、付く日が来るのだろうか?


 僕は自分がやらかしたことを、改めてその目に映す。

 ここは、熱波で禿げ上がった山の中腹。だから、直径が数kmに届きそうな、爆心地がよく見える。

 

 大量破壊、大量殺戮。

 一人で盛り上がって、役に立ちたいって個人的感情で突っ走って、その挙句が、この惨状。


 しかも、エレノア様まで、死にかけている。

 エレノア様の心が凄まじく強くて、それに重ねて偶然ゴルゴンの能力がいい感じに作用して、だから助かっただけだって、そう聞いた。


 考えナシに横車を押して、思ってもみなかった被害を出して、

 何が「覚悟」なんだよ。


 大地の痛ましい傷痕は、消えない罪の象徴。

 その広さが、僕の背負った十字架の大きさ。


 そうだ。

 僕はまた、失敗し「ユイト、一度だけしか言いません」


 エレノア様が両手の十指じっしを、互い違いに交叉こうささせながら、両肘をつき、こちらに身を乗り出してきて、


「えっ、あっ、はいっ、ななんでしょう……?」


 僕は急いで姿勢を正す。


「私は自分の所有物に、気など遣いませんし、世辞など言いません」

「は、はい……」

「そしてお前の価値観など、一切関知しません」

「は、い……?はい……」

「お前がどう思っているかなど、私のもとでは全くの無意味。何故ならお前は、私に絶対服従の、所有物なのだから」

「す、そ、うです、ね……?」


 なんだろう……?

 彼女らしくない、遠回しで、探るような言い回しだ。


 その言葉に反して、僕の心をおもんばかってくれている、みたいに聞こえる。それとも、思い上がり過ぎ?


「お前の価値を決めるのは、私の奴隷、道具としての物差しです。極論すれば、私にとって『』であるかいなか、それだけを基軸に思考し、一喜一憂すべし。それを、理解していますか?」


「は、い……」


「本当に?お前の最も大事なものに、誓えますか?」


「え、えっと、あ、え……」


 僕は今、エレノア様のものだ。

 彼女の恩に、全力で報いると、そう決めた者だ。


 それは、きっと曲げちゃいけないものだって、そう思う。

 曲げたくないって思う。


 それに相応しい担保は、

 僕の大事なもの、

 大事なもの……


「僕の、“覚悟”に」


 「大きな覚悟」に。


「誓います……!」


「よろしい」


 彼女は満足げな一言と共に席を立ち、そして眼下を一望できる端へと、スタスタ歩いて、見てて落ちないか不安になるほど断崖ギリギリで、銀細工に変わったようにピタリと止まり、


「ユイト・クロキ——」


 そこで振り返ってから、両腕を一杯に広げて見せて——




——よくやりました




「え………」


 僕の大罪の証拠を背後に負いながら、

 銀白に輝く髪を棚引かせ、

 かげり一つない笑顔を浮かべる彼女に、


 心臓をひとき、トンネルが開くほど思いっきり刺しかれた。


「褒めてつかわしましょう、ユイト。お前の献身に、お前に誠心せいしんに、お前の忠義に、心からの謝辞を授けましょう。惜しみない賛辞を贈りましょう!」


 僕に……えっと……、

 「謝辞」は、感謝の言葉で……、「賛辞」の意味は、賞賛の………


 感謝?賞賛?僕に?

 

「お前の素晴らしき活躍によって、私は見事、神格を退しりぞけました!お前が私を、この勝利まで、偉大なる冒涜まで導いた!」


 夢を、僕はまだ、夢を見ているのだろうか。

 手を置いていた膝が、尻を乗せていた台が、足を置いていた土が、モコモコと綿のように、雲のように稀薄になる。


「良い働きなどと、そのような言葉ではなまぬるい!お前はお前の使命を、これ以上ない形で果たした!」


 でもそれは、崩れたり、落ちたりしているんじゃあない。

 逆なんだ。

 浮いているんだ。


 乗っていたスペースシャトルが、無重力に突入した時みたいに、

 上から押さえる力から自由になって、だから下の感触が薄まっていく。


「ユイト、お前は……」


 彼女の下目蓋が上がり、あの太陽みたいな、猛禽みたいな黄色い目が現れる。

 ちょっと前までそれは、僕を緊張させ、強張らせていた。


 でも今は——


——あたたかい………

 

「お前は立派に、私に恩を返しました」


 それを聞いた時、僕はストンと地面に戻った。

 頭に集まっていた血液が、冷えて重くなり、雪崩なだれ落ちた。


「お前は主従の契約も、任侠にんきょうの誓約も、十分に、十二分に果たしました。私は既に、お前に払ったより遥かに多くを、受け取っている」


「それは……!」


 それは違う、と思わず口が開く。

 でも、流麗な唇の前に、人差し指を立てる仕草だけで、「静かに」と命じられ、浮かせた腰をまた落とす。


「お前がどう思うか、ではない。私がそう決めた。今のお前にはそれが全てであることを、お忘れなく」

「………」


 黙って頷いて見せると、満足気な表情を作り、話を進めてしまうエレノア様。


「お前は少々特殊とは言え、奴隷契約の内容については、ほぼ従来通り。つまり、己自身を()()()()()。そしてお前は、此度こたびの働きによって、それに見合うだけの、いやさそれ以上の利益を、私に献上して見せた」


