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姉妹

 ◆


  アルフォンスがマバタきしたとき、ギンが一歩踏み出した。

  左からの拳でアルフォンスを捉えたとギンは感じたが、手応えがない。

  拳は頬に当たる前に止まり、柔らかな感触に包まれている。


「あれ?」


  ギンは回転して蹴りを繰り出す。それもアルフォンスに直撃したように見えたが、ダメージはない。

  ギンは距離を取ると、走って視線を左に誘導する。そこから一気に速度を上げ、背後から回り込み右からの後ろ回し蹴りを放つ。

  死角からの脇腹を狙った一撃だった。完全に正中線を捉えた蹴りであるが、アルフォンスには効いていない。

  蹴りが届いてない。


「つっ。衝撃波だけでもこの威力ですか」


  アルフォンスはゆっくりとした動きで、ギンの足を掴もうとする。足を引こうとするが、動かせない。

  足が引けないと思った瞬間、ギンは地面に触れているもう一方の足を踏みしめ、気合いとともにアルフォンスに向けた方の足を振り上げた。


  アルフォンスの体は浮き上がる。

 ギンは恐るべき柔軟性で、そのままの姿勢で拳を繰り出した。無数の打撃がクウを打ち、アルフォンスの体はさらに上へと追いやられる。

 ギンの脚に巻き付いていた紐が、力尽くで剥されていく。


「もう一回!」


  紐から解放されたギンは、足を地面に降ろす。その衝撃で演習室の床は砕ける。イデルには砕けたように見えた。


「うわ!」


 思わず後ろに下がったイデルだったが、床にはひびひとつ入っていない。

 極限にまでに合理化された力は、床に少しの衝撃を加えただけだ。床の埃が宙に舞い、砕けたように錯覚させたのである。


「姐さん⁉ ダメだって殺したら‼」


 ジーベルデンが叫ぶが遅い。

 ほんのひと呼吸の間に、ギンの両手から放たれた拳は百以上。

 空気が圧縮され、アルフォンスを撃つ。彼の体は天井まで打ち上げられた。


「ふうん。どんな魔術かはわからないけど、こっちは効くみたいだな!」


 ギンは拳の中に、爪による斬撃を混ぜ込んでいた。

 人のものではない鋭い爪が、彼女の指にはある。

 天井に張り付いた状態で、ギンを見下ろしたアルフォンスの顔に、大きな切り傷が付いている。

 血が滴り、床に向かって落ちる。しかし、血は空中で止まると、重力に逆らって戻っていき、傷口の中に納まった。

 アルフォンスの傷が見る間に修復されてしまう。何事もなかったように傷はなくなってしまった。


「うっそだろ……。あれを喰らって、無傷……」


 ジーベルデンが嘆く。今の攻撃はギンとの旅で何度か見ている。

 大型の魔物が弾け飛ぶほどの威力があるはずだ。


「ヒスイと同じ術か……。降りて来なよー。もうちょっとやろう?」


 ギンがアルフォンスに呼びかける。


「いえ、もう終わりです」


 アルフォンスは空中で体勢を整えると、ゆっくりと指を広げた。

 ギンは跳ねながら、降りてくるのを待っている。


「終わり? まだまだわた……」


 そこでギンの動きが止まる。


「姐さん?」


 ギンは身動きしない。アルフォンスがゆっくりとギンの前に降り立つ。


「……あ、口だけ動かせるようになった」


「降参してくださいますか。このまま殺すこともできますが、それはしたくない」


