執着の天使
◆
流星群が夜空に落ちる。落ちる、は語弊あるようだ。登り、渦巻き、複雑な星空を描いている。それが夜空ではなく、蠢く蛇の鱗であると理解するのに、時間はかからなかった。
真っ黒な鱗に、斑に輝く白い点が描かれ、それがうねることで瞬く星空を形成している。
ここはルナがカンナとともに過ごした、別の白亜の街だ。
以前のように空には街はなく、蠢く流星が空間を埋めており、今は夜のように暗くなってはいる。それでも、嫌というほど見覚えがある。
「綺麗……」
それは依然見たあの正体不明の魔物だとわかってはいるが、ルナは純粋にそう思う。その流れる美しい模様の中にひと際明るい星を見つけ、ルナは足を踏み出そうとした。
肩に手を置かれる。
「ルナ」
呼びかけられ、隣にアンが立っていることにようやく気が付く。
辺りに他の調査隊は見当たらない。状況は良くわからないが、ルナはアンを巻き込んでしまったのだと思った。
「ごめん、ルナ。あなたを巻き込んでしまった」
だが、先に謝ったのはアンの方である。
「どうしてあなたが謝るの?」
この空間に転移したのが、オリエンスの力であるなら、謝るのはルナの方だ。
アンは悲しそうに首を振った。
「私は一度死に、この世界にきた。執着の神・アドストリスに追われて」
アンが指差す先に、蠢く蛇たちの中心。ひと際輝く星。そこに巨大な瞳孔が開いている。
ルナたちと目が合い、ニヤリと笑ったように見えた。ただ、襲ってくる気配はない。ルナとアンをこの空間に閉じ込めたことに、満足しているようにも見える。
「じゃあ、これが、あなたの世界にいた魔神なんだね」
「魔神……。そうなのかもしれない。アドストリスは蛇の姿で現れ、耳元で囁いて、人々を操る。あなたの世界にいた怪人たちと似たところがある。
あの輝く模様は、アドストリスが喰った人の、命の輝き。あの中に私の……」
昔を思い出すように遠い目をした。アンは語らなかったが、彼女にもルナと同じように、兄弟たちがいたのかもしれない。
「奴はしつこい……。とにかく、しつこい。私がこの世界に来たことで、奴を呼び寄せてしまったのなら……、今この場で、決着をつけるしかない」
アンの左目に宿る炎が燃え上がる。それは皮肉にも、アドストリスの鱗の輝きに似ている。
アンの魔法は失われており、今はただの人間だ。黒炎の影響は、まだ彼女を蝕み続けている。どういうわけかはわからないが、その魔力が燃え尽きる香りに、アドストリスは引き寄せられていた。
今の状況で魔神に勝てる道理はない。それでも彼女は剣を握り締めた。その選択肢しか残されていないかのように。
アドストリスは選択肢を囁く。太古の昔に知恵を授けたように、それをさも自分が選んだかのように錯覚させる。執着と嫉妬と知恵の魔神。
アンは奇跡を期待していた。今までがそうであったように。この世界に偶然生まれ落ちたのと同様に、自分の中にアドストリスを倒せる力が湧いてくるのを期待した。
彼女が一歩進み出る。その手を掴み、ルナはアンを止める。
「試してみたいことがあるの」
だが、今はルナがともにいる。
ルナは言うと、もう一方の手も差し出した。
「何を?」
アンはその手を掴んだ。
「私がこの世界に来たとき、とても不思議だったことがあるの。前の世界とは比べ物にならないくらいの魔力が、魔法が、この世界には溢れている。
でも、変身を解除すると、それがスッと……、蓋が閉められたみたいに、魔力が落ち着いて、変身すると想像以上の力が引き出せる。
授業で言っていた『想像の力』が、この世界の法則では、とても強く働いているんだと思う。自分のイメージが強く影響を与えるんだよ」
それが何だと言うのだろうか。アンは目を細めた。
「それは自分も感じていた。でも、今の私には変身することもできない」
「うん。でも私は、自分の力で変身する必要はないじゃないかって思ってる。
魔術士の人たちが、自分独自の衣装をいつも着てるみたいに、私の力でアンの衣装を作ってみれば、力が取り戻せるんじゃないかって」
アンはその発想に驚き、呆れるような声を出す。
「そんな単純なことで……」
「ものは試しだし、やってみてもいい? アンの魔装は壊れてたけど、形は覚えてるよ」
アンは本気かと目で訴えるが、ルナは真剣だ。というか、どうしてこの状況でもこんなに能天気にしていられるのか不思議である。外では何が起きているかわからない。早く脱出し、調査隊を守らなければならないとアンは考えているのである。
