過去の魔物
◆
ディルタの生まれた村は、彼が五つのとき全滅した。
ある日、突然にそれは起こった。
巨大な魔物が村を襲ったのだ。
人型の魔物は、厄介であると言われている。形を変え人間社会に紛れ込む、あるいは魔術を使って力の底上げをしているからだ。
ディルタの住む村を襲ったのも、人型だ。だが、厄介さ以上の脅威を持っていた。
ティタン。
巨人族と呼ばれる古代の災厄である。
それは古文書から見つかる伝説上の魔物だ。滅んだはずの魔物である。
だが、ディルタは見た。
山のように大きな人間が、村を薙ぎ払ったのだ。
ゾンビたちとともに襲撃したそれは、レデクス村のときと似ている。包囲された村人は逃げることができず、巨人の足で踏み潰され、蹴飛ばされ、ディルタ以外の誰ひとり生き残らなかった。
もし、両親がディルタに覆い被さらなかったら、ディルタはそのまま死んでいただろう。
背後から抱きかかえられ、母は逃げるために走った。父が母とディルタを突き飛ばし、降り注いだ瓦礫での即死は免れた。
生き埋めになり、両親の血の温もりだけを感じる。暗闇の中、母はずっと背後からディルタに話しかけていた。そんな気がする。
何日経っても助けは来なかった。領主である貴族は、村を放棄したのだ。
五日経ち、両親がすでに冷たくなっていることはわかっていた。だが、その喉から唸り声が聞こえ、彼らがゾンビに変わったことを知ったとき、ディルタの生存本能が、ひとつの呪文を思い出させる。
昔、村に来た魔術士が見せた魔術だ。
村の外で事故に遭って死に、葬られることなく死体はゾンビになってしまった。そんな村人を助けるために使われた魔術。
「凍てつかせよ。あらゆるものを。静寂をもって、世界よ停止せよ」
それはゾンビを凍らせ、行動不能にし、腐敗を遅らせることで、なるべく傷付けずに回収する魔術だ。
遺族を思う、思いやりの呪文である。
冷気が外に漏れ出したことで、救助に来た魔術士がディルタを見つけた。生き埋めにされてから、六日目のことである。
死の間際、限界の一歩手前で救出された少年は、凍てついた両親のゾンビに抱かれていた。助けた魔術士は、ディルタの才能を感じ取り、彼を弟子にすることを決めた。
図らずも、ディルタを救った魔術は、その魔術士の魔術だった。
「クリュオ・フロストレイ。それがボクの師匠の名前だ」
「フロストレイ……。七魔剣の『墓守り』フロストレイのことですの?」
「元七魔剣な。もう、六年も前に死んじまったんだから」
ディルタはリリアナに語った。
小さな公園の石のベンチが、体を冷やす。
「師匠は無口だった。だから、ボクがずっと代わりにしゃべってた。
墓守りってのも皮肉か嫌味で付けられた渾名さ。アルフォンス先生の『処刑人』と同じで。
黙々と仕事して、凍らせた死者を家族に会わせてた。他人にはそれが陰気に映ったんだろうな。
感謝されることも多かったけど、罵倒されることもあった。でも、師匠は気にしてなかったよ。師匠は優しかった、相手が死人だろうと。だから、生きてる人には誤解されていた。
いつも言ってたんだ。
人には別れが必要なんだって。別れができないと、前に進めない人がいるって。……それと魔術のことくらいしか、話してくれなかったけどね
死ぬときも立派だった。たったひとりで凶悪な魔物と戦って、自分ごと氷漬けにして、辺りの不死者を丸ごと倒したんだ……」
生みの親、拾いの親、育ての親。今のディルタの両親は、クリュオの兄弟だ。
クリュオと暮らした時間は、わずか三年足らずだったが、ディルタの魔術の源流はそこにある。
「ディルタ……、ごめんなさい……」
「まぁ、痛かったけど。そんな泣いて謝らなくても……」
逃げるディルタを捕まえるため、リリアナは彼に体当たりした。二人は盛大に転がり、ディルタはリリアナをかばって、額にたんこぶができてしまっていた。
リリアナは瞳に涙を浮かべながら、ディルタの手を取った。
「今まで、あなたの恐怖症は、ふざけているだけだと思っていました……。愚かなわたくしをどうか罵ってくださいまし」
真横からリリアナに見つめられ、ディルタは視線を逸らす。
ベンチから立ち上がる。
「罵るも何もないって。……今度からもっと優しくしてね」
リリアナは微笑んで頷く。
「ええ。そうしますわ」
「はぁ……、すっかり冷めちゃったよ。早く帰ろうぜ」
「ディルタ」
「ん?」
リリアナは何かを言おうとして、止める。誤魔化すように別の言葉を口にした。
「つらい話をさせてしまって、ごめんなさい。話してくれて、ありがとう」
「やめてくれ。そんな真面目に言われると、照れる」
リリアナとディルタは学園への帰り道をゆっくりと急ぐ。もう、芯まで凍えてしまいそうだった。二人は少し寄り添いながら歩いた。
◆
図書室のホールは改装が行われ、ヴェルデのアトリエへの入り口は、六角形の小屋で覆われていた。
厳重な鍵付きの頑丈な小屋が、拾いエントランスの真ん中に鎮座しているのは、違和感があるのだが、ある意味で魔術学園らしい不思議な光景だ。
ルナはオルシアとともに図書室を訪れていた。前はひとりでの行動だったが、今度は連れがいる。
オルシアはあまり乗り気ではなかった。ルナが図書室に行くことを嫌がっているというよりは、オルシア自身が図書室を好ましく思っていないようである。
「本、好きじゃなかったっけ?」
「うん……。近頃、気付いたことがあって……、私、本の匂いが嫌いみたい」
