2.どこにでもいる少年の話 part2
ドンッ!だったか、ドォン!だったか、ドカン!だったか。
とにかくまず一つ、破壊的な爆音が炸裂して、僕の鼓膜を平手打ちした。
倒れそうになるのを机に掴まって耐えようとして、続けて足の下が不定形になったみたいに波打ち、室内がグシャグシャにシェイクされる。
地震だ!だけど避難訓練とは違った。
立つどころか這い進むことすら難しく、机の下に頭を、なんてことを言っている場合ではなかった。
ただ床にへばりついて震えていると、少しずつ揺れが収まってくる。
胸に暖かい安心感が流れ込んだのに伴って、全身に血が巡り、脳が活性化。
「!アゲハさん!」
一緒に居たもう一人の無事を確かめようと立ち上がり、
そして窓の外のそれを見た。
「……?」
グラウンドに、塔が建っていた。
いいや、樹木、かもしれない。
灰色を基調とし、ところどころが緑に染まっているそれは、視界に収まらないくらい高く、下にいくほど徐々に細くなっていて、目線はその変化を追って根本へと到達し、
先端が幾つかに分かれた、長く広い平面が、地にめり込んでいるのを見た。
それはまるで足だった。
巨人の一歩が、そこに踏み込まれたのだと、そんな突飛なことを思ってしまうくらい、幻想的な光景だった。
「先輩、あれ……!」
アゲハさんにも見えてるってことは、あれは僕の脳が生んだ幻覚ではなく、紛れもなく現実ってことになって——
ズンと、“足”がより深く埋まった。
それを皮切りに潜行は加速、川底に体重を掛けるみたいに、ズブズブと嵌まりこんでいく。
踝らしき部分まで浸かり、それから足首が続き、それと一緒に、グラウンド自体も沈んでいるように見えて「先輩、なんか……」
呼ばれて彼女の方を見て、そこで違和感に襲われる。
「なんか、傾いて、ませんか……?」
そう、斜めってるのだ。
僕達は、校舎ごと——
ガクンと、それは一気に進行した。
地殻ごと折れ曲がったみたいに床が跳ね上がり、ほぼ直角になってしまったのだ。
目が、見えてる世界が、回る。
前衛的な絵画の中で、プカプカと浮かんでいるみたいに。
「きゃっ!」
「ひいっ!?」
空中に投げ出された僕達は窓側の壁に叩きつけられて、そこに机と椅子が容赦なく降り注ぐ!悪夢みたいな脈絡の無さ。地面と空が逆転したような異景!
ガラスが割れる耳触りな音をバックに、なんとか安全な場所まで這い逃げようとして、
「あっ」
目の前でアゲハさんが、近くに落ちた椅子に驚いてバランスを崩し、そのまま窓の向こうへと消えた。
「アゲハさん!」
覗き込んだ先で、レースのカーテンにしがみつく彼女が見える。まだ無事だ!しかもそこまで離れてない!
「今、引っ張り上げるから……!」
窓枠に体を乗せて、腕を下に伸ばす。彼女がその手を取ろうとして、あと少しで届く、というところで、
カーテンレールが耐えられなかった。
バキンという破砕音の直後、指先同士が離れていって——
「うわあああああああッ!!」
窓枠を掴んで飛び下り、反対の手で間一髪、空を切りかけていた彼女の指を引っ掛けた。
「ぐぎぃぃぃぃぃぃっ!」
が、直後に強い力で、全身を左右に引っ張られる。
昔存在したと言う、車裂きの刑を思い出した。手足に結んだロープを、正反対の方向に進む牛に引っ張らせて、体を引き千切るというもの。
窓枠に掛けた指も、刃を押し当てられてるみたいに痛んでいる。指の関節が、切り離されてる最中みたいに悲鳴を上げる。
「先輩!」
「い゛……!いま……!うえ、に……!」
「放してください!先輩!」
絶体絶命の窮地に、アゲハさんがとんでもないことを言い出して、僕の指を開かせようとしてくる。
「はな……!せな……!」
「先輩が二人分持ち上げるなんてムリです!私を捨ててください!もういいですから!」
「ま……だ……!」
「こんな時くらい偽善者やめてください!」
ちっぽけな僕達の命が、吹き飛ばれようとしている、その間にも事態は進行していた。
巨人の足が今も沈んでいっている部分から、竜巻のような渦動が生まれ、さまざまな物を巻き上げた。
グラウンドレーキ、ハードル、コンクリ片、砂利やガラス、トタン板、車、歩道橋………
そしてその中には、得体の知れないものが混ざっていた。
黄色い棘のようなものを無数に生やす、ハリネズミやタワシみたいなそれは、嵐に乗って僕達の近くまで飛んできて、
〈みィイ゛イ゛イ゛イ゛イ゛イイィィイイイィィィイィッイアァァアアァアァアアアァァァッ!!〉
怨霊めいた鳴き声と共に、ごぼん、と破裂。
「ひぐっ!」
苦悶に震えるアゲハさんの方を見ると、足に棘の一本が刺さっている!
「先輩……!私、もう、ダメですから……!」
周囲をよくよく見てみれば、渦に流され振り回されている物の中に、棘の塊が大量に混ざっている。
そして今まさに、大きめな一つが、こっちに飛来している!
「先輩!逃げて!」
このままだと、彼女に爆発が直撃する!
引き上げないといけない!
今!すぐに!
皮膚が切れ、肉が角に食い込むのに構わず、窓枠を掴む手に力を入れる。
後先を考えるな。
ここで動けなきゃ、次は無い。
誰かの助けになれるような、そんな人間になりたいんだろ。
だったら、今この場にある命の危機を、見過ごすなんて出来ない筈だ!
思い出せ!「少しの勇気と大きな覚悟」!
全力を出せ!
自分が持ってる何もかも、「捨てて良い」って思い込め!
「うおおお、」
一度体を振ってから、
「ああああアアアアアアアアアア!!」
反対側に振り子運動!
同時に彼女を掴んでいた左手を振り上げる!
ゴキゴキと肩が外れた音。もしかしたら骨まで折れてるかもしれない。
関係ない!
これからは使い物にならないかもとか、そんな恐怖今は要らない!
今ここで彼女を救う、それが全てだ!
それが出来なきゃ全部おしまいだって思え!
赤熱した火かき棒をぶっ刺されてるみたいな激痛と共に、アゲハさんを窓の内側に放り込む。
「や、」
その時、棘の塊は、足で触れられそうなほど、すぐ近くに居た。
「やった——」
………あれ?
上半身を起こす。
そう、僕はいつからか、横になっていた。
周囲を見回すと、石造りの広場みたいな場所。
「???」
ここは、どこだろう?
僕は、なんでこんなところで寝てるんだ?
頭の靄を晴らそうと首を振り、現状把握に努めようとして、近くの円柱の後ろから覗く、ギラついた眼光にそこで気付く。
マスケット銃みたいな物を持ち、茶色の鎧らしきものを身に着けたそいつは、
二足歩行の蟻みたいに見えた。




