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亡郷の月

 ◆


 銀色の長髪の女が、ミルデヴァの街に入った。

 街は活気というより、殺気に満ちている。


「思っていたのと違うな。魔術の街だと聞いていたのに、大らかさがない」


 魔術は自由をタットぶ。

 想像力には寛容さが必要だ。

 街自体の見た目は、遠目から見れば奇抜で、荘厳だ。しかし、そこに住む人々がこれでは、期待はできない。


「うち、道間違えたかな」


アネさん、本当にここにいるんですかい」


「いると思う。匂いがするし……。匂いが、街のあちこちからする。おかしいな……」


 銀髪の女に話しかけたのは、犬のように見える。

 毛の生えた皮膚に、大きく裂けた口。頭の上に付いた大きな耳。長い毛に覆われた尻尾がある。

 だが、体の形は人に近い。良く鍛えられた体に鎧を着込み、その力を活かすための斧を持っている。

 彼は魔人族デーモンだ。


「そこの二人、止まれ!」


 外壁門は開け放たれてはいるものの、今は人通りも少なかった。

 これだけの人が住む街であるのに、おかしなことだ。


「ほんと、大らかさがない。ほら、あんたが怪しい顔してるから」


「おれのせいですかい、姐さん⁉」


 二人は衛兵とゴーレムに取り囲まれた。


「デーモン……はいいとして、お前だ! そっちの女!」


 銀髪の女は、不思議そうに自分を指差す。

 女の方は少し目立つが、衛兵たちと同じメネル族と同じ見た目だ。

 露出が多い格好だが、公序良俗コウジョリョウゾクに反するとまでは言えない。格好で言うなら、魔術士の方がやばいやつが多い。

 衛兵たちは見た目だけで判断したわけではないことは明白だ。


「貴様、魔物だな! よくも正面からこの街に入ってきたものだ!」


「バレてるか。さすがは魔術学園のある街」


「やりますかい、姐さん」


 犬のデーモンは斧を手に取る。

 かなりの数の兵士たちに、魔術士と思われる者たちが混ざっていた。


「やらないよ、馬鹿。この数だよ。うちはともかく、あんた死ぬから」


「うぐ……」


 犬は泣きながら腕を降ろした。

 銀髪の女は両手を上げ、敵意はないことを示す。


「降参、降参! 戦う気はないから。人探しに来ただけ」


「人探し?」


「ここにヒスイって女がいるでしょ。そいつと会わせてもらえれば、何もしないから」


「ヒスイ? その女がいたとして、お前を街の中に入れると思うか」


「思わない。だから、ここで待つ」


 そう言うと、銀髪の女は門の真ん中で座り込む。


「マジすか。姐さん。ここで待つんすか⁉ せめて、どっかの茶屋とか……」


 銀髪は地面に座ったまま、手を振った。


「あんたは行ってきなよ。あたしはここで待つ」


「行かせるか! 弓兵、構え! 魔術士、爆破準備!」


「だから、行かないって言ってるんだけど」


 デーモンの男は慌てて武器を捨てて、銀髪の後ろに隠れる。


「ねぇ、話の分かる人を連れてきてよ。それとも本当にここでやる気?」


「撃て!」


 矢に火が灯り、弓が発射される。

 訓練により、矢は標的を囲むように放たれ、その周囲を破壊する。

 学園都市ミルデヴァの分厚い外壁。そこに開けられた門のためのトンネル状の通路は、長く頑丈で、魔術に耐える。多少壊れても、土の魔術ですぐに直せる。

 複数の爆発がトンネル内を埋め尽くす。ゴーレムたちが兵士を守り、兵士たちは魔術士をかばいながら、その背後に隠れる。

 普通ならば、爆風はこちらには届かないはずであった。


「なに⁉ 油断するな! まだ生きているぞ!」


 爆炎が収まる。


「無傷……⁉」


 女は通路の真ん中で座っていた。

