遠慮なし
◆
「じゃあ、カンナは無事なんですね」
「無事だよ。今頃、山野を駆けて、独り旅を楽しんでいるんじゃないかなぁ」
「良かったです。近頃、姿を見せないんで、心配していたところでした」
ルナとロウリとセラはひとつのテーブルを囲んだ。
テーブルの上には、ロウリが勉強していたであろうノートと本が置いてある。
初級魔術入門。魔術に関する知識が書かれているものだ。魔術が使えるようになるわけではないが、最低限の知識を得ることはできる。
「本当に魔術士になるつもりなんだね」
「はい。その……今度の入学試験。受けようと思ってます……」
「今度って……」
奇数学位の試験は十二月にある。ルナたちが第五学位試験を受ける、次の次の日くらいに第一学位の入学試験が行われたはずだ。一週間もない。本当にもうすぐだ。
「っと言うことは、今、私、かなり邪魔だよね……」
受験勉強の最中に姿を見せてしまったわけである。集中したいこの時期に、あまり好ましいこととは言えない。
「いえ。試験前に会えて良かったです。ずっとお礼を言わなくてはと思っていました。
あなたや、アルフォンスさまのような立派な魔術士になりたいと思っています」
ロウリはとても真面目そうだ。余計に悪いことをしている気分になる。
「ごめん、ほんと……。また、時間があるときに話そう」
「待ってください。教えて欲しいことがあるんです」
「魔術のこと? それだったら、私はあんまり……」
「違います。セラとオレのことについてです」
席を立とうとしてルナを、ロウリは制した。
「三度も命を救ってもらって、こんなことを言うのは、おかしいとは思うのですが……。
セラとオレに、いったい何をしたんですか」
ルナはその質問の意味がわからなかった。
まず、三度も命を救った覚えがない。それに彼らに何かをしたこともない。
(いや、あるにはあるか……。ロウリは治癒魔術で助けたし、セラは魔術で気絶させたっけ……)
セラはアドストリスの影響で、魔法の力を使えるようになっていた。人を殺してしまう直前に、ルナは止めに入ることができた。
(そういえば、あのとき……、セラは自分のためじゃなくて、カンナのためにその力を使ってた。どうしてだろう)
アドストリスによって怪人化した者は、愛する者を殺してでも、自身の中に取り込もうとするらしい。セラの母がいた娼館の裏でのセラの行動とは矛盾する。
「あの……」
「えと、ごめん。そんなに救った覚えがないんだけど、一回目はこの街に来たときで、二回目は……」
「セラを娼館で救ってくれたときです」
「あー……」
ロウリにとっては、セラは自分の命と同じなのだ。
「三回目は、この間の街の混乱のとき、セラがおかしくなって暴れ出したんです。
カンナとイデルさんが助けてくれて、何とか止めることができました。オレも凄く力が湧いてきて、強い戦士みたいに戦えたんです。
そのとき感じたんです。この力は、あなたの力だって……」
突拍子もない話に、ルナは目を白黒させる。
まず、ルナは街で異変が起きていたとき、ヴェルデのアトリエ内にいた。何かできるはずもない。
「えっと……、気のせいじゃないかなぁ……」
「誤魔化さないでください!」
突然立ち上がったロウリに、セラもルナも驚く。ロウリは気まずそうにすると、腰を下ろした。
「すみません……。あれ以来、ずっと夢に見るんです……」
「夢?」
「夢の中に女の人が現れて、オレに言うんです。
『もうすぐ街に災厄が訪れる。魔装を創る者を探せ』って……。あれはあなたじゃないんですか」
ルナは思わず声が上擦る。
「魔装って言った?」
「は、はい。……魔装ってなんなのですか。知っているんですか」
「わからない」
いったい何が起こっているのかわからない。
ルナは魔装を失った。アンの消失とともに、ルナの魔法は失われた。
それ自体は別に気にしていなかった。祖母にもらった力だが、力自体に執着はない。
そこにきて、今度は全く関係ないと思われるロウリの口から、『魔装』という言葉が出てくる。ルナが力を失ったのと関係があるのだろうか。
(魔装を創る者……。私のこと? でも、私には……)
もし、自分の創った魔装によって、また人が消えることに――、アンのようになったら――。
その恐怖が自分自身の魔装の再生を阻んでいる。
(だいたい、魔装って何なの? 魔術士の衣装と似ているけど、どういう魔術なんだろう?
もし、この世界の魔法と同じで、血によって受け継がれるなら、それがなくなるなんてことある?
