王女
◆
フィオナ王女はテルティアたちよりも、少し年下だった。
流した濃い色の髪に、前髪だけを華やかな髪留めで分けてある。
淡い色のドレスに可愛らしく、品のある上等なものだ。
まだ成人していない女性が着るには大人しすぎるが、そういった背伸びをしたい年頃なのかもしれない。
昼食の席を用意され、メルビムと学生たちは席に着く。
料理の量は多いが、食材は多くはない。
新鮮な野菜で彩がもう少し欲しいところだが、この村では仕方がない。
「贅沢はできない。まだ、この村は復興中だから。わかってほしい」
フィオナはそう言うと、食事を始めた。
リリアナとオルシアは貴族である。食事が喉を通らないのは、疲労だけではない。
食事をゆっくりと、黙ったまま食べ終える。
給仕を終えたアンたちに、フィオナは下がるように言った。使用人で残ったのは、恰幅の良い家政長ジリオーラのみである。
食後の茶が出され、皆がひと息つく。
フィオナは口元を軽く拭いてから、メルビムを見た。
「それで、どうしてこんなに遅くなったの? ゴーレムは時間通りについていたはずだと聞いた」
「そりゃ、この城のせいですよ、姫さん。ゴーレムを飛ばすなら、もう少し広い場所がだね」
「翼竜は着陸できるはずだけど」
「飛竜型だよ。じゃないと七人も乗せられないからねぇ」
リリアナはメルビムの言葉のひとつひとつに、緊張の色を浮かべていた。王族の機嫌を損ねるのは、非常にまずい。
「そう。まだ改良の余地があるというわけ」
「城にも、飛竜型ゴーレムにもね。荷物を運ぶのと、人を運ぶのでは訳が違うよ。尖塔のひとつでも潰して、発着場を造るべきだね」
「考えておく」
ディルタは常に決め顔で黙っている。クールを気取っているのだろうか。
ロバルトが遠慮せずにフィオナに話しかけた。
「それで……、どうしてフィオナ姫はこちらに?」
「私がここにいてはダメ?」とでも返されたら、どうするつもりなのかとリリアナは思う。
王族の別荘なのだから、王族がいることもあるだろう。
だが、今ここにいる学生たちは、この別荘がこの村を領主の圧政から守るための牽制のためのものだと知っている。
お嬢さまがいるとは聞かされていたが、ここまで高貴とは思っていなかった。せいぜい、リリアナの姉でもいるのではないかと思っていただけである。
「あなたたちに会うため。
あなたたちがいなければ、私がアルフォンスの弟子になるはずだった。私の場所を奪ったあなたたちと会ってみたかった。この前の試験では、話す時間もなかったから」
とんでもない言いがかりだ。
「それは……。ご機嫌麗しくないわけで……」
ロバルトは何と言って良いのかわからず、適当に相槌を打った。
王族は、というより、領地を継ぐ可能性のある者は、魔術士になれない。
それは古来よりある伝統に近い法律である。
魔術士が権力を持つと、大抵は碌なことにならない。それは時代が証明している。
あるときは、国民を大量に犠牲にして、不老不死の法に手を出した。あるときは、兵士を魔物に変え、他国を侵略しようとした。
そういった歴史の積み重ねが、その法を象っている。
リリアナやアルフォンスのような、領民を持たない貴族だけが、魔術を学ぶことを許される。そして、魔術を学んだ貴族は、領地を持たない。
王位継承順位の低いフィオナであるが、それでも王族である。
万一でも、王位を継承する、あるいは嫁に行き、領地を運営する可能性があるのであれば、魔術は習えない。予備としての価値が失われるからである。
学生たちが呆気に取られていると、メルビムが口を開いた。
「なるほど。あんたは魔術が習いたいのかい。王族でなくなってしまうけれども」
「私ひとり、王族でなくなろうとも、誰も気にしたりはしない。それに領地を持たない貴族に嫁入りすれば、関係ない。
私はアルフォンスの妻になるから」
テルティアは茶で咽る。全員が彼女を見た。
「テルティア……、ルナ・ヴェルデ。何か言いたいことが?」
「……その名は言わない約束では?」
「この部屋には、防音結界がある。外に音は漏れない。それにこの部屋には、あなたの正体を知る者しかいない」
「そうですか。いえ、ちょっと咽ただけです。失礼」
