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7.有用か無用か

「そんな……!」


 エレノアが首都上層を追放されるまでの、ざっくりとした経緯。それを聞いたユイトは、目を丸くしたままショックを受けたように固まった。


「それじゃあ、生まれながらの、髪の色と、能力のせいで、ワルモノ扱いされた、ってことですか……!?」


「乱暴に総括すると、そうなりますか」


「そんなのって……」


 彼はそこで、「おかしい」だとか「酷過ぎる」だとか、そういうことを言いかけたらしい。しかし、熱湯をそうするみたいに、苦労しながら呑み込んだ。


 「自分の価値観では測れない文化がある」、それを理解しているが故に、安易な憤りや同情が出来ず、感情にブレーキを掛けている。


 ここで踏み止まれてしまうのは、きっと社会の中では生きにくいが、しかし極めて知性的な在り方だ。その様子を見て、エレノアの中でムクムクと……恐らく好奇心、らしきものが育っていく。


 自分を買い、盾にした者に、本気で恩を返したがる。その異常さは十中八九、彼女の固有魔導ユニークの影響だろう。好意を増幅され、価値基準が狂っているのだ。


 だがそれを加味しても、彼女も知らない間に漏れた分、程度の被曝で、ここまでチョロくなると言うのは、度が過ぎている。それだけの微小な出力では、精神汚染が起こったとしても、そんなに長くは持続しない。


 考えられる理由としては、底抜けに愚鈍なお人好しだから、というものしかない。そう、彼女が奴隷商で抱いた印象通り、彼は現実を知らないが故に、真っ当なフリが出来ているだけなのだ。


 先程、襲撃者達の死体に対し、手を合わせる何らかの儀礼と共に、熱心に黙祷を捧げていたところを見ても、「命は平等に大事」だとか臆面もなく言い切る、お花畑な脳みそを持っていることは、ほぼ確定。


 と、思っていたところで、今度は知的さが顔を出す。

 未開拓未整備の粗雑な大地の中で、視野の広い思慮深さみたいなものを、原石のようにキラリと光らせる。

 

 このアンバランスさはなんだ?

 エレノアはユイトという少年を、まだ掴み切れていない。


「あれ、でも……」

「なんです?」

「『国家反逆罪』の『第一級』って、一番重いレベルの罪、です、よね?」

「はい、そうなりますね」

「そのう……、エリーフォンには、死刑とか終身刑とか、そういうのは……?」


 ほうら、またしても。

 こちらがこれから教えるべきことに、先回りして疑問を抱く。


 何度も見せてきたズレっぷりや頭の回転の遅さと、気持ち悪いくらいに不整合的。


「最高刑は死刑です。個室を有毒ガスで満たして、確実に」

「ええと、こう言うのは、なんか感じ悪いんですけど……」

「『どうして生きたまま自由に動き回っているのか』、でしょう?」


 コクコクと頷くユイトに、エレノアは一つ一つ説明する。


「エリーフォン純白魔導優民国は、と言うより、このセラに生きる数多の生物は、常に過酷な闘争の中にあります」

「それって……、他の種族と?」


 ドワーフの要塞で、何か嫌な思い出でもこさえたのだろう。沈痛な面持ちになるユイト。


「それもそうですが、それ以上の、全知性体共通の敵が居ます」

「敵……?」

「“魔物”と呼ばれる、知性体への敵意を強く示す者達」


 その数も種類もあまりに膨大。それらとの生存競争、いいや、“戦争”が、いつ終わるのか誰にも知れない。


「知性体達は有史以来、彼らから苦しめられ続けており、それはエリーフォンも例外ではない。特に近頃は、一部の戦場で劣勢が続いています。状況を変える戦力を、元老議会は欲していました」


 無敵に思える自律魔導兵器、ゴーレムも、動力とメンテナンスの都合上、大都市近辺にしか配備できない。乃ち、それらが戦場で活躍する事態とは、エリーフォン領の都市が「戦場」になっていることを意味する。


 そんな局面になっている時点で、ほぼ負けているのと変わらない。折角の最新兵器も、戦いを有利に運ぶことには使えないのだ。


 勿論、改良は試みられているが、どれだけ先になるか分かったものではなく、だが影響力の高い戦力は、今すぐにでも欲しい。


「そして、こういう場合を想定してか、エリーフォンの法には、対魔物戦線における最も危険な任務に就かせるという、労役型の刑罰があります」


 罪はあるが、そのまま殺すのはもったいない、どうせなら兵器として使い捨てたい者に、玉砕同然の任務を与える。「働きぶりに応じて恩赦」、とは言っているものの、実質的には死罪である刑罰。


 それが特殊兵役刑。いわゆる“廃棄部隊フェロニアス送り”である。


「エレノア様は、それに?」

「ええ。この首輪、“ミネスの枷”がその証です」


 黒く無骨なそれは、彼女の装飾品の中で唯一浮いている。エレノアのセンスではなかったからだ。


「これは魔導術式によって稼働している、魔導具です。機能は二つ。一つは中央統合魔導演算装置“テレストラ”に、位置情報を送信すること。そしてもう一つは、遠隔の指令を受けた際、被装着者のマナを用いて変形し、同時に魂への攻撃を行うこと」


「変形?魂?」


「変形はつまり、瞬時に収縮して斬首することを意味します」


「ざん…っ!?」


 元老議員達は首都上層に居ながらにして、彼女に致命傷を与えることができる。それも手早く簡単に、である。


「『魂』とは、マナを制御する源であり、つまり私の知性、私そのものです。この首輪は、私自身を構成するマナを使って、それを破壊する」


 何重にも念の入った、「心身ともに絶対殺すマシーン」。それが“ミネスの枷”。

 猛犬を無理矢理引っ張るリード、みたいなものだ。力という手段で、言う事を聞かせる道具。

 