 それは、僕にとって、受け取り切れないほどの、歓喜の言葉。

 極楽を感じさせてくれる、何よりも欲しかった褒章。


 なのに、


「おめでとう、ユイト・クロキ」


 なのにどうして、




「お前は今から、自由の身です」


 どうして僕の頭は、真冬みたいに、こごえているんだろう。



 

「私については、死亡したと偽ってもらいますが、それ以外は特に望みません」


 彼女は破壊痕の方を、その先にあるだろうエリーフォンの都市を指し示す。

 

「ライセルでも、他の誰でも良い。お前なら上手くやるでしょう。保護を受け、エリーフォンに新知性体の実在を知らしめる、最初の一人となりなさい。不安であれば、道中はペイルに守らせます」


 危険が無いわけではないけれど、安定と幸福が望めると、彼女はそう言った。


「エリーフォンは強国であり、そして魔導研究に優れた国の一つ。お前の故郷……“トーキョー”の23区、でしたか。平らな通りを一人で出歩き、煮沸せずとも水道水を飲めるような環境が、あそこにはある」


 それはほぼ都市部限定だけど、でも僕がそこに暮らせる公算は高い、らしい。


「お前は貴重な新知性体第一号で、新勢力への人質として、外交の切り札にもなり得る。最新の警備システムを備えた設備で、厳重に扱われることでしょう。少々窮屈ですが、“安全”という贅沢の前には、些細なこと」


 それは確かに、この世界において、

 いや、どの世界であっても、得難い財産。

 

 日本みたいな暮らしをするなら、セラの中ならエリーフォンしかない、ということなのだろう。


「そして先述した通り、エリーフォンでは魔導研究が盛ん。その中には、異界からの転移現象について、解明せんとしている勢力も存在する。その者達からも丁重に持てされるでしょうし、お前の帰還方法の発見にも、彼らが最も近い」


「………!」


 帰還。

 帰る。

 帰れるかもしれない……!


 と言うか、転移はセラにおいてすら未解決の現象。エリーフォンみたいな魔導の最先端じゃないと、帰るなんて不可能と言っていい……!


 お父さん、お母さん、おじいちゃん、おばあちゃん。

 残して来た人達が居る。

 僕は生きていて、そして彼らは僕の帰りを待っている。


 それを裏切りたくないなら、エリーフォンを頼るしかない。


 「頼るしかない」?

 他に何か、行き先を考えている、みたいな言い方だ。


 そんなものはない。

 僕にそれ以外、可能性なんてない。


 じゃあどうして僕は、その道を進む理由を、言い訳を探しているんだろうか。


「喜びなさい、ユイト。お前はこれから、私のような見知らぬ何者かの為でなく、自身の為に生きることができる。寄り道は終わり、遂に本道へと戻って来たのです」


 そ、そうだ。

 僕はまず、そもそも、

 戻ることが、帰ることが優先だったんだ。


 死んでしまったなら仕方ない。諦めもつく。だけど、戻れる可能性があるのに、それを試みないのは、それは違う。それは、僕なんかを待ってくれている、あの人達への裏切りだ。


「私からも、祝福しましょう。ここまで、よく頑張りましたね?」


 ゆったりと鳴らされた、縦に上下する拍手。

 それが一度鳴るごとに、僕とエレノア様が、離れているような気がしてしまう。

 

「もう発言して結構ですよ?お前はこれより、私の命令を聞く義務から、解放されるのですから」


「あ……」


 解放。

 自由。

 もう声を出していい。


 僕は何かを言おうとして、聞こうとして、だけど何を訊ねるつもりだったのか、思い出せない。

 考えが纏まらない。


 ただ、責務だけを感じている。

 僕はこれから、エリーフォンに行かないと。

 帰らないと。


 僕は——


「ああ、そうそう、うっかりしていました」


 話を切り上げるかのように見えた彼女は、最後にもう一つ、余談を挟んだ。


「順番が前後しますが……、まあ、別に何が変わるわけでもないので、大差ないでしょう」

「え……あ、の……?」

「大丈夫ですよ、ユイト。構える必要はありません。本当に、聞き流してしまってもいいような、取るに足らないことですから」


 彼女は両の人差し指を立て、右手側の先端を左右に振って見せる。


「選択肢として、お前が取り得る道が、もう一つ」


 なんだかあまり、気の無い態度だ。

 形式的に、念の為、手続きの都合で、聞いておく、みたいな。


「一応、可能ではあるので、言及だけはしておきます。公正に、ね」

「そ、その、可能性、って……?」


 僕はなんで、耳を傾けているんだろう。

 彼女がさっき出した提案以上の、恵まれた待遇なんてないのに。

 どうして無いものねだりしてるんだろう。


 と言うか、何を欲しがっているんだろう。


 僕の葛藤を知ってか知らずか、彼女はどこか芝居がかった振る舞いと共に、指を立てた手を顔の前に伸ばして、




「このまま私に同行する道」




 その時確かに、星空が明滅した。

 神様がたわむれに、スイッチを入れたり消したりしたみたいに、

 チカリチカリと僕の目を打った。


 一度消えて見せることで、そのきらめきをむしろ強調した。

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