26.喜劇の始まり
「良かったんですかい!看守サマよおっ!」
四つ足で駆けるリカントが、馬上のダークエルフに問う。
「あいつら逃がしちゃ、上から大目玉とか喰らうんじゃねえのかい!」
そう言われた彼は、囚人へと振り向いて、
「ナンノ話ダー?」
三文芝居を始めてしまった。
「誰カ逃亡デモシタノカー?……先輩方ハ何カ気付キマシタカー?」
大根役者の自分だけでは間が持たない、そう思った彼は同僚にアドリブ要求。
「さあなあ!こう見えても俺ァ!不真面目な監督官でよお!」
無茶振りされたダークエルフは、スマートに要求通りの演技を披露。
「馬に揺られて居眠りしちまったモンだから、なあんも憶えてねえや!」
堂に入ったお道化ぶりは、まるで不正申告に慣れているかのようだった。
「お前らはどうだ!」
「なんだって!?聞こえねえぞ!」
「囚人のカスが何人か居なくなろうが知らねーよ!どうせミネスの枷がなんとかすんだろ!」
「だ、そうだぜぇ!」
即興にも拘らず、見事な口裏の揃いぶり。
訊ねたリカントは、官憲のやり取りを見ているにも拘らず、いたずらっ子の集団を目撃したが如く苦笑して、
「そうかあ!俺の思い違いだな!悪かった!」
面白そうだったので、政府には黙っていることに決めた。
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「まままま待ってペイルさん!そっ、それっ!壊さないっでっ!」
〈……はいはい、そーでしたそーでしたぁー……〉
引き返していた僕達の前に、棘付きの小動物が躍り出てきた。
蛇型になったペイルさんはそれを呑み込み、液体の層で爆発力を殺してしまい、そのまま棘を潰そうとする。
僕はそれを必死に制止した。
入手にもっと手間が掛かるかもしれなかったものが、こんなに簡単に転がり込んで来た、この幸運を無駄にしたくない。
起きてすぐ、状況をざっと聞いた。
蒼き月の天使、その情報も、エレノア様やライセルさんから、事前に少しだけ教えてもらっていた。
ザルドさんも含めて、たくさんの人が死んで、しかも神格2体の始末をつける役を、エレノア様が押し付けられた、そう知った時は悲しくて、絶望しかけて、だけどすぐにそんな場合じゃないと思い直す。
少なくとも、まだエレノア様は死んでない。
そこで自己憐憫に逃げるのは、彼女を見殺しにすることを、自分の意思で選んでいるのと同じ。
考えを止めるな。
「少しの勇気と大きな覚悟」、
パッと見の勝ち目の無さを、やらない理由にしちゃダメだ……!
難しい?分からない?無力感に襲われる?
だったらエレノア様は?
彼女は僕よりもっと考えて、ならもっと打ちのめされている!
じゃあそれより気楽な僕が、「仕方ない」に逃げてちゃいけない!
何も思いつかないとしても、その無能さに、どうしようもなさに苦しめ!
「出来る筈」と思い続けて、出来ないのは何かに気付けてないからだって、今この時だけは思い込め!僕の頭が鈍いからだって、思い上がれ!思い違えろ!
「僕は死なない」、その前提を設定し、発想から常識を外して、出来ることを模索する。
そこで、一度眠った効果が出た。それとも、無意識に首を引っ掻いているうちに、血管が破れて頭が冷えた影響か。
整理された記憶を、偏りなく俯瞰したことで、得た気付き。
「エレノア様が、本気を出せている」。
ってことは、さっきと比べて、もっと敵を倒しやすい、ということ。
火力の差は、棘熊を殺した時よりも小さい。
しかもエレノア様の、優れたユニークをフルで使えるのだ。
取れる手段の幅が広まっており、ならずっと勝ちやすくなっている筈。
その確信が強まった、そのおかげか、閃きはすぐに降りてきた。
エルドリッチの種を、あの棘を手に入れることさえできれば、
もしかしたら、勝てるかもしれない!
