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塔の上で

 ◆


 アルフォンスが落下していく。

 彼らしくもない弱った姿だ。

 オルシアが風の魔術で彼を支えると、ロバルトがなんとかアルフォンスの手を取り、空中で受け止めた。

 アルフォンスは全身から血を流し、生きているかも怪しい状況である。すぐにでも治療を受ける必要がある。


「……っ。オレは先生を病院に連れて行く。オルシアはルナたちの助けてくれ!」


「……うん。わかった」


 ロバルトは雷を纏いながら、ゆっくりと地面に向かった。

 下手にアルフォンスに衝撃を与えれば、それだけで死に至りそうである。

 磁力を生み出し、絶妙なコントロールでアルフォンスを支えながら降下していく。

 突然、その力が失われ、落下していく。


「ウソだろ。今かよ……‼」


 使っていた力がどこから湧いてきたものなのかわからないが、鍛冶場の馬鹿力みたいなものだと理解していた。

 その力のおかげで、落下の速度を緩やかにできていたのだ。

 さらにとてつもない疲労感も覚え、アルフォンスの体重を支えられないどころか、自身の体すら支えられない。

 自由落下の最高加速度に到達する前に、翼の生えた石像に服を掴まれる。

 二体の石像はロバルトとアルフォンスを支え、アトリエの出入り口付近に着地した。


「助かりました、オド学園長」


 幼い少女のようなオドが、出入り口に立っていた。飛行ゴーレムを使って、二人を助けたのである。


「ロバルト、少し休んでな。アル、アルフォンス!」


 学園内での騒動で、オドはゴーレムを総動員して生徒たちの安全を確保していた。

 その結果、アトリエ内で起きていることに気が付くのが遅れてしまった。


(くそ。やっぱり、あたし自身で中を探るべきだった。余計な横槍がなければ……)


 魔術協会と冒険者商会。貴族同士のゴタゴタ。

 何とか冒険者や魔術士が協力的なうちに、生徒や魔導師を送り込むことで、アトリエ探索の前例を作ろうとした。

 そうして新たな学習の場の確保をしようと考えていたのに、これでは逆効果になりかねない。

 自分の見通しが甘かったことを呪う。

 アトリエ内で起きたことと、外の騒動が同一の原因かはわからないが、同時に起きたことは問題だ。

 オドは乱雑に頬を叩く。ロバルトは止めた方が良いのか、右往左往していた。

 アルフォンスは呻きながら、薄っすらと片目を開けた。


「リンドー先生……?」


「ヘマをしたね、アルフォンス。魔術を使い過ぎて、治癒魔術も効かなくなってる。

 絶対に気を失うんじゃない。寝たらそのまま目覚めないよ!」


 アルフォンスはそう言われ、つらそうに小さく頷く。

 オドは気にせず、ゴーレムでアルフォンスの襟首を掴んで引き摺っていく。


「ロバルト! あんたはアルフォンスと一緒に病院に行きな。絶対にアルフォンスを寝かせないようにしなよ。ずっと声をかけ続けるんだ」


 有無を言わさない口調だったが、ロバルトは迷った。


「でも、まだオルシアたちが……」


「だから、あたしが行くんだろうが。アルを死なせるんじゃないよ」


 少しオドの声が怒気を孕んだので、ロバルトは頷くしかない。


「……オルシアは塔の方へ向かいました。多分、感知魔術でルナたちの居場所がわかってます」


「そうかい。わかったよ」


 アルフォンスを運ぶゴーレムに、なんとかついていく。全身が鈍痛に見舞われ、体が強張っているので、おかしな歩き方になっている。

 二人がアトリエの外に出るのを確認すると、オドは懐から小さな人形を取り出した。人形はどこかオドに似ている。

 それを投げると、手を合わせる。


「特別製ゴーレム、この扉を死守しなさい。前のゴーレムみたいにヘマしないようにね」


 人形が大きくなっていき、オドと瓜二つの形になる。


「あたしはここを守る」


 二人目のオドがそう言うと、もうひとりのオドは頷き、空中へと身を躍らせた。


 ◆


 半壊した塔の天辺で、カンナとイルヴァは、ロバルトがアルフォンスを受け止めるのを見ていた。

 イルヴァはその様子を見て、大きく息を吐く。


「よかっ……たぁ」


 イルヴァが胸を撫で下ろしたのも束の間、イルヴァは尻餅を付く。


「痛!」


「グヘ!」


 イルヴァの尻の下に、カンナが伸びていた。

 カンナの身体は元の大きさにまで戻っており、とても人を背中に乗せることなどできそうにない。

 イルヴァは慌てて尻を上げる。


「カンナ! 大丈夫?」


「死んだ……」


 カンナは目を回しているが、無事なようだ。

 イルヴァは振り返り、意識を失っているルナを見た。眠るように肩を上下させているので、こちらも無事なようだ。

 イルヴァは自分のケインとなったリラを見た。


(お母さんのリラにそっくり……。そうだった。お母さんのリラ。質屋から取り戻さないと……)


