23.制限解除
しゃららら、さららと、撫でるたび、ドレスの銀白が流れさざめき、
その透け具合を変じていく。
エレノアが身に着けるその華美は、出力調整用魔道具でもある。
なんの?
彼女が持つ、忌まれし固有魔導の。
彼女の力は、良好な血色を僅かに浮かばせる、白い肌によって強化できる。
その魔導能力によって発されるマナは、光や匂いに変質させた上で、全身のどこからでも放つことができるから。
特に、エルフやリカントで言う眼球のように、「光を受け取ること」に特化した部位を狙えば、覿面に効く。
簡略化して言おう。
彼女の肌は、光線銃の銃口だ。
より露出を多くして、より敵の近くで撃つことで、その威力を最大化できるのだ。
「麗しき銀白、患わしき蠱惑」
ドレス内部の特殊な液体が、分布を移ろわせ、偏光、反射率を変化させる。
體の凹凸を浮かばせる衣が、みるみるうちに不可視化していく。
「命は瞬く、夜に堪え難く」
ミネスの枷の下から、深く長い谷間を通り、臍の下まで。
両の鎖骨の端から、赤みが浮かぶ肩、腋、二の腕、グローブを脱いだ指先まで。
頸髄の中ほどから、背中全体と、臀部の上まで。
素肌が露にされていく。
「底無しの業欲、損なわれぬ威迫」
上半身を隠す形は、V字を体の前から貼り付け、その上端の二つを、首の後ろで結び付けたものに近い。
スカートの透過率は10割近くになり、腰回りはレオタード型に切れ上がって、鼠径部を覆うレース下着の上、同材質のガーターベルトから、内側半分だけ透明になった、白ストッキングが吊るされている。
「一切皆苦、“甘声濫色”」
固有魔導の総力を引き出すまでに、彼女は幾つかの段階を踏まなければならない。
具体的には、ドレス、ペイル、詠唱の3重ロックだ。
まず、周囲に味方や手駒が居ない状態を整える必要がある。本気の彼女の近くに居れば、彼らの魂が間違いなく燃え尽きるからだ。
次に、ドレスをシースルーモードに移行する。流れ弾の心配が無いと分かったので、銃を構え、発射準備に入るという手順。
彼女が“廃棄部隊”に持ち込むことを許されたのは、この専用仕様魔導夜会服と、そのメンテナンス係及び「出来れば殺したくない戦力」を兼ねる知性スライム、ペイル。どちらともが、エレノアにおいそれと全力を出させない為の、安全装置。
戦場に見合わぬ煌びやかな装飾と、従者付きという特別待遇には、それなりの理由があったわけである。
そして最後に、詠唱儀式。
肉体を守るリミッターの話と同じだ。魔導能力にとりわけ優れた者は、その強大なポテンシャルをフルで活用すると、自身やその周囲に甚大な反動を発生させかねず、だから常にブレーキを掛けている。
無意識領域で作用するそれを、表層意識の任意で外せるよう、自身に刷り込んだパスワード、それが詠唱。
固有魔導の名だけを宣言する場合や、文言を省略して読み上げる場合等、解除にも段階が存在するが、今回行われたのは全力投球、手加減ゼロの出力100%。
最高火力が必要となった際にのみ見せる、エレノアの全砲門解放形態。
この“はしたない”艶姿を目にするという、滅多にない幸運に浴する者には、漏れなく内から焼滅するという、比類なき褒美が与えられるのだ。
〈ヴォ゛ォ゛ォォワ゛アアアアアアアアアアアッ!!〉
絶殺の構えを見せる彼女の戦意に、勘付いたのだろうか。
月の天使から、慟哭の合唱にも似た突風が鳴り響く。
「騒々しいですよ?控えなさい、昆虫標本」
彼女が一歩を踏みしめる度、その足元から虫に塗れた草花が湧き、内なるマナを光らせ朽ちていく。
木々や獣が膨れ上がって、パチパチとカラフルに破裂連発、森が炎に包まれる。
「ああ、失礼。お前だけの問題ではありませんでしたね。この辺りは誰も彼も、盛りのついたお年頃ばかりのようで」
付近一帯のあらゆる生物が、魔導能力保有者が、今この刻に強く存在を彫り込もうと、その命を燃やし尽くす。最早この地で眠っている者など、何一つ存在し得なかった。
「“光害”という概念について、耳に入れたことは?つまり、『甚だ迷惑』と言っているわけですが、理解できるだけの脳は残っていますか?」
〈ヴゥゥゥゥォォォォワ゛アアアアアアッ!!〉
天使はその翼から、粒状ガラスめいた燐光を散らし、青白い光線の雨を降らせる。
突如現れた新たな脅威ごと、棘の塔を浄化しに掛かったのだ。
エレノアの輪郭が煙の如く立ち昇り、巨人めいた姿を造形した。
それは、一糸纏わぬ女体の彫像に似ていた。
顔の傾斜や稜線、体の起伏を肉感ごと写実しながら、目や口などの穴や各種突起など、滑らかさを損ねるものは省かれている。
