冬の誘い
◆
本格的な冬が始まった。ミルデヴァの街の辺りは、あまり雪が降らないが、今年の冬は積もりそうだ。
図書室の窓の外で、寒々しい風に雪の結晶が踊っている。
禁書庫は許可なく入ることができず、本を持ち出すこともできない。
第五学位からは決まった授業がなく、選択制の講義のみになる。そのため、大きく時間が空くときがあり、ルナは図書室に入り浸る時間ができた。
そう言った学生は多く、禁書庫用のラウンジには意外と人がいる。むしろ狭い分、低学位用の場所より人が多くいるようにも見える。
「やぁ、ルナ。君もようやくこっち側だね」
「こっち側って、どっち側です?」
ルシオに話しかけられ、ルナは本から顔も上げずに応えた。
ルナが入学したときからルシオは変わらず第五学位だ。
「追いついちゃいましたね」
「……そうみたいだ。わかってはいたことだけど、後輩に追いつかれるのは堪えるよ、ホント」
「それは残念でした。優秀な後輩を持つのも考えものですね」
「自分で言うのか……。君はなんて言うか……、変わらないな」
自分としてはかなり変わったと思うが、ルナの見た目は十代前半のままだ。
リリアナは大人の女性に近付きつつあるし、オルシアはかなり顔色が良くなった。ロバルトが駆けっこでは負けないと言うのもわかる。
「屍霊術か……。気を付けろよ。試してみようなんて思うんじゃない」
ルシオが机の上に広げられた本を眺めて言う。
「わかってます。対抗手段を調べてるだけです」
「それならいいけど……。君ほど優秀なら、すぐに身につけてしまうはずだ。上に目を付けられると厄介だ」
「もう、目を付けられてますから、あんまり関係ないですね」
「それも、そうか。ははは……。あんまり笑い事じゃないな」
ルシオが隣の席に座るので、ルナは不満そうに場所を空けた。
ルシオは本を読もうとはせず、ルナを見つめてくる。
「行きません」
「まだ何も言ってないけど」
「同学位になったお祝いに、デートでもしようとか言うんでしょ。私、そういうの嫌いなので」
「驚いた。君は、心を読めるのか?」
ルシオは余裕そうに笑うが、少しの緊張と発汗、そして失望が目に現れている。もう少し気を遣って言うべきだった。短くなった髪の毛を少し触る。
「その、すみません。お気持ちは嬉しいですが、時間はいくらあって足らなくて……。ごめんなさい」
「そう、か……。まぁ、仕方がないさ」
ルシオは悪い人ではなかったし、ダンスパーティに興味がないわけでない。
ルナは反射的に突き放すようなことを言ったことを後悔する。ただ、男性に誘われるとどうしても先に拒絶が来る。
頭が真っ白になり、ルナが何も言えずにいると、ルシオが気の抜けたように、少しだけ萎むのがわかった。
勇気を出して、本気で誘ってくれていたことを理解し、視線を逸らすことしかできない。
彼は気を取り直して、立ち上がる。
「ダンスパーティに誘う前に、デートでもしておこうと思ったんだ。その調子だと、パーティにも出ないつもりなんだろ?」
「ダンス、パーティ……?」
「え? 知らないのか?」
ルシオは驚いたようだ。
「リルケー嬢らが騒がしくしているだろう。何を着ていくのかとか、髪飾りはどうだとか。
君もその中心にいたじゃないか。小物を頼まれたりしていたはずだろ」
ルナはそういえばそんな話をされたような気がする。興味がないので聞き流していた。
生徒からの注文が増えて、ダウリの店との往復が増えた。イルヴァやディルタがソワソワしていたのは、そのためだったのかと今さら思い至る。
「冬休みに入る前に、生徒会主催のダンスパーティがあるんだよ。年に一回だけのイベントだ。楽しみにしている生徒も多いんだけどなぁ……」
呆れたように言われてしまい、ルナは本に目を戻して誤魔化した。
「ま、まぁ、興味ないですからね。私は」
「……そうか。あの噂は本当なのか? フォルスター魔導師と恋仲だと言うのは……」
