27.愉快な顛末
笑ってしまう。
もう、笑うしかなかった。
激しく跳ねる心臓の鼓動が、爆ぜるような声となって、小ぶりな唇を割り開いてしまう。
「もう……!どうして、お前は、そう……!」
横隔膜の苦しさは、けれど決して嫌な感覚でなく、だから余計に止まらない。
誰にも見せたことのない、無邪気で爛漫な顔と声音で、
清々しい月光の下、エレノアはジタバタと身を捩った。
「どうしてお前はいっつも、そうやって……!一番、《《間の悪い》》時ばっかり……!」
いつもいつも、彼女が一番弱くなる機を、
世の中をナメた「助けて」を、子どものような「守って」を、心中ですら嚙み殺した、まさにその時その瞬間を、
何の打算もなく撃ち抜いてくる。
狙ってもいないのに、ぴったり合わせて、伸ばした手を掬い取る。
僅かに差した魔を、肯定してくる。
「普段はあれだけ鈍臭いクセに、そのお前が、そういう時だけ、どうして……!」
なんなのだ、一体。
面白過ぎる。
胸の一つや二つ、それはもう高鳴るに決まっている。
楽しくなって、小躍りしたくなってきて、暴れる感動を笑声として吐き出して、それでも体温は上がり続ける。
冬を越え、春を迎えた大輪のように咲っているのに、そのグツグツと荒れる騰熱は、こみ上げる怒りに何故だか似ていく。
「本当にもう、許しませんから……!」
吐く言葉までもが、呪詛に寄っていってしまう。
その対象は、不俱戴天の仇を嗅ぎつけ、注意を背後に飛ばした天使、ではない。
「やることなすこと、私にとって都合の良いことばかり……!私の恥ずべき願望を、たっぷりと満たすことばかり……!」
ゴルゴンの目を彼女から逸らさせた、そこらの幼児にすら劣る最弱の奴隷。
彼を標的とする、喜悦で膨れた逆ギレだった。
「私は完璧でないといけないのに……!珠玉の逸品でないといけないのに……!そんなことされたら、取り繕えるわけないでしょう…っ!こんなの…っ!」
多幸感で張り裂けそうな、激昂だった。
「我慢とか、無理に決まってるでしょう…っ!みっともない顔にもなるでしょう…っ!私がどれだけ、愛着欠乏を拗らせていると…っ!」
親指、人差し指、小指を立てた右手を真っ直ぐ伸ばし、その肘に左手を添えて固定。
「許しません…っ!もう絶対に、許してあげません…っ!」
その目元を随喜の雫が濡らし、銀の睫毛をキラリと縁取る。
「乙女の痴態をその目にした責任、取ってもらいますから……っ!」
彼女は今の自分の顔が、グシャグシャに崩れて酷い様相を呈していると、そう思っているけれど、少年がそれを目の前で見たなら、矢張り心から感嘆しただろう。
いつかのように、「綺麗」、と。
エレノアは顔を右腕に寄せるように傾け、左眼を瞑り、右眼だけを開く。
天使の体と、少年の掌で光る棘、それらを一度に射抜けるよう、極度に集中していた結果、自然と作る表情が、ウィンクのような形に寄っていく。
そして、ゴルゴンが少年へと、彼が持ち込んだエルドリッチへと、何らかのアプローチを敢行すべく、マナを強く巡らせたその時を逃さず、
「ずきゅーん……!」
晴れやかに崩れた相好と、万感の想いと共に、
固有魔導を撃ち放った。
両腕と胸から下を失っていた巨像が、首を回す動きで髪を繰り出す。
その先端は縦1列に並べられ、限りなく二次元平面に近い剣身となって、刺し上げられる。
それは天使を貫き、その先で棘を刺激。
少年の右腕が内から破裂し、エルドリッチの種が大量増殖、そして拡散。
バケツを引っ繰り返したように降り注ぐそれらを、ゴルゴンは一つ残らずマナ照射で捉えようとする。
刺し創の修復、エレノアへの反撃、そして増大した棘への総攻撃。
その全ての命令が天使の内部を我先にと駆けて、“甘声濫色”が、それらの背中を蹴り押した。
〈ヴォ゛ォワ゛ア゛アアアア゜——〉
早過ぎる日の出の訪れ。
否、それは爆発だった。
地上から、少し離れたそこに、青白い太陽が生まれていた。
星々は勿論、投光量を増していた蒼月すら、見えなくなるほどの眩しさ。
球体状のそれは、かつて兵営だった平地を、そこに立っていた棘の塔を、丸ごと呑み込んだ。範囲内のどれもこれもを、消し炭に変えてしまった。
「ぎゃああああああああっ!?」
「アアアア!!なンデ!?アアアアアアアア!?」
VIP席のエルフ達が、両目を押さえてのたうち回っている。
天使が顕した奇跡の強光が、念の為に挟んでおいた遮光ガラスすら貫通し、彼女達の視神経を焼いてしまったようで、なんとも滑稽な阿鼻叫喚だった。
「あああああ!?」
「いっ、いいいっ、イシャをっ!いしゃヲオオオオオ!!」
「ぐぎゃああああああああ!!」
同じ事は、一般観戦室においても、大なり小なり起こっていた。
乗客達が一斉に、目の痛みや気分の悪化を訴え、大混乱が勃発。
コストカットで人員が最低限に絞られていた、船内医師達のキャパシティでは、到底対処しきれない上に、彼らがVIP席に優先的に回されたことで、騒動は留まるところ知らずに暴走。
船長の判断で緊急着陸してからも、1時間ほど続いたそれは、ほとんど「暴動」とすら言えるほど、深刻な被害を齎すことになる。
後に“蒼月光害事件”と呼ばれるこの一件で、女性初の元老議員の一人、アスター・ブランド・ウィートリーが引責辞任。続いてその取り巻き達も、ドミノ倒しのように失脚。新たなお茶の間の娯楽として、全員纏めて華々しいデビューを飾る。
それに伴い政財界のパワーバランスがグラつきを見せ、上層市民にも及ぶ世情波乱が引き起こされることにもなるのだが、
まあ、喜劇にもならない余談である。