 その拳から蒸気のような煙が上がっている。


「何の魔法だ……。第二射、構え!」


 隊長の指示に従い、兵士たちは次矢を番えた。


「ままま待ってくれ! おれは無傷じゃないから! この人みたいに、わざと攻撃を受ける趣味はない! だから攻撃しないで!」


「いや、別にそういう趣味とかじゃ……」


「撃……」


「待て‼ 攻撃中止! 中止ィ!」


 イデルだ。彼は小隊を任されている。

 アルフォンスの信頼が厚い彼は、衛兵たちの中でも実力を認められていた。


「イデル⁉ ここは俺の担当だ! 越権行為だぞ!」


「落ち着け……。あれは魔物じゃない! 精霊の類だ! 全員、死ぬことになるぞ!」


「精……」


「お前、ヒスイの匂いがするな」


 銀髪の女は、いつの間にかイデル目の前にいた。誰も反応できず、イデルは肩を両手で挟まれ、身動きを封じられる。

 同僚たちが剣を抜こうとするが、イデルを人質に取られたも同然だ。衛兵としては失格であるが、それでも動きはニブった。

 銀髪の女はイデルの匂いを入念に嗅ぐ。


「フンフンフン。ヒスイと寝た? 今どこにいる?」


「ね……? 違う。ヒスイというやつは知らない! だが、話のわかる人がもうすぐ来る。だから、大人しくしていてくれ……」


「……わかった。というか、始めからそのつもりだし。あんた、名前は?」


「イデル。イデル・ロッドだ」


「イデル! 短くていい名前。わたしはヒスイにはギンって呼ばれてた。よろしく」


 ◆


「ここが魔法学校……、じゃなくて、魔術学校か」


 ヴァルナ・ヴァルデ高等学園に案内されたギンと、犬の魔人ジーベルデンは、校内をイデルに案内される。


「けど、生徒も先生の気配もない。魔術士は夜に活動するの?」


「今、ヴァヴェル学園は封鎖されている。生徒はいないが、冒険者がいる」


「封鎖? なんか大変そうだね」


「この部屋です」


 イデルが止まる。

 廊下にはいくつもの扉が並んでおり、そのひとつの獅子の紋様が描かれた扉を指す。


「ここにヒスイがいる?」


「ヒスイという人はいない。けど、話の分かる人がいる」


「そっか。じゃあ、その人と話そう」


 ギンは躊躇タメラわず扉を開ける。

 中は広い空間が広がっていた。真っ白な壁に真っ白な床天井。

 その中央に人が立っている。イデルの服装に似ているが、少し豪華だ。

 イデルが進み出ると、二人を紹介してくれた。


「こちらの女性がギンさま、隣の男性がジーベルデンさまです。

 お二方、あちらの方は、クレイン・A・フォルスター子爵。この学園の魔導師でもあり、軍では大隊長も務められておられます」


 イデルは紹介を終えると、アルフォンスの隣に付く。


「あんたが話の分かる人?」


「どうでしょうか。話を聞く気はあります。クレイン・アルフォンス・フォルスターと申します。以後、お見知りおきを」


「長いよ……、何て呼べばいい?」


「あなたには、そうですね……。アルと呼んでもらえると嬉しいです、ギンさま」


「ギンでいいよ、アル。よろしく」


 ジーベルデンが恐る恐る訊ねる。


「あのー、フォルスターって、あのフォルスターですか? 処刑人の……」


「ご存じでしたか。デーモン族のあなたにまで名前が伝わっているとは光栄です。

 ただ、あまり好きなあだ名ではないのです。アルフォンスと呼んでください、ジーベルデンさま」


 ジーベルデンは目を回している。


(終わった……。傭兵として一旗揚げようなんて考えるから……。

 強い人についていけば、強いやつに会えるとは思ったけど、一番最初がこの国最強……。

 しかも、この部屋、いくら暴れてもいいように何も置いてない……。

 完全に殺す気だ……)


