8.傍観 part2
固有魔導の性質的に、近くに味方が居ない状態で、爆弾みたいな使い方が最も有効。それは分かる。彼女が罪人で、国からの指令に絶対服従でないといけないって言うのも、分かってはいる。
それでも納得にはほど遠い。危険生物で作られた津波の中に、孤立した状態で放置するなんて、趣味の悪い公開処刑と同じだ。
エレノア様の話からすると、このフェロニアスとかいう部隊自体が、変則的な死刑らしいから、今更かもしれない。だけどそんな理屈、なんの慰めにもならない。
魔物の発生源らしい山の方から、たまに銀色の光柱が立つ。あれが、エレノア様が生きている証。断続的なそれが、一度消えてからまた輝くまで、その合間が、何時間にも感じられてしまう。
次の一発は起こらないかもしれない、その恐ろしさが1秒ごとに膨れるのを感じながら、祈る事しかできない、この時間が。
そこでまた一度、遥か彼方の雷みたいなそれが、存在を示してくれる。
それに安心してから、悔しさが込み上げる。僕を助けてくれた彼女が、一人で戦っている。だと言うのに、僕はここで指を咥えて見てるだけ。せめて、彼女の力に巻き込まれても死なない僕が、一緒に——
——一緒に行ったからってどうなるんだよ……!
お荷物になる以外に、何ができるって言うんだ?地球の鹿に勝てるかも分からないお前なんかが、魔物相手に戦えるって言うつもりか?
——お前はいつもそうだ……!どこに行っても人の足ばっか引っ張って……!
歯が割れそうなくらい食いしばりながら、目を皿にして戦いを観察する。と言っても、ほとんど何も分からないけど、せめて、せめて何か吸収して、自分が出来そうなこと、利用価値を出せそうなことを、見つけないと……!
この前襲われた時とは違って、現場からは距離がある上に、相手は獣だ。だったらもっと冷静に見れる筈。
父方のおじいちゃんのことを、頭の引き出しの奥から必死に引っ張り出す。
けん玉とか五目並べとか、色んなものを教えてくれた人だが、一番強烈に印象に残っているのは、動物の解体を見せられた時だった。
僕のうっすい人生の中で、「死ぬ」ってことを一番身近に感じたのは、あの時くらい。
何かヒントにならないか、この場で通用することを教えられなかったか、色々と思い返そうとしてみるけれど、大したものは出てこない。
「ああもうッ!」
叩きつけた拳から何かが折れたか割れたかした音が聞こえたけど、どうせ直るのでどうでもよかった。
僕が自分のくだらなさにキレてる間に、戦いは徐々に収束し始めていた。
魔物達の供給ペースが下がり、肉壁は集中砲火で崩壊、押し込む勢いも鈍化していく。
絨毯めいて敷き詰められた死骸はもはや、野に横たわるものではなく、新たな地層を構成する土壌と化していた。まさに死屍累々。見渡す限り、どこの地面も死肉で出来ているのだ。
それを踏みしめ、時に血液が詰まった皮袋を踏み抜きながら、こっちの方へと歩み進める黒い足。それは、元は銀色だった、血に汚れた厚底ブーツ。
エレノア様が帰ってきた。
その清らかで真っ白な肌との対比で、頭から被った赤と黒が映えている。彼女が身に着けると、汚れすらある種のデザインアートだ。
両手を上げるポーズを取っているけど、この世界でも「敵意ナシ」の合図らしい。手に何も持ってないことを示す姿勢なんて、どこに行ってもそんなに変わらないものなのかも。
バリケードが開かれ、内側に迎え入れられたエレノア様の周辺から、さっと人が引いていく。海を割る預言者みたいだけれど、彼らが抱いている感情はたぶん、崇敬じゃなくて忌避なんだろう。
「エレノア様!」
見張り台から降りて駆け寄ろうとして、だけど柵の周りがまだワチャワチャしているので、二の足を踏んでしまう。
行くか待つか、優柔不断を発揮している間に、彼女の方が人混みエリアを抜け、すぐ目の前まで来ていた。
「あ、えっと……」
死線を潜って血みどろになった人へ、ただ見てただけのカカシ以下野郎が掛けるのに適切な言葉なんて、僕の貧弱な語彙の中には見つかるわけもなく。
「お帰りなさ「は~い、どいてくださいね~」
口ごもっている間に、彼女の隣にススッと配置したペイルさんに押し退けられる。
「あ、付いて来ないでくださいね?これから沐浴のお時間ですんでー」
「えっ、はっ、はいすいません……!」
「はぁ……期待はしていませんでしたが、この私を迎えるという割には、貧乏臭いテントばかり……。寝具くらいは、マシなものがあればいいのだけれど」
「悪かったなあ!欲求不満の才媛サマぁ!」
横合いからの声に振り向くと、ライオン頭のリカント、ザルドさんが立っていた。
「ただ体中がベトベトってだけで、治療役一体を貸し切るお嬢サマの、ゼータクな感覚に合わねえ宿で、タイヘン失礼しちまったぜこりゃあ!お詫びに添い寝サービスでも付けてやろうか!俺のテクは評判いいぜえ?気分スッキリってな!」
「生憎と飼育獣なら間に合っています。シーツの原材料の方をご志望なら、後ほど品質を鑑定するので首でも括って待っていなさい」
「ケッ、ここにぶち込まれてる同類だってのに、まあだおエラい気分でいやがるのか?え?」
彼はドシドシと地を踏み鳴らしながら詰め寄り、途中で立ちはだかったペイルさんと肩を掴み合う。どちらもビクともせず、ギリギリと締め付ける音が高まっていく。
「ケダモノとヤッて来た感想はどうだ?子供部屋に引き籠ってるハイエルフどものナニよりは、良かったか?なあ小便器サマ」
「殺意以外見せない素直さがある分、まだ可愛げがありましたよ?キャンキャン五月蠅い下品な生餌風情よりは」
一瞥もくれないエレノア様、その横顔を睨みつけるザルドさん、彼を全力で止めるペイルさんと、ちょっと離れたところで三人の圧を受けて動けなくなる僕。
肉食獣で詰まった檻の中のような空気に、どうすればいいか分からなくなって身が竦む。仲裁とか、僕がこの世で最も苦手なことの一つだ。何しろ一番得意なのが、相手を怒らせることなんだから。
やがてその均衡は、ザルドさんがペイルさんを突き飛ばしたことで崩された。
「どんだけスカしたツラ作ったところでよ、テメエはテメエが見下すクソ溜めの、クソの一員になっちまったんだよ。受け入れろや。まあハンパな気分で自滅すんのはテメエの勝手だが——」
——俺達を巻き込むんじゃねえぞゴミバケツ
そう言いながら彼が去り、エレノア様は顔に無関心を貼り付けたまま歩みを再開、ペイルさんが影のように付き従って、
後には立ち尽くしてるだけの僕が残された。
その地蔵野郎の存在意義を、誰よりも僕が知りたかった。