「オッケー。降参する。参りました」


 そういった途端、体が動くようになり、ギンはバランスを崩して倒れそうになる。

 自分の手足が動くのを確かめて、不思議そうにアルフォンスを見る。


「どういう術なの?」


「教えません。勝ちましたので」


「そうだった。なんでも言うこと聞くよ。夜伽ヨトギでもすればいい?」


「いえ……。あなたは美しいですが、僕が魔物と寝る趣味はありません」


 アルフォンスは少し考える。


「そうですね……。あなたには一時間のうちに、僕の質問を十個、正直に答えてもらいましょうか」


「うわー、一番嫌なやつじゃん……」


 ひとつのお願いを、時間制限付きでする。そんな願いは聞けないと、断り切れない絶妙なラインで、アルフォンスは賞品を使った。


「あなたは魔王軍、あるいは魔王の協力者ですか?」

「違う。むしろ、魔王の敵。魔王を殺したいと思ってる」

「ヒスイとの関係は? ヒスイを殺すつもりですか」

「違う。ヒスイはわたしの姉妹キョウダイ。血は繋がってないし、ヒスイはあんなたちと同じメネル族だ」

「ヒスイも治癒魔術を使うのですか」

「そうだよ。わたしを治してくれたこともある」

「……ルナ・ヴェルデという名に聞き覚えは?」


 アルフォンスの質問に、ギンは眉を上げた。


「ルナ・ヴェルデ。あるね。確かヒスイの魔名とか何とかって言ってた気がするけど……」


 アルフォンスは溜息をついた。


「なるほど……。大体、わかりました」


「まだ質問、終わってないけど」


「いえ……、質問はもう結構です。あなたがルナの言っていた、姉妹なんですね。まさか、魔物だとは思っていませんでしたが……」


「ルナ?」


「ルナは半年ほど前に、この学園に来た生徒です。

 魔王軍に追われ、家族を失い、その遺言によって魔術学校に入学しました。

 家族は『黒炎をマトうの槍』に貫かれたそうです。

 それがあなたではないですか?」


 ギンはキョトンとした顔をする。しばらく頭を捻って考え、何かを思いつく。


「ルナがヒスイってこと?」


「そういうことです」


 ギンは跳び上がった喜びを示す。

 イデルが近付き言った。


「ルナちゃん……。家族が生きていたということですか?」


 イデルはなぜか悲しそうに言う。


「そのようですね。それか家族は死んだと嘘をついていたか」


「ウソじゃないよぉ。わたしは確かに一度死んだ。魔王軍に殺されて、生まれ変わったのさ」


「生まれ変わり? それでその姿に?」


「ん? ああ、これは」


 ギンの体がよじれ、回転すると、拡大された。それは一瞬で大型の獣と化す。

 鋼鉄の肩甲に尾、爪に牙。体の大きさは小さな犬小屋では収まらない。一軒家が必要だ。

 魔犬ガルム。

 ただし、そのあたりにいるガルムより倍は大きく、毛並みは黒ではなく銀色である。


「こっちが本当の姿。人の街に入るのに、この姿はちょっとまずいだろ?」


 イデルが剣を抜こうとするが、アルフォンスに抑えられた。


「確かに、こちらの姿では目立ち過ぎますね」


 長身のアルフォンスですらひと飲みにしそうな口だが、アルフォンスはそれが目の前にあっても気にしていないようである。


(アルファ個体の、さらに変異種か。ルナのやつ、大事なことを黙っていてくれましたね……)


