弟と妹
◆
珍しく、というより初めてのことだが、アルフォンスとの訓練のための演習室に、第三学位からの同期を連れてくるようにと言われた。
イルヴァも連れてきても良いと言われたのだが、そのことを彼女に伝えると、断られてしまった。こういうことには何かと首を突っ込みたがるイルヴァだったが、何か嫌な予感を感じたらしい。
ルナは、オルシア、ロバルト、リリアナ、ディルタと、演習室に向かった。ディルタはアルフォンスの訓練のトラウマだと相当嫌がったが、リリアナが無理矢理引き摺ってきた。
その演習室の扉の前に、メルビムが待っており、リリアナが駆け寄る。
「師匠! 何かご用でしょうか」
「違うよ。わたくしもアルフォンスに呼ばれたんだ」
「メルビム先生も?」
ルナもなんだか嫌な予感がした。扉の先からグリオンの気配を感じる。
メルビムが扉を開ける。中にはアルフォンスとグリオンが待っており、そして、フードを被った学生の少女が、二人に挟まれて立っていた。
先日、ルナを睨んでいた、新入生の少女である。
そこで察して振り返って帰ろうとするが、アルフォンスの紐の魔術で拘束される。
「どうして帰ろうとする、テルティア」
フードを取った少女が言う。前髪を降ろした彼女を見たことはないが、その顔を忘れるはずもない。
「………………!」
ルナは声すら出せないように拘束された。他の者たちは拘束こそされなかったが、制服を着た少女を見て、拘束されたかのように絶句する。
「落ち着きなさい、ルナ君。
ここにいるのはあくまでも、アストレイア・フィオナ・エーテリアル・ルトロネル第七王女殿下ではないのです。
新入生のイヴ・フィオナ・リジルソン。リジルソン辺境伯家の三女にして、あなたたちの後輩です。良くしてやってください」
アルフォンスが言うと、リリアナとオルシアが跪きそうになる。
だが、先にディルタが動き、フィオナの前に膝をつくと、その手を取った。
「姫、ご心配しておりました。長らく目が覚めなかったとか。
ボクはあなたの元に……、何度も王宮に馳せ参じようとしました。しかし、学生の身ではできることも限られ……。申し訳ございません」
大仰な仕草で謝罪するディルタに、フィオナは微笑んだ。
王族に気軽に合える立場でもなければ、手紙をやり取りできるような立場でもない。レデクス村でのことは、ひと時の夢のようなものである。
「我が騎士ディルタ、あなたは変わらない。だが、気遣いは不要。
実を言うと、王宮へは戻っていない。母の実家のエーテリアル家で匿ってもらっていた」
リリアナが近付く。
「フィオナ殿下……。あなたは今ではこの国で、最も大切な人物ですわ。それがこの学園に入学するなど……」
王位継承権の第一位になったという噂は、リリアナたちも知っていた。
その王族が魔術を学ぶなどすれば、継承権にひずみが生まれる。継承権が剥奪されるかもしれないし、それを知っていようが知らぬまいが、魔術を学ばせた者たちは断罪される可能性がある。
「ジルベルトお兄さまが、入学を許してくれた。貴様たちに迷惑はかけない」
「そうは言われても……」
リリアナは貴族であり、王国のことを一番に考えなければならない。レデクス村では一時的な学習だと割り切っていたが、ヴァヴェル学園に入学したとなれば話は別だ。
説明を求める視線に、アルフォンスは面倒そうな表情を隠そうともしない。
メルビムが進み出てフィオナの顔を両手で持ち、目を覗き込んだり、形を触って確かめたりしている。フィオナもメルビムには何も言えないのか、されるがままにされた。
「ふむ……。本物みたいだね。
ジルベルトは次期国王を隠すのに、もっとも信じがたい場所を選んだというわけか」
「本物だし、ジルベルトお兄さまが決めたのではない。私が自分で選んだ」
フィオナの言葉に、オルシアが訊ねる。
「匿っている、隠している……。いったい何から隠れているのですか」
「兄とその周囲にいる貴族から。今頃、暗殺者たちが躍起になって、私を探し回っている」
「そんな……。血の繋がったご兄妹なのに……」
「母が違い、家が違えば、他人も同然。
アルフォンス、そろそろテルティアを……、ルナを放してやって」
フィオナに言われたアルフォンスが、未だに拘束されていたルナを解放する。
「……じゃあ、学園で匿うだけで、魔術は学ばないということですよね⁉」
声が出せるようになったルナは、出し抜けに言う。フィオナが答える。
「そう。魔術は習わない。授業には出るが、あくまでも学生の振りをして授業を受けるだけ」
「……」
詭弁でしかない。
「この間は貴様を匿っていた。次は私の番。それだけ」
「それは……。フィオナ、レデクス村での授業とはわけが違いますよ? 今のフィオナは……」
「心配するな、ルナ。バレなければ良いだけだ。
こうして正体を晒したのは、廊下で偶然あったときに、驚かせないようにするため。
レデクス村と同じように、ただの娘として扱ってほしい」
フィオナの言葉に、ルナはまだ納得できていない顔をしていた。しかし、気を取り直し、手を差し出した。フィオナはそれを取り、肩に手を回して抱き合うように背中を叩く。
「フィオナ。こんなに早く会えるとは思ってなかった。お礼も言えなかったことが、ずっと気になってた。
あなたは命の恩人です。助けてくれて、ありがとう」
「大いに恩に着ると良い。私もルナが生きていてくれて嬉しい」
学生たちは、とりあえずフィオナとの再会を喜んだ。
