6.他者を置いていく自虐
「あの時は……、あ、あれしか思いつかなくて……」
襲撃者達が近くに待機させていた、逃走用の馬車。
それを拝借して、僕達は再度、西に発っていた。
「って言うかそれ以前に、何が起こってるのか、あのー、全然で、体が動かなくて……」
さっきまでの自分のデクの棒ぶりを、どんどん思い出してきて、膝の上の手が汗でぐっしょりと濡れる。
ロクな働きが出来なかった、どころか、まず頭が動いていなかったのだ。
魔法みたいなものがある、ファンタジー的世界。ペイルさんが水の膜で爆発から守ってくれたり、目の前で変身してくれたり、そういう分かりやすい超常的な力を見て、だけどちっともワクワク出来なかった。
あの緊張感。僕やエレノア様の細い体を、簡単に吹き飛ばしてしまえる破壊力が、方々から血眼になって押し寄せる、暴力的な現実感。
映画とかゲームとか、そういう虚構で触れるばかりで、本物を体験したことがないのに、何故だか直感できてしまった。
あれが戦場だ。
本能を拒否反応でガリガリ掻き削る刺激臭が、噎せ返るくらい満ち満ちていたあれが、話に聞くそれだったのだ。
僕は、まず自分を殺しに来ている誰かを前にしたことがなくて、それでパニックになってしまった。好意には礼を、怒りには謝罪を、そういう対処は当たり前にしてきたけど、
殺意には何を返せばいい?どう反応すればいい?
頭が真っ白になって……なんか叫んでたかもしれない。それがハッキリしないくらいには、我を失ってたってことで、情けなさに泣きたくなってくる。
エレノア様にも失望されただろう。まあ元々期待なんてしてなかっただろうけど、低いハードルを這いずって潜ったようなものだ。
「なのであの時は、う……、すいません……。動かして、もらっちゃって……」
結局、何も出来ない僕の代わりに、訪れた危機に彼女が反応した。そのおかげで、なんか役に立ってる風になってるが、そもそもそれ以前に、僕が自分でやらなきゃいけなかったことなのだ。
「いえ、私は……」
話を聞いていたエレノア様は、そこで額を指で抓んで、暫く黙ってしまった後に、
「私は責めているのではなく、ただあの時、お前がどういった判断をしたのか、それを訊きたいと言っているだけ」
半分だけ緑色の目を開いて、そう言った。
うう……、気を使わせてしまっている……。肩身が両側からベコベコに狭まりそうだったが、話を進めることに集中しようと努めた。ミスした後の聞き取りくらいは、ちゃんとハキハキ協力して、少しでもマイナスを減らさないと。
「はいっ、えっと……あ、刺された時に、どう思ったか、でしたよね?」
「ええ、まあ……」
「夢中でしたけど、ただ、なんとかしないと、って思って……」
そうしてふと、思ったのだ。再生するのを利用して、肉で固定してやれば、相手は武器を使えなくなるんじゃないか、って。
「あの、痛みを感じると、あー、筋肉が収縮する、って話とかあって、だから、その力みで押さえられるかもしれないって……。あ、でもペイルさんが、刺されてるところから……爆発?してたのは見てたので、だからえっと、先端じゃなくて、柄の部分を閉じ込めないと、簡単に……抜けられる?うん、抜けられるなって……」
まあ要は、あれを死ぬほど怖がってた、ってことだ。あの槍が飛沫を上げる度、肝が雑巾絞りされるような気分になって、強烈に印象に残ってたから、咄嗟にそう思えた。
言い換えると、あの時の思い付きの速さは、それまで動けなかった臆病さの裏返しでしかない。
「頭突きは?」
「うまいこと、こう、頭から血が出て、あのガラスを汚してくれれば、あの人、困るだろうなあ……、って……」
ガラスゴーグルに付いた血糊を手袋で拭うって、大変そうだし。
それがどれだけ上手くいったかは分からない。何しろその後、すぐに痛みで周りが見えなくなって、倒れていることしかできなくなったのだから。
