10.掌握する悪女
「エレノア!淫涜の天幕エレノア!」
監督官の中でも若輩に属するダークエルフは、陣営の中をあちこち駆け回り、簡易営舎一つ一つの中を改めていく。
「誰か、本日合流したハイエルフを見なかったか?」
そうやって訪ね歩けば、女の足取りは簡単に追えた。何しろこの場所において元上流一族である彼女は、掃き溜めの鶴の如く異彩を放っているのだから。
そして彼は遂に、あるテントに辿り着き、踏み込んだ。
その奥にはパーテーションが設けられており、その向こうに立つ者の影を映している。
豊満さとシャープさのメリハリによって、計算されたかの如き曲線美を描く肢体。
「ここに居たか、追放者エレノア」
監督官全員に支給されている、白基調の制式魔導アーマーをガチャガチャ鳴らしながら、銀幕めいたそれへと近づこうとして、
「命が惜しいのでしたら、それ以上の接近はしないように」
鋭いながら耳障りではない清み声で制された。
「誇張でも脅し文句でもない事実として、私の玉肌を垣間見たが最後、生存の危機に陥ると警告しておきます」
「貴様のユニークか」
「そちらのご想像にお任せします、ライセル・ブラウン」
フルネームを呼ばれ、眉尻が露骨に上がってしまうダークエルフ、ライセル。
室内を観察すると、そこにあった机の上に、紙の束が無造作に置かれているのを見つけた。
手に取って捲ってみれば、囚人と監督官達を網羅した名簿だ。
「どこでこんなものを手に入れた!」
「不明点があるのなら上官に訊ねてみては如何?」
「やはり買収したのか!」
このテントを貸し切れていることと言い、ここに集められている情報の量と言い、彼女が便宜を図られていることはほぼ間違いなかった。
「そう思われるのも結構ですが」
「他に何があると言う!」
「勤勉なるこの私が、以前から興味を持ち独自に調査していた、という答えでは不服なのでしょうね」
想定していなかった返答に、ライセルは一瞬、糾弾を止めてしまった。
「……ハイエルフが“廃棄部隊”の内情を、ここまで仔細に知りたがったと、そう主張するのか?」
「ただのハイエルフではなく、『呪われた』ハイエルフですから」
そう言われると、どうにも否定材料には乏しい。そこにある紙束が決定的証拠とは言えなくなり、不正は疑惑止まりとなってしまう。
「フフ……」
振り上げた拳を叩きつけられず固まった彼の耳に、心底馬鹿にしたような声が届いた。
「何が可笑しい、色狂いの大逆者め」
「失礼。事前に調べ上げた通りと言いますか、“廃棄部隊”監督官にお似合いと言いますか、少し感心してしまって」
それは侮辱の棘を隠された贈り物だが、表向きは賞賛の形式を取っているが故に、言い返すことができないライセル。
“廃棄部隊”監督官は、部隊運用上重大な不具合が発生した場合、解決にその身命を賭すことに同意した者の集まり。
反乱が起き、ミネスの枷の遠隔起動も不可能。
部隊が強大な脅威に襲撃され、このままだと後方の都市圏が危険。
そういった場合、高火力投射による滅却処理が遂行されるわけだが、その巻き添えにならないよう逃走する自由が、彼ら監督官には認められていない。と言うか、その場で死ぬまで足止めを続けろ、と、むしろそう言われている。
平たく言えば、「収集つかない問題が起こった時はまとめて焼き払うことも視野に入れてるからよろしく」、という条項を呑まされた者達、ということだ。
出世街道から外れた、なんて生易しいものではない。鼻つまみ者どもの厄介払い先が、彼ら監督官。
つまり「“廃棄部隊”監督官にお似合い」という言葉は、「損な性格してるわお前」、という意味なのだ。
「………元老議会で満場一致の極刑判決を下された貴様に言われるとは、光栄な限りだ」
結局ライセルは、「お前に言われたくはねえ」という、否定にはならない言い返しに終始する。
「それで、私に応対の手間を掛けさせておいて、用はそれだけですか?」
「むしろここからが本題だ。貴様が伴ったあの奴隷のことだがな」
「所有の証明書類はそちらにありますので、持っていくのならどうぞご勝手に」
「いやそれもそうだがそれ以前の問題として」
「違反行為である、と?私の明瞭なる法知識によれば、従者の持ち込みを禁ずる法など存在しませんが」
「納得いかないがルールはルールだからそれはいい!だがもっと根本的な話がある!」
どう考えても真っ先に言及されるべきこと。
沐浴などよりも先に、監督官達に、エリーフォン政府に対して行われるべき説明。
「あれはなんだ!?どう見ても新種の知性体だろ!」
そう。
あの少年は、普通に歴史的大発見なのだ。
「それがどうしてエリーフォン政府に報告が上がっていない!?」
「ドワーフの砦を落とした部隊が、戦利品の一部を売り払ったそうですよ?その際、報告を怠ったのでしょうね。珍しくもない話です」
略奪、横領、着服の王道コンボ。少年を見つけた強欲な誰かが、知る者ぞ知る珍品として高値で売れそうだと、欲を掻いたわけだ。
何しろ、まだどこにも知られていないだろう知的種族。そういった考えが浮かぶのも、無理からぬ話。
