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叙事詩をなぞる王姫

 ◆


 メルビムはフィオナを取り戻し、飛竜型ゴーレムで村まで戻った。グリオンのように上手くは着陸できないので、風の魔術で無理矢理降り立つ。


「歩けるかい」


「歩ける……。ありがとう」


 フィオナは疲れ切っていたが、それでも自分の足で立った。

 村の状況は惨憺サンタンたるものである。

 大量の水に浮かぶ死体。まだウゴメいているゾンビ。村人たちも無傷ではなく、何人かの死者が出ていた。


「こんな……」


 メルビムに手を引かれながら水面を歩くフィオナは、口元を押さえる。

 戦いは終わっているが、自分のために死んだ人間がこれだけいることに、吐き気をこらえられない。それでも気丈に振舞っているのは、王族としての義務感である。


「姫さま! ご無事でしたか」


 村長が疲れた様子で、メルビムとフィオナを出迎えた。

 水の上に浮く足場に乗り、フィオナは足元が落ち着くと、少し気分が晴れる。


「被害は?」


「今のところ、怪我人は多数。八人が行方不明、十一人が死亡……。村の外に出ている者は安否不明です。

 被害は、軽微と言えます。魔術士の方たちが、戦ってくださいましたから……。

  それでその、魔術士のひとりが……」


  フィオナは嫌な予感がして、足を止めそうになる。しかし、節くれだった力強い指に引かれ、歩き出した。メルビムは気を遣うようなタチではないが、今はそれが頼もしくも感じる。

  村の中央にある本島の広場に、怪我人たちが集められている。中には頭からムシロをかけられたものもある。


「村長。城に人をやって、倉庫の中の物を持ってこさせて。治癒の霊薬ポーションがあるはず。この鍵で開けられる」


  フィオナは首にかけた鍵のひとつを村長に渡す。


「よろしいのでしょうか」


「構わない。全て持って来させて」


「かしこまりました」


  治癒の霊薬は、調薬魔術師ウィッチクラフターが作る最高級の薬である。

  質の高い物は、いわゆる万能薬として、市場にて高値で取引される。王族が常備している物であれば、一市民が手を出せる物ではない。

  フィオナにできることはそれくらいだ。

  怪我人の並びの中に、学生たちの姿を見止めた。皆、ボロボロの姿で水に濡れ、布にくるまって寄り添っている。


「濡れネズミだねぇ。よく頑張ったね、みんな」


 メルビムが言うと、リリアナが顔を上げた。沈鬱な表情がメルビムの顔を見て、少しだけ明るくなる。止めていた涙がツツミを切ったように溢れ出した。


「師匠……、メルビム先生。わたくし、わたくしが、誤った指示を出したことでこんなことに……」


 フィオナは彼らの後ろにある足を見た。そのかけられた布をめくる。ルナ。冷たくなった表情に、フィオナは耐えきれなくなり、膝をついた。

 ディルタも生きているのか死んでいるのかもわからない。グリオンは全身に切り傷を受け、生きているのが不思議なくらいである。

 小さなカンナが、ロバルトの首に巻き付き、小屋にもたれて一緒に眠っている。いや、ロバルトは目を見開き、じっと床を睨みつけているだけだ。

 オルシアも似たようなもので、動かなくなったルナから目を逸らした。


「それを言うなら、責任はあたくしにある。生徒だけに任せた、あたくしの責だよ。

 あんたが生きていただけでも、儲けもんさ……」


 メルビムは静かにそう言った。

 実際のところ、メルビムに自由はない。

 彼女がフィオナを助けに行かなければ、生徒たちは愚か、村まで国家反逆の罪で裁かれることになったかもしれない。

 また生徒を失った。何度も彼女は経験していることだ。それに慣れることはない。

 何人もの優秀な生徒が先に旅立った。何人もの戦士が家族を置いてラキの元に行く。そのたびにメルビムは、なぜ自分が生きているのか不思議に思う。

 フィオナがルナの死体に触れ、何かをツブヤいている。


「殿下……?」


 リリアナは呪文を唱えているのかと思い、ソバに寄って耳をソバダてる。


(私ならできるはず、私の力なら、全て解決できる)


