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9.呼び出し

 天幕の一つにそっと顔を入れて、中の様子を窺う。

 自動車が3、4台ほど入れるくらいの広さで、幾つか台や機材が置かれ、結晶みたいな石や魔道具を持った人達が、手を動かして何かの作業に勤しんでいる


「あ、あの……」


 できるだけ気に障らないように、注意して呼び掛けてみた結果、蚊の鳴くような声になって、そもそもコミュニケーションとして成立しなくなる。

 僕にとってはよくある失敗パターンだった。


「あのぉ……っ!」


 今度は相手の耳に届けることが出来たけど、逆に過剰だ。

 体毛で覆われた顔が複数振り返り、ピリついた眼で僕の肌を焼く。


 思いがけず大きくなってしまった注目に、ブワリと汗が噴き出し、言おうとしていたことが吹き飛んでしまう。

 

「あ?」


 話し掛けた側が黙ってしまったら、話し掛けられた側が怪訝に思うのも当然で、何の用か訊ねるのだって自然なこと。だけど僕の脳は、そのドスの効いた声にガタガタ動揺して、ポンコツぶりを悪化させやがった。


「あっ、あ、え、」

「んだよ」

「あっ、違うんですあのう」

「んだって……聞いてんだよ!」


 何が「違う」んだバカ。そもそもまだ何も言えてないのに違うも何もないだろ。そりゃ怒られるって。


「おっ、お手伝いを……」

「あー!なんだよ女の腐ったみてえにグズグズウジウジ!?」

「すっ、すいません!何かお手伝いできることとかありませんかっ!」

 

 その一文を言うだけなんだから、5秒で終わる話だ。それを1分くらいにまで引き伸ばしたわけで、つくづくタイパの真逆を行く男である。


 そんな人見知りに付き合ってくれる、ジャガーみたいな顔の親切なおにいさんは、僕の頭のてっぺんからつま先までをジロジロ見てから、


「そーゆーことはエルフの看守どもに聞け」


 フイと背を向けてそう言った。


「あ、でも、そっちの人達には……」


 ここで戦う囚人達を管理、監視する為に、ダークエルフの監督官、つまり見張り役が配備されている。いざという時は、例の首輪のスイッチを、現場判断で押せる人達。


 エリーフォンの国家公務員的な立場であり、確かに他と比較するなら話しやすい相手なんだけど、


「その人達に聞いたら、仕事ならこのテントで探せ、って言われて……」


 残念ながら、既に門前払いされた後だ。


 僕が面倒なヤツなのも、イラつかせてしまっているのも分かっているし、申し訳なく思う。けれどだからと言って唯々諾々とは引き下がれない。


 このままだと、たらい回しループに閉じ込められて、何一つプラスを生み出せない。ただでさえエレノア様に何も返せてないのに、その現状を改善しようともせず寝ボケていたのと、実質同じになってしまうのだ。


 不義理だ。不誠実だ。


「あいつらぁ……!雑用は全部こっちに投げて、自分達は駆けずる“猛獣”をさかなに優雅なティータイムかよ……!これだから“お国”ってヤツは……!」


「あ、いえ、あっちもあっちで忙しそうで」「俺達が忙しくないように見えんのかァッ!?」「すっ、すいませんっ!」

 

 この世界の文化で有効かは分からないけど、とにかく頭を下げる。何か今できることや、これから頑張ることで、果たせるようになりそうな役割を、見つけないと。


「荷物持ちでも何でもやります!なにか、なにか些細な労力でも欲しいって作業はありませんかっ!」

「『荷物持ちでも』、だぁ?」


 言ってしまってからサッと血の気が引き、要らんことばかり言う口を呪う。


「荷物持ちナメてん「ごめんなさい!今の言い方は失礼でした!」じゃー……あー、おう……」


 さっきのは、相手がやってる仕事の一部を、「僕でも出来そうな楽な仕事」に分類したように聞こえる、無神経な言い方だった。本当に良くない。


「僕の中に偏見があったんだと思います!もう二度と言いません!」

「ああ、まあ……いや、それは良いんだけどよ……」

「あっ、ありがとうございます……!」


 ジャガーの人は寛容にも怒りを収めてくれた。優しい人だ。ここに居るのは凶悪犯ばかりだって聞いてたけど、でも話してみると、そんなに普通の人間との差を感じない。エレノア様みたいに、理不尽な罪状で連行された人なんだろうか。


「な、なんだコイツ……?首都は言葉狩りがヤベエって噂だったけど、ガキがこんなになるレベルなのか……?」

「すいません、本当に、なんでも……」

「あー、いや、ダメだ。とにかく、今は子守りをしているヒマはねえ!」

 

 態度は軟化させてくれたものの、それ以上の譲歩はなく。「居られてもメーワクなだけだ!出てけ!」と、外に蹴り出されてしまった。


「やっちゃった……」


 これは今日の夜、ずっと脳内反省会を繰り返して、眠れないヤツだ。って言うか、不死身になっても睡魔だけは襲ってくるの、どうにかならないのかな。一度死んで復活したら眠気リセット、とか出来ないんだろうか。