ルナは机に顔を突っ伏した。顔をあげるとルシオを睨む。
「またその話ですか⁉ もうそんなウワサ、なくなったと思ってましたよ……」
「違うのか」
「違うに決まってるじゃないですか! 私は実力を証明してきたつもりです! 丁度、この図書室で、ルシオにも見せましたよね……⁉」
他の生徒に静かにしろというジェスチャーをされて、ルナは押し黙る。
図書室にあるヴェルデのアトリエの調査隊にルシオも参加していた。そのとき、実力は見せたはずだ。
「なんでまだそんなこと言われるんだろ……」
「それは……、二人とも恋人も作らずに、二人だけで訓練してるからじゃないか。どっちも恋愛に興味ないって雰囲気だし……」
「それは本当に興味がないからで……」
「でも、君を良く知らないみんなは、そうは思わない。じゃあ、それを払拭する必要があるんじゃないか?」
ルナは本を閉じると、ルシオの方を向いた。彼の言いたいことを察したのだ。
「誘い方が上手いですね。そうやって色んな子な声をかけてるんですか」
「利を説く方が、君みたいな子には有効だろ? けど、パーティに出るのは僕も初めてだよ。パートナーがいなかったからね」
「パートナー……。わかりました。ドレスの準備をしておきます」
「良かった! じゃあ、デートも」
「それはしません」
「あ、そう」
ルナはルシオとダンスパーティの誘いに乗ることにする。ダウリに相談して、ドレスを準備しなければいけない。
(ロバルトはオルシアを誘うんだろうな。リリアナとディルタは誰と行くんだろう? イルヴァさんは……、まぁ、引く手数多か……)
勉強ばかりでも気が詰まる。楽しめる内に楽しむことは必要なことだ。
パーティに出て、他の学生たちと親交を深めるのも悪くはないと思うことにした。
◆
受けてしまってから、ある事実に気が付く。
「ダンスが踊れない!」
ダンスパーティに出るのに、踊ることができないのでは話にならない。ルナはそこまで周りの目を気にしない人間ではなかった。誘ってくれたルシオにも悪い。
こういうときに頼りになるのはリリアナである。
「リリアナぁ……、助けてよう……!」
「はい、どうなされたのかしら?」
ルナは事情を話すと、リリアナは喜んだ。
「良かったですわ。ダンスに誘われていない人に、衣装の用意をお願いするのは気が引けていましたの。かといって、他の人に頼むのも気が引けますし……」
リリアナたちがルナにダンスパーティの話を振らなかったのは、ルナにその気配がなさそうだと感じて、気を遣っていたようである。
「しかし、ルシオとねぇ。ま、悪いやつじゃないからいいけど。真面目過ぎるかな」
イルヴァがルシオの評価を口にする。
「イルヴァさん、あまりそうやって人を評価するのは……」
「はいよ。下品でごめんあそばせ」
「別に、ダンスパーティに行くからって、いきなり恋人同士になるってわけじゃないんだ。気軽に行けばいいさ」
ディルタの言葉に、ルナは頷いた。
恋人にできるかどうかの前段階。様子見の状態だ。絶対にパートナーだけと踊らなければならないわけではない。
「でも、意外だね。だって、こういうダンスみたいな教養は、ルナちゃんはしっかりしてると思っていたから……。運動も得意だし、出来るのかと思ってた」
オルシアの言葉に皆が頷くが、ルナは否定する。
「そんなわけないじゃん! 私は一般庶民だよ。ダンスなんて幼稚園のお遊戯会でやったくらいで……」
「幼稚園?」
この世界には幼稚園に当たる施設はないので、ルナは適当に誤魔化す。
「それより、私以外にも踊れない人いるよね。ディルタとかロバルトとか……」
ロバルトとディルタはその言葉を聞いて、勝ち誇ったように立ち上がると、二人でいわゆる社交ダンスを披露してみせた。背の低いロバルトの方が女役だが、肩幅が広すぎて気持ちが悪い。
「なんで踊れんのよ」
少し負け惜しみ気味にルナが言う。
