眷属饗宴
◆
レイニーの張ったドーム状の防壁が、イヴィルアイの質量を受け止める。
直径だけでも10メートルは超える、巨大な個体だった。即席で作り出した防御魔術で耐えられるものではない。ルナはドームの中央に一本の木で柱を作り出し、そこから枝を伸ばして垂木として、レイニーの負担を減らした。
「ルナちゃん! このまま押し返す! 手伝って!」
「わかりました!」
レイニーの魔力が高まるのを感じ取り、ルナはそれに合わせて木を成長させる。ドームに巻き付き、破壊しようとしていたイヴィルアイの巨体が、今度は上空へと投げ返された。
「クロ!」
レイニーの言葉に、クロムレフが中杖を振るう。先端から放たれた煌きが、イヴィルアイの目玉に直撃すると炸裂し、上空に魔物の破片が飛び散る。
火と土を混ぜた爆破魔術は、近距離では使用できないというデメリットはあるが、破壊力だけならば攻撃魔術の中でも随一だ。
バラバラと降り注ぐ魔物の部品を無視し、ルナは冒険者に支持を出す。
「噛まれた人をなるべく動かさないで! 私が治療します!」
その声に従い、アダリスも指示を出す。
「ルナの指示に従え! 動ける者は周囲の警戒! 蛇がまだ近くにいる。荷物の中も気を付けるんだ」
毒で動けないのはイルヴァの他に二人。黒曜戦団のグレンとエドマンである。
どちらも学生たちを庇ったことで、地面から飛び上がる蛇を捌き切れずに噛まれたのだ。
ルナはイルヴァから治療した。贔屓をしたわけではなく、体が小さいものから優先する。
(即効性の麻痺……。石化の呪い!)
イルヴァは眼球すら動かすのが難しいようである。このままではすぐに呼吸困難に陥り、石のように肉体を硬直させて死亡する。
「ヴィクトル、ルシオ! みんなの傷口から毒を吸い出して! 口の中、切ってないよね⁉」
名指しされた二人は比較的近くにいただけだ。
「切ってないが……」
「吸うのか? 毒を?」
説明している時間はない。ルナはイルヴァの腕に穿たれた穴に口を当て、血と一緒に毒を吸い出し、吐き捨てる。
その様子を見て、ルシオとヴィクトルも真似してそれぞれ毒を吸い出して捨てた。これで少しは石化の進行を遅らせられる。
「二人をイルヴァの横に並べて」
ルナはイルヴァを中心に、魔力の糸を広げる。ルシオとヴィクトルは、いそいそとエドマンとグレンを運んでくる。二人の体が硬直を始めているので、少し慎重である。
三人を治癒魔術の届く範囲に収めると、詠唱を始める。
「形作る呪い、我が声に応え、支配を受け入れよ。我が詞を以って、凍てつく血を解放せよ」
何度かその呪文を唱えると、三人の体の硬直はほどけていく。
ルナは荷物の中からアルコールの瓶を取り出して、三人の傷口にかけ、手早く包帯で止血した。自分の口の中もアルコールで消毒して吐き捨てると、ルシオとヴェクトルにも瓶を渡す。
「飲まないで、口をゆすいだら捨ててください」
「傷口の治療はしないのか」
「小さな傷は自然治癒に任せます」
「毒を吸い出す必要があったのかよ」
「毒の量が少ない方が、魔術の効きが良くなるんです。治癒魔術があっても、ある程度の治療は魔術を頼らずにやらないと、必要なときに魔術が効かないってことになりかねませんので」
ハッキリと答えるルナに、ヴィクトルもそれ以上は何も言わない。
「動けそうですか。どこか体の部位で違和感のある場所はありませんか」
治療を受けた三人が、身を起こす。
「助かった」
「本当にその若さで治癒魔術師だったんだな」
冒険者らがそれぞれのやり方で感謝を示す。ルナはイルヴァが立つのを手伝う。
