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回る花弁

 ◆


 犬の魔人デーモンであるジーベルデンが、ようやく村に辿り着いたときには、ギンの姿はなかった。

 レデクス村は平和そのもので、戦いのなどとは無縁に見える。

 息を切らし鬼気迫るデーモンに、村人たちは警戒するが、そこに白い小さな毛皮が現れる。

 緊張をぶった切るように、暢気ノンキキツネは、ジーベルデンのスネに長く優雅ユウガな尻尾を巻き付けた。


「お、デンじゃ~ん。もう着いたのか。さすが、デーモンだなぁ」


「カンナさん、ギンのアネさんはどこに?」


「もう帰ったよ、ミルデヴァに」


「どうやって……?」


「飛んでだよ。魔術ってのは便利だねぇ」


 ジーベルデンは膝から崩れ落ちる。

 カンナとギンがいきなり走り出し、ジーベルデンもかなり頑張ったのだ。しかし、四足の大型獣に、二足歩行が追い付けるはずもない。スタミナもスピードも段違いである。

 二人の様子から、ギンの妹に何かあったのだと感じ、ジーベルデンも戦うために、懸命に駆けてきたのだった。


「妹さんはどうなったんですか。無事なんスか」


「妹? ああ、ルナか。無事、うん、無事かな。死んでたけど」


「死ん……?」


「それよりさ、カネ持ってない? 俺、街の外出るの初めてなんだよね。ちょっと一緒に遊ぼうぜ」


「えぇ……。カンナさん、遊ぶために残ったんスか」


「そだよ」


 カンナはどこまでもマイペースで、自分のやりたいことをやる。

 ジーベルデンはギンに追いつくこと諦めて、しばらくカンナと一緒に遊ぶことにした。


 ◆


  ミルデヴァの街は、落ち着きを取り戻していた。

  いつもの発展と退廃の中にある。

  帰ってきてすぐ、ルナには寄るところがあった。荷物も何もかも持ったまま、その場所に立ち寄る。


「ダウリさん!」


「ぎゃああああああ!」


  ルナの姿を見たダウリは、カウンターの後ろに隠れる。まだダウリはルナが生きていたことを知らない。

  ルナたちがレデクス村で過ごす内に、彼女は学園を卒業し、店を開いていた。

  ダウリとルナの魔術縫製店。

  店の看板にはそう書かれていた。それは先立ってしまった後輩への鎮魂のための名である。

  その先立った後輩が、元気に店の中を歩き回っている。


「いいお店ですねぇ~。あ、これかわいい」


「…………」


「落ち着いてくださいまし、ダウリお姉さま!」


「生きてます、生きてますから! ルナちゃん、生きてます!」


  ルナの後からオルシアとリリアナが入ってきて、ダウリを落ち着かせる。ダウリは今にも魔術で不死者を倒そうとしていた。

  リリアナが事情を話すと、ダウリは落ち着きを取り戻し、椅子に深く腰掛ける。


「つまり、私が独りぼっちで悲しみに暮れてる間、あなたたちはバカンスを楽しんでいたわけね……」


「黙っていたことは申し訳ありません。しかし、ルナの身を案じたオド学園長の発案なのです。ルナは悪くありませんわ」


「いや別に、怒ってはないけどね。腰が抜けたと言うか……。とにかく」


 ダウリはルナに微笑んだ。


「お帰り、ルナ」


「た、ただいま。ダウリさん」


 少し照れ臭くなって、ルナは頬を赤く染めた。


「じゃ、これ手直しお願いね。いやぁ、仕事が溜まって仕方なかったのよ。今、イルヴァいないし、事務仕事も多くて……。これで今月分のノルマは達成できそうね」


「……」


 ダウリの取り出した服の山に、ルナは閉口した。

 外でロバルトとディルタは待っていた。グリオンは少し離れたところで警戒しており、メルビムは先に帰ってしまっていた。

 ディルタは、ギンに話しかける。


「さっき、門で衛兵に止められてましたけど、本当に魔物なんですか」


「そうらしいね」


「へぇ~。人に友好的な魔物って初めて会いましたよ。どうして味方になってくれるんすか」


「別に人の味方ってわけじゃないよ。ルナの味方ってだけ。群れのあんたたちの味方でもあるけどね」


「群れの……そっすか。ところでその体って……、細部まで人間なんですか」


 ディルタは鼻の下を伸ばして、ギンの露出した胸元を覗き込む。


「見たい?」


「見せてくれるん……⁉ ぐ……」


