失くしたもの
◆
ギンとアルフォンスの出会いから一週間ほど前の話である。
ルナは病室で目覚めた。
「病院……」
そう呟くと、顔を覗き込まれる。
「ルナ! 目が覚めましたか!」
見覚えのある顔があった。
「リリアナ……。何が……」
身を起こそうとして手をつくと、左手がないことに気が付く。
「そう言えば、失くしたんだっけ」
「……先生方の話では、ルナは治癒魔術師だから、数年で手の形をつくることはできるとのことですわ……。でも、完全に元に戻るかは……。その、気を落とさないでくださいまし」
「あはは。大丈夫大丈夫。この程度、怪我のうちにも入らないって」
ルナは自分で点滴針を抜くと、針痕を治療する。
「ル、ルナ、勝手にしては……」
「筋肉の衰え具合からすると、一週間くらい寝てた?」
「いえ。三日と半日です。回復力に、治癒魔術師の先生たちが驚いていましたわ。無意識でも自分を治療できるものなのですね」
意識を失うと発動する魔術は、アルフォンスに教わったものだ。
維持するのに常に魔力を消費するが、保険としては安いものである。
「四日か……。授業、また遅れを取っちゃったね」
「いえ、まだ学園は再開しておりませんわ。街にも学園にも、かなりの被害があったので、アトリエの掃討作戦が終わるまでは……」
「被害? アトリエの外にも魔物が?」
「え? ええ、ああ。そう言えばルナはアトリエの中にいたのでしたわね。
わたくしも街の外にいたので、どんなことがあったのかは話で聞いただけなのですけれど……。
どうやら凶悪な魔物が街の人々を操って、街中大混乱だったらしいのです。
幸いにも死人は出ておりませんが、重軽傷者が多数。今、病院は大忙しですわ」
「街の中で……」
アルフォンスが怪人化していただけでなく、街中で異変が起こっていたのだ。
魔神アドストリスの顕現は、ルナの預かり知らないところで大きな影響を及ぼしていたとようやく知ることになる。
(オリエンスやアル先生みたいなやつが、たくさんいたってこと? それで死者ゼロなんて奇跡的だ……)
暴走する怪人たちに対抗したのは、これもまた暴走した人々であったが、そのことについてリリアナは知らなかった。
「わたくしが街にいれば、皆さんを救って差し上げられましたのに……。なんて間の悪い。
いえ、もしかしたら魔王軍は、わたくしのいないときを狙っていたのかも知れません。
そうに違いありませんわ! 魔王軍はわたくしの活躍を聞き、わたくしを脅威だと感じて……」
「魔王軍の襲撃だと言うことになっているの?」
「正式にはまだ発表されていませんが、魔王軍の襲撃に決まっているでしょう。これだけの騒ぎですもの」
ルナはなんでも魔王軍のせいにするのはどうかと思うが、それで混乱が少しでも治まるなら、敢えて否定はしない。
街の上層部もそう考え、真実がわかるまでの時間を稼いでいるのだろうとルナは考えた。
「アル先生は……、無事だよね。まだ入院してる?」
「ルナ…………」
リリアナは言葉を詰まらせる。
その神妙な顔に、ルナは凍り付く。
「アルフォンスさまは……」
「なに? ウソでしょ?」
「生きています……。信じられないことに……。
わたくしが来たとき、全身の皮膚が剥がれ、骨が折れ、手足の末端は焼き消え、片目が潰れておりました。
なのにあのお方、次の日には起き上がって、報告書を書いていたんですよ⁉
信じられませんわ!
七魔剣の偉大さは身をもって知っていたつもりでしたが、まさかここまでとは思いもしていませんでした!
