15.暖かみ part2
「アンタのその、チマチマした考え方は、ご主人サマの受け売りかい?」
対面に座りながら訊ねるバナフスさん。
「エレノア様の?あ、いえ、僕達はホント、まだ会って間もなくて、あのー、経済とか、そこまで込み入った教育は、特に……」
「なーんだ。アタシはてっきり、自分で買った奴隷に寝床もくれてやらないケチクサさを、そっくり叩き込まれてんのかと」「エレノア様はっ」「うおっ?なんだい急に」
言葉も感情も整理せずに走り出す悪癖が、僕を勢いで立ち上がらせていた。焦るな、落ち着くんだよ玄桐唯仁。腰を下ろして、ゆっくり話せ。
「僕なんかが返答の速度を上げたところで、何の虚飾にもならない」、「大人しく首を差し出すべし」、だ。
「エレノア様は、薄情なんかじゃ、ありません」
言いたいことを、言いたい順に、簡潔に、だ。
「寛容で、用心深くて、深い考えを持ってて、相手の気持ちや、些細な長所にも気づけるくらい、ちゃんと周りを見ている、そんな人です」
補足情報を付け足しまくりたい無限の衝動を抑えて、彼女の良い所を掻い摘む。
「アンタをテントから締め出してるのに、かい?」
「だってその、僕がエレノア様に従う、って言う約束には、僕の言葉以外に、あー、保証が、安心材料がありません……。僕が死なないせいで、そうなってます……」
「それは……、アンタが信用されてないってことだろう?忠義に対して酷い仕打ちじゃないのサ」
とんでもない。
むしろ、過大な評価を受けてしまって、もったいないくらいだ。
「僕ごときを相手にして、寝首を掻かれる可能性を考える人なんて、居ないんです、普通は……」
気にするべくもない砂粒か、見てて気分が悪くなるクソか、僕がなれるのは、もっぱらそのどっちかだ。
「エレノア様なら、不快なら不快って、言うと思うんです」
「確かに、それは想像がつくわね」
「僕を、あのテントに入れない、その理由を言わないってことは、きっと、ですけど、それが脅威視から来てる、ってこと、だと、思います……」
警戒している相手に、「警戒してます」って言う人は、そうそういない。その人に本物の害意があった場合、「警戒されている」という情報そのものが、アドバンテージになるからだ。
エレノア様は、きっとそういうことまで考えている。
僕が裏切って、エレノア様を危機に陥れる、それを決して「ゼロ」と見ていない。
「僕は、見ての通り、その、ダメなヤツで……、でも、そんな僕でも、エレノア様は、『敵になるかも』って、そう思ってくれてるんです」
僕が“可能性”を持っている。それを信じている何よりの証拠が、居住スペースに入れないという徹底ぶりだ。
「口では尊大で、周りを見下してる感じ、出してますけど、でも、あの人にとって、僕も、皆さんも、根っこの部分では、そうですね……、“対等”なんだって、そう思うんです」
僕が感じているこの二面性を、何て表現したらいいのか……。
「立場的に上に立ってるし、戦ったら、勝つ自信はあるんだけど……、その力関係が、いつ入れ替わるか分からなくて……、えー、だから、その、そうならないよう、備えるんです。警戒する。それは——」
——それは、“敬意”、ですよ
「敬意……かい……?」
「はい。あの人は、うーんと、蟻を視界に入れてくれる象で、芋虫の気持ちになれる鶴、みたいな感じ、なんです」
「フーン……?怪しいモンだけどねえ……?」
バナフスさんは、納得いっていないようだった。そういうこともあるだろうと思う。
この人にはこの人の、エレノア様が見えている。僕の見方、僕の想いと重なり合わなかったとしても、おかしい話じゃないのだ。
「ま、心変わりして、愛想が尽きたらアタシに泣きつくといいサ。野郎をなぐさめる手管には自信があるからね」
「そんな……、これ以上、お世話になるのは……」
「エンリョするんじゃないよ、アタシは大歓迎だから。誰とでも寝れるのがアタシの良い所サ」
「『寝れる』って……あっ、えっ!?『慰める』ってそっ、そういう……!?いっ、いいですっ!いいですからっ!それはっ!」
「アハハハハッ!顔がリンゴになってるわよ?ボウヤはウブなネンネかい!」
そ、そっか……、バナフスさん達は“廃棄部隊”に娯楽を提供する人だけど、“そういうサービス”も有り得るのか……!