 腕っぷしに自信があったジーベルデンは、故郷を出た。だが、世間は思った以上に厳しく。自分の実力不足を思い知ることになる。

 ギンに助けられ、その実力に惚れて、旅のともに加えてもらった。

 だが、ギンの恐れ知らず、世間知らずに、閉口することになる。


「で、戦うの? 別にやってもいいけど。でも、あんたからはヒスイの匂いがするんだよねぇ。かなり濃く」


 アルフォンスは自分の匂いを嗅いでみる。


「匂いますか? しっかり洗濯したつもりでしたが……。

 話をするのではなかったのですか? 戦うつもり満々のようですけど」


 ギンは跳ねて準備運動を始めている。ジーベルデンは震えるしかない。


(ちょちょちょちょちょ! この人、ほんと、何やってんの⁉ いかれてんの⁉)


 ギンはニヤリと笑った。


「だってさぁ、あんた強そうなんだもん。それに戦わないとわからないこともあるからね」


「……門では爆破魔術を防いだとか。どのような魔法を使われるのですか? 魔術士……、というわけではなさそうですが」


「魔法? そうだね……。魔物だから魔法で動いているけど、別に門で魔法使ったつもりはないけど」


 ギンは腕の筋肉を伸ばす。


(魔法を使ってない? 魔物であることは否定しない……。本当にイデルの言うように精霊の類なのか? でも肉体はあるように見える……。竜変化か、魔王か……)


 イデルは敵ではないと伝令で伝えていた。だが、この混乱した時期に正面から現れた魔物が、魔王軍の一派でないとは言い切れない。


「少し戦いは待っていただけますか。イデルと相談したいので」


「え? まぁいいけど……。できれば一対一がいいんだけどなぁ」


 ギンはアルフォンスがイデルとともに戦うと思ったようである。


(イデル、本当にあれが精霊なのですか? どうしてわかるのです?)


(それは、その……、勘としか言えません。嫌な予感がして門に走って、ギンを見た瞬間にそう思ったとしか……。ただ、あのときの感覚に似ています。例の騒動のときの……)


 今、ヴァヴェル学園が封鎖されているのは、ヴェルデのアトリエの魔物の掃討と、その探索のとき起きた、人々の魔物化騒動の調査のためである。

 イデルは騒動のとき、人を守るために戦った。そして、そのとき魔法の力に覚醒している。そういった人物が多数いる。

 ただし、その後に調べても、魔法の力は確認できず、全くの謎のままであった。


(そう、ですか。手は出さないでください。少し手合わせして、満足してもらえれば、話を聞きやすくなるでしょう)


(わかりました。気を付けてください。相手は……)


(わかっています。魔物としての格だけ見れば、脅威度五以上。最悪の場合、この演習場の閉鎖をお願いします)


 ここはルナと訓練を行っていた演習場の一室だ。

 わざわざ街の中を通って、魔物をここに引き入れたのは、この空間ならば最悪の場合、閉じ込めることが可能だからである。

 今の街の中で、この魔物を暴れさせるわけにはいかない。かといって、街の外に行ってくれと言い聞かせても、素直に従ってもらえるとは思えない。


「イデル、ジーベルデンさまと出口で見学していてください。

 勝負は一対一をしましょう。

 あなたが負けたら、どうしますか」


「やった! 手加減しなくていいからね。本気出せそうな相手がいただけでも、この街に来た甲斐があるって!

 負けたら、あんたの言うこと、ひとつだけ何でも聞くよ。わたしが勝ったら、あんたがひとつ何でも言うことを聞く。それでいい?」


「何でもですか。良いですよ」


 ギンはジーベルデンの肩をバンバンと叩いて、子どものようにはしゃぐ。

 アルフォンスはルナとは似ても似つかないなと感じた。

 どうしてルナのこと思い浮かべたのか、理由はわからなかった。


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