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 ◆


「テラ、ダー・ミッヒ・フォルマ・トゥアム!」


 ルナは自分が変身するときの呪文を、アンを対象に使った。だが、やはりそんな単純なことでは、衣装は創られない。

 ルナは一瞬だけ息をつき、意識を集中する。

 この空間では、ルナの魔術は弱くなる。

 オリエンスの結界魔術の影響だと思っていたが、あの魔神の力なのかも知れない。ルナ自身は、ここではこの呪文では変身できなかった。

 その代わり、余分な力が働かない分、細かな力を使うことができた。

 カンナを生み出したように、繊細に精密に、アルフォンスのように。

 糸がアンの体を包んでいく。それが編まれ、布のとなり、彼女の魔装をイメージする。

 確かな手応えがある。アンの心臓の高鳴りとともに、自分の物とは違う魔力を感じた。

 彼女の中に眠る魔力が、呼び起こされる。


「テール、ドンヌ・モワ・タ・フォルム」


 アンがそう唱えると、力が収束し、ひとつの形となっていく。

 光が少女を包む。だが、それは元の力ではない。

 天空に大きな暗い穴を穿ウガつ。それは不吉の兆しである。蝕まれた輝きを、人々は恐れる。

 ルナやアンにとっても、同じ意味を持つ。


「アン……?」


 ルナの魔力をマキとして、黒い炎がアンを包んだ。だが、それは身を焼くことはなく、アンの体を優しく温める。

 白をイメージしていたはずの魔装は、黒く染まっていく。


「…………」


 ルナの魔力が、アンの中に眠る黒炎を呼び起こす。

 黒炎の光が落ち着くと、新たな姿のアナスタシアがそこにいた。


「アナスタシア……」


 ルナは呼びかける。

 アンの魔装は白かったはずだが、今の魔装は黒と金を基調し、神聖さの中に力強さを感じさせる。

 ドレスのような鎧は以前と同じ形だが、その性質は別のものだと雰囲気で物語る。

 見開いたアンの左目の輝きが増していた。彼女は自分の姿を確かめると、その目でルナを見つめる。


「ありがとう、ルナ。これがあなたの本当の力なんだね」


「え? う、うん。ええと……。想像以上に効果的だったみたいだけど……」


 それはアンにとっても、ルナにとっても、予想外の反応であった。二人の力だけでなく、黒炎という未知の力が合わさることで、新たな力が生まれたのだ。

 予想外だったのは二人だけではない。

 魔神アドストリスにも変化が生じた。

 執着をツカサドる魔神は、二人の使徒を手中に収めて満足していた。

 ひとりは力を失い、ひとりは力を封印されている。

 あとは、この場所、無限の時間の中で、ゆっくりと咀嚼ソシャクしていけば良いだけだ。

 だが、太陽の使徒アナスタシアが、何らかの力に目覚めたのを感じたのだ。それは悠久の時間を生き、多くの次元を渡り歩いた魔神にも、未知の力であった。

 アドストリスは無数の頭を少女たちに向ける。

 蛇の頭のようにも、人の顔のようにも見えるそれは、彼女の感覚器であり、触腕ショクワンであり、口吻コウフンでもある。


「どうやら、大人しく倒されてくれるわけじゃないみたいね」


 ルナが巨大な瞳を見上げると、アンも空を見る。

 アンは握られた手を離し、剣の柄に手をかけた。ひと息に引き抜くと、その刃は黒い炎を宿している。


「ずっと疑問だった。私がこの世界に来たのは、どんな理由があるのか。

 今、このときが、私の生きた理由なんだ……。

 アドストリス、ここで決着をつけよう!」


 アンの背中に黒い翼が生える。ルナはその姿に戦慄センリツする。

 その姿はルナの世界を滅ぼした魔神の姿に似ていた。


「ま、待って、アナスタシア! 何か嫌な予感がする……!」


 だが、アンは駆け出し、空へと飛び上がる。


「大丈夫、ルナ。今なら負ける気がしない!」


 その動きにアドストリスも反応し、無数の巨大な蛇の首が、渦巻くようにアンに襲いかかる。

 黒剣が一閃。蛇の頭が切り落とされる。

 巨大な頭がルナの近くに落ち、衝撃で足元が揺れるが、ルナは空を見上げたまま、戦いを見守った。


「アナスタシア……」


 今のルナには見守ることしかできない。

 アドストリスは全身を使い、アンを取り囲み、磨り潰そうと試みるが、アンの黒炎の刃はそれを許さない。爆発するような斬撃が、全ての頭を刻む。

 アンの魔力で作りだされた分身たちが、畳みかける追撃を仕掛ける。彼女の魔法は、この大量の蛇の頭と戦うための力だった。

