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【第一章完結】最弱不撓の冒涜者~不死身になってしまったコミュ障転移少年、拾ってくれた腹黒没落エルフ令嬢に尽くしていたら、いつの間にか過保護に包囲される~  作者: D.S.L
第一章:不死身以外に取り柄が無いヤツ

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19.実行

「これはな、ユイト。忘れてはいけないものだ」




 父方のおじいちゃんは遠くに住んでいて、あまり頻繁に会ったことはなかった。お母さんとの折り合いが悪い、みたいな話を聞いたこともあるから、それも理由の一つかもしれない。


 おじいちゃんは色々なことを教えてくれて、だから僕は強い影響を受けた。


 具体的には……けん玉がやたらと上手くなったり、とか?残念ながら、令和日本のけん玉普及率はさほど高くなくて、お披露目する機会なんて訪れた試しが無かったけど。


 そしてそういった事柄の一つに、一際ひときわ凄絶に焼き付いている記憶がある。鹿の解体を見せてくれた時のことだ。


 それを僕に見学することについて、お母さんは反対した。お父さんは中立。僕もちょっとイヤだったけど、でも怖いもの見たさと、おじいちゃんが好きだったこともあって、提案を受けることに決めた。


 そして、“鹿”っていう継ぎ目すらない滑らかな形から、血みどろの汚れと内臓が引っ張り出されるところを目撃し、結構なショックを受けた。


 表向き、無駄なく完成され尽くした造形、一つの個として完結したもの。その内側は酷くグチャついていて、全身の神経に逃走命令を流し込み、震えながら跳び退かせようとしてくる。


 赤色が目から脳に入って、内側からガンガンと頭を叩いた。


 森で見れば穏やかな自然を感じさせる雄姿が、そこでは悪趣味で気持ちの悪いオブジェ。「汚い」とか「醜い」とか、そこまで言語化出来てなかったけど、そういう感情を抱かずにはいられなかった。


「残酷だと思うか?」


 おじいちゃんは僕にそう訊いた。僕がどう答えたか、思い出せない。僕のことだから、曖昧に濁したんだと思う。


「だがな、ユイト。これが生きるってことだ」


 けれど、彼が何を言っていたかは、よく憶えている。


「流血は野蛮だとか、殺すのは可哀想だとか、そう言う人間もいる。だがな、どんな人間でも、生きる過程で、他の命をバラして喰らっているんだ。殺して、壊して、むさぼり食っているんだ」


 それが、見えるか見えないか、それだけの違いだって、おじいちゃんは言った。


「他の人間が殺したのを食っただけで、だから殺さなくても生きていける、だから自分達には罪が無い……本当にそうか?赤い血が流れないから、草を踏みつけ、摘み取り、食べるのは、残酷なんかじゃない。それでいいのか?」


 僕は、確かその時初めて、ちゃんと想像したのだ。自分がいつも食べているものには、その前段階っていうものがあって、それを殺して、僕達は生きているんだ、と。


「じゃあ、残酷だからやめるべきか?命ってのは、栄養だとか空間だとか、他の命が受け取る筈だった資源を、自分のものとして奪い合って、それに勝った者だけが生き残れる。命を奪うのが罪で、生きること自体が悪なら、人間は今すぐ死ぬべきか?」


 それは、正しいような、でも間違っているような、だけど、どう正しくてどう間違ってるのかが、言葉にできなくて。


「なら、みんな死ぬのが良いことなのか?大切な人から食べ物を取り上げて、飢えて苦しみのたうつことを強制して、自分から死ぬように仕向けるか、それともその手で直接殺すのか。それは——」




——「残酷」じゃないって言うのか?



 

 「可哀想」じゃない、のだろうか。

 命を守ることは命を奪うことで、それは悪くないのだろうか。


「人間は、命は、生きる為に、できるだけ長く続く為に、残る為に生まれたんだと、そう思う。けれど、その為には他の命を、『続いているもの』を頂かなくてはならない。生きるということは業が深いことで、けれど殺さないことが正しいわけでもない」


 その辺りで、幼い僕は頭がこんがらがってしまったのだろう。おじいちゃんは、「今すぐに答えを出さなくていい」って、そう微笑んでくれた。


「参考までに、これは俺が勝手に考えた意見だが……人間性に必要なのは、『少しの勇気と大きな覚悟』だと、そう思うんだ」


 そして、一つの解答例を示してくれた。


「『なになにの為に殺してやる』、それは簡単だ。どんなに難しく思えることでも、罪深い行動でも、それを実行する一線は、案外あっけなく越えれるんだ。地球上に、『殺して生きている』人間が70億から居るのが、その証拠だ」


 やろうと思えば、どんな不可能にも、挑戦すること自体はできる。どれだけおぞましいことでも、ブレーキ無しにやれてしまえる。殺して食うっていう残虐非道が、僕達生き物の基盤だからだ。


「忘れてしまえば、分からないままでいれば、狭い近視きんしがんさえ持っていれば、人間はなんでもやれる。どんな勇気だって出してしまえる。


 本当に難しいのは、だから、“覚悟”することだ。責任を持つ、と言ってもいいかもしれない。


 それが悪だとして、罪だとして、失敗だとして、大きな苦痛を伴うとして、けれども『やる』と言うことだ。『自分がやりたかったからやった』、そう言い切れることだ」


 「正しいからやる」んじゃない。強制されたからそうしたんじゃない。外に理由を作ってはいけない。


 何も正しくない僕達が「正しさ」を理由にするのは、それを正しそうに唱えた誰かとか、それを正しそうに見せかけた何かとか、いざとなったらそういうものに、責任を転嫁する為の予防線。