メルビムがアルフォンスに問う。
「このことを知ってるのは?」
「学園関係者では、僕とグリオン、学園長とあなただけです。あとはベルキオン市長、ジルベルト殿下だけですかね」
「やれやれ……。それは責任重大だ。グリオン、あんたが護衛をするのかい」
ずっと黙って少し遠巻きにしていたグリオンは、メルビムの問いを否定する。
「いえ。通常の業務としてしか接触はしません。なるべく、危険がないようにはしますが……」
メルビムは溜息をつく。アルフォンスが話を続けた。
「護衛については、僕とルナ君で責任を持ちます。メルビム魔導師には、見守っていただく程度で結構です。ひとりの魔術士見習いとして、接してください」
「わかったよ。ま、学園内では気にかけておくよ」
◆
演習室から出る前に、フィオナのことはイヴと呼び捨てにするように厳命された。
前髪を降ろし、化粧もしていないフィオナ、改め学生姿のイヴは、王女にはとても見えない。普通の町娘のようだ。
演習室にはアルフォンスとルナ、そしてイヴだけが残る。
どうして自分だけ残されたのかわからず、ルナはアルフォンスをじっと見た。しかし、アルフォンスは何かを待っているようにじっとしていた。
「ルナ。その手の腕輪はなんだ。前は着けていなかったはず」
ルナの手にはめられた木製の腕輪に、イヴは気が付いたようだ。ルナは少し自慢気にそれを見せびらかす。
「フフン。今度のダンスパーティで披露する予定のドレスです。呪文を唱えると一瞬で着替えられるんですよ」
「パーティ? 私は聞いていない」
ドレスよりそっちかとルナは思う。
「第一学位の人は出られませんかよ。というか、そんな目立つ場所にはイヴは出ないんじゃないですか」
「そうです。イヴは陰気な女性です。いつもフードを被って、無口な謎めいた生徒。そういう設定です」
アルフォンスが言うと、イヴは顔を歪ませた。
「アルフォンスがそういう女の方が好みだと言うなら、そう演じよう」
「いえ、僕の好みの問題ではなくて……」
そのとき、演習室の扉がそっと開く音がして、三人は振り返る。慎重に顔を覗かせたのは少年だった。彼はイヴと同じ新入生だ。
恐る恐る中の様子を伺った少年は、アルフォンスの姿を見て、安心したような申し訳ないような表情を浮かべた。ルナも見覚えのある少年である。
「ロウリ?」
「ロウリ君、早く入ってきなさい」
アルフォンスに言われ、ロウリはイソイソと演習室に入ってくる。
「すみません、遅れてしまって……。道に迷って……」
すでに入寮を済ましているロウリだが、学園内の迷路のような廊下にはまだ慣れていなかった。
ロウリは嬉しそうに駆けてくると、ルナの前で止まった。
「ルナさん! 今日からよろしくお願いします!」
「え? うん。よろしく……?」
イヴが訝しむ視線をロウリに向ける。
「確か、新入生にいた子。どうして部外者をここに?」
問いはアルフォンスに向けたものだ。
「部外者ではありません、イヴ。あなたの兄弟弟子になる、ロウリ・ロッド君です。挨拶してください」
「兄弟弟子?」
ロウリは背筋を伸ばして、軽く頷いた。
「よろしくお願いします! イヴ・リジルソンさまですね。お互い頑張りましょう!」
「ロウリ君は、あなたと同じく治癒魔術師を目指します。ルナ君、二人の世話をしっかりやってください」
「あ、はい。え? えっと……」
「イヴ君とロウリ君は、僕の弟子となります。つまり、あなたの妹弟子と弟弟子です」
「待って、アルフォンス。なぜ、この男も一緒なの。ルナはともかく……」
「ロウリ君は才能ある魔術士ですよ。すでに独学でいくつかの魔術を会得しています。そして、難しい治癒魔術を習いたいという高い志も持っています。
彼は僕の弟子になる代わりに、イヴ君の学園での生活をサポートするように頼みました。困ったことがあれば、ルナ君とロウリ君を頼ってください」
「私にはそんなもの必用ない。ロウリ、今すぐ帰ることを許す。アルフォンスの弟子になることは許さない」
イヴの言葉にロウリは微笑んだ。
「大丈夫です。ちゃんとお世話しますから。引っ込み思案のお嬢さまとお伺いしていたので、もっと暗い方かと思っていましたが、ちゃんとお話しできそうで良かった」
ロウリは精神が折れることはない。アルフォンスに言われたことはなんとしてでもやり遂げる覚悟があるように見える。
ルナは睨み合う新入生たちの様子を見て、アルフォンスに訊ねた。
「ロウリまで巻き込むのんですか」
「そうですよ。どのみち、僕らは運命共同体です。バレたら、関わりのあるロウリ君たちにも厄介は振りかかりますよ」
ルナは溜息をついた。イヴは迷惑はかけないというが、そんなわけはない話だ。だからと言って、イヴを放置することもできない。やるならとことんやる方が良いと、アルフォンスは判断したのだ。
「それにです。女生徒ばかりを弟子にすると、また鬱陶しい噂を立てられますからね。あなたも嫌でしょう。
それよりも、冬休み中はこの四人で訓練します。最初は基礎訓練になると思いますが、あなたも基礎から治癒魔術を学ぶことは良いことだと考えています。今のうちに自身の魔術を言葉で説明できるよう考えておいてください」
「はぁ……」
ルナは肩を落とし、出て行けと言っているイヴと、のらりくらりとするロウリを、何とも言えない気持ちで見つめた。
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