警鐘の鳴った日
◆
レデクス村の人たちは、良く宿に来ては食材やら土産物などを置いていった。
アンはリリアナが、村を救ってくた貴族の令嬢だということは誰にも話していなかったが、なにせ小さな村である。一度、どこかの切っ掛けで話が広まれば、隠すことなどできはしなかった。
それにこんな小さな村に魔術士がいるのは珍しいと、色々と土産とともに困りごとを持ってくるのだ。
メルビムは一級魔術士であり、名門のヴァヴェル学園の魔導師である。相談しておかなければ損と、行列になっていた。
メルビムはうんざりしていたが、かといって滞在する村の人々を蔑ろにするわけにもいかず、相談に乗るのである。
テルティアはメルビムのことを尊敬できる魔術士だと、再認識した。彼女は基本に従い、魔術を他人のために使っている。
「お酒なんてどうですかね。私の出身は遠いところなんですけど、そこでは街ごとにお酒を造っていて、ご当地名物にしていましたよ」
「酒か。それは悪くない、いやあ、とってもいい案かも知れないな。酒を造ってないことはないんだけど、樽を置く場所が少なくて……」
「樽を水の中に沈めるとかできないんですか。なんかどこかの街でやってた気がしますけど……」
「水中か……」
メルビムに名物作りの相談に来ていた村人に、テルティアが言う。
酒の熟成方法に詳しいわけではないが、前の世界での郷土のことを知る授業でやった気がする。
「あんたが酒に詳しいとはね。好きなのかい」
「え⁉ いえ、ただ単に知識があるだけです……。飲んだことないですよ!」
こちらの世界では、酒に関する法律はほぼないと言っても差し支えない。子どもでも薄めた酒を飲むことがあるくらいである。テルティアはなんとなく忌避感があって避けていた。
村に来てからすでに一週間が過ぎようとしていた。今日の授業はお休みである。
昼には皆でピクニックでもしようという話になっていたのだが、フィオナがジリオーラに捕まってしまう。
フィオナは城で宮廷事の勉強をすることになり、アンも世話のために城に残ることになったので、ピクニックは中止になった。
「ま、各々好きなことをするってことで……」
ロバルトはオルシアを誘って、近くにある鍾乳洞を見に行きたいらしい。鍾乳洞は観光地として整備中であるが、見物はできるようである。
オルシアは他の皆はいかないのかと言ってくるが、ロバルトがデートをしたいことは明白なので、全員それぞれの言い訳で断った。
「村の女の子たちがボクを熱い視線で見ているから……(洞窟恐い)」
「メルビム先生の手伝いをしないといけませんから。お二人でいってらっしゃいませ」
「村の本島の土を整備してほしいって言われてるんだよね」
テルティアは二人を見送ると、別に頼まれてもない仕事をしに行く。
村の真ん中にある島は、浮船ではなく築山であり、川を堰き止めて湖を創る前に、計画して築かれたものらしい。
そこには住居はなく、倉庫と村の寄合所があるのみである。
その寄合所の前に人だかりがあり、村人たちが何事かを話し合っていた。
「何かあったんですか?」
テルティアが何気なく声をかけると、一瞬村人たちが怖い顔で見てくるが、すぐに魔術士見習いだとわかって顔色を変えた。
「いや、すまん。どうも隣村で何かあったらしい。昨日向かった者が帰って来ていないんだ」
「隣村? 一日で帰れる距離なんですか」
「歩いて二・三時間だな。そこがこの辺りでは一番近い村で、食糧の調達にいったんだが……」
この辺りでは魔物もそれなりに出る。特に夜は危険なため、村の外に出るときはかなりに気を付けるようにと念を押されていた。
隣村にいって帰って来ない者も、もしかしたら道中で魔物に襲われた可能性がある。しかし、村人は隣村で何かあったと確信しているようだ。
テルティアはその疑問を訊いた。
「六人の村の戦士が向かったんだ。ひとりも帰ってこないというのは、まずありえない。
あっちの村に辿り着いたはいいが、村から出られない状況になったか。よほど強力な魔物とかち合ったか……」
村には傭兵がおらず、今は城に勤めている兵士がいるが、少し前までは自分たちで身を守るしかなかった。
女も子どもも武器の扱いを習い、魔物との戦いに備えている。六人もいれば、誰かひとりくらいを逃がすことも可能だと言う、レデクスの村人たちの自負がある。
(三時間か。使い魔じゃちょっと距離があるか。魔術で走ればすぐに往復できる距離だけど……)
テルティアが外に出ると、グリオンも連れていくことになる。
