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【第一章完結】最弱不撓の冒涜者~不死身になってしまったコミュ障転移少年、拾ってくれた腹黒没落エルフ令嬢に尽くしていたら、いつの間にか過保護に包囲される~  作者: D.S.L
第一章:不死身以外に取り柄が無いヤツ

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29.人でなし

緑川みどりかわ先生に言われたのよ、『集中力が無い』って……」


 何か大きな音を聞いた気がして、目が覚めた。

 外はもう真っ暗で、僕は一人、布団の中。この時間に激しい物音なんて、鳴るだろうか?


 怖くなった僕は、お父さんとお母さんを探して、そっと子供部屋を抜ける。


 夜の闇のなか、何か、恐ろしいものが潜んでいると、そんなことを思った、ような気がする。だから抜き足差し足で、そろりそろりと音を殺しながら階段を降りて、1階の灯りが点いていることに、そこで気付いた。

 

 両親だと思わせて、怪物が待ち伏せているとでも、思ったのだろうか。それとも、室内で張りつめている、重々しい空気を感じ取ったのか。


 何を考えたのか、僕はスライドドアにそっと隙間を作って、中に居る誰かに気付かれないよう、覗き込んでいた。


 そして、リビングの先、ダイニングテーブルでお父さんとお母さんが、向き合っているのを見た。二人とも悲しそうな、深刻そうな顔をしていた。


「授業中は落ち着きなくキョロキョロキョロキョロして……、給食の時も欠食児童みたいにがっつくって言うのよ?」


「うん、うん……」


「おやつまであげてるのに、『おうちでの食事は足りてますか?』って聞かれるの!あの子もあの子で、注意しても全然食べる量が減らない!何度言っても食生活が良くならないの!それで私が虐待してるみたいに言われるの!」


「うん、そうだね、君はいつも頑張って、よくユイ君のことを見てくれてるよ……」


 お母さんが叫ぶように吐露して、お父さんが一生懸命になだめている。二人をそうやって困らせている問題、その原因が自分にあるのだと、聞いていてだんだん分かってきた。


 僕がお母さんに、涙を流させているのだと。


「あの子ももうすぐ中学生よ……!なのにまだ子どものまま!藍沢あいざわさんのお宅の美玲みれいちゃんなんか、同い年でもあんなにお行儀が良いって言うのに!私だってあのくらいの年齢の頃は、もう分別が付いてたわ!」


「そうだよね、うん。ユイ君はちょっと成長が、遅れてるかもしれないね……」


「いつまで、いつまでああなの……!?いつまでも、あのままなの……!?」


 キン、キン、と頭に響く。

 脳ミソを万力で潰されるような、その金属質な痛みは、僕がお母さんに与えている苦しみが、そっくり返ってきたものなのだと、そう思った。


「せっ、先生にっ、言われたのよ…っ!あの子っ、あの子は病気かもしれない、って……!」


 その時初めて、僕は自分が異常なヤツなんだと知った。

 そんな出来事があるまで、自覚なんてまるでなかったことが、僕には常識も良識も欠如している、その何より確かな証拠だった。


「私、わたし、どうしたらいいのか分からなくなって……!」


「そうだよね、うん」


「どうしたら、わたし、わたしこわい……!」


「大丈夫、君は一人じゃない。僕が居るじゃないか」


 お母さんはとうとう泣き崩れてしまった。

 お父さんは席を立ち、お母さんの背中に手を回して抱き締める。


「わたし、わたしこれ以上、どうしたら……!」


「分かるよ。分かってる。君が頑張ってるのは、ちゃんと分かってる」


 僕は知らない間に、二人をあんなに追い詰めていた。

 その事実が、細く差し込む光に質量を持たせ、僕の全身をし斬った。


「ユイ君だって、いつかは分かってくれる。君の愛も、ユイ君に伝わる時が来る。そうしたら、病気だってよくなるさ。ちゃんと良い子になってくれるよ」


 僕は、他の人と同じではない。

 そしてそのズレの根源は、僕がお母さんを大切にしてないところから、来ているのだ。


 お母さんは僕を愛してくれている。他の子だったらそれさえあれば、食いしん坊も治るし、勉強だって得意になる、らしい。


 でも、僕はそうじゃない。


 人間にとって、「愛」が何より大事なことなら、

 それを正しく受け取れず、正しくお返しできない僕は、


 世界で一番の「人でなし」だ。


 苦しくなった。

 心臓も胃腸も一緒くたに、雑巾絞りされてるみたいに。


 あんなに僕の事を想ってくれている人達に、真剣に愛してくれる人達に、僕は何もしてあげられないのだ。どころか、苦しめてしまうのだ。大切にしてくれた人ほど、傷つけてしまうのだ。