「なかなか、お上手ですわ、お二人とも!」
リリアナは褒めた。オルシアがルナに説明した。
「二人とも去年のダンスパーティには出てるだろうから」
「オルシアは……、寝込んでか」
「うん……」
「今年はロバルトと行くの?」
「えっと……」
オルシアが言葉に詰まっていると、ルナは察した。
「ロバルト、あんた……」
「な、なんだよ」
「さっさと誘いなさいよ、バカ! 女の子には準備があるの!」
「痛! 痛いって! 蹴るな!」
ルナに蹴られながら、ロバルトはオルシアをダンスパーティに誘った。
その様子を見守りながら、リリアナはルナに言う。
「しかし、わたくしに教わるより、ルナにはもっと相応しい教師がいるではありませんこと? まずはそちらに相談してみてはいかがです」
◆
「それで僕にですか」
学園にあるアルフォンスの個室を訪れたルナは、少し顔を赤くしながらダンスを教えて欲しいと頼んでみた。
「リリアナが言うには、師匠というのは魔術だけじゃなく、人生の規範を教えるのだとかなんとか……。それでアル先生に教われと……」
「ふむ。まぁ、間違ってはいませんが、魔術の師であってダンスの師ではありませんからね。面倒ですし、お断りします」
「そんなぁ……」
アルフォンスは息をつくと、手元の本を閉じた。
「しかし、意外ですね。あなたは、そういうことには興味がないと思っていましたが」
「興味ありませんよ……。誘われたから仕方なくです。やっぱり時間の無駄ですかね」
アルフォンスと恋仲だとか愛人だとかいう話は出さないでおく。
「悪いことばかりではありません。恋人を作っておくことも、大切なことです。そう言った人間関係の形成が、魔術の出来に影響することもありますから」
「はぁ。そうですか」
「ルナ。動物と魔物の違いは知っていますか」
唐突に話が変わって、ルナは眉をひそめた。
「えっと、魔法が使えるかどうかでしたっけ」
「それは古い考え方ですね。それでしたら、王侯貴族は魔物ということになる。
過去には既得権益を守ろうとした貴族が、王侯貴族以外の魔法使いを魔物として排除しようとした時期もありましたが、今ではそれは間違いだったとされています。貴族たちが民衆に間違いを認めた、稀有な例です。
何せ、自分たちで流布した毒で、自分たちの喉を詰まらせたのですから」
アルフォンスが教える歴史の授業で、そんなことを言っていたなと思い出した。
確か、貴族が流布した風説で、魔法使いは弾圧されて、貴族も魔法使いであることがバレて、国が滅んだとか何とか。
「話が逸れました。
魔物と動物の違いは、生殖能力です。魔物は子を産み、育てることがない。
その生き方は極めて刹那的で、知能は高くても将来を考えるようなことはないと言われています」
「でも、ドラゴンの卵はありますよね。あれは何なんですか?」
「良く知っていますね。ああ、グリオンに訊きましたか」
「……はい」
実際、グリオンの知識ではある。教わったわけではないが。
「翼竜は魔物ですが、卵のときから育てないと懐かない。つまり、子を産みます。
では、竜種は動物なのかというと、そうでもない。竜は魔物であるとされていますが、今のところハッキリとした答えはない。研究結果待ちです」
「はぁ」
「話を逸らさないでくださいますか。えっと、何の話をしていましたっけ」
「ダンスパーティ……」
「ああ、そう。ダンスパーティには出なさい。恋人を作らないと、魔物だとして後ろ指を向けられます」
そういうことかとルナは納得した。いきなり生殖能力の話をされたので、ダンスパーティのあと男女の関係になれとでも言われるのかと思った。
「でも……、アル先生は、恋人作らないじゃないですか」
「私は後ろ指など気にならないほど、充分に黒い噂で彩られていますので」
少しルナは悲しくなった。
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