大渦
真っ暗闇の宝物庫。
魔導石がビカビカ光り、複数で文字を、言葉を綴る。
ネオン街の如き頽廃の泥濘。
そこに集いし異形の影絵。
「良い報せと悪い報せがある」
「定型句ねェ……」
「お約束通り、悪い方からお願いする」
「変異型ノームの巣がエネクシアに押さえられた。カクォール卿とも連絡が取れず、現地では『デーモン討伐』の噂が流れている」
沈黙の後、大きなざわつき。
悪魔どもが混乱している。
「まさか!?カクォール様が敗北したと……!?」
「“十苦鳴叫”だぞ!?Aスコアの冒険者でも来たと言うのか!?」
「Cランクなりたてに倒されたとか……いやこれは流石に眉唾だけどね」
「どうせエネクシアが作ったカバーストーリーかなんかだろ。『誰でもゼロから成功者に』って宣伝広告だ」
「その為に、絶対に勝てるだけの布陣を、秘密裏に派遣した、ということ、か?」
「それにしたって、あれを殺せるものなの?ちょっとでも傷をつけられたらアウトよ?」
「第一それほど圧倒的な戦力が動いたとなれば、もっと騒ぎになっている筈!」
「そこは未確認。組合の反応が、思ったより過激だった、ってことなんだろうと思うんだけど」
「変異させたとはいえ、対ノームに切るカードでは……!」
息を詰まらせたように、全員が黙りこくった。
熱が引いていき、凍土の如く静かに固まる。
「……良い方は?」
「“例の物”が試験投入段階に入った」
「……なら、早速使うか、その巣穴に」
「それがいいわ。そうしましょう」
「そうだ。それで、殺せばいい。誰だか知らないが、それで終わりだ」
「最寄りの都市、キャドマスには、組合本部戦力が来るらしい。しかも天豫教もそれなりの規模で、ゾロゾロお越しくださるみたいだ。ついでに“クライアント”の方にも、招待状を送っておいた」
「なるほどそれは——」
「ああ、そうさ。これは、これから——」
——楽しくなるぞ
——祭りになるぞ
彼らは熱を求めるように、
次の戦いへと邁進する。
成功を。
喪失を埋める為の、
勝利を。
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広大な幕をバックに、横に広く作られた舞台。
そこに大挙して詰め掛けながら、黄色に輝く魔導具を持ち、今か今かと首を長くして、開演を待ち望んでいる者達。
「「「ア!マ!ネ!」」」「「「ア!マ!ネ!」」」
「「「ア!マ!ネ!」」」「「「ア!マ!ネ!」」」
数千、数万規模の大群衆が、種族の別を全く問わず、互いにギチギチと押し合う前で、小さな火山が並んだかのように、白と黄色の火花が噴き出す。
「「「ウォオオオオオオオオオオオオッッッ!!」」」
「「「キャアアアアアアアアアアアアッッッ!!」」」
魔導具が振られ、地上にケミカルな星天が現出する。
『“佳声恵国”!!』
詠唱と共にスポットライトに照らされて、それを檀上から見下ろすは、白地の黄色やチェック柄、フリフリだらけの衣装の少女。非対称ミニスカートにノースリーブ、アームカバーと小さな帽子。
体毛の少ないエルフのような肌と、頭の横から脚にまで届く、黄金色のツインテール。
新生十二頭国トゥー・スィー筆頭国主、アマネ・キミヅカ!
『みんなあああ!こーんアーマネー!!』
「「「こーんアーマネー!!」」」
『今日は来てくれてぇ、あっりがとおおお!!』
大地を揺さぶる歓呼!
魔導的な機構で増幅された彼女の声を聞いただけで、数十人が同時に失神して、観客達の足踏みマットと化す!
そこに叩きつけられる、腹から突き上げるような大音量メロディー!
明るくアップテンポなそれが、祭典の始まりを宣言する!