そうして裏ルートに流れてしまった結果、公式な“発見”が遅れに遅れた、という経緯が推察される。
「どいつもこいつも……!」
「あなた方から、元老へお報せして差し上げてはどうです?」
「事はそう単純じゃあない!」
そう、もう少し面倒な話。
あの少年がもっと以前から、エリーフォン領内に回収されていた、という事実。それが本当なら、大きめの責任問題に発展しかねない“厄”となる。
「最前線から幾つか、『全く正体不明の脅威』からの攻撃について、報告が上がっている……!何らかの誤認か、噂にしかならん与太か、それとも本当に甲種未知種族遭遇なのか、その議論が立ち上がりかけていた。だが……!」
そこで言う「脅威」の正体が、あの少年の同族なのだとしたら、どうなるか。
「あの奴隷が見つかった時期は……!?」
「巨神の行進があった頃、と」
「1年ほど前……」
ハイエルフにとっては短いが、多くの種族にとってはそれなりの長さ。その間、すぐ足元に「新たなる敵」の確証が落っこちていたことに、エリーフォン政府は気付けなかった。
初動の遅れとして、許容できる範囲か否か。問題の規模が、「国家システムの不備」にまで膨れ上がる。何人の首が飛ぶか、分かったものじゃあない。
「いや、待て、貴様元は上層の一員だったんだろう!今の話は知っていた筈だ!」
「ええ、勿論、何を今更。どの分際で、この私を見縊っているのですか?」
決定的矛盾を見つけたテンションのライセルに対し、あっけらかんとした肯定を返すエレノア。否認されると思っていた彼は、肩透かしを食らってしまう。
「調べようとしたくらいの時期に、審問会の召喚状を受け取ったので、それからの進捗は把握していませんが」
「なっ、忘れていたと言いたいのか?思い出すだろう!あの奴隷を見た時に……!」
「話を聞いていましたか?今の私は大変不本意ながら、現在のエリーフォン政府が持つ情報を、把握し得る立場にありません。てっきり元老は、“類猿族”の存在を既に関知しているものかと、そう思っていただけのこと」
通報の必要性を感じなかった、という主張。
「私の見立ても未熟ですね。元老を過大評価していました」
どうにも弁解がましい言い分だ。意図的な嫌がらせの意図があったのではないか、そう疑うライセルだったが、しかし言い掛かりに近い思考である自覚はあったので、口に出して問い質すことはしなかった。
大体、それをやったとしても、彼女に利得は生じないのだから、動機としてはあまりに弱い。
「ともかく……!発見されたのはドワーフの砦なんだな?」
「奴隷商の話を信じるならば」
「クソッ、店主にも直接聞き込んでやるべきか……!」
あの商人の更なる災難が確定した瞬間だったが、自分を詐欺ろうとしてきた男に憐憫をくれてやるほど、彼女は優しくなかった。尋問するにしろ拷問するにしろ、止める気など毛頭湧かない。
ピカピカになったドレスを着直し、身支度を整えたエレノアは勢いよくカーテンを開いた。大いに狼狽したライセルは、武装した兵員を前にしているみたいに、低く構えながらジリジリと摺り足で距離を取り始めた。
「そこまで気になるのでしたら、本人をお茶会にでも誘ってみたらどうなのです?」
「日程調整の際は、この私の命令こそが重要なので、そちらを優先させて頂きますが」、彼女はその迫真のリアクションに一切付き合わず、涼しい顔でその横を抜けようとして、
「おい待て!まだ話は——」
彼がそれを止めようと腕を伸ばし、しかし掴んだのはブヨブヨと液体が詰まったような感触。
彼らの間にぬるりと、給仕姿の突然変異スライムが横入りしたのだ。
「貴様……!」
「エレノア様に気安く触らないでくれますぅー?さっすが左遷されるだけあって、礼儀もなってないんですねー?」
どこから現れた?と言えば、まあパーテーションの向こうが最有力。
そもそもこのテント内には、その高級ドレスをクリーニングできるほどの設備は無かった筈。沐浴も洗濯も、そのスライムを使ったのだろう。
「おい!素肌を見たり触れたりすれば、生命に関わるんじゃなかったのか!そいつは何故無事なんだ!」
スタスタ外に出てしまうエレノアを、ペイルにマークされながら追いかけるライセル。
「何を言っているのやら。マナ被曝が無ければ、そこまで高いリスクではないと、常識としして分かりそうなものだけれど」
「さっきの脅しはハッタリか!」
「『私のあられもない姿を不用意に覗き見れば、ペイルに殺されますよ』、という意味です。お前が私からの有難い言葉も聴かず、勝手に妙な解釈をしたのでしょう?」
最大限コケにされ、「待て!毒女!」と腹立ちまぎれに罵るしかできなかった彼だったが、彼女が急停止したことで、今度は「うわっ!?なんで止まった!?」と筋の通らない声を上げてしまう。
そこでエレノアが振り向いたが、ライセルに言い返すのではなく、ペイルに訊ねる為だった。
「ユイトは何処へ?」
まあ、どちらに訊いたにせよ、首を傾げられることには変わりなかったのだが。