 

 それから、治そうと僕なりに努力してみた。

 みんなと同じに、関わっても人に危害を加えない普通の人に、なりたかったから。


——嘘つけ、この無能が


 「努力」なんて、やった気になってるだけだろう。

 だってお前は、何も良くなってない。

 いや、かえって悪化している。


 僕が頑張ったとか、成長したとか、成し遂げたとか、そんなの、勘違いだ。

 



 あの時だって、そうだったじゃないか。




「理由!言え!猿の子ども!」


 人間より少なくて、三角形頂点の並びで生える、黒い指。

 それに首を絞められて、地に足がつかないほど、持ち上げられている。


「天!我ら!祝福する!違うか!」

「あ……、あが……!」

「我らドワーフ!この戦い!勝つ!違うか!」

「お……!あ………!」


 金属光沢を持つプレートや装身具を纏い、円形の模様を四つ、額に並べた二足歩行の蟻。

 ドワーフのビョークさんだ。

 

 いつもこっちが困るくらい恐縮していた彼は、表情が読めない複眼に怒りを燃やし、僕を持っていない2本の腕で、背中に背負ったピッケルみたいな武器を取り、振り上げる。


「言え!約束!何故破る!言え!」

「やめろ!」


 ビョークさんの後ろから、もう一人のドワーフが、羽交い締めのように押さえ、僕から引き剥がす。


 額の模様が、バツ印型に交差した楕円二つとなっている、ロズさん。僕がここに居る間、ずっと話し相手になってくれてた人だ。


「やめろビョーク!ユイト、俺達、助けた!」

「だが、嘘吐いた!偽った!まがい物見せた!砦、落ちる!我ら、負ける!」

いてない!偽ってない!見せてない!俺達、勝手に信じた!ユイト、天の意志、かたった事ない!」


 口論している二人を前に、僕は腰を引いた三角座りで、小さくなってることしか出来なかった。「上手くいってる筈だったのに」、「役に立ててる筈だったのに」、未練がましくそんなことを考えていた。


「だが、じゃあ、こいつ、なんで、なんで此処ここ、落ちた!我ら勝つ為、違うなら、なんであの時、ここ落ちてきた!」


「希望の為!皆、希望貰った!天の為、正しきの為、死ぬと信じた!信じれた!誇り持った!笑って死んだ!ユイトのおかげ!これ以上、なに望む!」


 何を失敗したんだろうか。

 どうすれば良かったんだろうか。


 僕は、僕を保護してくれた人達に、少しでも何か、恩返しがしたかった、それだけだったのに。


女王クイーン、死んだ。俺達、数、少ない。クイーン、もうなれない。俺達、負ける!ユイトもう、ここ居る意味、ない!解放する……!」


 ロズさんはビョークさんを突き飛ばし、僕の足枷を解こうと体を屈めた。

 その背後で、鎌のように尖った鈍器が振り上げられる。


「……!」


 声が、出なかった。

 役立たずの僕は、声帯まで能無しで、優しくしてくれた人に、危険を報せる時ですら、機能してくれなかった。

 

 茶褐色の液体が撒かれ、見開いた目に直接浴びせかけられる。

 視野の半分が、錆びた鉄の世界を映していた。


「……!お前……!」


 ビョークさんはピッケルを取り落とし、円形広間の唯一の出入り口へ、


「お前、来たから、おかしくなった……!」


 ロズさんの遺体を引き摺りながら、後退あとずさる形で消えていく。


「お前さえ……、お前さえ、現われなかったら……!」


 僕さえ、いなければ。

 僕は、何をしてしまったのか?何が出来ていなかったのか?


 僕の力が、行動が足りなかったのか。

 それとも、余計なことをやってしまったのか。

 

 僕は、

 僕は呪われているのか。


 僕は結局、最後まで膝を抱えて、丸くなっていた。

 その置物は、ドワーフのみんなが皆殺しにされて、ダークエルフやリカントが踏み入ってくるまで、そのまま動かなかった。


 僕はこのセラに来て、あの人達に手を貸して、マシな人間になった気でいた。

 誰かの命を助けられてる気がして、一歩先に踏み出せたと思っていた。


 でも、それが失敗したら、何かが間違っていると分かったら、動けなくなった。

 考えがすっぽりと抜け落ちて、痛みと恥に支配されて、被害を更に拡大させた。


 覚悟が、出来ていなかったのだ。


 自分のミスにショックを受けた時、クヨクヨめそめそするより前に、目の前の問題に立ち向かう。それは、行動する時点で、「これは間違いかもしれない」、という覚悟があるから。