「本来奴隷につける魔導具と似たものですが、比べ物にならないほど高度であり、力づくで引き剥がすことは不可能。絶対安心な保険ですね」


 それがあるから、社会や国にとって最悪の罪を犯した、忠誠心とは正反対のものを持っている逆賊を、戦力として利用できる。


「特に、ハイエルフの固有魔導ユニーク持ちを送れるなんて機会、そうそうありませんから」


「そっか、エリーフォンの人達にとって、上流階級は優れた魔導能力の持ち主、なんですよね。『それが戦いに利用できるタイプの能力なら、物凄い戦力になる』、って考えが出るのも、普通なんですね」


「私という脅威的存在は、ただ『てるには惜しい』と判断されるくらいには、特別視されていたわけです」


 この説明には、ちょっとした印象操作が含まれている。


 彼女の能力が魔物との戦いに使えそう、と思われたのは確かだ。だが特殊兵役刑の決め手となった理由は、もっと別のところ。


 言うなれば、「彼女が小物に見えた」からである。


 あの「転落劇」を通して、エレノアはわざと見苦しく、「自分が既に終わっていることが理解できないほど愚かな女」、という役として立ち回った。彼女を目の届かない場所に置いていても、何ができるとも思えない、そう思わせた。


 鮮やかな手口で枷から抜けて復讐しに来る、なんて姿が想像できないほど、無様な負けっぷりを演じて見せたのだ。

 

 時には自分を下げてでも、与える印象、それに対する他者の行動をコントロールする。

 入り組んだ血筋の迷宮の中で、彼女が得た特技である。


「直接の……監視員?とか、そういうのって、無いものなんですか……?」


「これから向かう戦場には居ますが、そこまで送迎する要員は用意されませんでした。大方おおかた、私の固有魔導ユニークに影響され得る者の数は、最低限にしておきたい、ということなのでしょう。要は恐れおののいているわけです」

 

 罪人どもが死ぬなり寝返るなり、ならばまだ諦めもつくが、信頼できる戦力を減らされるリスクは、首都上層に引き籠り続けたい彼らにとって、容認できないものとなる。


「まあ、神経質で臆病なクセに怠惰、彼らがそういう性格の集まりだからこそ、私の裁量が介入する余地が残されたのですから、そこは感謝するべきかもしれませんね」


 薄い笑みと共に、思ってもいないことを口に浮かべるエレノア。


「あの、でも、それじゃあ、恩赦なんて……」

「ええ、出ません。出るわけがない。私ほどの傑出を再度迎え入れる器量など、彼らは持ち得ない」


 彼女は魔物か元老かに殺されないよう、死ぬまで戦い続ける。それが運命。


「ただし、既にガス室に居る場合と、延命の可能性を握らされている今と、その間には、雲泥の差があります」


 死ななければ、幾らでもやりようはある。それが彼女の持論だ。

 奇跡を期待するのは、その時まで生きていた者の特権である。


「私はつまらぬ悪党の一人として、大河の一滴ひとしずくに散るつもりなどありません。エリーフォンを脱してでも、這い上がるつもりです。その為にユイト、お前にも役に立ってもらいます」


「ぼ、僕が……、う……」


 取り敢えずで着せられている貫頭衣の裾を、ユイトの両手がぐしゃりと歪ませる。


「僕に……、僕なんかに、出来ることなんて、ありますか……?」


 噛みしめた唇をこじ開け、意を決したように発された問いを、エレノアは興味無さげな一笑に付す。


「何を勘違いしているんです?奴隷の分際を弁えなさい?」


 顔を上げた彼は、怒っているでも恐れているでもなく、彼女が言ったことの真意を理解したくて、次の言葉を期待しているようだ。


 それでいい。

 その姿勢に、彼女は満足する。


「それを考えるのは、持ち主であり使い手である、この私の権限です。要らぬ思いわずらいなどせぬように」

「あっ、はっ、はい……」


 どこまでも受動的。

 雛鳥のように口を開けて、理屈や役割を与えられるのを待つ。

 望ましい在り方だ。


 存外そいつの使い心地は、捨てたものでもないかもしれないと、エレノアの中で、散財への後悔が少し薄れた。


 一方で、やり取りを外から聞いていたペイルは、


——うっわー……、やっぱ使えなそー……


 エルフを真似て作った口元が、皮肉げにひん曲がっていくのを、止める事ができなかった。


 エレノアの固有魔導ユニークの概要を聞いて、並の知能を持つ者はどうするか?恐れるのだ。今の自分の好感は、彼女に捏造されたものなのではないか、と。


 優秀な奴隷は、彼女を心から信用などしない。だから命を担保にするか、或いは固有魔導ユニークをガンガンに効かせて魂から調教するか、何らかの裏切り防止策が必須になる。


 エレノアの能力の詳細をユイトに教えることについて、ペイルが反対していたのも、造反の危険がいたずらに高まるだけだから。


 が、ユイトという少年は、全くそれに思い至っていない。

 そうなりそうな気配すらない。

 バカ過ぎる。

 

 なるほど、それくらい頭が悪いと分かっていたからこそ、エレノアは彼に情報を開示したのだろう。その慧眼はお見事。


 が、それは結局、頼りの知能面ですら、そいつが使い物にならないことを意味している。


 そんなやつが、何の役に立つと言うのか?


——今からでも返品できないかなー………


 先に立たない後悔だと、分かり切っていること。


 それでも、無駄遣いされた金貨の山を反芻はんすうしては、悔やみ続けるペイルだった。

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