それでも弱った姿をしておりましたが、それを見ることができるなんて……、寮のみんなに自慢できますわ!」
「ああ、そう……」
興奮したリリアナはどこか遠くを見つめる。ルナは魂が抜け落ちそうになるが、何とか飲み込んだ。
リリアナがアルフォンスを見つめる瞳は、いつもキラキラしていたが、ここまでアイドルのように思っているとは思っていなかった。
気を取り直し、身を起こす。リリアナが止めようとするが、微笑み首を振る。
「大丈夫だよ。私の着替え、ある?」
「ここにありますけど……。まず先生方に診てもらってから……」
「私は治癒魔術師だよ。問題ない。それより……」
ルナは次の言葉が思い浮かばず、何を急いでいたのかわからなかった。
何か大事なことを忘れてしまっている気がする。
「どうしました?」
「……とにかく、アル先生やみんなに会わないと」
「そうですわね。無事を知らせないと。オルシアなんて酷く取り乱していまして……」
リリアナはしゃべりながら、ルナの着替えを手伝ってくれた。片手で着替えるのは、手がかかる。
◆
着替え終え、外に出ようとしたとき、扉を開けられた。
「おや、起きてたか。どこに行く気だい」
小さなオド学園長が、入口を塞ぐように立っている。
彼女は小さな紙袋を持っていた。ルナへの見舞いの品だろうか。
「オド学園長、ご迷惑をおかけしました」
「ふん? 何かやらかしたのかい? まぁ、茶化すことじゃないか。
まさか、こんなに早く目が覚めるなんてね。様子を見に来て良かったよ。
内密の話があるんだよ。聞く体力は少しはあるかい」
「内密……。はい、大丈夫です」
「では、わたくしは席を外します」
「いや。リリアナにもここにいてもらおうかね。乗りかかった船だ」
「そうおっしゃられるのであれば、喜んでお話をお伺いしますわ」
リリアナが椅子をオドに差し出す。オドはピョンと跳ねて椅子に納まった。
「ルナ、あんたは死んだことにしてもらう。しばらくの間ね」
突然の話に、ルナとリリアナは顔を見合わせる。ルナはオドに訊ねる。
「目的は?」
「淡白だねぇ。アルに似てきたよ、あんた。
まずはあんたの安全の確保だ。死んだことにして、相手の出方を見たい。
もうひとつの理由は、他の生徒たちの安全確保のためだ。
学園内での授業はできないが、生徒たちの学びの場をなくすつもりはない。園外学習をするつもりだけど、そこにあんたがいると余計な危険があるからね」
「……」
「学園長! ルナが事件を起こしているような言い方、よしてくださいまし!」
「リリアナ、いいんだよ。学園長がそう考えるのも無理はないし、私も気にしない。
オド学園長、その話をここでするということは、リリアナには話してしまってもいいと言うことですよね」
ルナが言うと、オドは頷いた。
「何のことですの?」
「私には、みんなに話していない秘密があるの。安全のためではあるんだけど……」
そこまで言って、ルナは思い出した。
アルフォンスと戦っているとき、イルヴァが助けてくれた。礼をいうことを忘れていたということではない。
ルナはあのとき、魔装を身に纏っていた。
魔装にはルナの意思に関わらず、認識阻害の魔法がかかっている。魔装を着たルナを見た者は、ルナをルナと認識できないはずだ。
あのときイルヴァは、ルナをルナと認識していた。しかも、ルナは魔装を解いてしまった。意識を失っても魔装は消えないし、認識阻害は完全自動のはずなのに。
(もしかして、魔法が消えかかってる? それとも変質してきてる? こちらの世界に魔術に合わせて……)
もうひとつ思いつく。
(アル先生にも『緑のドレス』だとバレた⁉ めちゃくちゃ恥ずかしいんだけど……)
アルフォンスは魔装を着たルナを、認識阻害によって絶世の美女か何かだと勘違いしている。プロポーズしてくるくらいだ。
急に黙り込んでしまったルナの代わりに、オドがリリアナに話す。
「ルナは魔王軍に狙われてるんだよ。理由はわからないけどね」
「魔王軍に……。では今までの襲撃は、ルナを狙ったものだったと?」
「いや、そうとも言い切れないんだけど。ただ、ルナがこの街に来てから、ずっと襲撃続きだろう。関係ないとは言えないね」
「……わかりましたわ。つまりわたくしは、命懸けでルナを守ればいいということですわね」
「え? まぁ、うん。別にそこまでじゃないけど……」
リリアナは察しが良すぎた。話の先を見通しすぎるきらいがある。
「オド学園長、それで私は何をすればいいんですか」
ルナの問いに、オドは顔を向けた。
「何も。名前を変えて、授業を受けてもらうだけさ。ただ、他の生徒とは隔離された状態でね」
「みんなと離れ離れということですか」
「いや。リリアナとメルビムの師弟には、ついていってもらうつもりだ。二人は結界魔術士だ。ルナを隠し、守ってもらう。
あと、ディルタにも一緒に行ってもらおうかね。彼の魔術は魔物との戦いで役に立つだろう」