 誰に言うわけでもなく、フィオナは言葉を繰り返している。ルナの胸に開いた傷口に押し当てた手に、徐々に力がこもる。


治癒チユ魔術……?」


 フィオナの周りに魔力がタダヨい、力が漏れ出ている。ルナの遺体が発光するが、どんな魔術も発動してはいなかった。

 何が起こるわけでもない。

 フィオナが喉を鳴らし、歯を食いしばる。そして、唐突に叫んだ。


「どうして! どうしてできない⁉」


 さらに力を込めようとするフィオナに、メルビムが杖を突き出して止めた。


「それ以上はやめなさい。あなたが死ぬだけだよ」


「いったい何を……」


 リリアナが訊ねると、メルビムは首を横に振る。聞くなと言う意味だったが、それを気にしない人物がひとり。


「死の魔術か。ん~、違うか。ま、やめておけよ。私は気にしないけど、人は気にするんだろ」


 銀髪の女の言葉に、メルビムは顔をしかめる。


「どちらさまかな」


「名前はギン。ルナの姉、ルナの姉だった、が正しいのかな?

 学園都市に会いに行ったんだけど、なんか死んだって言うから、カンナに協力(・・)してもらって連れてきてもらったら、やっぱり死んでた。なかなか笑えるだろ」


 いきなり現れたルナの姉を名乗る人物の言葉に、さすがのメルビムも唖然アゼンとする。

 顔は似ていない。皮肉屋なのは似ているかもしれない。

 リリアナはフィオナの手を、ルナから引きがす。


屍霊術ネクロマンシですか⁉ そんなものを……‼」


 屍霊術は生命と魂を冒涜ボウトクするものであると、魔術士は教わる。

 それを許可のない者がそれを使えるだけでも極刑であるのに、友人にそれを使われることなど許すことはできない。

 フィオナとリリアナが軽いもみ合いになり、メルビムは杖で床を叩いて大きな音を立てた。


「おやめ! 屍霊術じゃない。屍霊術の元になった魔法、王の魔法だよ」


「王の……魔法……」


 リリアナはその言葉に、フィオナを掴む手を緩める。

 フィオナもまたその言葉を聞いて、力なく横たわるしかできない。隣に静かに眠るルナを見て、その無力感に打ちひしがれる。


「やっぱり私は……、出来損デキソコない……。一番必要なときに、使えないなんて……」


 フィオナは体を丸め、嗚咽オエツの中に沈む。全てを拒絶しようとする。

 リリアナがメルビムを見た。


「王の魔術とは、何なのですか。屍霊術の元って……」


「魔術は、魔法の模倣モホウだと習っただろう。そういうことだよ」


「つ、つまり、王の魔法とは……、死者を蘇らせる魔法だと……?」


「ゾンビやレヴェナントなんかではなく、本当の本当に生き返る。正確に言えば、局所的に時間を戻す作用があると言われてる。

 屍霊術なんて、本当に愚かな発想さ。模倣してバカみたいな変な術を創り出して……」


 メルビムは軽く息をつき、カブリを振った。まだ動揺している。今はこんな愚痴を言っている場合ではない。


「フィオナ、あんたは出来損ないなんかじゃない。

 王の魔法は失われて久しい。今の王族でその魔法を使えるのは……。

 大量の魔石を消費して、ひとりを生き返らせるのがやっとなんだよ。人の運命を変える魔法だ。そう簡単なものじゃない」


「それでも私は! 私は……、誰かを救いたいと……」


 どんなものにも限界はある。

 硬い岩が水に溶けていくように、生命を呼び覚ます魔法にも限界がある。

 今の王侯貴族がその権威を失いつつあるのは、魔術の発達だけが原因ではない。代替不可の魔法の力が失われつつあるのだ。

 力を取り戻すため、貴族は非人道的な行いに手を染めてきた。その過程で生まれたのが屍霊術であり、レデクス村のような弾圧される民たちである。


「魔石……、があれば、生き返らせることが可能なのですか」


 黙って聞いていたオルシアが顔を上げて言った。

 ロバルトにも思い浮かべる場所があり、立ち上がった。


 ◆


「こんな場所が、まだ手付かずで残っているとはね」


 メルビムが興味深そうに歩き回り、光の粒をひとつひとつ確かめている。

 ギンはルナを抱え、レデクスのホコラのある洞窟に入った。

 村人たちはこの魔石を太陽の落涙(レデクシア)と呼び、持ち出せば消えてしまう特殊な魔石だと思っていた。しかし、全ての魔石の特徴として、その場から取り出そうとすると力を失ってしまうのである。