ああ、もう……。今さらこんなこと気にするなんて……)
魔装が失われたなら、自分で創ってしまえば良い。その単純なこと理論を実践したせいで、アンが消えてしまったという疑念が拭えない。
ルナは深刻な顔で黙りこくってしまった。ロウリは何か悪いことを言ってしまったと思い、慌てる。
「あの、別に、無理に聞き出そうとか、そういうのではなくて、ただ、知りたいと思っただけで……」
「……ごめん。本当に知らないんだ。でも、その夢の中の人は、私じゃない。それにあまり吉兆とは思えない。忘れた方がいいよ」
「やっぱり、そうなんでしょうか。……はい。そうします」
ルナは切り替えて、微笑んだ。
「入学したら、後輩ってことになるんだね。楽しみ。じゃあ、私は戻るよ。邪魔しちゃってごめんね」
ルナが席を立つと、ロウリも立ち上がる。セラはルナのローブの裾を掴んで離さない。セラの頭を撫でる。
「カンナが帰って来たら、すぐにここに来させるからね」
セラは頷くと手を離した。もう一度、微笑んでルナは下の階へ降りる。
考えないといけないことが多過ぎる。今のルナには何ひとつとして理解できない。これを知っている人物は、この世界にいるのだろうか。
(ああ、アンがいたら……)
ルナは頭を振って、その考えを振り払った。
◆
名残惜しまれながら孤児院を後にした。
ディルタは歩き方が少しぎこちない。すでに筋肉痛に襲われている。ギンは満足そうな顔で、少し興奮気味だ。リリアナも似たようなものであるが、少し疲れた顔をしていた。
「子どもたちの力は、偉大ですわね」
「あいつら、遠慮というものを知らねぇ……。見たか? ボクをそこら辺に生えてる木か何かだと思ってやがる!」
ルナは笑うと、ディルタとリリアナに言う。
「じゃあ私たち、一度、ダウリさんのところに寄ってから帰るから」
「え、でしたらわたくしたちも……」
リリアナが言うので、ルナは止めた。
「まぁまぁ。ちょっと遠回りになるから。ディルタは帰りたいだろうし、リリアナは一緒に帰ってあげて」
「はあ……」
ルナに言われ、リリアナとディルタはそのまま学園に帰ることにする。ルナとギンは商店街の方へ降りて行った。
二人きりになると、話が途切れてしまう。静かな街に沈黙が木霊する。
リリアナが静かに口を開いた。
「……外は冷えますわね」
「そうだな」
「誤解が解けて良かったですわ。子どもたちは暖かそうでした」
「うん」
「貴族だって、酷いことをする人たちばかりではないですわよ」
「悪かったよ……」
ディルタは少し息をついた。白い空気が宙を舞う。
リリアナはその後ろ姿を見て言った。
「……そろそろお話になってくれませんか。子どもたちのことが心配だっただけではないのでしょう? あなたの……、ご家族に関係があることなのですか?」
リリアナが言うと、ディルタは鼻で笑った。
「関係ないよ。ただボクが優しくて、間抜けな勘違い男ってだけさ」
リリアナの知る限り、ディルタはこの街で育った少年だ。ロバルトの幼馴染で、近所に住んでいた。両親もいる。孤児ではないはずだ。
だがディルタは、家族のことも、自分のことも話そうとしない。リリアナはずっと気になっていた。
「わたくしは……、あなたがどんな生い立ちだろうとも気にしません。あなたのことを知りたいのです」
「……」
ディルタは足を止めたので、リリアナも止まる。ディルタは振り返らない。
「さすが! お優しいお貴族さまは、心が広くて寛大だ。ご配慮、痛み入ります、姫」
背中越しに皮肉っぽく言われ、リリアナは眉をひそめる。
「わ、わたくしは、友人として……」
「なぁ、リリアナ。レデクス村でゾンビを殺していたとき、どんなことを思っていた?」
「ゾンビを?」
唐突な質問に、リリアナは困惑する。
「何をと言われましても……。色々考えておりました。ゾンビを操る屍霊術士とか、ロバルトとオルシアが無事かどうかとか……。村を守るならば、どうすれば良いとか」
「さすがだぜ、本当に。お前はやることがわかってるんだ。
ボクにはできなかったよ。あんな風に簡単に、ゾンビにトドメを刺すってことが」
ディルタは唾を飲み込む。
「ボクの話が聞きたいって? そんなに不幸じゃないぜ。だって、親が五人もいるんだ。孤児たちには申し訳ないくらいの幸せ者だよ。
だから、ボクみたいな子どもがいるなら……、見ておこうと思ったんだ。自分のために。自分が一番不幸じゃないって確認するために」
皮肉なのかどうか、ディルタの背中からは読み取れない。
「ボクはさ。ロバルトの援護に行けって言われたとき、安心したんだ。これでゾンビと戦わなくて済むって。レヴェナントの方がよっぽど恐ろしい存在なのに。
ずっと、ずっとずっと、怖くて怖くて……、仕方がない。
いつかボクは、みんなを見捨てる。子どもたちも見捨てる。何もかも放り出して……」
リリアナはディルタの震える肩を後ろから抱きしめる。
「大丈夫です。知っていますわ。ディルタはいつもわたくしたちを救ってくれます。
この間の異変のときも、あなたはひとり、街に降りて戦っていたと聞いていますわ。試験のときもわたくしを逃がすために、あの吸血鬼と戦ってくれたもの。
あなたは強い人です。ですから……」
ディルタはリリアナを振り払った。
リリアナはバランスを崩し、石畳に尻を打ち付ける。
「あ……」
ディルタが恐怖に歪んだ顔で、リリアナを見下ろしていた。
その恐怖は、リリアナ自身に向けられたものではなかった。どうしようもない拒絶反応が、ディルタの行動を左右している。
自分が何をしたのか気が付き、ディルタはさらに顔を歪める。
「ディルタ……?」
「ごめん」
リリアナの呼びかけに応えず、ディルタは駆け出した。尻餅の痛みを忘れ、その背中をリリアナは呆然と見送る。
リリアナはゆっくりと立ち上がると、平静を保つために裾の埃を払った。ディルタに拒絶されることが、こんなにつらいものであるとは思ってもみなかったことだ。
だが、そこで立ち止まるようなリリアナではない。リリアナは自分のやるべきことをわかっている。
そして、自分の服を操って、身体能力を上げる。
「お待ちなさい、ディルタ! このわたくしにこのようなことをして、ただで済むと思って⁉」
その声を聞いて、ディルタは目を見開く。
「えぇ⁉ 今、しんみりする流れだったのにぃ⁉」
全速力で逃げ出すディルタに、リリアナはついていく。静かな街に、少年の悲鳴が響いた。
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