 ギンが元の姿に戻る。

 ジーベルデンが言った。


「良かったすねぇ、姐さん。いっつも妹さんの話ばかりでしたもんね。これでようやく再開できるっすね!」


 ジーベルデンの言葉に、イデルは声を詰まらせた。


「ギン。あなたには残念ですが……、ルナは亡くなりました。お悔やみを申し上げます」


「は?」


 ギンは言葉を聞き、停止する。しかし、次の瞬間には、アルフォンスに近付き匂いを嗅いでいた。


「フンフン」


「何を……」


「いつ死んだの?」


 ギンは訊ねる。答えたのはイデルだった。


「一週間ほど前です。魔物との戦いで手傷を負い、そのまま帰らぬ人になりました。死体はその日のうちに火葬されました……。

 私とフォルスター先生は、ルナ・ヴェルデさんがこの街に来たときに偶然にも知り合い、それ以来、親しくさせて頂いておりました。

 本当に……、本当に惜しい人を失くしました……」


 イデルが大粒の涙を流すので、ジーベルデンまでもらい泣きした。


「そんな……、ほんの一週間前なんて……。おれのせいだ。おれが姐さんの足手纏いだったから……」


 アルフォンスが重々しく口を開く。


「……言いづらいことですが、ルナを殺したのは僕です。僕が魔物に操られ、ルナを殺してしまいました。

 ルナは僕を魔物の支配から解放するために戦い、そして死にました。

 申し訳ございません」


 空気が凍り付いたところで、ギンはアルフォンスから離れる。


「謝罪を受け取ろう、アル。わたしは責める気はない。ま、だいたい事情はわかった。

 じゃ、謝罪の気持ちがあるなら、街でも案内してよ。あんたがいれば衛兵にも襲われないだろ? 動いたらお腹減ってきたし、飯も奢ってよ。旨い飯ね」


「えぇ……」


 イデルとジーベルデンが、ギンの薄情さに困惑する。

 だが、彼女は魔物なのだ。人間の尺度で考えてはいけないのかもしれない。

 アルフォンスは頷いた。


 ◆


 アルフォンスに引き連れられ、ギンとジーベルデンは街の食事処に入った。イデルは元の任務に戻っている。

 安い飯屋である。アルフォンスのような身分の者が入る場所ではないが、ギンとジーベルデンは気に入った。


「いい飯屋じゃん。貴族っぽいから期待してなかったけど、いいとこ知ってんだね」


「お褒めの言葉と受け取っておきます」


 ギンたちはテーブルの上の物を全部平らげてしまう。ギンは皿まで食いそうな勢いだった。店の食料をほとんど食い尽くすと、椅子にもたれて満足そうにした。


「ほんと、姐さん。大喰いっすよね」


「どこにそれだけの量が……」


「いやぁ、人くらいに小さくなれば、食う量も少なくなればいいんだけどねぇ。転変してても使うエネルギーは同じだから、食う量も減らないのよ、これが」


 ギンは口の中で炎を転がしてうがいする。


(火の魔法……。まだ全力ではなかったか)


 アルフォンスは食事には手を付けず、小太り店主に金貨を渡す。既に他の客は追い出されてしまっている。


「釣りはいりませんが、これで足りますか」


「充分です、充分です! きょ、今日は特別なお客さんなんですね、フォルスターさま」


「しばらく、ここで話をしていても?」


「もちろんです! 今日は一日貸し切りで……」


「ありがとうございます。少し離れていてください。話が聞こえない程度の距離でお願いしますよ」


 店主が頷くのを見て、アルフォンスは席に戻る。


「ギン。あなたはこれからどうするつもりですか」


「どうもこうもしないよ。ヒスイを探すつもりだけど」


「え? でも、妹さんは死んだって……」


 ジーベルデンが少し言いづらそうに言った。


「それはウソだね。だって、二・三日前の匂いが、アルからするもん。ヒスイは生きている。けど、この街にはいない。そうなんでしょ?」


 アルフォンスは溜息を吐くと、ギンを見た。


「良い鼻を持っていますね」


「どうも」


「ええ⁉ じゃあ、生きてるの⁉ イデルの演技力すごすぎる。さすが魔術士……」


「いえ。イデルのは本当の涙でしょう。彼はヒスイのことを死んでしまったと思っていますから。それとイデルは魔術士ではありませんよ。ただの兵士です」


 ジーベルデンは少し黙っていようと、椅子の上で姿勢を正した。


「で? わたしに居場所を教えてくれるわけ?」


「……残念ですが、そういうわけにはいきません。ヒスイ君には死んだままでいてもらわないと困るのです。あなたにも居場所は言えない」


「どうして」


「安全のためです」


「それがヒスイのためになるんだね?」


「はい」


「わかった。じゃあ、居場所は聞かない。でも、勝手に探すのはいいだろ?」


「……できればそれもやめていただきたいですね」


「フンフン……。なんかさぁ、この街、そこら中からヒスイの匂いがするんだよね。

 アルからもするし、イデルからもするし、街を歩いてる女の子とか、衛兵のやつらからもする。

 だから、どの匂いを追えばいいのかわかんないんだよね。これって追跡を逃れるための偽装工作なの?」


「言えません」


 アルフォンスは匂いのことについてはしらない。追跡を防ぐための偽装については、様々に施されたが、匂いのことについては、アルフォンスは本当に知らなかった。


「わかったよ。大人しくする」


「ありがとうございます」


「ここで待ってれば、ヒスイに会えるんだよね」


「そうです。少し時間がかかりますが、帰ってくることは保証します」


「じゃあ、待つことにするよ」


 ギンはやけに素直だ。


「あの、もしかしてこの街で待つつもりですか」


「もちろん、そうだ。他のどこで待てって言う?」


「いや、街の中にあなたのような魔物がいるのはまずいというか」


「探すなっていうのはまだいいけど、追い出すのは違うでしょ。

 さっき言ってた、ヒスイを殺したって話。半分はウソで、半分は本当なんじゃない? 事情は詳しくわからないけど、あんたからはヒスイの血の臭いがするもん」


「……否定はできませんね」


「そのうえで、もう一度言ってみて。わたしはどこで待てばいいんだっけ? ねぇ、アル?」


 今のアルフォンスは、ルナに借りがある。殺しかけた負い目もある。

 そのうえで、ルナの義理の姉妹を街から追い出すのは、あとでルナに何を言われるかわからない。


「というわけで、住むところ用意してよ。いい宿といい飯、あと暇潰しも。よろしくね!」


(このマモノ、ルナに似てますね……)


 アルフォンスは諦めの境地に至った。


読んでいただきありがとうございます!

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