フィオナがどうしてテルティナに冷たい眼差しを向けるのか、ようやく理解できた。
アルフォンスを盗られたと思っているのだ。
学園の女学生からルナに向けられる刺すような眼差しも、アルフォンスに対する感情の裏返しである。
フィオナはその眼差しで、テルティアを見ていた。
(面倒な……。師匠にする人、間違えたかなぁ)
フィオナが言い放つ。
「言いたいことがたくさんある。でも、今一番言いたいことは、ひとつ。
あなたはアルフォンスの弟子をやめるべき。私を敵に回したくないなら」
姫は駆け引きをするつもりはないようだ。その権力でルナを圧殺するつもりである。
リリアナはこの状況を打破すべく考えを巡らせる。だが、何も思い浮かばない。メルビムに助けを求める視線を送るが、彼女は茶をゆっくりと味わっているのみである。
ルナは腹が立ってきたので、フィオナの視線を正面から受けた。
「何か勘違いしているみたいですけど。私はアル先生の、愛人でも、恋人でも、奥さんでもありません。ただの弟子です。
もし、あなたがアル先生の弟子になったとしても、私も弟子であることに変わりはありませんし、あなたが自動的にアル先生と結婚することにもならない。
仮にあなたがアル先生の妻になったとしても、私が弟子であることは変わりない。
おわかりになりますか? 私がやめようがやめまいが、あなたを弟子にするかしないか決めるのはアル先生です」
いつも顔色を変えないようにしているリリアナが、顔を赤くしたり青くしたりしているのが面白い。
ルナは楽しくなってきて、少し強めの言葉で返した。
フィオナの美しく人形のような表情は、ほとんど変わらない。それなのにかなり感情でものを言ってくるのが面白いし、可愛い。
ルナは今すぐにでも抱きしめて、ヨシヨシしたい気持ちを抑える。
凍り付いた空気をよそに、冷気を使う見習い魔術士は、ようやく口を開く。
「発言の許可を頂けますか、姫」
ディルタが澄ました顔(と思われる表情)で言うと、フィオナは頷いた。
「我々はここに授業を受けに来ました。もし、フィオナ姫が魔術士を志すというのであれば、授業を一緒に受けてみるのはどうでしょうか。
アナスタシア嬢を護衛としてお側において、我々と魔術を学んでみるのです。
そこで魔術士とはどういうものか、テルティアがアルフォンス魔導師の弟子に相応しいかどうか、見極めると言うのはどうでしょう。
もちろん、授業中はわたくしめも護衛として、姫に危険が及ばぬように努めましょう」
ディルタは名案だと思っているのか、そう言ってのける。
ディルタからしたら、アンとフィオナを侍らせられると思っているのだろうが、リリアナは泡を吹きそうになる。
「あ、あの、……それって王族略取とか、国家反逆になるのでは……」
「ぶえ?」
ディルタはリリアナの絞り出した言葉に、おかしな声で応える。
王族に魔術を教えて王位継承権を奪ったとなれば、国家転覆を図っていると思われる可能性がある。
ディルタはそこまで考えが及んでいなかったようだが、時すでに遅し。
発言はフィオナの気に入るものだった。
「いい考え。採用しましょう。メルビム魔導師、構いませんか」
「あたくしは別にいいけどね。ジリオーラさんはそれでもいいのかい」
家政長ジリオーラはずっと黙ったまま事の成り行きを見ていたが、メルビムに問われてようやく口を開いた。
「構わないのではないでしょうか。何日か授業を受けただけで魔術士になれるなら苦労はありません。
それに皆さま、もう第四学位ですよね。授業に姫さまがついていけるとも思えません」
フィオナはその言葉にムッとする。ただ、授業を受けられるならと反論はしない。
どうやらジリオーラに対しては、子どもらしく表情を変えるようである。
「私はここに内密で来ている。私が魔術を習ったところで、誰も知ることはない。
ジリオーラ、私の服を用意して。今から授業を受ける」
「え……? 今からですか……?」
オルシアが疲れた顔でメルビムの様子を見た。メルビムはやれやれと腰を浮かすだけで、あとは何も言わない。
テルティアは、ずいぶんと大らかだなぁと、窓の外の空を眺めた。
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