「公衆の面前で何をやってるんだ。ギンも人として暮らすなら、常識を持って暮らしてください」


 ギンは不満気な顔をする。


「この服だってうちの毛皮だから、ずっとハダカと一緒なんだけどなぁ」


「裸⁉」


「やめろ!」


 ロバルトはディルタを拘束すると、ギンに向き直る。


「ギン、あの湖で、一瞬だけあなたの姿を見た、と思います。あれはガルムという魔物だった。

 ただ、毛の色も、体の大きさも、ボクの知ってるガルムとは違う。それにガルムが人に化けるなんて聞いたこともない。

 あなたはいったい何者なのですか」


「さぁ? ロバルト、あんたは自分が何者か答えられるの?」


「ボクはソリアーダン家の長男で、魔術士見習い、オルシアの婚約者です」


「じゃあ、うちも同じ。ギンって名前で、ルナの姉で、あんたたちがガルムって呼ぶ魔物で、人に転変テンペンできる」


「それがどうして何のかと聞いてるんです。

 オルシアが不安に思ってる。ルナが魔物にタブラかされてるんじゃないかって。ボク自身も完全には信用できない」


「そう言われてもなぁ。うちがガルムである理由なんて、うちだって知らないし……」


 ギンはロバルトに睨まれて、肩をすくめる。店の扉が開き、ルナたちが出てきた。ルナは大きな荷物を抱えている。


「何それ」


「お仕事。じゃあ、学園に戻ろうか」


 ギンはルナから荷物を受け取ると、ヴァヴェル学園への道を一緒に行った。

 学園の門では、アルフォンスがルナたちの帰りを出迎えてくれた。


「アル先生!」


「ルナ」


 アルフォンスは生徒を見渡す。


「皆さん、良く帰ってきました。……ギン、僕は大人しくしておけと言ったはずですが?」


 ギンはニヤニヤとしているだけで何も言わない。


「グリオン、ご苦労さまです」


 グリオンは頷く。

 皆が門の中に入ると、グリオンは言う。


「では、園外学習を終了します。お疲れさまでした」


 その場で解散となる。

 ギンはアルフォンスに首根っこを掴まれる。学園内を自由に動けるわけではないようだ。

 ルナはギンから荷物を受け取ると、寮に戻ろうとした。そこでグリオンに呼び止められる。


「ルナ……」


「はい。グリオンさん、何か御用ですか」


「ここでは話せないのだが……、どこか内密の話をできるところはあるかな」


 グリオンは声を落として言う。


「内密ですか。二人きりで? すぐに?」


「ああ。いや、荷物を置いてからでいいが……」


「わかりました。実験棟の前で待っていてもらえますか」


 グリオンの表情は深刻そうであった。愛の告白というわけではないだろう。ルナは治癒魔術師でもある。たまにこういった相談を学生から受けることもあった。

 男子たちと別れ、リリアナも自分の寮に戻った。オルシアとともに部屋に戻り荷物を置く。ルナが出掛けようとすると、オルシアも行くと言いだしたので、すぐに戻るからと置いてきた。

 実験棟は寮の反対側にある。学園を通り過ぎていくと、奇妙な目線を学生たちから向けられる。だが、誰も話しかけてこようとはしない。

 ルナを見て、まるで幽霊でも見ているかのような視線だ。まだルナは死んだことになっているから当然である。髪の毛が短くなっているため、本当にルナなのかどうか判断できないようだ。

 気にせずに足早に通り過ぎると、実験棟に辿り着いた。

 実験棟には、第五から第六学位の生徒、魔導師たちの私室とも言える場所がある。そのため人通りは多くない。最上階には共有の天文観測所があり、そこに昼間はほぼ誰も訪れない。

 ルナはたまにここで学生たちの相談に乗っていた。今回はグリオンである。

 グリオンとともに天文観測所に入り、放置してある椅子を運んできて、二人で座る。


「それでどういったご相談でしょうか」


 グリオンは口の前で両手の指を合わせると、少し話づらそうに口を開く。


「まず、君に感謝を。そして、それが遅れてしまったことを謝罪したい。

 吸血鬼から人に戻してくれたこと、感謝の言葉では足りない。君は命の恩人だ」


「え、ええと。何のことでしょうか」


 グリオンは以前、吸血鬼と化してオルシアをサラおうとしていた。アルフォンスによって殺されそうになっているところにルナが割って入り、グリオンを人に戻すことに成功した。