「ごめんなさい……。僕……結局、また、自分で動けなくなって……」
「いい。謝罪を一旦やめなさい。この私の至宝に等しい頭脳に、意味不明な理屈を流し込まないように」
「う…っ、はい……すいm……いやその………」
謝る言葉が軽々しいって言うのも、よく言われることだ。「許されたい」って気持ちが前面に出て、「申し訳ない」を食ってしまっているのだろう。
本当に良くない。
難しい顔をしているエレノア様を見ても、言葉を重ねるほど怒らせてしまっているのが分かる。
「お前、本気ですか?」
「は、はい。説得力は、ないかもですけど、本気で反省して」「『反省』、反省反省、それです」
手首だけを使った動きで、人差し指をピッと突き付けられてしまった。
「非がお前にあると、100%自分が悪いと、そう思っている?」
「うぐ……はい……。お、恩を返したいとか言って、口先だけで、肝心な時には、怖じ気づいてただけでした……」
彼女達の為に行動できるかどうか、以前の問題。彼女達の為に何が出来るか、と考えることすら、やめてしまっていたのだ。その約束破りが、何より最も罪深い。
「………」
「………」
また「ごめんなさい」を言いそうになるのを、ぐっと堪える。役立たずな僕でも、最低限、言われたことは守る、それくらいはできなければ。
「……お前を買ったのは、戦闘能力を期待してではありません」
「は、はい……?」
「戦場には寝具を持って行きますが、戦闘では使いません。それと同じこと。あの局面でお前が機能するなど、思ってもいませんでした」
「なのでそれについて、詰るつもりはありません」、明らかに苦い顔をしながらも、彼女はそう言ってくれた。
フォローされてしまった……。優しい……。これがネットとかでよく言う、「理想の上司」ってやつなのかな……。
なんて愚にもつかないことを考えている僕を、じーっ、と凝視してくるエレノア様。ただでさえ、人と目を合わせるのが苦手な僕である。それが美人——美エルフ?——相手とあっては、3秒も持たない。
つい俯いてしまった。顔の周りだけ夏になったみたいだ。その態度も彼女の目に、不誠実に映ってしまったのだろうか?
「逃げるな」
低く命じる声と同時に、指一本で顎を持ち上げられ、前を向かされてしまう。
「余所見をするな、この私から」
非現実的なくらい真っ白な肌の中、黄色と緑、神秘的なヘーゼルアイがはめ込まれ、その眩むような輝きに、目が吸い寄せられていく。
「……お前に、教えておきましょう」
僕が見惚れている間に、彼女は何かを決めたみたいだった。
「私の固有魔導について」
「ユニーク?」
「えっ、エレノア様!?言っちゃうんですか!?」
馬車の前の方から、慌てたようなペイルさんの声が聞こえた。
馬の足音とか車体の軋む音とかに負けないようにか、声を張り上げている。
「い、良いんですか!?奴隷の契約と言っても文書上だけで、絶対服従を保証する強制力は、そいつには——」
「この者には問題ないと、お前の持ち主たる私が判断しました。不服でも?」
ど、どういうこと?
何か、二人が僕に隠しておきたいことがあって、それをこれから話す?信用された……わけではないと思うけど……、じゃあなんで今、エレノア様は話してくれる気になったんだろう?
「それに、ここを隠して、的外れな行動を取られても、面倒なだけでしょう?」
「それは!……そうですけどー!」
僕の混乱なんて気にせず、二人の話はまとまったらしい。
なんか分からないけど、エレノア様が色々教えてくれることになった。
それから僕に語られたのは、まあ要するに、この旅が始まってすぐの会話、あれの続きだ。
つまり、エレノア様は今どういう立場で、何をやらなきゃいけなくて、どうして僕を買ったのか、という話。
「まず、エリーフォンという国の成り立ちについてですが——」