「では、オルシアとロバルト、それとイルヴァさんとダウリさんも一緒に来てもらうようにできませんか。みんなの魔術は知っていますし、連携も取りやすいので」
「う~ん、ダウリは無理だね。もう彼女は卒業の手続きが済んでいる。この件には関わらせるわけにはいかない。
イルヴァは別の魔術士が教育をすることになったから、連れてはいけないね。彼女のためにも。
生きていることを知っている人は、少なければ少ない方がいい。オルシアとロバルトか……。う~む」
オドは悩んでいるようだ。もしかしたら別の計画があったのかもしれない。
ルナとしてはイルヴァには直接会って、助けてくれた礼と、ルナの魔装のことを誰かに話さないように言いたかった。
そしてもうひとつ、衝撃的な事実を知った。ダウリの店の立ち上げに参加できなかったみたいである。これは一生の後悔になるとルナは思った。
二人はルナを死んだものとして扱うだろう。
彼女らがどう思うかはわからないが、ルナ自身はそんなことをされたらつらいと思う。再会のとき、どんな顔で会えば良いのかわからない。
どうか二人が、ルナのことなど気にしないでいてくれることを祈るしかない。
ひと呼吸おいて、口を開く。
「アル先生には、この件は話さないということですよね。街の守りのためにも、七魔剣を街から出すわけにはいきませんし」
オドは少し感心する。ルナがそういう客観的視点も持つ子だとは思っていなかった。
「ん、まぁね。というか、話さなくても察してしまうだろうけどね。あの子は」
「オルシアもロバルトも強力な魔術の使い手です。オルシアの感知魔術と、ロバルトの攻撃魔術で、隊としてのバランスもいい。
それに……、オルシアの病気の具合も気になります。私が体調を看てやらないと……」
オドは頷いた。
「わかったよ。魔術士の部隊か……。
オルシアもロバルトも身元はハッキリしているし、魔王軍に狙われた側だ。敵と通じている可能性は低いからね」
オドの言葉にルナは安心する。何となくこの夫婦は近くで見ておかないと危なっかしい。
「それで、どこに行くことになるんですか」
「レデクスという村だよ。そこは今、ジルベルト殿下の屋敷が建てられ、守りが固められている。その村を中心に活動してもらう」
(レデクス村? どこかで聞いたことのある村だ。本で読んだのかな……)
「ジルベルト殿下がお見えに?」
リリアナが訊ねるが、オドは否定した。
「いいや。まだ、一度も訪れてないみたいだね。ま、気まぐれな方だ。会えはしないだろうさ」
「そうですか……」
リリアナは残念そうに肩をすくめた。
「うん。その前に偽装工作をしてしまうよ。ルナ、これ」
オドが持っていた紙袋から取り出されたものに、ルナとリリアナは思わずギョッとする。
腕だ。肘から先の腕。
「義手だよ。あんた自身の治癒魔術を阻害しないように作ってある。しばらく不便だろうから、これを使いな。
あと一応謝っておくよ。これを作るのに、髪を何本か拝借したからね。ごめんよ」
「髪?」
ルナは腕を受け取ると、注意深く眺めた。
「これ、オド学園長のゴーレム魔術ですか。こんな精巧に……」
「そう。ゴーレムに髪を混ぜ込んで作るのさ。自分の元の手と同じように使えるはずだよ。慣れは必要だけどね。
あたしの治癒魔術は、こういう義肢を作るために学んだものだからね」
「オド学園長も、治癒魔術師なんですか?」
「そりゃそうさ。アルから聞いてないのかい? あたしはアルとロートベットの師匠だよ。
二人は同い年……くらいだったと思うけど、ロートベットの方が姐弟子さ。
街の外壁門にゴーレムたちが立っているだろう。あれはあたしがロートベットに教えたものだ。
アルフォンスの方は、ゴーレム魔術はあまり気に入らなかったみたいで、治癒魔術しか受け継がなかったけどね。
今では二人の方が、あたしなんかよりよっぽど魔術の腕は上だけどね」
誇らしげに語るオドを見て、ルナは改めて偉大さを知る。
七魔剣であるアルフォンスは言わずもがな、ロートベットは騎士であり兵長の地位にあり、この街の常備軍の現場指揮官である。実質的な軍のトップだ。
ルナは衛兵宿舎で暮らしていたときに、何度かロートベットとは会っている。話しやすく、格好良く、美しく、強いという、非の打ち所のない人物だった。
(あの美女と、アル先生が姉弟弟子関係⁉ これはいいことを聞いた。今度アル先生に会ったら、弄ってやろう)
オドは少し言いづらそうにする。
「どうでも良い話に逸れたね。あんたには少しつらい話もある」
「みんなを騙すよりもつらい話ですか」
ルナの良く回る舌は相変わらずである。オドは苦笑した。
「そうさ。騙すんだから、それなりの偽装をしなきゃいけないからね。犠牲も伴うってもんさ。ま、軽い変装にもなるしね」
オドはハサミと櫛を袋から取り出した。
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