そう考えて、僕は必死でペイルさんとライセルさんを説得した。今すぐあの塔の近くまで行って、あの棘を確保して欲しいって。彼女が助かる希望がある、って。
結果、エレノア様の能力に巻き込まれる範囲ギリギリまで、戻ってくれることになった。そこまでで棘付きに出会えなくても、そこに行く以前にエレノア様が負けてしまっても、どちらにせよ踵を返す、という条件付きで。
そしたら、カモがネギと鍋を背負ってきた。
殺しやすい姿形で、エルドリッチが向こうから現れてくれたのだ。
「ひぃっ!ぎいいいいいいいっ!!」
〈な、なんでもいいですけど、毎度毎度うるさい……〉
「フー……っ!フー……っ!ごぉ、ごべん……なざい……!」
〈あーもーいーから!さっさとやって!〉
ペイルさんが放つ高圧水流カッターに、右腕を切り落として貰ってから、断面同士をぴったりとくっつける。
その状態で、掌に棘を刺してもらって、止めていた再生を即座に開始させる。
「ぐ……!ぎ……!ああああ……ッ!!」
〈なにそれ、どうなってんですか……?きも………〉
神経が繋がることで、何かに侵食されている感覚が、末端から襲ってくる。
血管が残らず電動ノコギリの刃に変わって、骨を研いでくる、みたいな厭さ。
だけど、それは途中で止まる。
そして後退して、と思ったらまた広がろうとして、それを繰り返す。
最初の賭けに勝った!
「死体」となった僕の右手に寄生しようとして、だけど途中でそれが息を吹き返して、そこから殺して奪う棘と復活する僕の手との間で、せめぎ合いが起こった!
それも、うまいこと拮抗してる!
停滞してくれている!
これで!
「手に入った…ッ!!」
〈うわあ……、まぁじぃ……?〉
後は、天使にうまいこと……、だとすると位置関係は、エレノア様から見て、天使と僕が一直線上になって……、それで天使が手前、僕が後ろ!
「ぺっ、ペイル、さん……!」
〈うわっ、な、なんですかぁ……?〉
たぶん、水を操る能力の応用でイケる、と思うけど……
「そら、とか、あの、飛べたり、とか……?」
彼女は最高に万能なメイドさんで、本当に飛行機の代役をやってくれた。
そして僕を、天使の背へと投げ下ろしてくれた。
タイミングも狙いもバッチリ。
有能過ぎる……!
「こっちを見ろ、ゴルゴン……!」
エレノア様に、そして天使に見えやすいように、右掌を、そこに癒着したエルドリッチの棘を突き出す。
「ここだ!よく見ろ……!これは、お前の嫌いなものだろ……!」
命綱ナシでただ落ちながら、
僕の中の生物としての部分に、耳元でうるさく喚き散らされながら、
でも、姿勢は飽くまで「対決」だ。
虚勢で良い。バグってていい。
ドン・キホーテを今だけ宿せ。
「小さくても、無視するわけには、いかないものだろ……!喉に引っ掛かった、魚の小骨だろ……!」
あの巨大な翼がドン引くほど、自信満々に勝ちに来た顔をしろ!
それで、僕の小細工は終わりだ。
出来ることを、全てやった。
飛び降りたのだから、もうやり直せない。
後は結果を待つしかない。
エレノア様を、信じるしかない。
失敗するのが怖い。
なんで目を覚ましてしまったんだろう、って思う気持ちもある。
ここまで関わったら、エレノア様の死が、神格やエリーフォンのせいじゃなく、僕のせいになる。僕が弱くて、考えが浅かったからになる。誰にも押し付けることが出来なくなる。
それを分かった上で、彼女が助かる確率が高い方を選ぶ!
僕に掛かる重圧なんて知ったことか!どうせ死なないんだ!
非力なら、せめて負えるものだけでも負え!
「これが、僕の『覚悟』だ……!」
凄まじい勢いで風を切っている響きが、命が発する怯えによって恐慌状態の精神と、頭の中で変にミックスされたのだろうか。
どこからか、女の子の笑い声が聞こえた気がした。
おかしくて堪らないとお腹を抱える、そんな姿を幻視するほど、
とても楽しげな音色だった。




