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湖畔の里

 ◆


 レデクス村は小さな村、と言っても村の規模としては、大きい方である。

 山間ヤマアイの狭い地形を上手く利用し、村の守りを固めてあるのは、兵士たちに頼れない人里離れた村として普通のことだ。

 最大の特徴は、川をき止めて、元々あった湖を改造し、その真ん中に村が浮かんでいることだ。

 真ん中の本島は、実際の島であるが、その周囲には木製の小屋が何軒も水に浮かんでいる。

 小屋同士は鎖と橋で繋がれ、流されないように固定されているのが、上空のルナたちからも確認できた。

 それらの小屋船コヤブネと呼ばれる村人の住まいである。文字通り、村は湖の上に浮かんでいた。

 いつでも切り離し、村の形を変えられるようになっている。

 これらの防御は、魔物に対しての備えだ。人との戦いはあまり想定されていなさそうである。

 村の後背コウハイの山には、段々ダンダンバタケが広がっているが、それだけではとても食糧が足りるようには見えない。

 漁と狩猟が主な産業であり、近隣の村との交流で成り立っている。

 もし、人との戦いになれば、包囲し食糧が尽きるまで、外界と断絶してしまえば良いだけの話だ。

 ただ、今は様子が変わっている。

 段々畑のある山の隣、断崖に面した岩山に、巨大な城が建てられていた。

 屋敷というには、余りにも豪華で、防衛に適した形である。この小さな村には不釣り合いな城だった。

 これならば、村が包囲されたとしても、城から兵を出す、あるいは村人を城に避難させることが可能である。


「あれがジルベルト殿下の別荘ですか」


「そうみたいだね。あたくしも見るのは初めてだけれど。グリオン、降りられそうなところはあるかい」


「屋敷に降りるのは、このゴーレムの大きさでは難しそうです。村はずれの広場におりましょう」


  背中に七人も乗れる飛竜型ゴーレムである。魔術で垂直離着陸するにしても、それなりの広さが必要だ。

  この辺りには山と森、崖と湖しかない。グリオンは村の上空を旋回した。

  村人たちが何事かと見上げているが、大した混乱はなさそうである。

 はずれの空き地に着地することになり、飛竜は高度を下げていく。

 少し揺れたが、メルビムの風の魔術でかなり安定したものである。グリオンの操作の上手さもあるだろう。

 建材にするために切り出したであろう木が、脇に重ねておいてある空き地だ。

 そこに着地すると、ゴーレムは腹を地面につけ、動かなくなった。

  グリオンが皆のベルトを外して行く。


「ああ、ケツが痛い」


  ロバルトが自分の尻を撫でながら立ち上がる。


「やれやれ。年寄りにはコタえるね。観光に使うなら、乗り心地を考えなきゃいけないねぇ」


  メルビムも腰を叩く。

  リリアナもオルシアもそうしたいが、淑女シュクジョとして努めている。

  気にしないのはルナだけだ。さすがに尻は撫でないが、背伸びしてストレッチしている。


「ディルタ君、大丈夫か。ディルタ君?」


  グリオンが呼びかけるが、ディルタの反応はない。


「あっ、静かだと思ったら、こいつ、目を開けたまま気絶してるぞ! ル……テルティア!」


 ロバルトが叫んだ。


「えぇー? 使うなって言われたばかりなのに……」


「別にいいよ、身内には。人前では使わないようにすればね」


「はいはい」


  ロバルトに『テルティア』と呼びかけられたルナは、ディルタの額に手を置くと、治癒魔術を使う。


「ハッ……」


  目を覚ました。


「ここは誰? 私はどこ?」


  ルナはディルタの頭をはたいて正気に戻させる。


「着いたよ。さっさと降りなさい」


