痛覚
◆
今でも時々、夢に見る。
幸福な夢でもあり、悪夢でもある。概ね悪夢だと言っても差し支えはない。
夢の中にいるアルフォンスは、いつも強く、そして愚かである。
記憶にあるわけではないが、アルフォンスは馬小屋で生まれたらしい。母は高貴な生まれでもない。ただの厩番の娘でしかなかった。父と呼べる存在は居らず、貧しくひもじい生活であった。
それでも、母はアルフォンスを大切に育ててくれた。
碌な給金も与えられず、領主の息子に犯され、孕んでも認知はされているが、見向きもされない。
物心ついたころには、アルフォンスはその状況を、母よりも正しく認識していた。
母には学がなく、アルフォンスは彼女を愚かだと思っている。それでも、彼女はアルフォンスの母であった。
「アル、寒くない?」
「うん」
冬のフォルスター領は雪こそ降らないが、零下まで気温は下がる。アルフォンスと母はともに厩の中でともに眠った。
馬の体温と母の温もりだけが、アルフォンスの寄る辺である。
八歳になったころ、他の多くの腹違い・種違いの兄弟(あるいは従兄弟)たちと、釣りに出掛けたときがあった。魚や山菜でも取り、少しでも腹の足しにするのはいつものことである。
だが、その帰り。状況に変化があったことを知る。
「なんだろう」
一番上の兄が言った。厩に人が集まっている。騎馬に跨った兵士たちが、アルフォンスの母に何かを言っている。
「大人しく子どもを渡せ。痛い目を見たくなければな」
「待ってください! まだ八つなんです! それに他の子よりも体も小さいし……。試練に耐えられるような……」
「黙れ! 命令だ!」
母は愚かだ。逆らうべきではないのだ。どんな理不尽も受け入れるしかない。それが長生きをするコツである。
母はアルフォンスの姿に気付くと、兵士の馬の手綱を引く。
「アル! 逃げなさい!」
「貴様!」
何が起こっているかはわからないが、アルフォンスたちはその言葉で逃げ出した。母が兵士の剣に斬られるのを背越しに見る。
涙が流れる。母は愚かだ。
それ以来、母とは会えていない。彼女は死んだのだろう。死体とすら会うことは叶わなかった。
ただ、彼女から溢れ出た真っ赤な血が、アルフォンスの脳裏に焼き付いて離れなかった。
◆
子どもの脚で騎馬から逃げられるはずもない。
アルフォンスたちを含めた兄弟たちは全員捕まり、一ヵ所に集められることになる。
同時期に生まれた多くの兄弟姉妹たちが、一ヵ所に集められる。顔も知らない兄弟たちだ。
光が入り込む洞窟の入り口には、複数の兵士が武器を構えて、脱走を阻んでいた。
四十名ほどの子どもを前に、ひとりの兵士が言う。
「お前たちには、試練を受けてもらう。この洞窟の奥にある、魔石を持ち帰った者は、フォルスター一族として迎えられる。この試験を受けられることを光栄に思うが良い」
アルフォンスはどうでもいいことだと感じた。
「突然連れて来られて、試練を受けろだと? 俺はお前たちの主の息子だぞ! ふざけているのか⁉」
兄弟の中では最も年長である少年が、兵士たちに向かって言う。彼の身なりはアルフォンスとは違い、それなりの服装である。
「主? そうか。だったら、俺はお前の叔父か大叔父だろうな。
この中には、俺の子どももいるだろう。だが、全員平等に試練は受けてもらう。
生き残れば、俺のように兵士として雇ってもらえるかもな」
血縁だと言われ、年長の少年は黙る。
「さぁ。好きな武器を取るがいい。死にたくなければな」
別の少女が叫ぶ。
「待ってください! 理由は⁉ 理由は何なのですか。いきなりこんなところに連れて来られて、殺し合いでもしろっていうんですか」
「ん? なんだ。ああ、そうか。今回は貧民出身が多いのだったな。いいだろう。知りたいなら教えておいてやる。
七年に一度、フォルスターの血を引く子どもたちを集め、この試練を受けさせる。血族の中の、魔法を受け継ぐ者を選定するためだ。
この洞窟の奥には、光の一切を遮断する闇の魔法がかかっている。
その闇の先を見通すには、星読としての魔法に目覚める必要がある。
せいぜい頑張って、その魔法に目覚めることだ」
「目覚めなければどうなるのですか」
「魔物に殺されるだけだ。
生き延びたいならば、命懸けで星読を守ることだ。俺が生き残ったようにな」
魔法は、血によって受け継がれる。
フォルスター家は代々、その魔法を持つ者のみが家名を継ぐ。
『星読』
未来を見通す魔法。
フォルスター家はその力を持って、このルトロネル王国の建国に携わった。
