22.開幕
「エレノアはまだ戦わないの?」
「怖気づいてしまったのかしら。だとしたらなんてつまらない女」
「通信士に、もっと死の恐怖を煽るように、お願いしましょうかしら」
「おやめなさい。ますます動いてくれなくなるかもしれませんでしょう?」
エリーフォンの辺境部に位置する都市の一つ、キヴィル。
その上空に、巨大な魔導飛行船が浮かんでいる。
ガス袋の下部に位置する船体は、豪華客船に比するほど広く、その内装も劇場や上流市民の屋敷のように、調度一つとっても贅沢なもの。
その中でも特に大きな窓を持つ部屋、その中にパンツスーツやドレスを着た、ダークエルフやハイエルフの女性達が、10人近く集まって、据え付けられた双眼鏡で、西の戦況を遠巻きに見物。
肘置きにも凝った細工を施した、臀部が沈み込むような椅子に腰掛け、テーブルの上にケーキや茶菓子を用意しながら、談笑に花を咲かせている。
「まさか神格が2体も揃っているところを拝見できるとは、思いもよりませんでした。それもちょうどあの女の前に」
「セラを導く天の御意思が、エレノアに罰を与えているのよ」
「こんな絶好の機を覗かせて頂けるなんて、なんという巡り合わせ」
「アスター様にお誘い頂き、大変光栄です」
「それもこんなに太っ腹な待遇を頂き……流石は初の女性元老議員の御一人」
「およしになって。面映ゆいわ」
この集まりの中心人物は、長い金髪を編み込んだ束を、幾つも頭の上から後ろに流す、白いボール・ドレスのハイエルフ、アスター・ブランド・ウィートリー。
その髪型と言い、ドレスのあちこちにあしらわれた刺繍と言い、外見に手間暇をかけていることを、言外にこれでもかとアピールしている。
彼女達は、“エリーフォン純白魔導優民国婦人連合会”、略式名称“婦人会”の一員である。ここに居るのはその組織の中で、アスターが特に懇意にしている者のうち、幸運にもこのタイミングで、スケジュールに空きが出来ていた者達。
この飛行船は、彼女の提案と権限で飛ばされている。希望する者を最短で半日滞在させる、期間限定の娯楽イベント。
朝と晩の一回ずつ地上に降りて、客の入れ替えと各種メンテナンスを行い、また飛び立つ。そんな彼らが見物するのは、西部方面軍第5懲罰部隊の戦いぶりだ。
目玉は言うまでもなく、悪名高いハイエルフ、“甘淫令嬢エレノア”である。
そもそもこの企画が、その女の存在ありき。世にも珍しい、最前線で使い潰されるハイエルフ。その見世物に興味があり、加えてビジネスチャンスも感じたアスターが、立ち上げたもの。
密着“廃棄部隊”24時。
極限のリアリティの為、見られる側である部隊には、徹底的に秘匿されたこの催事。アスターは主催及び元老議員特権として、いつでも好きな時に乗り込めて、VIPルームに好きな人間を招待できる。
まさに今、この時のように、だ。
「はやくあの女が無様に犯されるのが見たいです」
「純正血統に逆らう愚かしさを思い知って……どんな顔をするんでしょう?表情までは見えないことが悔やまれます」
棘の病発生の報せを受け、急いで駆けつけた一同。
そんな彼女達は、戦場のスリルをも疑似的に楽しんでいるわけだが、けれども流れ弾が恐ろしくないのだろうか?
その疑問の答えは、「特に心配はしていない」、だ。
飛行船には、推進力発生や双眼鏡の倍率向上の他にも、材質強度強化や防護シールド展開等、様々な術式が搭載されて、飛行中は常時稼働状態。
万が一、神格がキヴィルへと進行し始めたとして、このままこの飛行船で、自分達だけ逃げてしまえばいいだけ。
機関部では今も奴隷達が、交代で魔石にマナを注ぎ続けている。その多大な労苦によって、優雅で和やかな空の旅が成立しているわけだ。
これほどの資源を動かすプロジェクトは、元老議員でないと実行できない。アスターの目的であるカーストの誇示は、極めて効果的に果たされていると言えよう。
「貴重な砂糖」と「安全」という、豪華嗜好品欲張りセットを喫しながら、神格の絢爛なる破壊と殺戮に、感嘆の声を上げる一同。
その誰もが今か今かと、エレノアの出番と、そして退場を、
待望していた。
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「あ……?」
気が付いたザルドは、谷底に居た。
近くにはあの黄色い塔があり、遠くには存在感がうるさい羽虫が飛んでいる。
何が起こった?