その思いを感じ取ったのか、ルナは少し笑った。
「この空間、時間の流れがおかしいんだよ。私たちがここで何十分過ごしても、外では数分も過ぎてないと思う。肌でそう感じる。だから、少しくらい試す時間はあるって」
確かにアンも違和感を覚えてはいた。具体的に時間の流れがおかしいとはわからなかったが、ルナに言われ腑に落ちるところはあった。
「わかった。やってみて欲しい」
アンが覚悟を決めると、ルナは指先から糸を作り出した。
◆
衛兵イデルは街中を駆け回る。
自身の中に湧き上がってくる力がどんなものなのかは理解できないが、この異変に対処するには必要なものであることは確かだ。誰かの魔術だと思うことにした。
同僚であるキノと目配せをして、別れて対処に当たった。彼女にも不思議な力が湧いてくるらしく、瞳に星の輝きが見える。
他の同僚たちにも、同じような現象が起きているようだ。特に女兵たちに多い。街人たちも暴れる者もいれば、瞳に輝きを宿す者もいる。それらの人々とは目を交わすだけで、何となくだが意思疎通ができた。それを驚くことなく受け入れられる自分がいることにも、なぜか驚きはない。
「私は孤児院の様子を見てくる! お前たちは暴れている者を取り押さえていけ! 敵と味方を間違えるなよ!」
自分の分隊にそう命令を出す。隊員たちが了承するのを見届けると、イデルは凄まじい速さで駆け出した。他の隊員たちには、瞳に不思議な輝きはない。その動きについてくることは難しい。
この行動は公務であるとも言えるし、私事であるとも言える。
イデルは、ロウリとセラの後見人である。アルフォンスに任され、二人を孤児院に入れた。自分の家庭があれば養子に向かえることもできただろうが、今は宿舎暮らしだ。
そのロウリが真っ白な毛皮の大きな獣に跨り、恐ろしい姿で浮かぶ少女と向かい合っている。その少女がセラだと言うことは、すぐにわかった。
イデルは跳び上がり、ロウリを襲おうとする目には見えない巨大な腕を、剣で払い除ける。
「ロウリ、無事か」
「イデルさん!」
ロウリが少し安心したような表情をするので、イデルも少し安心した。
イデルはすぐに気を引締め、不気味な闇に覆われたセラの顔を見つめる。
「カンナ、何がどうなっているかわかるか」
白い獣はカンナとは似ていない。それでも、ルナの使い魔のカンナだとわかる。
「知らん! だが、ルナの方で何かあったようだ」
「そうか。セラを取り押さえる。手伝え」
「言われなくても、やるっての!」
イデルは剣を構え、セラに向かう。
セラの髪の毛がさらに逆立ち、イデルは攻撃が来るのを察知した。足場の悪い屋根の上を、見えない腕を躱しながら駆ける。
イデルは魔術士ではない。魔術学園都市に暮らす者として、多少細かな魔術は使えるが、それは独学のもので正式に習ったものではない。
思いもよらない自分自身の身軽さに、奥底から湧き上がるような歓喜が、精神を支配しようとする。同時に、この力は借り物であると理解できるほど、心は冷静である。
「セラ! 正気に戻れ!」
イデルが呼びかけると、セラはさらに激しく見えない手を振るう。屋根瓦が弾け、煙突や窓が破壊される。
目に見えず厄介であるが、なぜかイデルにはそれが感じ取れる。空気の流れ、セラの挙動。それらの情報がイデルの中で統合され、全身でその危機を察知できた。
セラの攻撃が全てイデルに向いたとき、カンナの巨体がセラの背後を取った。ロウリがセラを後ろから抱きしめる。
「セラ!」
身動きできなくなったセラが、幼い少女とは思えない力で暴れる。だが、それよりもロウリの力の方が上回る。
「セラ……! オレはここにいる! ずっと一緒にいる! だから戻って……、元のセラに戻ってくれ!」
セラの顔を覆う闇が、強さを増していく。その闇を払うように、ロウリの体を包む光も増していき、二人を包んだ。
「……」
「わかってる。わかってるよ。嫌いになったりしないから……」
ゆっくりとその光が静まっていくと、セラの顔からは闇が消えており、ロウリの光もなくなっていた。
落ちていく二人をカンナが背中で受け止める。
セラは声を出さずに、ロウリの腕に縋り、泣いていた。
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