  ゴーレムから荷物を降ろし、村に向かうための準備をしていると、複数人の人影が慌ててこちらにやってくる。

 三人の男女は武器を携えているが、それをこちらに向けてくる気配はない。

 執事風の格好の男と、家政服に身を包んだ女二人である。


「お待ちしておりました。ヴァルナ・ヴェルデ高等学園の方々。時間通りでしたね」


  先頭の初老の男がそういうと、メルビムが前に出る。


「お迎えかい。慌ただしくてすまないね」


  メルビムは飛竜型ゴーレムを袖の中にしまった。


「ヴァヴェル学園の魔導師メルビムだ。今日からお世話になるよ」


  皆が簡単に自己紹介をする。

  初老の男の名は、スヴァンテ。今回の園外授業の間の世話係らしい。

  後ろの二人の女性は、スヴァンテの妻ルイースと、娘アナスタシアである。

  アナスタシアはルナたちと同年代だ。

 家政のドレスに、不釣り合いな反りのある刀を携えているのが印象深い、可憐な少女である。


「ボクの名はディルタ。将来は偉大な魔術士になる予定だ。よろしく、アナスタシア」


「は、はあ。よろしくお願いします……」


  困惑するアナスタシアに、リリアナが話しかける。


「この人のことはお気になさらずに。よろしくお願いしますわ、アナスタシア。

 わたくしはリリアナ。こっちがオルシアで、こっちが……テルティアです。もうひとりの男子がロバルト。あちらの戦士は護衛を務めてくださっているグリオンさまです」

 あなたは、わたくしたちと同年代ですわよね。仲良くしてくださいまし」


「はい! よろしくお願いします! お荷物お持ちしますね!」


 アナスタシアたちは荷物を受け取ろうとする。リリアナは当たり前のように差し出すが、メルビムが止めた。


「ダメだよ。自分の荷物は自分で持ちな。

 スヴァンテ。手紙にも書いたと思うけど、こいつらはただの学生の魔術士見習いだ。

 魔術士じゃないし、今は貴族でもない。

 村人にもそう扱ってくれと、しっかり言っておいてくれ」


「わかりました」


 テルティア(・・・・・)たちはスヴァンテの案内で、森の小道を通って、村へ通じる橋へと辿り着く。

 上から見たときも壮観ソウカンであったが、湖畔コハンに浮かぶ多数の家は、なかなかに見応えがある。

 橋も浮き橋で多少揺れるものの、若いテルティアたちには問題ない。メルビムも足腰はしっかりしたものである。


「ちょっと揺れるでしょう。慣れるまで時間がかかるかもしれません」


「泊るところも水の上なんですか?」


 ルナ改めテルティアが訊ねると、アナスタシアが頷いた。


「そうですよ。今、宿の数を増やしているんです。

 ジルベルト殿下がここを一大観光地にする計画を立ててくださいまして……。リルケー子爵にご相談されたそうなんです。

 それで村の状況が改善して……」


 アナスタシアが覚悟を決めたように、リリアナに顔を向けた。


「それで、その……。リリアナさまは、リリアナ・リルケーさまで間違いありませんか」


 アナスタシアとリリアナが止まるので、皆、その様子を見るために、橋の真ん中で足を止めた。


「アナスタシア……」


 スヴァンテがアナスタシアを止めようとするが、リリアナは頷いた。


「そうですわ。わたくしはリリアナ・ライラ・ケルティシア・ミリー・フォンデルケルン・リルケー。

 フォンデルケルン・リルケー伯爵家の三女です」


 テルティアはまずいことになるのではと思った。

 つい先日までこのレデクス村は、領主であるヴェリンジャー・リルケー家による迫害を受けていたのだ。

 ヴァリンジャー家とフォンデルケルン家は、現在の関係は希薄であり、険悪である。

 しかし、一般市民にとっては同じリルケー家、貴族でしかない。


(以前にも誤解されて……。あれ?)