「ホントに変なところで察しが悪くなる子だねえ?幾らタネが殺されてるとは言っても、ヤるこた出来るんだからヤるに決まってるサネ。特に攻撃性の強いオトコってのはあっちの方も——」
「んっ?えっ!?ちょっ、ま、待ってください!?」
なんか今サラッと変なこと言わなかった!?
「『タネが殺されてる』って……」
「………聞いてないのかい?お嬢サマはともかく、ライセルのヤツが教えてやってもいいだろうに」
なんだかジットリと、嫌な汗が背を伝った。
「エリーフォンじゃあ、重めの罪人から子を産む能力を奪うのサ。ヤッてもできなくなるってわけ。逆にヤリまくるのに便利だ、って思ってるバカもいるけどね」
“廃棄部隊”に所属している人は、当然全員がその対象なわけで。
「じ、じゃあ、エレノア様も……?」
「そりゃそうだろうね。ハイエルフとしちゃあ若い身空で、生き物としてのお先真っ暗サ。そういう意味では、同情しなくもないねえ」
「なっ、なんで、そんな……」
「お国の話じゃあ、犯罪者になるタチってのは、血で継がれるらしいわよ?じゃあ、まあ、仕方ないのかもね」
「それは間違い」、というのは僕の世界での知識で、だから否定しきれず、語尾を曖昧にモゴつかせてしまい、
「決めつけは、よくないですよ……」
そんなことを言うしかない。
「そーだろーけどサ、私が言い出したわけでもないしねえ」
「あっ、そう、ですよね、すいません……」
胸を痛めるのは、けれど自己満足だ。
エレノア様がそのことをどう思ってるかなんて、お前に分かるわけないじゃないか。
彼女の心情を決め付けるな。他人を言い訳に自傷して、その痛みに浸るのをやめろ。
頭をリセットしようとお茶をぐいっと呷り、口の中が痺れたみたいにバグった。それで顔の筋肉をうねらせる僕を見て、愉快そうに目を細めたバナフスさんは、
「そうサネぇ……」
おばあちゃんを思い出させる、優しく長閑な声と表情を作る。
「アンタみたいに、アホくさいほど優しくて、なんでもかんでも見ようとしちまう、実行できちまうヤツだったなら、もしかしたら——」
腰が跳ね上がった。
続けざまにもう一度、背中を一本の衝撃が通った。
下顎が無理矢理閉じられ、歯と歯がガチンと舌を噛み潰す。
「ぎゃあガっ!?」
「なんなんだい一体!」
痛みによって時間感覚が引き伸ばされ、その間に脳が今起こったことを整理していく。
揺れたんだ。
地面が縦に、大きく震えたんだ。
だけど、鋭いのが一発、って感じで、地震とはまた違うような………
ブゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ
次に耳に入ったのは、キャニスター型掃除機の起動音みたいな空気の流れと、
ゥゥゥゥゥゥゥウウウウウウウウウウウウウウウウウ!!
それが高まり強まっていく過程。
どこか聞き慣れた、不安と危機感に爪を立てられる音色!
サイレンだ!
確か、穴の開けた円盤を重ねて、回しながら空気を送り込むことで、鳴らしてるって何かで見た。仕組みが同じだから、同じような音になったのか?
「緊急警報だ!」
「エレノア様!」
「ちょっとボウヤ!」
僕は咄嗟に椅子を蹴飛ばす勢いで駆け出す。
そして外に一歩出て、それを見た。
キャンプに、高々とした石柱が、突き立っていた。
貸し倉庫みたいなサイズのテントを挟んで、それでも僕達の視界に入るほど、巨大なそれが、突如としてそこに出現し、鎮座していたのだ。
「不用意に外には……ありゃあ、と、棘の病かい……!?なんで…こんな突然……!?」
それは、仄かに黄色の光を発する、縦に鋭い長石みたいだった。
僕の記憶の浅い部分を、その色がムズムズと刺激した。
〈みィィぃぃいいいイィィイイィィィア゛ア゛ア゛ァアアァアァァァァァッ!!〉
そして、その“鳴き声”で、完璧に思い出した。
僕がこの世界に転移する直前、
あの日、荒れ回る渦の中で、僕達を襲ったナニカ。
あの針山から生えていた黄色い棘、
それが鉄塔みたいに屹立して、天を衝いていた。




