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第五学位

 ◆


 演習場の中は、外の気温は関係がないようで、暖かくも寒くもない、丁度良い気温であった。

 孤児院訪問から、数日。昇級試験の日がやってきた。

 第五学位試験は、想像以上にハードなものだ。

 試験は二つである。ひとつ目は持久走だ。


「どうして魔術士の試験に、持久走なんですか⁉」


 受験生のひとりが抗議すると、試験官である魔導師がにこやかに紙に何かを書いて、質問には答えなかった。試験はすでに始まっている。

 第四学位に上がる試験のとき、ルナたちはアルフォンスにいじめられる中で散々に言われたことがある。

 魔術士は体力勝負であるということだ。

 体力とはつまり生命力に直結する。そして、生命力は魔力に変換される。体力がなければ、十全な魔術の行使を行うことはできない。

 魔導師たちはいつも体を鍛えろと言ってくる。それは別にふざけているわけではない。

 試験に持久走を持ってくるとは、ルナにとっても意外であったが理解はできた。

 試験官は説明を始める。


「ただ、延々と演習場の外周を回り続けるだけではありません。三十分間の間に、演習場を十周してください。十周目が終わった時点で、試験終了です。

 魔術の使用は許可しますが、コースから出ないように。また、他者の妨害も禁止です。悪質な場合はその場で失格にします。

 それと今回は、個人の成績を見るものですので、協力することは禁止です。

 順位で成績が変わることはありませんので、ご自身のペースで走ってください」


「ふっふっふ。これは勝ったな」


 ロバルトが言うので、ルナは馬鹿にしたような視線を向けた。


「いや、勝負じゃないから。ただ、体力を測定するだけだよ」


「あ~、ルナ。まぁ、お前ではオレに勝てないからな。仕方ない、仕方ない」


 ルナはロバルトの額に頭突きを喰らわす。


「誰が勝てないって? あんたなんか一週目で泣きべそかく癖に」


「わかっていないな、ルナ。この時期の男女の体力は、明らかに差が出てくる。お前はオレに勝てない」


「教えてくれてありがとう、ロバルト。じゃあ、なんで魔術士は女性が多いんでしょうね?