『それじゃあ早速いってみよーっ!今日最初の曲はぁぁぁ——』
その様子をモニターに映し、遠隔から観賞する少年少女、計11人。
各々が自分用にカスタマイズした、机と椅子で寛いでいる。
「やっぱ流石だなあ、アマネちゃん」
「うん、アマネちゃんがガンバってくれてるおかげで、色々やりやすくなってるよねー!マジ助かりんぐ!」
「私達の支持率も、一人残らず90%超えを維持し続けてる。すごいよこれ」
「っぱセージには若いカンセーがヒツヨーだったんだな!あーあ!日本のバカ大人どもがどんだけウスラハゲムノーだったかって、わかっちまった!」
「ローガイばっかっしょあんな国。ジジイとババアのゴキゲンばっか取って、オワコンになったクソ国家。あんだけエラソーにしといて、ウチらみたいなガキに負けるって、ハズくないんかな?」
「もう言ってやるなよ、全部過去の、どうでもいい世界の話だろ?」
最後列に座る一人の言葉に、全員が振り返る。
それだけで、誰がこの集団の中心か、それが分かろうというものだった。
「俺達がそこらの大人より優れてる、なんて、この世界に呼ばれて、特別な力を得た時から、分かってたことだ。みんなもっと、選ばれし者の自覚を持とうぜ?」
彼らはその言葉で、それぞれの使命感を再燃させ、勇猛な顔つきで頷き合う。
そう、彼らには役目がある。
進んだ道徳をこの地に齎し、邪悪な旧態を駆逐する、その役割が。
「エリーフォンをやっつけて、セラを統一して、平和にするんだ。民主的で実力主義な、理想の国家を作る!俺達なら、みんなとならきっと、いや絶対出来るさ!」
自信満々に鼓舞する彼の言葉に続き、「オー!」だとか「よっしゃあ!」だとか、思い思いの形で沸き立つ。
「失礼します」
そこに、中型肉食恐竜やコモドドラゴンのような頭の、鱗を持った知性体が入ってきた。
武士のような甲冑のあちこちに、金色の曲剣めいた立物が取り付けられた鎧は、国主の一人が組織している、名誉衛兵隊の一員である証。
その者は直属の主に駆け寄り、何やら耳打ちを行った。
「えー、なになにどしたん?」
「ユウスケ!ちょっといいか!ふざけた話が入った!」
他より大柄で厚い体、鋭い目つきをした彼は、
声にドスを利かせながら、今得た情報を中心人物に、
ユウスケ・アオバに報告する。
「“アカリ”が見つかったぜ」
室内の空気が、僅かにピリリとチリついた。
ユウスケの目が、ストンと据わる。
「どこにいた?」
「あー……なんつった?ああそう、エネクシア、だとよ。そこで“冒険者ナントカ組合”とかいう奴らが、ラチしやがったらしい。ナメられたもんだなあ!」
彼らが打倒するべき“悪”が、一つ増えた瞬間だった。
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「あー、まだかなー……」
エリーフォン領内の都市、その路地裏に、リカントの少女が座っていた。
短髪の猫顔という彼女の外見は、同族だけに止まらず、ダークエルフなどにも好かれがち。
彼女はそれと若さを売って、その日暮らしをしているもの。
いわゆる路上若年売春婦である。
「うぁー……、マジだるー……」
都会暮らしに憧れて、地元を田舎と蔑んで、飛び出してきたはいいものの、そんなハネっかえり気質で、社会的生活に馴染める筈もなく、しかも逃げ帰る金も潔さも無かったので、こうやって違法な商売に、身を窶すことになったのだ。
「ふぁああ……」
いずれ使えなくなる価値を、ただその場しのぎで換金するだけの日々。
けれど彼女の様子に、悲愴感や切迫感はない。
今もこのように、前屈運動をしながら欠伸を一つ、客を探しに行くでもなく、餌が口の中に落ちるのを待つ、家畜のような余裕を見せる。
それは彼女が刹那的で、楽観的で、現実を知らないから、と言うのもあるが、こうしていればなんとかなる、その確信を持っていたから。
その、砂糖を煮詰めたほどにドロ甘な見通しは、しかしなんと裏切られなかった。
「ハァイ、元気しってるーっ?」
「あっ、ねえさん!」
彼女の待ち人が、
ラマ頭のリカントが、今日も顔を見せてくれたのだ。
「調子はどう?稼げてる?」
「聞いてよー!それがゼンゼンでさぁー!」
真っ白でフワフワモコモコとした毛並みながら、腰回りはしっかり細く、シルエットには程よい起伏。身なりもパリッとしたスーツ姿で、まさに「成功者」といった佇まい。
今巷で盛り上がっている、「自立した女性」そのものだった。
「ねえさん」と呼ばれているが、二人の間に血縁関係はない。
このあたりを中心に、帰る所のない少女達を取りまとめ、生きていけるように手助けする、そんな活動に従事しているので、皆から慕われてそう呼ばれているのだ。
冷たい都市の住民としては珍しく、優しくて頼りになるその人に、少女もまた例に漏れず懐いていた。
「そんなあなたにビッグニュース。良い話が入ったんだけど、乗らない?」
「え?なになに?オイシイ仕事?」
「上手くやれば、向こう1年は食べ物に困らないかも」
「まぁじでー?さっすがねえさん!」
彼女は今までこの人のおかげで、この都市で生きてこられたのだ。
手を引かれるままに従っていれば、これからも上手くやっていける。
男を転がす術を教わり、金を貯めて自分を磨いて、いつか権力者に見初めさせる。それか、彼らに支払わせた資金で、自分の店を始めるのも、いいかもしれない。
とにかく都会の一部となって、あんなクソ田舎に籠ってる芋の群れを、冷たく笑い飛ばしてやるのだ。お前達が「身の程知らず」と侮った彼女は、このように稼いで成り上がったのだ、と。
「やることはいつも通りよ。ちょっとの間、1時間くらいかしら?イヤなことを我慢すれば、それだけで大金が手に入る」
「やぁりぃー!まっかせってよ!わたし、“びじねすうーまん”だし!」
そして今日もまた、その人から言われた通りにして、大人の階段を一つ登ってやる、と、彼女はそう意気込んでいた。
それが「自立」とは真逆の有り様であると、彼女にそう指摘してやる者は、
最後まで、その周囲には現れなかった。
村落において、若年の家出や行方不明というものは、珍しくもない。
奴隷商に売ったことを、「居なくなった」と称する場合だってある。
だから、生家を出奔し、届出もなしに都市の暗部に住みつき、そしていつからか、路地裏にも現れなくなった少女、その失踪という事実は、
統計上は、「よくあることの一つ」として、数字の中に埋没した。
「何者かが特別な狙いで連れ去ったのではないか」、などという考えを持てるほど、世間はどこも暇ではなかった。