 誰かが殺して食卓に並べたから食べた、みんなに言われて石を投げた、国に命じられて密告した、だから自分は何も悪くない。正義に従っただけで、被害者が居るなんて知らなかった。


 そうした犠牲と行動の上で、自分や大切な誰かの生存、安全という利潤を得たけど、でも、何もやってない。隠してた、騙してた奴らが悪い。


 それじゃあダメだって、おじいちゃんが言っていたのはそういうことなんだろうと、後から思い返した時にそう考えた。


 生きるにしろ、それが嫌で死ぬにしろ、何かしらの罪。その中から「生きる」ということを選ぶ勇気と、その結果地獄行きでも受け入れるという覚悟。


 特に、覚悟は難しい。

 どうしても、心意気を買って欲しくなる。


 「地獄行きでも良いっていうくらいに本気だった、その熱心さの分だけ他より免罪してください」と、閻魔に色目を使いたくなる。


 そうじゃない。

 地獄で良いって言ったなら、良いんだ。

 その言葉は、罪を軽くする為のものでも、楽にする為のものでもない。


 痛いし苦しいし怖いのはそのままに、それを永遠に引き受けるという意思。この先にそれが延々と続くという確信。それを持てるかどうか、って話なんだ。


「ユイトは、勇気を持っている。なにせこうやって、“生き死に”に触れようっていう、一歩を踏み出せたんだからな」


 「怖がらないことより、ちゃんと恐れることの方が、ずっと大事だ」、

 おじいちゃんは、そう言ってくれた。

 僕に必要なのは、あと一つだけだって。


「本当のことを知る勇気を出した後は、それを命ある限り受け入れ、正面から対峙し続ける、その覚悟だけだ」


 僕は人を傷つけたくない。

 できれば動物に、全ての生き物に対してもそうだ。


 だけどそれは正しいからじゃない。地獄で刑を軽くしてもらえるからじゃない。

 僕がそうしたいからだ。


 だから、自分勝手な優先順位を付ける。

 それが罪だって分かった上で、やる。


 その先がもっと、痛くて苦しいものだって、分かっている上で、その道を進む。


 「僕にとって生きてて欲しい人に、生きていてもらう」っていう僕の得の為に、

 僕はそれを脅かす命を傷つけ、殺さなきゃいけないんだ。




 違う。

 「そうじゃなきゃ」、じゃない。

 ()()()()




 バリケードを踏み越える。

 棘熊のあの唸りが、金切り声に変化する咆哮が聞こえる。


〈む゛み゛ィィィィイイイイィィイイイぃイイイィィいいィィィィィ!!〉


 まただ。

 また、この、ザラつきだ。


 危険に近づかれたんじゃなくて、危険に取り囲まれた、この感覚。

 ヒヤリとして終わりじゃなくて、「今にも死んじゃう」がずっと続く、この恒常的な悪寒。


 僕の首にすぐ届くところに、ナイフを持った敵の手があるような。


 自分の右手を血が出るほど噛んで、湧き上がる貪欲を押さえ鎮める。

 左手に持たされたのは、エレノア様のアームグローブ。それから、甘辛いような、甘酸っぱいような、唾液の分泌を促すかぐわしい香りが漂っている。

 

 食べたい。

 口に含んで、しゃぶって、呑み込んでしまいたい。

 せつなげに渇く喉を、それで撫でてやりたい。


 そのうずきを、血液でうるおして誤魔化す。

 二つの眼球が、痒くなるほど震えているのを感じながら、それでも視界から、熊を外すことだけはしない。


 魔導砲と拒絶障壁が生むフラッシュで、痛む網膜を酷使して、瞬き一つ許さない。

 

 やり始めることは誰にだって出来る。

 踏み出すだけなら、特別なことじゃない。


 痛覚を直接ドリルで掘り進められるような、そんな最悪の苦しみを味わっても、進んだ先に待っていた地獄が、自分が思っていた以上に辛いものだったとしても、


 「やめない」、その覚悟こそが、本当に必要なこと。


 僕にはそんなもの、まだない。

 何を選んでも間違いなのに、間違えることが怖くて、行動できない。


 でも、でもせめて、一番は、「これだけは」って何かは、守り通したい。

 譲れないものについてだけは、やり通したい。




 「間違えたくなかった」っていうのは、

 間違えたことの言い訳にならないのだから。


 


 後ろから見ている筈のエレノア様を勇気づける為、左手で握った拳を掲げて、「やってやります」と意思表示。


 よし、これで前にしか行けなくなった。

 ここからきびすを返すことを、僕の度胸じゃできないくらい、恥ずかしい行為にすることができた。


 退路をって真っ直ぐ進み、左手の高さはほぼそのままで、見せつけるように頭の前へ。

 明らかにそれに合わせて、棘熊の鼻先の角度が変わった。

 

 エレノア様の魔導能力の影響か、薄桃色に光るそれを軽く左右に振って、確かめてみる。やっぱり、興味を示している。


 更に一歩。

 右手を僅かに前に倒して、匂いをより近づけてやる。


 また一歩。

 砲撃が止まっても、そいつは動かず、僕の方に釘付けになる。


 もう一歩。

 棘で上下に貫かれた鼻の頭が、ヒクついているように見える。

 そろりと、スローモーションで、こっちに近づいてくる。


 そうだ。

 来い。

 食いついてこい。

 こっちの水は甘いぞ。

 エレノア様ご謹製だぞ。

 欲しいだろ。

 食べたくて仕方ないだろ。

 ほら、

 お前にあげるよ。

 美味しい美味しい餌をやる。

 入れてやるから、口を開けろ。

 載せてやるから、舌を差し出せ。

 前のめりに、頭を垂れろ。

 首をめいっぱい、前に伸ばして、

 そうすれば届く距離に、


 一歩、


 そこで世界が真っ黒に落ちた。

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