 魔術士のランニング。どっちが走れるか、勝負しようじゃない」


 イルヴァが止める。


「いやいや罠でしょ、これ。ここで魔術なんか使ったら、第二試験でバテバテだよ。それを見越しての魔術の使用許可でしょ」


「……」


 ルナが黙ると、ロバルトは嘲笑アザワラう。

 第二試験に魔力を残して置く必要があるのは事実だ。しかし。


「勝ったな……」


 もう一度言ったロバルトを、ルナは睨みつけた。

 皆、制服のままである。長いローブでは走りづらいはずだ。別に制服のままで走れとは言われていない。誰かがローブを脱ぎ捨てると、それに習うように動きやすい格好になる。

 イルヴァは自分のリラを短杖ワンドの形に変えて、持ち運びしやすくした。ディルタはシャツの裾を捲り上げている。

 スカートのままでは走りづらい。女子の方が不利な条件である。


「スカートでは走りづらいですわ。ルナ、紐か何か作ってくれませんか。それで裾を止められませんか」


 リリアナが言うと、ルナがローブを投げ捨てる。ルナの格好は、すでに半袖短パンに変わっていた。この世界の女子がする格好ではないが、ルナはそんなことは気にしない。


「ル、ルナ。その格好はちょっと……」


 リリアナが自分のローブでルナを隠そうとするが、ルナは身をカワす。

 露出した手足を見て、男子たちがざわついている。


「この試験にした魔導師を恨みな……」


 そう言うとリリアナ、オルシアとイルヴァの制服まで同じ形に変えてしまった。


「ちょっとルナ⁉ 恥ずかしいですわ……、こんな格好……」


 リリアナはなるべく体を隠そうとするが、オルシアとイルヴァはあまり気にしていないようだ。


「涼しくて、動きやすいね」


 イルヴァが言うと、ルナは胸を張る。


「そうでしょ。オルシアは無理しないようにね」


「うん。でも、近頃は調子がいいから、多分大丈夫だと思う」


「ロバルト、目付きがやらしい」


「やらしくないわ!」


「ディルタはいつも通りなのに」


「あいつはいつもいやらしい目をしているからな」


「おい」


 皆が所定の位置につくのを確認すると、試験官は大型の砂時計を回した。


「では、始め!」


 それを合図に、皆が一斉に走り出す。

 ルナが一気に皆を突き放す。明らかに普通の速度ではない。何かの魔術を使っている。

 リリアナもそれに続き、オルシアは半ば浮かぶようにして駆け出した。さっきまでとは話が違う。


「え? なんで?」


「お先!」


 ディルタまでもそれを追って、地面を滑るように移動していく。

 ロバルトはその様子を、口を開けて見送った。

 他の受験生たちも、最初は真面目に走っていたのだが、途中で気が付き始める。


「これ……、一周三分は無理では……」


 形を変えられた演習場の外周は、かなりの長さになる。十周しなければいけないのならば、一周三分を切らなければならない。

 外周はおよそ1キロメートル。単純計算で、時速20キロメートル以上で走る必要がある。突然走れと言われても、難しい速度。しっかり運動している者であれば、ギリギリ走れなくもない速度。

 それを十周。体力・魔力の配分を考えなければならない。

 どうやらルナは目視で長さを計算し、ペースを考えていたようである。ロバルトもようやくそれに気が付き、速度を上げた。


「くそ! 黙ってやがったな!」


 ロバルトは全身に雷を纏い、身体能力を極限まで高めると走り出す。だが、体が少し重い気がした。


「ガンバレー」


 後ろからやる気のない声がして振り返る。イルヴァが空中で寝転がるようにして、ロバルトの起こす気流に乗っている。


「あ! 協力は禁止だろ⁉」


「協力はね。便乗は禁止されてないし」


「もうー! なんなんだよ、うちの女子どもは!」


 体力に自信のあるロバルトは、ルナを抜いて先に十周を終えた。

 ただ、勝ったとは言い難い。ゴールした者たちは気が付いていた。この試験はただ走るだけではない。

 次の試験への体力の温存。消耗をコントロール。辺りを観察し、時間を計算し、計画を立てる。そして、純粋な体力。

 結局、一週目の遅れが最後まで響き、ロバルトは転がって息を吸った。ルナはまだ余裕がありそうである。

 そして、無情にも休憩はほとんどなく、第二試験が始まった。


 ◆


  第二試験のために体力を温存しておきたい。その思いは全員同じだったため、最終周で皆、団子状態でゴールすることになる。本当に順位など関係なかった。

 第二試験は、戦闘試験だ。


 まだ、誰と戦うのかは聞いていないが、魔導師たちとだろう。

 だが、第三学位試験のときのように、札を《フダ》を奪えば良いというわけではない。

 試験官が手を叩くと、演習室の形が変化し、円形闘技場のような形となり、受験生たちは少し唸った。

 皆、気合の入れようが違う。それはこれから必要になる技術を、披露ヒロウする機会であるからだ。

 魔術士は必ずしも戦いの場にオモムくわけではない。しかし、戦闘技術は確実に必要になる。

 魔王軍との戦争が始まった現在、魔術士は特に狙われる。現在進行形で狙われている。

 魔王だけではない。嫉妬、怨恨、カネ――、敵は外だけとは限らない。

 戦いの得意でない、戦い以外の魔術を極めようとする者にとっては、生きづらい時代である。

 だが今現在、この場にいる受験生はそれを覚悟している。第五学位からは見習い(イニシエイト)ではいられない。そんな気分でいる者は、とっくの昔に辞めていった。

 学生たちが覚悟を決めたとき、アルフォンスが演習場に入ってきたので、受験生たちは心臓が止まる思いをする。


「アル先生と戦うんですか……」


 ルナが言うと、アルフォンスは首を横に振った。


「ああ、いえいえ。気にしないでください。僕はただの後始末要員ですから」


「フォルスター魔導師には、この試験で怪我をしないように見張っていただくだけです。試験自体には参加しないので安心してください。

 それと……、治癒魔術で治療はしてもらえますが、だからと言って捨て身の攻撃などしないように」


 アルフォンスの後ろに女性がいるのに気が付く。マントを頭から被った女性だが、ルナは見覚えがある。


「ギン⁉」


「ギンさんが、今回の試験の相手です。殺すつもりでやってください。

  死んだら骨は拾ってあげますが、まぁ、そうなる前に止めるので安心してください」


「本気かよ……」


 ロバルトが冷や汗を流す。ここからは試験さえも命懸けだ。


読んでいただきありがとうございます!

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