 その違和感に気が付く。誰に誤解されていたのだったか。


「私、お礼が言いたかったんです。ずっと……。

 盗み聞きするつもりはなかったのですけど、お姫さまが話しているところに居合わせてしまって……。

 リルケー家のスエのお嬢さまが、この村の現状を知って、ジルベルト殿下に知らせてくれたって。

 リリアナさまがそのお嬢さまではないですか」


「……わたくしは何もしていませんわ。

 お父さま、ヴェテウスさまとジルベルト殿下のおかげです。お礼など必要ありません。

 それにあなたがわたくしに……?」


 そこまで言って、リリアナも疑問を感じた。


「わたくしにこの村の現状を教えてくれたのは、誰だったかしら。どうして……?」


 メルビムが言う。


「はい。話は終わりだよ。こんなところで立ち話している時間はない。

 これから城まで登って、そのお姫さまに挨拶しなけりゃいけないんだ」


「はい……。

 アナスタシア、本当に気にしないでください。わたくしにできることなど、本当に大したことはありませんから。

 だから、『さま』なんて付けないで、リリアナと呼んでくださいまし」


 アナスタシアは差し出されたリリアナの手を取り、頷いた。


「私のことはどうかアンと呼んでください。……リリアナ」


「そうしますわ、アン」


 テルティアは胸を撫で下ろす。

 思ったよりもこの村での生活は楽しいものになりそうだ。

 髪の毛を短くして身代わりゴーレムを作り、自分の葬式まで行ったのだ。

 偽名での旅行になってしまったが、それが始めから暗いものでは困る。

 その安堵に、テルティアとリリアナが持った疑問は行き場を失い、二人はその疑問すら忘れてしまった。


 ◆


 宿に荷物を置くと、メルビムは簡易的な結界で守りを作った。

 盗みを働く者を罰する結界だ。


「魔術士の荷物を狙うような馬鹿は、この村にはいないと思いますが……」


 スヴァンテが少し嫌そうな顔をする。


「癖みたいなもんさ。悪気があるわけじゃない。気にしなさんな。ま、魔術が発動しないことを祈っているよ」


 メルビムは気にせずに、魔術の痕跡を消し、術を完成させた。

 それを見ていた学生たちは、感嘆の声を上げる。

 見ていたスヴァンテとアンは、学生たちの上げた感嘆の意味がわからなかった。

 高位の魔術士は、魔術を使った痕跡を残さないものである。

 言葉で言うのは簡単だが、オコナうはガタしというもので、痕跡を残さないことこそが、低位の魔術士と高位の魔術士の違いである。

 より自然な形こそが、魔術の完成形ということだ。

 もし、痕跡を残すことになると、魔術を解析され解除されたり、封印されたり、あるいは対抗するための戦略を練られることになる。


(昔、治癒魔術の痕跡を追跡されて、魔王に狙われるようになった……)


 テルティアことルナの治癒魔術は完全ではない。どうしてもまだ痕跡が残ってしまう。

 魔術に詳しい者が見れば、術者を特定することは難しくないのだ。

 今回の園外授業中は、治癒魔術は使うなと言われている。

 治癒魔術師は希少であるし、もし村人にバレれば、使わざるを得ない状況に追い込まれる可能性もある。

 怪我をしても大丈夫だと言う安心感が、怪我を多発させ、命を落とす結果となる。

 しかも、それを治癒魔術師のせいだと思い込み、逆恨みされる。


(誰も怪我しないことを祈るしかないか……)


 城自体は近くに見える。しかし、そこに辿り着く続く道は、長い。

 崖沿いに九十九折ツヅラオリの道があり、馬車も通れるくらいの幅はあるが、かなりの傾斜である。

 竜に乗って旅してきたとはいえ、その背中はかなり揺れた。疲労している学生たちには、厳しい道である。


「ちょっと……、ちょっと待って。死ぬ、マジで、死ぬから……」


 ディルタは疲労を隠しもせずに、崖にもたれて息をついている。

 怪我明けのテルティアも体力は万全ではない。

 そんな状況で、病弱なオルシアが元気なはずもなく、ロバルトもリリアナも同じようなものだ。


「体力ないねぇ……。もっと頑張りなよ」


 メルビムはグリオンの背中の背負子ショイコに座って、遅れる学生たちを見ていた。

 グリオンの体力も尋常ではないが、一緒に登ってきていたスヴァンテとアンの親子も、息すら切らしていない。


「アン……、あなた、そんなに細い体で、そんな体力がどこにあるのです?」


 リリアナが言うと、アンは笑った。


「この道は毎日のように往復しますし、戦士として鍛えてますからね。

 あともう少しですよ! 皆さん、頑張ってください!」


 可憐に応援され、少しだけ元気の出た学生たちは、オルシアを支え、アンもそれに加わって先を急ぐ。

 置いていかれたディルタは、呆然とそれを見つめていた。

 角を曲がって一団が視界から消え、大慌てで追いかけた。


 ◆


 城の名は、村の名前を取って『レデクシス城』と名付けられた。

 小さな村に不釣り合いな豪華な城だが、収容人数は三百人を超え、村人全員を避難させることができる。

 王族の別荘である。豪奢ゴウシャなだけでなく、堅牢ケンロウでもある。

 こんな辺鄙ヘンピな場所に、短期間でこれだけの規模の石造りの城ができたのは、強力な土の魔術のおかげだろう。

 もしかしたら、宮廷魔術師であるリリアナの父の魔術かも知れない。

 城の前には門兵が立っていた。兵はスヴァンテの姿を見ると、笑顔で手を上げる。


「おう、ご苦労さん。姫さん、痺れを切らしてるぜ」


「ああ。まぁ、この話が出てから、ずっと機嫌が悪いから、仕方ないですよ」


 外門を潜り、小さな噴水のある中庭を抜ける。

 大扉を開けて中に入ると、広い玄関ホールがあり、見事な両翼階段が上へと続いていた。

 そして、その上から見下ろす人物がひとり。


「ずいぶん遅かった。どうして?」


 グリオンはヒザマき、しっかりとコウベを垂れる。リリアナとオルシアもそれに従った。


「フィオナ殿下、お久しゅうございます。ご機嫌(ウルワ)しゅう……」


「麗しくない。私はとても不機嫌。アルフォンスさまのためとはいえ……。いえ、何でもない。

 知り合う機会はなかったけれど、忘れもしない、あなたの顔。髪を短くしてしまったの?」


 階段を下りながら話しかけてくる。テルティアは、その顔をどこで見たのか忘れていた。


「あ……」


 第四学位に上がるための第三試験のとき、観覧席にてジルベルト王子と一緒にいた。

 この国ルトロネルの第七王女、フィオナ・ルトロネル。

 王族の別荘だとは聞いていたが、本当に王族がいるとは聞いていない。

 聞かされていなかった学生たちは、呆気に取られるしかなかった。


読んでいただきありがとうございます!

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