 大量の頭と、鱗、体液が、白亜の街を汚し、崩壊させていく。それと同時に、夜明けのような光が、辺りを照らしていく。

 神話の一節のような光景に、ルナは涙を流した。

 それは感動したわけではない。遅すぎた(・・・・)からである。

 アンも泣いていた。その気持ちがルナの中にも伝わってくる。

 刃が魔神の瞳を斬り裂く。

 黒炎が溢れる硝子体ショウシタイまでを焼き尽くした。

 蛇の頭を切り落とされても気にしていないアドストリスが、その傷には強く反応する。

 全身でモダえ、アンを拒絶しようとしていた。

 その隙にアンは最後の一撃を加える準備を終える。


「アドストリス……。そんなに私が欲しいなら、喰らいなさい! この黒炎ごと!」


 アカツキのアナスタシアは、荒れ狂う十の光をひとつに束ね、巨大な剣を創り出す。


「あなたとの因縁は、ここまで。この世界にも、ルナにも手出しさせない」


 アンは剣を大上段に構え、悶えるアドストリスを見つめた。


「エペ・セレスト・トランシュプリュム‼」


 呪文が空間に浸透し、剣がより鋭さを増す。アンが剣を振り下ろすと、それはアトリエの空間ごと、それを形作る古代魔術を斬り裂き、魔神の体を分断し、焼き尽くす。

 光芒一閃コウボウイッセン

 黒と白の混ざり合った剣が、魔神アドストリスの身体を斬り裂く。破滅的な一撃は、空間ごと全てを引き裂いていく。

 時間の流れが違う場所と繋がり、全ての物体が力の弱い方へと流れ出る。

 アドストリスの体も塵となりながら、外へと吸い出されていく。

 アンだけはその力に負けることはなく、魔神の体が燃え尽きるのを見届ける。

 その巨眼の中に、小さな蛇がいた。

 それは黒炎に燃え尽くされながらも、アンを睨んでいる。


【アナスタシア】


 蛇の声が聞こえた。ルナにまで届くはずがないのに、その声は耳元で囁くように聞こえた。


【アナスタシア。お前はわかっていない。私がどんな存在なのか。自分の存在がどんなものなのか。知りたいはずだ。私を殺せば、何もかもが失われることになるぞ】


 アンは目を細める。


「今更、お前の不必要な選択肢に乗ったりはしない。

 ……消えて。もう二度と、あなたと会うことはない」


 蛇はのた打ちながら、灰となり消えた。

 アンの前世からの因縁は断ち切られ、彼女のストーリーは終わる。

 アトリエは崩壊していき、ルナの体もその圧力に負けて、浮き上がる。

 アンの魔力も尽き、魔装が光となって消える。だが、彼女は重力に負けるように落下した。

 ルナは空中で手を伸ばす。


「アナスタシア!」


 アンに手に触れた。だが、手応えはない。

 擦れ違い、アンは下へ、ルナは上へ。

 アンと一瞬だけ目が合った。彼女は微笑んでいた。その目に光はなかった。

 ルナの体は浮き上がる流れに逆らえず、上へと落ちていく。


 ◆


 そこは先遣調査隊がいたアトリエだ。

 ルナの体は、巨大な円筒の空間の真ん中に投げ出される。

 上下に地面が見える。

 重力がどちら向きに働くのかわからない。それでもルナは落下した。

 落下しながら、魔力が戻ってくるのを感じる。

 白亜の街には、緑が生い茂る場所があり、ルナはその方向に軌道を変えると、植物を操ってクッションに変えた。

 柔らかな草の中に落ちると、衝撃はほとんど感じずに着地することに成功する。

 遠くの天井近くに、調査隊が目指していた塔が見える。どうやら、ルナは出入り口の反対側の天井にいるようである。当然ながら近くには調査隊は見えない。


「アン……? そんな、そんなわけ……」


 草の中から飛び出ると、アンの姿を探す。

 この辺りには魔物もいるはずである。不用意には動くわけにはいかないことを思い出す。

 何かが落下し、土煙を上げて、建物が崩壊する。

 ルナは魔物が来たと思い、いつでも魔術を使えるように準備した。

 土煙の中から、顔が半分闇に覆われた人物が現れる。

 一瞬、オリエンスかと思った。だが、その服装が違っている。

 軍服だ。長い脚に、引き締まった体を持つそれは、ルナには良く見覚えがある。

 顔の左半分だけが星空となったそれと目が合う。


「アル……先生?」


 殺意の乗った糸が、空間に張り巡らされる。


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