 魔石の大鉱床は、そのほとんどが古代に採掘し尽くされ、魔石を魔石のまま取り出す技術は失われている。長く生きたメルビムでさえ、これだけの鉱床を見るのは初めてである。

 その大鉱床、光がマタタく洞窟の中心にある祠の前に、ルナは寝かされていた。

 ロバルトとリリアナは、ディルタとグリオンを残してはいけないと、村に残った。

 今いるのは、ギン、オルシア、メルビム、アン、そして、フィオナである。

 アンはフィオナの家臣としては、最後の生き残りだ。。

 この村に城ができるときに、家族ごと雇い入れられただけの仲だが、アンはフィオナのことを妹のように感じていた。

 そのフィオナが、アンの顔を見ることができないでいる。


「フィオナさま」


「アナスタシア……、すまない」


「わかっています。テルティアは治癒魔術師だと聞いていますから……」


 怪我人の治療には治癒魔術師は欠かせない。城の霊薬だけでは足りるはずもない。それにまだ本当に生き返ると決まったわけでもない。

 アンの家族も、城でヴァージルの手にかかって死んだ。

 生き返らせるのであれば、自分の家族をと言い出してもおかしくはない。

 その気持ちを押し殺しても従ってくれるアンに、フィオナは感謝するしかできなかった。


「始める」


 フィオナがルナに触れる。メルビムはその背中に声をかけた。


「やり方はわかっているのかい」


「王族は、十二歳を迎えたとき、試練を受ける。そのとき、魔法の有無がわかる。

 私は……、私には王の魔法の力がある。けれど、それを使いこせる魔力がない。

 この洞窟なら……」


 そう言うとフィオナの目から、ふと光が消えた。それは魔術士にも覚えのある感覚である。

 集中。一種のトランス状態に入ったのだ。


(これは、ひょっとしたら、ひょっとするかもしれない)


 メルビムは後ろに下がった。他の皆もそれに習い、遠巻きにフィオナとルナを見つめた。


「メルビム先生……。もし、ルナちゃんが……、ルナちゃんが生き返らなかったら……」


 オルシアが全身に力を込めた。その先はなんと言おうとしたのか、メルビムには想像できなかった。

 そのオルシアを後ろからギンが軽く抱きしめ、頭にあごを乗せる。


「よくルナに懐いてるね。ルナの群れの子なんだね」


「群れって……。あなたは……。あなたは本当にルナちゃんのお姉さまなのですか。どうしてそんなに落ち着いていられるのです」


「んん~。何か言って上げられればいいけど、うちはあんまり言葉を知らないから。

 しいて言うなら、うちは信じて……知っているからね」


「何をですか」


「ルナが来て、うちと出会って、うちは初めて群れを持った。

 うちは死んで、ルナと別れた。こうしてまた会えたとき、ルナは死んでた」


「死んで……? 言いたいことがわかりません」


「つまり……、この世に奇跡あるってこと。

 ルナはまだ死ぬべきじゃない」


 オルシアが耳に届いたその言葉を、自分の中のノートに書いたとき、唐突に理解した。


「私がここにいるのは偶然じゃない……」


 頭の上にあるギンの表情は見えないが、彼女が笑ったのがわかった。


 ◆


 レデクシス城の塔の天辺に、雲が渦を巻き始めた。

 村人たちはそれを見上げ、不安を感じる。しかし、光が城のある山から満ち、雲に反射して空間を満たしたとき、そのアタタかみに触れ、安らぎを味わった。

 全ての傷が癒えていく。

 まるで何事もなかったかのように。全ての傷が。

 ゾンビと化し、ただ人を殺すだけだった歩く死体たちが、生前の姿を取り戻していく。

 どんな怪我も、首を斬り落とされていようとも、脳が腐っていようとも、その力には関係がない。

 水の中から浮き上がって来た人々が、息も絶え絶えに橋にしがみ付き始めた。村人たちは船を出し、総出で救出に向かう。

 城の兵、姫たちの側仕え、ディルタ、グリオン。

 知り合いたちが、その奇跡の中で出会い、お互いに手を取り合う。

 村人たちは、魔術士たちが話していた、王の魔法であると理解する。


 洞窟から出てきたフィオナ姫は、眠っていた。

 力を使い、疲れ果て、休息の眠りに就いた。彼女は目を覚まさなかった。どんな魔術も、霊薬も、彼女の眠りを妨げることはできはしない。


 まさに伝説である。

 勇者レデクは太陽の光を風に乗せ、人々に届けた。その光は、人々を死の縁から呼び覚ますことができるほど、強力なものであったと伝わっている。

 その伝説の一端を味わい、人々は歓喜する。

 新たなる王。新たなる伝説の始まりである。


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