今の彼はテルティアの護衛だけでなく、姫の護衛までさせられているので、さすがに休みの日くらいはゆっくりしていて欲しい。
「とりあえず城の人に相談してみるのはどうでしょう」
テルティアは言ってみるが、どうも村人は乗り気でない。
「しかし、この村の統治者というわけではないからな……」
今までこういった問題は自分たちで解決していたのだ。なんでも頼るのは良くないとでも思っているのだろう。
「他の村も被害に遭っている可能性があるなら、相談しておくべきだと思いますよ。これは自分たちだけの問題ではありません。城に相談したら、領主に報告してくれるかもしれませんし」
その言葉に納得し、村人たちは城に登ることを決める。そのとき、村の警鐘が鳴り響いた。
◆
鍾乳洞は村のほど近くにあった。
城のある山の麓に位置しており、すぐに行ける距離である。しかし、洞窟内はかなり長く入り組んでいるらしい。
ロバルトとオルシアが、岸壁にぽっかりと開いた洞窟の入り口を覗き込むと、天井から吊り下げられた夜輝石のランタンが並んでいた。一応、明かりを持ってきたのだが、必要はなさそうである。
「整備が結構進んでるみたいだね」
「うん。奥はまだできてないってことなのかな」
洞窟の中から、何かを叩く音が響いてくる。地面には木の板が打ち付けてあり、歩きやすいように整備されていた。その道を作っているのかもしれない。
篭を持ったロバルトは、空いている方の手でオルシアの手を取って、中に進んだ。ひんやりとした空気に、オルシアの体調を気にするが、今日は調子が良いようである。
「冷えてないか」
「大丈夫。みんなも来れば良かったのにね。キラキラして綺麗」
「確かに。ちょっとした冒険気分にもなれるし、夏なら涼しくていいかも」
もうすぐ寒くなる季節である。今の時期だとオルシアのスカートでは寒そうだ。
そんな話をしながら奥に進むと、何かを叩く音が近付いてくる。どうやら木槌で叩く音のようである。進むと数人の作業員が、道を整備するために壁やら床やらに張り付いていた。
ひとりの作業員が二人に気が付き、作業する手を止めて話しかけてくる。
「魔術士さんらか。デートかね」
ロバルトは少し照れながら頷いた。
「これ。ルイ―スさんからの差し入れです。皆さんで食べてください」
「おお、そりゃありがたい。おい、みんな、休憩にするぞ!」
ロバルトは篭を差し出す。作業員たちは手を止め、中に入っていたサンドイッチを頬張った。ロバルトとオルシアもひとつずつもらい、一緒に休憩する。
「この洞窟って、村の大切な場所だって聞いたんですけど、どういう謂れがあるんですか?」
「なに。知らずに見に来たんか。ま、そりゃそうか。看板でも立てとかにゃいかんな」
「勇者レデクの祠があるのさ。知ってるか、レデクって」
ロバルトは首を横に振るが、オルシアが答える。
「一応、本で読んだことはあります。確か四百年くらい前に、魔王を倒したんですよね。この村の出身で、村の名前の由来だとか」
「うん。まぁ、レデクの名前は知らなくても『太陽散華の叙事詩』は知っているんじゃないか」
「あ、それは知ってる。確か勇者が魔王を倒す話だ」
「ざっくりだなぁ……。その勇者がレデクだよ」
「へぇ! 話には勇者としか出てこなかったから知りませんでした」
「レデクは有名になることを嫌ったって話だし、この村の名前もレデクの死後に付けられたものだしなぁ。
レデクと一緒に旅したヴァルナって魔術師が、叙事詩を書かなければ、誰も知らなかったかもしれないくらいだ」
「ヴァルナって、ヴァルナ・ヴェルデ?」
「お、知ってるか。魔術士だったら知らないわけないか」
ヴァヴェル学園の正式名称である、ヴァルナ・ヴェルデ高等学園の元となった人物である。その人物とレデクに関りがあるとは、そこの学生である二人でも初耳である。
「レデクはこの洞窟の奥で、『太陽の落涙』を手に握って生まれてきたと伝わっている。
普通の村の子どもとして育ったけど、あるとき村を魔物が襲い、そのとき魔法の力に目覚めた。
そして、魔物から人々を救う旅に出た。旅の途中でヴァルナと出会い、世界を滅ぼそうとしていた魔王を討った。
その後、レデクはこの村に戻り、この洞窟に入った。そのときレデクの力は失われ、彼は普通の人に戻ったらしい。そして、そこで力尽きた。
この奥の祠は、レデクを称えるだけじゃなく、墓でもあるわけだ。そして、祠には太陽の落涙が今でも祭られている。
いずれ、世界を救う勇者がここで力を得るって伝承があるんだ。それで俺たちはここを大切に守っているんだよ」