「匂い?」
「インクとか、紙とかの匂い」
「ふ~ん」
理由は良くわからないが、突然、それに気が付いたらしい。
(もしかしたら条件反射かもしれないな。寝たきりだったときのことを思い出すのかも)
ルナはそんなことを考えながら、本を選ぶ。新しい呪文でも覚えておこうと思ったのだが、オルシアは魔物学の棚に入っていく。
「魔物? 試験に関係あるの?」
「ううん。グリオンさんのことで……」
ルナは心臓が少し跳ねる。まただ。
「レデクス村でゾンビだった人が人に戻って……、グリオンさんも人に戻った。不死者から人に戻す方法があるなら、私も知っておきたいなって思って」
「そ、そういうことね……。でも、図書室でその方法が見つかるなら、苦労はないと思うけど」
「そっか。そうだね……」
オルシアは本を探す手を止め、視線をルナに向けた。
「ルナちゃん。教えて欲しい。吸血鬼をどうやって人に戻したの?」
「え?」
オルシアが見つめてくる瞳は、真剣そのものである。その切れ味にルナはひるむ。
髪の毛を触ろうとするが、短くしてしまったことに気が付いた。
「何の話かな?」
「ルナちゃんがグリオンさんを治したんだよね。屋敷で私のお父さまを救ってくれたみたいに」
冗談ではなさそうだ。試されているわけでもない。オルシアは少し笑った。ルナが触ろうとした髪の毛の動きを真似する。
「何か誤魔化そうとするとき、髪の毛をクルクルってするよね。
屋敷で治療してくれたとき、顔は違う風に見えたの。だけど、治療してくれたときの魔力の感じが、ルナちゃんにそっくりだったから。
夜な夜な、誰かを助けるために戦ってたことも知ってる。隠していても仕方ないよね。無許可で魔術を使うのは重罪だし……。
世間では、アルフォンス先生がグリオンさんを助けたことになってるけど、ルナちゃんが助けたんだよね」
オルシアも確信していたわけではない。けれど、ルナの表情を見て確信した。
「……知っていて、どうして」
グリオンに知られていたので、他の人にも知られているかもしれないとは思っていた。まさか、オルシアにこんなところで不意打ち的に言われるとは思ってもみなかったが。
ルナは不安になる。だが、オルシアなら構わない。
「ルナちゃんだから」
オルシアそれだけで説明になると思ったらしい。それ以外を言わなかった。
「ね、教えて。どうやったら吸血鬼を人に戻せるの?」
おねだりするように気軽に言ってくる。
魔術の無許可使用を知っていて黙っていたことも重罪だ。ルナは溜息をつく。
「知ってどうしたいの?」
「助けたい人がいるの。絶対に助けたい人が」
◆
オルシアは父コルブレルから母の話を聞かされたらしい。
ずっと、母は死んだと聞かされていた。だが、コルブレルは国王軍に所属していたとき、母を探すために各地を回る任務に志願していたのだという。
オルシアは父と同じ任務に就くために、軍に入ろうとしていた。しかし、オルシアの体調を憂いたコルブレルは、今更ながら軍に入ることを反対し始めた。
オルシアが魔術士見習いとして、第五学位目前まで来ると思っていなかったのだ。
「コルブレルさん、まだオルシアを甘く見てるんだ……」
「仕方ないよ。お父さまの中では、私はベッドの上でずっと本を読んでる、小さい子どものままだから」
「……そっか。コルブレルさん、ずっと家族のために頑張ってたんだね。そのストレスであんなにお腹が……」
「あれは元からだね」
「そっか……」
図書室にある読書室と呼ばれる個室がある。防音結界が施された場所は、音をある程度遮断する。逆に言えば、中の音も漏れづらい。
天文台とは違い、二人で入ると少し狭い。気心知れた相手との密談には丁度良い場所だ。
「ルナちゃんは知らないだろうけど、私のお母さまは、七魔剣のひとりだったんだよ。
天険の魔剣士ルミリア・イーブンソード。七魔剣の中でも、筆頭って言われるほどの戦闘魔術士だったんだよ。
六年前の話だし、ほとんど家に帰って来なかったから、あんまり覚えてない。
すぐにどこかに行ってしまう人だった、鳥みたいに。私の頭を一度だけ撫でて、行ってしまう。でも、凄くかっこよくて、凄く好きだった」
オルシアはまるで他人のことのように言う。本当にあまり覚えていないのだろう。
「七魔剣……。そうなんだ」
アルフォンスから聞いた話で、ここ数年、七魔剣は入れ替わりが激しかったらしい。
七魔剣の実力不足であると批判されていた。が、魔王軍の存在が確認され、魔王軍が各地の高名な魔術士を暗殺していたことが明るみに出ると、何年も前から攻撃が始まっていたのではないか、という説が出始めた。
国力の弱体化を図る、魔王軍の秘密作戦に、七魔剣が狙われていたということである。
魔物の王という割には、余りにも人間染みた所業だとルナは感じた。
「お母さまは死んだって聞かされてたんだよ。でも生きてるってお父さまは言う。
お母さまは吸血鬼にされたんだって」
「吸血鬼……」
オルシアが人に戻したい人物とは、母のことだ。
「吸血鬼にされた人は、死人と同じ扱いをされる。
でも、あのレデクス村での奇跡、グリオンさんの奇跡……。
もし、お母さまを救えて、お父さまを解放できるなら……、私は諦められない」
オルシアはルナを見つめる。
ルナは黙っていることはできなかった。
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