 イルヴァは状況を確認する。

 敵は倒したが、まだアトリエの中だ。

 魔物はいるし、ここはそのアトリエの中央だと思われる。カンナはともかく、ルナを連れて帰るのは、今のイルヴァの魔力では難しそうだ。


「大人しく迎えを待つかな……」


 イルヴァは丁度良さそうな瓦礫ガレキに腰掛けようとするが、そこにオルシアが降り立つ。


「オルシア! よかった……、ひとりだと不安で……。いえ、あなたがいれば飛んで帰れるよね!」


「…………」


 降り立ったオルシアが顔を上げた。彼女は倒れているルナを見た後、イルヴァに視線を向ける。

 なぜかその表情が強張っている。


【イルヴァを殺せば、お前がルナを救ったことにできる。ルナを自分のものにできる。殺せ。お前は指先ひとつ振るだけだ】


 その声がずっと耳の中で鳴っている。

 目の奥がチカチカと輝き、自分が何をしているのかわからなくなる。


「オルシア?」


 オルシアは手を上げ、それをイルヴァに向ける。その直後、背後で爆発が起き、オルシアは振り向いた。


「これか。どういう魔物なの?」


 オドがオルシアの耳から、長いものを指で引き抜く。

 それを摘まみ上げて小瓶の中に収め、呪文を唱えた。


「我、小さき迷宮メイキュウアルジしきものを迷わす者(ナリ)。魔をマドわせ、力を封じ、不死シナズのものにアタえん」


 その詠唱が終わると、空間が一瞬拡張し、瓶を中心に空気が流れ込む。

 どこからともなく現れた栓が、瓶の密閉する。

 瓶の中には、小さな小さな蛇がいた。ただし、片目が潰れ、鱗ががれ、息も絶え絶えといった様子である。

 蛇はガラス越しにオドと目が合うと、小牙を剥き出して威嚇した。


「これがアルまで操っていたとは思えないけれど……。ま、いいわ。

 オルシア、あんたは少し心を鍛えなさい。こんなことじゃ、一人前イチニンマエになれないよ」


 オルシアは全てを見透かされているような気がして、ウツムいた。


「はい……」


「さて。イルヴァ、怪我は?」


「え、えと。軽傷です。魔力切れですけど」


「よろしい」


 オドはあっという間に場を支配してしまった。


「ルナの腕は持っているかい?」


「いえ。多分、あの森の中です」


 イルヴァが指差した先は、天井である。

 塔から見ると逆さまに生えた森が、一面を覆っていた。

 たった二人の魔術士が、あれだけの創造と破壊をやったとは思えない光景である。

 アトリエ外で二人が戦っていたなら、街は半壊していた。


(不幸中の幸いか……)


 オドはルナの怪我を見る。ほとんどの無傷に近いが、腕だけが欠損している。

 切断部位が残っていれば繋げ直すことができたが仕方がない。


「あれか……。あそこから探し出すのは難しいね」


 オルシアは腕と言われて何のことかと思ったが、ルナの様子を見て、口元を覆った。

 左腕が失くなっている。

 傷口は塞がり、失ってから何年も経っているように見えるが、つい今朝まではそこにあったものがない。


「ルナちゃん……、そんな……」


 治癒魔術でも、完全に失われたものを治すことは難しい。大きな欠損を完全に治すには、何年も何十年も時間がかかる。


「……二人を運ぶよ。オルシアはまだ元気があるなら手伝いな」


「……はい」


 動揺するオルシアをなだめる。

 オドは翼のあるゴーレムを作り出すと、ルナとイルヴァを抱えた。

 オルシアはカンナを抱き上げると、風の力でゴーレムの翼に風を送る。

 四人と一匹はようやく帰路に就くことができた。


読んでいただきありがとうございます!

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