「え……? じゃあ太陽の落涙って、魔石か何かってことですよね。それを一般公開しちゃって大丈夫なんですか?」
魔石は、ただ輝く石ではない。
魔石は魔力の結晶であり、魔術においては重要な力の源泉として作用する。魔石があれば、自分の魔力以上の魔術が使えるようになるのだ。
さらに特殊な魔石は、人に魔法を授けることもある。魔法は血によって引き継がれるが、魔石によって魔法を後天的に得るという方法もある。そういった魔石は稀少中の稀少であり、もはや伝説上の物である。
魔石は手に入れようと思って手に入るものではない。古代魔術師のアトリエの中や、凶悪な魔物の体内から、稀に見つかることがあるかもしれないと思われるような気がする。そんな程度のものだ。
当然、高価であり、洞窟内で保管しておいて良い物ではない。
「ははは! そうだな。よし。ここから先は歩道がないし、少し入り組んでいるから、俺が案内してやろう。デートの邪魔をしてしまうが」
「いえ、ありがとうございます! オルシア、魔石が見せてもらえるって!」
「魔石……」
先には明かりがほとんどなく、ロバルトたちはそれぞれのランタンで辺りを照らした。
案内を買って出てくれたおじさんは、洞窟の見所を説明してくれた。
棚田のような形の巨大な石灰華段丘や、傘のような形になった石筍、カーテンのように薄く垂れ下がる鍾乳石など、目に楽しいものであった。
かなり歩いて少し疲れてきたとき、長い洞窟の先にオレンジ色の明かりが見え、外に通じているのかとロバルトは思った。しかし、その先にあったのは、ある種の異様な光景である。
開けた場だ。天井がかなり高い。
いくつもの太い柱が立っているが、それが天然の石柱であることは形でわかる。床は均されたように平らで、不規則に溝があり、そこに少ないながらも水が流れている。
どこか神殿のような、庭園のような、神秘的な雰囲気が漂っている。
その部屋の中央に、屋根のある祠があり、それだけが人工物である。
そしてもっとも不思議なことは、それらの床や天井、柱の全てが光を放っている。太陽のように眩しくはないが、温かみのある小さな光をまとっている。
星空とも、蛍の光とも違う、幻想的な光景に、ロバルトとオルシアは呆気に取られた。
「綺麗だろう。これが全部、太陽の落涙ってやつだ。
これ全部を握って生まれてきた赤子ってのは、いったいどれだけ大きかったことだろうな」
おじさんが笑いながら言う。これだけの量・大きさならひとつの鉱床である。人の手に納まるものではない。
「強い魔力を感じる……。本当にこれ全部、魔石なんだ。領主のベリンジャー・リルケー子爵が欲しがるのも納得です」
オルシアが呟く。オルシアも魔石を見たことはなかったが、これだけの鉱床ならいったいどれだけの価値があるかは明白だ。
ベリンジャー・リルケー子爵家が、これを掠め取るために村を弾圧していたのだとオルシアは考えた。だが、おじさんは笑った。
「それがな。残念ながら、魔石ではあるんだけど、特殊な魔石でなぁ……」
おじさんは輝く石をひとつ拾うと、洞窟の道を戻る。もう少しこの大鉱床を見ていたかったが、仕方なくおじさんについていくと、手に持った石の光は消えてしまった。
「消え、ちゃった……」
残念そうにオルシアが言う。ロバルトはどういうことなのかわからずに首をかしげた。
「この魔石は、この場所でしか光を放たないんだ。魔力も失われてしまう。
つまり、この場所自体が魔石であって、石を持ち出してもただの白い石ってことなんだよ」
それでは価値が小さすぎて、採掘しても採算が合うはずもない。
「場所が魔力を帯びているってことなんですね」
「そう! さすが、わかるんだねぇ、そういうの。俺には何のことかさっぱりだよ。わかるのは、この場所が凄くいい景色ってことだけさ。じゃあ、祠に挨拶だけして帰ろうかね」
祠の周りを一周して、景色を充分に楽しんでから、おじさんは出入り口へと向かった。
ロバルトはオルシアに近付き、小声で言う。
(これって偶然か? レデクの出身地に、ヴァヴェル学園の生徒……)
(さぁ……。でも、ジルベルト殿下がそれをして、何か利益があるのかな)
(わからないけど……。ルナのこともある。ちょっと怪しくないか)
ゆっくりと帰る途中で、慌てた様子で駆けてくる若い作業員に出会う。
「た、助けてくれ! 洞窟の外から魔物が……!」
観光を楽しんでいた二人は、村人たちと一緒に駆け出す。
出入り口から侵入してきた魔物の悪臭が、洞窟内に溢れていた。
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