銀白と薄桃色の二色が、エレノアのドレスと肌色の比率を完全に再現。二つの緩いロールを作ってなお、身の丈以上の長さを余らす髪は、トーガの代役を担うかのように胴へと巻き付き、右手右脚の先までを螺旋型に覆う。
マナの最も基本的な在り方とは、エネルギーだとされる。
彼女が今作り上げたのは、そのエネルギーの塊。
純粋な物理的干渉、破壊力と、それに触れた者に固有魔導の効果を叩き込む性質、その双方を持つ、彼女の魔導能力の具現。
「その喧しい点滅は、求愛行動のつもりですか?節操のないこと……」
それは右腕を翳し、その身と髪で青白いマナの波濤を受ける。
やがて耐え切れずに爆壊、肩から先を喪失するも、エレノアからのマナ供給によって、即座に再生を完了させる。
「生憎と操り人形は、ダンスパートナーとして対象外です」
銀白と薄桃の粒子が、手持ち花火の輝きの如く散らばり、地を跳ね飛んで木陰を暴く。
それが触れた地点の周囲から、生まれ、殖えて、滅ぶまで、爆発的速度で栄枯盛衰が上映される。
「星はただ輝いているだけでなく、慎ましさをも持つからこそ、美しいと知りなさい」
エレノアは左手の親指、人差し指、小指を立て、それで棘の塔を差し示し、
「ほら、どうせあなたは、これにも喜んでむしゃぶりつくのでしょう?」
巨像が背面方向に回転しながら、右手をそちらへ打ち振るった。
そこに纏わりついていた長髪が、パラリと解けて伸び上がり、毛先でコソリと棘を擽る。
ボコン、塔の先端が丸くなり、
〈み゛ィアッ!!〉
炸発!
棘が火山弾めいてばら撒かれる!
〈ヴォォォアアアアアア!!〉
怒り狂った叫号を唱和しながら、数十本の光線を涙めいて同時照射する天使。
エルドリッチの種を総て撃墜せんとする。
その時、エレノアは右手でも同じ形を作り、それで天使を指して、
「ずきゅーん」
棒読みで一声。再度月に向き合うまで、一周回り切っていた巨像は、それに合わせ、後ろに引いた右足で地を叩き、斜めに真っ直ぐ蹴り上げる。
その先端から髪が伸び放たれ、輝く矢弾となって翼の末端を射し割った!
「あら?棘の方からではないのね」
意外そうに言ったアスターに答えるべく、スーツ姿の短髪ダークエルフが仮説を開陳する。
「通常であればそうするべきですが、公共の概念が無く、自らの命にのみ執着するあの女の行動と考えれば、紐解けなくもありません」
実戦経験こそ無いものの、軍事に一家言あるつもりの女。
「戦いは野蛮で下賤な者の仕事」、そう考えるエリーフォン上流階級の中では、珍しい人材である彼女は、アスターの面目を潰さないよう、言葉を慎重に選びながら語った。
「あの女にとって問題となるのは、月の天使と共に棘の病を滅却したとして、ではそれがなされた後はどうするのか?という点です」
万全に近い天使と1対1で戦う?危険過ぎる。軍隊を用意してやることだ。
自分をスルーしてくれるのを願って隠れる?神格はそこまで甘くない。天使の攻撃から身を守れるほどの魔導能力を行使した時点で、敵として捕捉され、殲滅対象に設定されていると考えるべきである。
スタコラ逃げる?その素振りを見せた瞬間、神格を引き連れて市街地や友軍に突っ込む可能性を睨まれ、ミネスの枷がボカン、だ。
模範解答は、「被害を大きくしないよう、その場で天使を引き付けて、最後の犠牲者として散る」、である。だがエレノアという「三下の小悪党」は、死ぬのが怖くてそれを選べない。
「ならば狙うは、漁夫の利しかありません。少しでも生き残っていれば、そこから瞬く間に感染と勢力拡大を遂げる棘の病を、優先的に叩きつつ、その陰に隠れて天使を害する。それが唯一の勝ち筋となるのです」
塔の欲求を煽り、棘を撒かせたのも、天使がそちらに掛かり切りで、自分に構っている暇などない状況を作る為。
巨獣同士の戦いの中で、兎が勝つ為に出来るのは、目立たないよう気をつけながら、双方をチマチマ齧っておくことだけ。
「地を這って見せて、男の足の指を舐めて、と、そういう媚び諂いで命を伸ばしてきた、芋虫女らしい生存戦略です」
その理解が伴ったことで、婦人達はますます心を弾ませた。
「そうそう、こういうのが見たかった」、と、そんな顔だった。
思い上がって世に憚り、思い遣り合う輪を乱した“悪”が、焼けた靴を履かされて、踊るように跳ね回る。
その涙ぐましい努力の先で、自分が助からないことに気付く瞬間。
それの到来が確定していることが、彼女達の気分を一層良くした。