膝を立ててから、周辺を見回す為に上体を起こ……そうとして、叶わない。
肘で地面を押しても、だ。
腰に問題があるのかと手探りで調べ、そもそも脚を動かしたところから、錯覚だったと理解する。
下半身が、無い。
腹筋も恐らく、半分ほど失われた。
起き上がれないのも納得であった。
「やきが、まわったか……」
いけ好かないエリーフォン相手に大立ち回り、泣く子も黙る牙辣のザルド。
その最後が、エリーフォンに繋がれた犬として、災害により事故死とは。
締まらぬ話もあったものである。
「あのとき、しんどきゃあ、よかったか……」
口ではそう言うものの、気分はそこまで悪くなかった。
おめおめと生き長らえたからこそ、面白いものをそれなりに見られた。
特にあの、高慢ちきなハイエルフ。
あれは笑えた。
あの女が落ちぶれている姿は、思ったよりはつまらなかった。何なら偉ぶる余裕が見えて、逆に腹が立つくらい。
だが、そいつが連れてきた少年。あの、よくわからない奴は、最高だった。
あの、異常者そのものな奴隷の言動で、骨のあるハイエルフが目を白黒させて、ピンと張った糸を曲げ歪ませる。その様はなんとも、傑作だった。
それにあの少年は、戦士だ。
彼がこれまで見た中でも、とびっきりバカな狂戦士だ。
ああいうバカ野郎を見て、まだまだ世界も腐り切っちゃいないと、そう思えた体験は、冥途の土産として至福の贅沢。
「まあ、こんなもんか……」
棘に乗っ取られた死体が、少し離れた地点に着地した、その音が聞こえた。
できればあれらに体をくれてやらないよう、頭から火でもかぶりたかったが、流石にそれは望み過ぎか。
「ませきとか、そこらに……おちてねえか……」
万事都合良くはいかないものだ。
「ご注文の品はこれかい?」
そう溜息を漏らした胸の上に、ポピュラーな軍事用魔導石が放られる。
「おま……!」
「なあに、礼はいらないサ。常連への義理ってヤツサネ」
バナフスはそう言って、彼の左腕を枕にしながら、土の上に横たわった。
その腹には、何かの破片が深々と刺さっている。
「そんくらいなら、まだ、たすかんだろ……」
「それをアタシの口から言わせようってのかい?野郎ってのは、どいつもこいつもブスイな連中だねえ」
「るせえ…!ユルいヤツだとおもってたけどよ……ナニがなくてもはつじょうすんのかよ……!とんだ、しりがるだ……」
「誰とでも寝れるのが、アタシの良い所、ってネ」
「お互い、因果な商売サ」、
そう言って彼女は、彼の胸、魔導石の上にそっと手を置いた。
「ちげえねえ」、
そう言って彼は、その手を握るように右手を重ねた。
魔導石は抽入されたマナを、燃焼に変換。
棘付きどもの目前で、餌食は舞い踊る朱火に化ける。
その情景はまるで、真っ赤に熱された彼らの魂が、
互いを求めるあまりに体から抜け、融け交じり合っているようだった。
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逃げている。
彼らは今、誤魔化しようもなく、逃走している。
信念を通す為に、信念を曲げる。その二律背反を解消できないと、敗北を宣言。
「どうしても」の片方を曲げて、妥協。苦悩を噛み殺して一目散。
慙愧。
口惜しさが、恥ずかしさが、喉の奥の痒みのように、彼らを解放してくれない。
「これしかない」と分かっているのに、その決断はしこりとなって、気道も食道も圧迫する。
「ライセルと共に生存者を集め、後方へ逃がせ」、ペイルはそう命じられた。
監督官と囚人が多く生き残るほど、エレノアがエリーフォンに従順である証となる。彼女が処分を免れるかどうかは、その働きに掛かっている、と。
「この戦いの後の為」、それを言い訳に、目の前の危機の中、主人を独りで置いてきたのだ。
「ユイトを託す」と、ライセルは言われた。
新発見の種であり、不死身という特異体質。どんな扱いを受けるか、まるで分からない。
好き放題に弄り回されないよう、政府側に訴えかけるパイプがあり、それをすべきと考える良心も備えている。加えて、行方不明扱いにして国から隠す、という選択肢も持っている。そんな彼だから「頼む」のだと。
そして彼は、囚人に守られる看守に堕ちた。
「罪無なき者を庇え」と悪女の口から請われた、間抜けな監督官に。
ペイルは水蛇形態となり、歩けない者を治療しながら運搬。
ライセルは馬を駆り、同僚や囚人達を先導する。
それは最高効率の撤退であり、見事な退き口。
全くもって正しい行動で、「逃げる」という目的を最大限果たしており、
だから余計に、二人の心中を刺すように痛めつけた。
「なんだかんだ言いつつ、しっかり逃げるんだな」、「迷いから足を鈍らせもしないなんて、『信念』なんて結局そんなものか」、
そういう声が、内側から聞こえてくるようだった。
そんな彼らが背を向けた、西の戦地。
そこから、銀色の輝きが立つ。
〈始まった……!〉
空を割るような柱耀に照らされたせいか、
それを受けたペイルの体内に走った波のせいか、
彼女に運ばれていた一人が、
「エレ、ノア、さま……」
意識的か定かでない、細やかな反応を示したのだった。




