13.教示 part2
「ちなみに、ちょっと話が戻っちゃうんですけど……」
「なんです?」
「知性体の上とか、知性体の中でも特に魔導が強いとか、そういう分類とかって、あるんですか、ね……?」
エリーフォン首都上層に暮らす、エレノア様達ハイエルフは、何か魔導的に、一段上の存在になろうとしていたらしい。それは、何か元ネタがあるのだろうか?理論とか、神話とか、そういうものが。
「……なかなか良い質問です」
「ンい……っ!?」
下目蓋を上げた黄色の笑顔を浮かべた彼女は、左手の親指で僕の右耳をそっとなぞる。
本気で嬉しそうな表情や、聞き手の疑問の発露を歓迎する姿勢を見ると、やっぱり教師が天職に思えてしまう。生徒のモチベーションを作るのが上手い人だ。
「知性体と直接繋がる到達点か、或いは魔物の王か、という点には諸説ありますが、魔導における頂点、そう言われている存在があります」
それ単体が、災害として記憶されている者達。
まさに実在する神と言っていい存在。
「それって……?」
「七大神格」
「しん……かく………」
“カラミティ・ワーム”、
“ラヴァ・ヒドラ”、
“バハムート・ブリザード”、
“ガーゴイル・モノリス”、
“エルドリッチ・ヴァイラス”、
“ルナティック・ゴルゴン”、
“デーモン・ロード”、
以上、七つの頂天。
「例えば、お前がドワーフの要塞に落ちた日に、巨神の行進があった筈です。あれもまた、神格の力の一端」
「あれが……!?」
学校を襲い、地面をグネグネ変形させ、僕をこの世界に引き込んだ、あの“足”。あれが、「一端」……!?
スケールが違い過ぎて、雲一つない空を見上げたように、フラついてしまう。
けれどその間もずっと、スベスベした手袋越しの指で、耳介をこね回されたり、耳たぶをつままれたり、と、弄ばれていたことで、神経が完全に右耳に持って行かれた。
「あの、エレノア様……?」
「お前には、話し甲斐がありますね。水を垂らせば、すぐに吸い尽くす砂漠のよう。悪くない耳です」
思った通り、人に何かを教えることを好む気質みたいだ。
「エレノア様の教え方が、上手いんですよ。相手の立場を思いやれる人の話し方、っていうか……」
しかし僕がそういった瞬間、指が止まり、目の色がスッ、と緑に変わってしまう。
「あっ、あの、ごめんなさい、僕、何か……」
「思い遣り?この私を、唾棄すべき淫れと獣欲の中で、力によって制圧することでしか生きられない、“淫涜の天幕エレノア”を、そう評しますか?」
瞳の深みが真空みたいに、心を吸い上げてくるように感じて、だからつい視線を逃そうとするけど、顎を掴まれて固定されてしまう。
「止まれ。私の目を見ろ。お前が拵える偽りなど、吹けば崩れる砂の城。下手なお追従など、吹き奏でられても不愉快なだけです」
「そ……そんな……!」
何故かは分からないけど、僕がお為ごかしを言ったんだって、そう思われてしまっている。
その冷たさで息が止まるような美貌が、舌の回りを悪くするけれど、だけど、これは言わないと……!ちゃんと伝えないと……!
「お世辞とか……、言ってません……!僕は本気で……!」
「……フン、どうだか。お前ほど高度な教育を受けた者にとっては、理解できる講釈など、当たり前のものでしょう?『分かりやすさ』などと、誰に対しても言える、便利な誉め言葉」
「僕は、その……、ぼ、僕………」
「ほうら、お前には隠し事がある」
そうだ、僕はずっと、ずっと彼女に——
「言ってみなさい。さあ」
「あの……えっと……」
「ユイト。蛙の独唱にも劣る無意味な言い繕いなど、私はこれっぽっちも聞きたくは」
「落ちこぼれなんです!」
「………なんと?」
眉間に皺が寄る。
それが軽蔑のサインに見えて、恐怖心に支配されそうになるも、でも彼女には正直に告白するべきだと、その義務感だけで口を動かす。
「すいません、僕、ずっと噓吐いてて、元の僕を知らないからって、隠してて……」
「そういった前置きは結構。何が言いたいのかを手短に」
「あっ、その、僕は……」
言えよ、玄桐唯仁。
言うんだよ!
「通ってる学校では、問題児、だったんです……!人として、何か、欠けてるって……!」
でも、彼女に少しでも良いように見られたいって欲が出て、常人のフリをしてしまった。普通に出来る人の側だって、そう虚偽申告した。
「失敗しまくって、何度も人を傷つけて、なのに、学べなくって、みんなが当たり前にやってる、相手の気持ちを量るってことが、出来なくって………」
「………」
「だから、みんなから嫌われてたし、成績だって、悪かったんです。学習能力が、無いから……」
聞いているつもり、分かっているつもり、やっているつもり、いっつもそうだった。
僕はそれが出来てると思ってて、だけど周囲から、それは違うって指摘されるまで、間違ったことにすら気付けない。
「……それは、」
エレノア様の声は、思ったより穏やかだった。
「それをお前に言ったのは、その学習機関で机を並べる、同輩ですか?」
涙で滲んでいる視界の端が、キラキラと清流のような輝きを流す。彼女の銀の髪が、ふわふわと揺れているからだろう。
「クラスのみんなと、あと、先生からも……。だから、正しい評価だって、思います……」
「……何か………、試験のようなものが、あったのでは?口頭ではなく、筆記の、それも自由記述以外も含んだものです」
「あ、はい……その、ペーパーテストとかだと、暗記とか、ありますし、機械的に行けるんですけど、でも、本当はちゃんと、理解できてないって、授業中の様子とかから、見抜かれて……」
さっきエレノア様が言った通り、僕なんかが作れる表面的な装いなんて、簡単に見破れるほどつまらないものなんだろう。
僕には、そうやって自分の出来なさを隠すクセがあった。そしてもっと悪い事に、それを意識できなかった。
だから誰に対しても、嘘臭さがプンプンする顔しか見せられず、それで嫌な思いをさせ続けていた。
「だから、こんな僕に、腹を立てないどころか、あんなに楽しそうに、教えてくれる、エレノア様は、すごいんですよ……!」
何の役に立つのか、それすらまだ見えてこない僕に、あんなにも——
「楽しそう……?」
ヘーゼルアイが、そのグラデーションの全貌を晒す。
彼女のツリ目は、確かに一瞬、その形を丸められた。
「私が?楽しそう?」
「え……は、はい……」
顎を上げられ、狭くなってしまった可動域を一杯に使って、何度も頷いて見せる。
よほど以外だったのだろう。僕でも分かるくらい、瞬きの回数が多くなった。
「………」
エレノア様は僕を放し、透明膜越しの解剖へと向き直り、沈黙がその場を支配する。
「あの……、黙ってて、ごめんなさい………」
彼女と出会ってから何十回目か、人生何百回目かの謝罪の言葉。
もう聞き飽きてしまったのだろう彼女は、一欠けらの反応すら見せなかった。