 なんて現実逃避をしながら、監督官の人達に再度お願いしてみようと、トボトボ向かっていたら、


「ああ、いたいた、そこのあんちゃん」


 濡れたように艶やかな毛並みの足が、視界に2本突き立てられた。顔を上げると、スリットがあちこちに入った貫頭衣を着た、猫頭のリカント、その小さな瞳孔が見下ろしてくる。

 

 頭の上半分の毛が長く、全体にウェーブが掛かっているから、人間の女性によく似て見えた。


「……あの、僕、ですか?」

「アタシが今、アンタ以外の誰に話し掛けてるって?」


 どうやら僕で間違えなさそうだ。口振りからして探されてたみたいだけど、そんなことあるかな?ここは僕のことを知らない人だらけだし、活躍で目立つどころかまともに働けてすらいないのに。


「アンタ、えーと………」

「………?」

「……名前は?」

「あっ、え、あ、ユイトです」

「あー、ユイトね。ユイト、アンタに頼みたいことがあるのサ」

「………えっ!?」

 

 僕に!?

 

「ほっ、ほんとですか!?」

「ウソついてどーすんのサこんなことで」


 思ってもみなかった幸運が、まさかの向こうから転がり込んできた。何か分からないけど、僕みたいなヤツにでも任せられる何かがあると言うのだ。


「まーカンタンな話サ。アタシのテントまで来て、お客とお話してもらうだけ。今ちょっと困っててサ、助けると思って聞いてくれない?」

「せっ、接客ってことですか?」

「あー、そーなるかな?それでいーか」


 正直得意分野ではないけど、そんなことも言ってられない。価値がマイナス値な僕が、助けになれるチャンスなのだ。よしっ。


「や、やります……!やらせてくださいっ」

「よく言った!それでこそ男サネ!」


 意気込む僕を、彼女は快く受け入れ、案内してくれた。草藪の色をした、様々な大きさのテントが立ち並び、ちょっとした迷路になっているキャンプ地の中を、慣れた足取りでスイスイと進んでいく。


 人の行き来も多く、付いていくのに少し苦労する。

 

「あっ、忘れてた。アタシはバナフス。見ての通り“猫毛族リカント・キャット”さ。アンタは見ない種族だけど、どっから来たんだい?」


「あ、はい、えっと、人間です。故郷は……えー……、遠いところに、はい……」


「“類猿族ヒューマン”って言うのかい。おサルにしては、エルフみたいにツルツルしてんねえ?」


「進化の過程で、その、体毛が減ったことで持久力が増えて、それが生存に有利に働いた……らしいです、確か……」


「ふーん?」


 まあ僕自身の体力についてはお察しだけど。持久走の時の寒い外気を思い出したのか、肺が少し縮こまってしまう。


「あのなんとか言うエルフの従者なんだろ?」


「エレノア様ですか?」


「そう、その『エレノア』サ。アイツの“お気に入り”なんだろう?」


「えっ、いやっ、いやいやいやっ、僕なんかその、おそれ多いって言うか、拾われたばっかりって言うか……。エレノア様が気に入ってるのは、ペイルさんの、あのメイドさんの方ですよっ」


 外から見れば、ここまで連れてきてる大事な従者、とかそんな感じに思われているのだろう。でも実際は知り合ったばっかり。その道の大先輩であるペイルさんを差し置いて、「仲の良い」部下のポジションなんか名乗れない。


「あん?あのメイドって“そういう役”でもあったのかい?へー、いいシュミしてるわ」

「?趣味って言うか、まあ、エレノア様はきっと、大切な人だって思ってるんじゃ、ないんですかね……?」


 ご覧の通り、二人の関係性すらよく知らないのだ。処刑用の戦場まで、ペイルさんが自発的にお供してるっぽいから、主従の絆は間違いなくあると思うけど。


 みたいな話をしていたら、目的地に着いたらしい。


「いやー助かるよホント」


 彼女に促されるまま、幕をくぐって中に入ると、

 

「おっ、やっと来たか色男。見たまんまチンタラしたヤツだな」

「お客サマの要望に応えられて、アタシも満足サ」

 

 砂埃で汚れたように色がくすみながらも、雄々しさを誇るタテガミが目に入る。


「あっ、えっ、ザルド、さん?」


 ライオン頭の彼が、木製のビールジョッキみたいなのを片手に、チョイチョイと指先だけで招くような仕草を見せる。「もっと近くに来い」って意味かと思って一歩踏み出した、僕の視界が突然揺さぶられ、足の力が抜けて前のめりに転ぶ。


「あ……ぐぁ……っ?」


 口呼吸でうっかり砂を吸ってしまい、ザラザラとした舌触りが口腔内を蹂躙。頭を上げようとして、その上から組体操でも感じたことのない重さが掛かり、声を出すことすらままならなくなる。


「テメエごときが『ザルドさん』だあ?あんまりナマイキこいてんなよボケガキ」


 目玉を必死に回して、足で踏まれて押さえつけられているらしいと、なんとかそれだけを把握した。さっきの衝撃は、殴られたのだろう、ということも、後から理解が追い着いた。


 でも分かったところで、どうなるものでもない。


「『ザルド様』、だ。チャチなオモチャが俺へのリスペクトを欠かしてんじゃねえぞ?」


 頭蓋骨から、みしり、という悲鳴が漏れ聞こえた。

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