 僕には、それがなかった。

 勇気だけ出して、「やり遂げた」って満足して、だから肝心な時に、ただの害悪と化す。


 おじいちゃん、

 おじいちゃんは僕を、「勇気はもう合格だ」って、褒めてくれたよね。


 でも僕は、

 僕に、覚悟なんて出来るのかな。


 普通みたいに、愛することすらできない僕に、

 人並みの覚悟を持った決断なんて、

 物事の重みを理解した上で、それを背負うと心に決めることなんて、


 僕には、出来ないとしか、思えないんだ。

 僕は、居ない方が、良いって思うんだ。


 不死になんて、なりたくなかった。

 自然な流れで、誰も悪くないって形で、死にたかった。


 病気とか事故とかで、あっさり居なくなって、

 誰の重荷にもならなくて、誰にも憶えられない、

 そんな死に方を、したかったんだ。


 でもまた、今日もこうやって、太陽が昇るところを見ている。

 セラの黄色い太陽が、山脈の向こうから覗くのを、

 緑の原に横たわって見ている。


 太陽は僕から見て、右へと広がっていき、

 芝生は優しく、頭の重さの分だけ沈めてくれて、


 あれ、でも、

 僕の顔は地平線へと向いているのに、後頭部が大地に抱き締められてるのは、なんでだろう?


 って言うか、他の部分はそうでもないのに、頭の回りだけ、クッションみたいに柔らかくて、温かくて、それに……そうだ、セラの空は、こんなに明るい色をしてなかった筈で………


 やけに目に優しい陽光に、思考を溶かされて呆然と見つめていたら、

 

 ぎゅう、と、


 その形が下から押し上げられ、弓なりの孤に近くなる。


「よく、眠れましたか?」


 エレノア様の声に、鼻の頭を撫で下ろされて、

 そこでようやく、彼女に見下ろされていると気付く。


 僕は今、仰向けに寝転がっているのだ。


「えっ、れのあさま……っ!」


 彼女が生きている!

 意識がハッキリしてきたことで、間欠泉みたいな喜びに打たれる。


「どっ、どこか、痛かったりとか…っ!あのっ、ペイルさんも、来てるんで、すぐに…っ!」


 それに押し上げられるがままに、上半身を起こそうとして、


「こぉら、安静に」


 だけど頭と胸を、流れるような手付きで押さえつけられる。

 そんなに強い力じゃないのに、それだけで動けなくなってしまった。


 その手がくれる安心感、頭を包む深さ、彼女のひそやかな声、それら全てに籠った優しさが、僕の中身を吸い取ってしまう。


 って言うか、彼女が真上から見ていて、だけどその手が寝ている僕の頭に届いて、しかもこの、脳幹を後ろから、蜘蛛の巣みたいに粘っこく捕らえる感触は——


「ひざまくっ「休みなさい、と言いましたよ?」ハイ」


 ぴしゃりとした声色に額を叩かれ、脊髄反射みたいに従ってしまったことで、心地が良いのに居心地が悪いという、不思議な状態から抜け出せなくなる。


「あの、えっ、エレノア、様……」

「なんでしょうか?」

「僕その、もう体、あぁー、大丈夫なんで……、えっと、ほら、不死身、ですし……」

「そうですか」

「え、あ、はい……え……」

「それで?」

「それ、で?……いや、いえ、僕、起きます…っ!僕より、エレノア様の、体の方が……!」

「ダメです。と言うより、イヤです。そのままでいなさい」

「ぇぁあ……?は、はい……?」


 慰撫いぶするみたいな、いつくしみのもった両手の動きに、またしても目蓋が落ちてきた。

 いや、でも、流石にそれは図々し過ぎる。

 主であるエレノア様にねぎらってもらってるのに、こんなぐうたらしてるなんて。


 彼女が怒っていないか不安になり、そっと顔色を窺う。

 鼻から下は丘陵に、存在感が大き過ぎる胸に隠されて、口の形も見ることができない。


 だけど彼女の瞳は、ここからでもよく見えた。


 下目蓋が持ち上げられ、その黄色い部分だけが、弓なりに光っている。

 付き合いの短い僕ですら知っている、「上機嫌」のサイン。


 どうやら目立った傷は無さそうだし、気分も害してないみたいだと、


 残った力まで根こそぎ抜けるほど、ホッとしたのだった。

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