今代の当主も、この試練を受け、魔石を持ち帰った。
だが、星読としての力があるかどうかは、疑問が残る。
混じった別の血によって、既にフォルスターの血筋は絶たれていた。
そのために国の中枢からは離され、準子爵の地位まで落とされている。
(それがなんだって言うんだ。どうでもいい……)
アルフォンスは無気力に時間が過ぎるのを待っていた。
だが、アルフォンスの生来の性質か、情報は頭の中に入ってくる。
兵士たちに刃を突き付けられながら、武器を持たされる。
アルフォンスは子どもたちの中でも、もっとも体が小さかった。持てる得物も小さなナイフだけである。
洞窟の奥には、金属の格子が嵌められており、そこから先は何も見えない。
血は絶たれ、それでもこの試練は、繰り返されている。
過去の栄光のため、儀式的習慣のため、快楽のため。
暗い、暗い、闇が広がっていた。
悲鳴が、子どもたちの悲鳴が、洞窟内に響き渡る。
その試練で生き残ったのは、アルフォンスだけであった。
◆
アルフォンスは目を開けた。
「ロートベット、状況は」
開口一番、それである。アルフォンスを付きっ切りで治療していたロートベットは。呆れるしかない。
「あなた、鎮静剤を自分で浄化したわね。痛みでショック死する気?」
「問題ありません。痛覚は遮断しています」
「それが問題あるって言うのだけど……」
この常識外れの弟弟子には、使う情緒が勿体ないと諦めている。
「あなたが病院に運び込まれてから、十七時間が経過している。
事態は沈静化。街には戒厳令。ヴァヴェル学園は閉鎖。
負傷者多数。死傷者ゼロ。今のところはね。
アルフォンス、どこまで覚えている?」
アルフォンスは身動きできない体に、少しだけ痛みを戻して、意識を覚醒させる。
「……学園で生徒たちに襲われ、その鎮圧に当たっていました。
ロバルト君と協力して……。そこから先は……」
「ロバルト・ソリアーダンね。あの子に礼を言っておきなさい。
ここに運び込まれる途中で、あなた心臓が止まっていて、ロバルトが雷の魔術で何とか心臓を動かしている状態だった。
初めての経験だったはずなのに、上手くやっていた。良い弟子を持ったね」
ロバルトは別に弟子というわけではないが、否定はしなかった。
「何が起こったのか、教えてください」
「私が聞きたいくらいだ。イルヴァという子に話を聞いたけど、あなたがアトリエ内に入って、ルナ・ヴェルデを攻撃したみたい。
ルナ・ヴェルデはあなたの正気を取り戻すために、相当粘ったみたい。けど、最後には力尽きた。
ルナはあなたに攻撃はしなかったみたいね。あなたの怪我はあなたを乗っ取った魔物が、体を無理矢理に使ったから」
その言葉を聞き、アルフォンスは心拍数が跳ね上がる。それを制御し、アルフォンスは冷静に質問した。
「ルナ君は無事なのですか」
「……無事とは言えない。左前腕欠損。治癒魔術で魔力をほとんど使い切っていて、意識不明の重体。
自身の治癒魔術で治療はしてあったけど、生命力が尽きている。死ぬのは時間の問題ね」
アルフォンスは体を起こそうとするが、ロートベットに押さえられる。
彼女は軍人とはいえ、アルフォンスを力で押さえつけられる程の腕力はない。それなのにアルフォンスは全く抵抗できなかった。
「まずあなたは魔力を回復しなさい。今の状態で動けば、本当に死ぬわ」
「……本当に、僕がルナ君を?」
「アルフォンスが記憶まで失くすほどか……、相当な魔法ね。こんな事態を起こすほどだから、当たり前か」
アルフォンスは歯を食いしばった。
「あのときとは違う。今回はあなたは誰も殺していないし、あなたの意志でもない」
ロートベットはアルフォンスの額を指で突く。
「今のあなたにできることは何もない。私にも何もできない。あとは彼女の生きる意思次第。あなたは自分のことだけを考えなさい」
その日、アルフォンスは驚異的な回復力を見せ、事件からたったの二日で立ち上がって見せた。
焼き切れた指、潰れた目、折れた骨を、ほとんど治して見せる。
ロートベットを含め、他の治癒魔術師や看護師が、目を回すほどの回復力である。
実際には完治したわけでなく、紐の魔術によって、筋肉と皮膚の再現をしただけだが、普段と同じように動くことはできる。
師であるオドの、自分自身を再現する魔術と同じものだ。
だが、アルフォンスが立ち上がるその前に、ルナ死亡の報は耳に届いていた。
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