13.教示 part1
万物を構成し、万象の内に流れる力、マナ。
それは偶発的に励起することで、自然界で様々な現象を起こす。風とか雷とか地形の変化とか、そういうものを。
そして、ある時生まれた励起が収まらずに、その一定のパターンのまま持続しようとする。そのマナの活動が“命”、活動パターンという情報が“魂”と呼ばれるものである、と、考えられている。
生命とは、決まった通りにマナを活性化させるシステム。だから、セラのどこにでもあるマナは、その励起の仕方に関して、魂、生命といったものの影響を強く受ける。
下手な岩より硬い獣や、火事や洪水でも倒せない植物だっている、というのは、生きている者の方が、マナが持つポテンシャルを、効率的に引き出せるから。
そして、命の中でも特に知性体であれば、マナの出力をより研ぎ澄ますことができるので、起こす現象も強力になる。“魔導”は全ての生物に備わった力、と言うか生命そのものだけど、知性体こそがその本領を行使できるのだ。
というところまで説明を受けたあたりで、ビニールみたいに透明の膜の向こうに、4本腕の巨体が運び込まれ、横たえられた。
「魔物も、そうなんですか?」
褐色エルフの監督官さん達とペイルさんが、共同で死骸を分析・解剖しているのを見ながら、一番気になるところを聞く。
他の命と比べて、その化け物達が異質に思える、その理由は何なのか。
「あれらは、反動だと考えられています」
「反動?」
「例えばそうですね」、エレノア様は近くの台の上から、魔導石の一つ、弾丸みたいな形に加工されたそれを手に取る。
魔導石はマナを溜める石……と、思っていたんだけど、実際のところは違うらしい。そこを通したマナのエネルギーを、特定の性質に整えるもの、なんだとか。
鉱石ラジオは、電波が石を通ると音波に変換されるって言うけど、あれと同じようなものなのだろうか?
魔導筒を撃つ時は、持ち主や周囲のマナをセットした魔導石に取り込ませて、決まったエネルギーとして撃ち出すわけで、つまり使い手のマナ操作前提の兵器。
マナを溜める材質自体は別に存在するものの、人や物それぞれのマナの波長が千差万別なせいで、特定のもの由来のマナしか溜められない場合が多かったり、魔導石と比べて加工のコストが高かったり、容量を確保しようとすると大型化したりで、ほとんど実用性が無いのだと言う。
つまり、魔導兵器があれば僕でも今すぐ戦力に!なんて望みは潰えたわけだ。
まあ今は僕の無能伝説の更新より、エレノア様の“講義”に集中しよう。
彼女は右手に持った魔石を放し、下にあった左手でキャッチする。
「物は天から地に落ちる。これは、足下の方向へ力が掛かっているから。このように、何らかの作用、エネルギーを与えられた物体は、それを発散してゼロになるよう動くもの」
「安定状態へ向かう、ってヤツですね」
元の世界でもあった概念だ。煮立ったお湯が室温に合わせて鎮まっていくとか、元素はプラスマイナスが偏らず打ち消し合うように結合するとか、そういう話。
「ですが、この魔石は」そう言って彼女はまたそれを高く持ち上げて、「このように、今は静止しています」蛇みたいにくねる指先からぶら下げる。
「これには下への力が掛かり、けれど一見、『静止』という安定の中に居る。どういうことでしょう?」
「エレノア様が、持ち上げる力を掛けて、落ちる力と釣り合わせてるから、ですよね……?」
「その通り」
僕にこの世界の法則を教えてくれる時の彼女は、いつもより口角を和らげて、楽しげに語っているように見える。科学……この世界だと魔導学か、そういう分野が好きなんだろうか?それとも教えることが得意なのかな?
「この魔石は、安定へと引き寄せる力と、拮抗する別の力が掛かったことで、エネルギーを持った状態を維持している」
「……あっ、ああっ」
そこでエレノア様が言いたいことが、なんとなく理解できた。
「生命も、同じ……?」
「そう。活動が落ち着いていき、『静止』という安定状態に行き着く、その自然に『生命』は抗っている。活動を再生産し続けることによって。と言うことは、『落ちる』方向とは逆へ、相応の力を掛けているのと、同じ話」
その誤魔化しは、だけどいつか力尽きて、それが「死ぬ」ってこと。
「そして、私がこれをこの位置に保持するには、筋肉を緊張させ、骨を立て、その姿勢を背と腰で支え……と、また別の力、別の不自然、別の不安定を生じさせなければならない。その力は足から地に伝わり、広く伝播して薄まれど、完全に消えるわけではない」
命が命のままで居るには、世界を巻き込み、不自然に歪ませて、力を生じさせなきゃいけない。
「“マイナスマナエネルギー”と呼ばれるこの力は、通常は散り散りとなり、問題にならないほど細分化される。けれど力の加減や世界の形の具合によって、どこかに皺寄せが集中してしまい、大きな歪を生むことがある」
「それが、魔物、なんですか?」
「と言うより、その発生源である、“負渦”」
安定せずに残ろうとする中でも、とびきり存在感が強い者達、生命という特別な不自然から生まれた反動。それが魔物。
「それらが持ったエネルギーは、“不安定”を“安定”へと押し流そうとするもの」
エレノア様の空いた方の手、その指先が、魔導石を上から押し込む。
「その強さが、仮の安定状態を維持する力を、突破できるほどのものになれば——」
音を立てて、それは台の上に落ちた。
「一見、『安定』してるけど、不安定なものに、あー、エネルギーを与えて……もっと安定した、状態にする、んですね……?」
「核分裂と核融合」とか、「真空崩壊で宇宙が終わる!」とか、そういう話題で聞いた概念。
「我々が生きる上での副作用、それが我々に死を与え、安定状態たらしめんとしているわけです。愉快なほどに寓話的でしょう?」
魔物という不自然は、自然に戻ろうとする。自分達を生んだ力を打ち消そうと動く。その相手として代表的なのが、「生命」という不自然に持続するマナの揺らぎ。
「知性体を優先して襲うって言うのも……」
「魔導によって、決まったパターンを維持する力、それが特別に強いから狙われやすいと、そう考えられています」
ゲームの敵みたいな、変な生態だと思ってたけど、聞いてしまえば必然な現象。どんなことにも理由があるってことかあ……。
「“負渦”は主に、知性体が活動していない場所へと、追い遣られた力から発生するもの。逆に密集して生息している中心では発生しにくい。我々知性体は、外側から魔物という圧を受け、集団の力で押し返し、“負渦”を鎮圧しつつ版図を広げる」
それが、知性と魔物の戦争の歴史。
「今彼ら、ペイル達が行っているのは、“負渦”の具体的な位置情報の特定作業です」
手の甲を上にして膜の向こうを指さすエレノア様。
「魔物が纏う土や植物、胃の内容物等々、そのマナの性質や波長を調べ上げ、囚人達が決死の斥候から持ち帰ったサンプルと比較検討し、魔物の進行ルートや発生源を割り出す」
「な、なるほど……」
なんかのミステリーで、靴の裏の土に含まれてた苔から、「どこどこに来ていた」って突き止める話があったけど、そういうことをやってたんだ。
ちょっと違うのは、照合する為の証拠集めが、毎回毎回命がけ、ってこと。