 しかしグリオンは、ルナが彼を救ったとは知らないはずである。あのとき、ルナは『緑のドレス』として活動していた。あのときはまだ認識阻害も働いていた。


「とぼける必要はない。君が『緑のドレス』だということは知っている。

 オリエンス魔導師の自宅で、君の移った幻燈シャシンがあった。そこで君に救われたときの記憶もハッキリとして、君が『緑のドレス』だという確証を得た」


「……」


 ルナは隠し通せないことを悟った。


「そのこと、アル先生は……」


「誰にも言っていない。君が望まない限り、誰に言うつもりもない」


「そうですか。それで……」


「ああ」


 グリオンはルナを見た。赤く輝く瞳に、瞳孔は縦に割れている。そして、口から白く長い牙が、姿を現した。

 ルナは椅子から飛び上がって距離を取り、ナイフを構える。

 グリオンは椅子に座ったまま、微動だにしない。ゆっくりと顔を上げ、ルナの方を見た。


「落ち着いてくれ。吸血鬼の姿だが、吸血鬼ではない……のだと思う。血を吸いたいとは思わない。

  信じてもらうしかないが、理性も完全に掌握できている。今のところは、だが」


 ルナは少し慎重に、椅子に座り直す。


「……信じます。あのヴァージルって騎士と戦っていたとき、その力を使っていたんですね」


「そうだ。しかし、あのときまで私はこんな力があると知らなかった。ヴァージルに殺され、不死者の力に目覚めたんだ。もし、この力がなければ、ヴァージルを足止めすることすらできなかっただろう」


「その力を取り除いて欲しいと……?」


「いや、それは不可能だと思う。何となくだがわかる。おそらく私は、この力で生かされている。この力を失えば、私は存在できない。

 家族を襲ってしまわないか、不安でもある。しかし、これからの戦いで必要になるとも思っている」


 グリオンはもう一度、ルナの目をしっかりと見た。


「もうひとつ、わかることがあるんだ。

 吸血鬼の従徒(レッサーヴァンパイア)がそうであるように、私は主人の支配下にある。本来なら吸血鬼の王(ヴァンパイアロード)が主人になるのだが、私の場合は……」


 ルナはなんとなくその先の言葉がわかった。


「まさか……、私ですか」


「ああ。そして……」


 グリオンが消えた。椅子の下にある影の中に沈み込むように、黒い液体となって消え、そして、ルナの近くに現れる。

 『影の力』、吸血鬼が持つ魔法である。

 自身を影に変え、その影に物理的な力を乗せることもできる。汎用性の高い魔力のカタマリだ。吸血鬼は影の力が本体であるという研究報告もある。


「もし必要ならば、呼んでくれ。いつでも駆けつける」


「……は、はい」


 そう言われても、ルナにはどうすれば良いのか判断がつかなかった。


「あなたが吸血鬼の力を持ってると知ってるのは……?」


「学生たちは、リリアナ嬢以外は知らないだろう。リリアナはレデクス村での戦闘以降、私を避けているからな。

 アルにも話すつもりだが……、判断は君に任せる」


「任せると言われても……。えと、じゃあ、私との関係については話さずにおきましょう。吸血鬼の力が利用できるようになった、ということだけを……」


「アルにそれが通用すれば良いのだがな……」


「……」


 まぁ、無理だろうなとルナは思った。


 ◆


 並んでいる全身鎧の騎士たちは、膨れ上がった筋肉が鎧の隙間から溢れ、その筋肉からは体液と腐敗臭が漏れ出している。

 グールの騎士、デスナイトたちである。

 グールはゾンビとは違い、操り人形や本能だけで動く魔物ではない。意思を持ち、素早く動く。人の死体から生まれるのは同様だが、彼らにはタマシイがある。

 整然と並んだデスナイトたちの前を通り過ぎ、大聖堂の中を歩く。明かりはほとんど灯っておらず、普通の人間であれば前後不覚にオチイりそうだ。

 だが、不死者レヴェナントと化したヴァージルにとっては、何の苦もない。

 ヒザマズいた彼の前に、異形の人物が現れる。

 ヴァージルも背が高い方であるが、彼の背丈はその倍はある。

 血のように赤い肌に、キンの装飾だけをマトい、膨れ上がった筋肉を見せつけている。腕は三対六本、下半身は馬のような形だが、やはり三対の脚がある。

 その人の頭は、三つ。肩の上の円座に乗っており、回転し、前後左右を見渡している。

 ゲリュオン。

 人類はその魔物をそう呼ぶ。

 争い好む性質は、常に人類と敵対し、魔物の中でも最上位の脅威的力を持つと言われる。多くの魔物を殺してきたヴァージルでも、見るのは初めてである。

 その巨体を専用に作られた石の台座に降ろすと、腕を振った。


「よせ、ヴァージル。魔王軍ではヒザマズくことはしない」


「ハ……」


 ヴァージルは立ち上がる。恐怖で体が強張る。


「デルクリムト将軍。この失態を取り返すため……」


「ダメだよ、ヴァージル。将軍が先にしゃべるんだ。それは人間の世界でも同じじゃないか?」


 隣に控える少年が、小気味良い声でサエズった。

 ヴァージルは黙る。少年は赤く澱んだ瞳で微笑んでいる。吸血鬼である。


「良い、ヴァージル。今回の失態を取り戻すつもりがあると言うのならば、話してみるが良い」


 デルクリムトは言った。その声に圧し潰されそうになるが、ヴァージルは声を振り絞る。


「……まず、この度の失態、弁明のしようもございません。

 閣下から受け取った部隊を全滅させ、任務は失敗。いかなる処罰も甘んじて拝受ハイジュする覚悟にございます」


「それは当たり前だろう。むしろまだ生きてるのが不思議だよ。

 自分のせっかくの能力を、逃げることにしか使えないなんて、本当にかわいそうだ。

 ねぇ、将軍。指先ひとつ鳴らせばそれで終わりじゃない? レヴェナントが消えるところ見たいなぁ」


 メルビムと向き合ったヴァージルは、戦いを放棄して逃げに徹した。彼の転移の魔法は、逃走において無類の強さを発揮する。

 吸血鬼の少年が、デルクリムトの手を一本にぶら下がる。


「少し黙っていろ、シアリス。お前もこの間、任務に失敗しただろう」


 デルクリムトが言うが、シアリスという少年はぶら下がったままだ。

 ヴァージルは声を張る。


「まさにそこにいるシアリスさまにも、此度コタビの失敗の原因があります」


 いきなり失敗の責任を押し付けられて、シアリスは目を見張った。


「僕?」


「あの場には、グリオン・パーシバルが居りました。そして、グリオンは私に攻撃を仕掛けてきました。吸血鬼の力を使ってです。

 もっと早くに村を全滅させることができていれば、作戦は失敗しませんでした」


「言うに事欠いて、この俺に責任を押し付ける気か。恥知らずにもほどがある。

 気に入った! 全部、しっかりと説明してみせて?」


 シアリスは楽しそうにクスクスと笑った。腐臭と暗闇に似合わない、華やかな笑顔だ。

 デルクリムトが低い声で言う。


「続けろ」


 デルクリムトが言うと、ヴァージルは説明した。


「私は確かにグリオンを殺しました。しかし、吸血鬼の力を解放したグリオンは、私を攻撃し、自分は自由だと言っていました。グリオンはシアリスさまが吸血鬼の従徒(レッサーヴァンパイア)へと変えたはず。

 シアリスさまの妨害によって、作戦は失敗したと言っても過言ではない! 説明するのはあなただ、吸血鬼シアリス!」


 ヴァージルは力強く言い放つ。デルクリムトの頭のひとつが、シアリスを見た。


「何か弁明はあるか、シアリス」


「何のことだかさっぱり。グリオンはもう私の影響下にはありませんよ。

 従徒化を中途半端にしていたせいで、人に戻ってしまったようですし、それで影の力が残っているなんてこと……」


 シアリスはそこまで言って、何かを考え始める。


「そう言えば、その場にはルナ・ヴェルデがいたとか言っていましたね。死を偽装して、ミルデヴァの街から避難させていたとか」


「そうだ」


「その避難先で別の件に巻き込まれるのだから、よくよく運のない人だ」


 シアリスは影に包まれると姿を変えた。

 今度は十代前半の少女の姿だ。ファスミラという名であったものだ。


「ここまで言われては仕方がありません。

 デルクリムトさま、私とヴァージルに雪辱セツジョクの機会をいただけますか」


「どうするつもりだ」


「報復です。心のオモムくままに復讐フクシュウするのです。

 まずは結界術士メルビム、墜ちた竜騎兵グリオン、治癒術士ヴェルデ、処刑人フォルスター。そしてあわよくば、私の新しい体を手に入れる。

 アレの使用を許可していただけますか、将軍。ついに俺の実験成果を試すときが来たんですよ!」


 彼女は何人もの高名な魔術士を暗殺してきた。不死の将軍デルクリムトにその提案を採用しない理由はない。

 少女の姿となったシアリスは、川の流れに身を任せる花弁ハナビラのように、クルクルと回転してみせた。


読んでいただきありがとうございます!

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