「大丈夫ですか」
「ありがとう。まさか蛇の雨が降って来るとはね」
今の攻撃は明らかに戦術的な意図のある攻撃だ。足止めの蛇と、魔物を上空から落とす大質量の攻撃。イヴィルアイは利用されたに過ぎない。
「撤退する。蒼光の短刀が殿をする。ネストレン隊長、先導を頼みます」
「わかった」
冒険隊の決断は早かった。他の巨大な多面体も少しずつだが、こちらに向かって来ているように見える。
調査隊は急ぎ足で来た道を引き返し始めた。
帰り道の浮遊する不明の物体は、ルシオとミニティが手分けして遠距離から魔術で吹き飛ばし、奇襲を防ぐ。
地形は把握している。黒曜戦団は迷わずに先を急ぐが、行きではほとんど出なかった小型の魔物たちが、進路を塞いでいる。
「追いつかれるぞ!」
上空を見上げると、六面体がすぐそこまで迫っていた。
「クロムレフ魔導師、あれを打ち落とせるか」
アダリスの質問をクロムレフは否定する。
「この距離では無理です。矢か何かの媒体があれば……」
「弓ならオレのがあるぞ」
ヴィクトルが弓を構えるが、今持っているのは取り回しを考えたショートボウである。有効射程はそこまで長くなく、上空にある物を狙うには不向きである。
「これ、使えますか?」
ルナが長弓を取り出す。緑の葉っぱが付いたそれは、ヴィクトルの体に合わせて、長く強く作ってある。
「これは……、どっから出したんだ?」
ヴィクトルは気味悪そうに言うが、今は気にしている暇はない。
それを受け取り、矢を番える。長弓に合わせた長さの矢は、石の鏃ではあるが、飛ばすだけなら充分だ。
「ヴィクトルさん、狙ってください! わたしの合図で矢を放って!」
ヴィクトルが弦を引き絞ると、クロムレフがその肩に手を置く。ヴィクトルの鍛え上げられた筋肉が、強靭な長弓を最大限にしならせる。大きな的である。充分な飛距離さえあれば、当てるのは問題ない。
矢にクロムレフの魔力が満たされ、小さく爆ぜるような光が舞う。
「撃って!」
クロムレフが叫ぶと同時に、ヴィクトルは力を解放した。
上空の標的へと放たれた矢は、弧ではなく直線を描き、六面体へと向かっていく。それが凄まじい轟音を伴って、閃光を周辺に広げた。六面体が爆風に押され、傾いた。
ヴィクトルがクロムレフの肩を抱いて、口笛を吹く。
「こりゃいいぜ。もう一発撃つか?」
「わたしの魔力が持ちませんよ……」
六面体は噴煙を上げながら、隣の六面体に当たり、一緒に白亜の街に落ちていく。衝撃が空気と足元を揺らした。
調査隊の足が止まったので、アダリスが急かす。
「足を止めるな! まだ敵は……」
アダリスの言葉は最後まで聞こえなかった。巨大な六面体が墜落した辺りで、爆発が起こる。
巨大な瓦礫が調査隊に向かって飛来する。アダリスは跳び上がり、槍の一閃で瓦礫を砕くと、的確に槍を振るって、瓦礫が調査隊に降り注がないように弾き飛ばす。常人のできる動きではないが、それに驚く余裕はなかった。
隊員たちは噴煙の向こうに、頭を擡げる巨大な影を見る。
「リンドブルム……」
降りてきたアダリスが呟いた。
大蛇の魔物リンドブルム。
人を何人も丸呑みできる顎のない不気味な口。その上の辺りに昆虫のような複眼が獲物を探している。圧倒的な長さと太さを誇る胴体。全身を覆う白い鱗に、黒の線の模様が描かれる。腹の部分には強靭な無数の棘があり、それによって前進して周囲を破壊して回る。
その質量と生命力から、ひとつの災害とまで数えられる魔物である。伝承では村ひとつ街ひとつ飲み込んだとまで伝わる。
それが二頭。調査隊を睨みつけている。
アダリスが叫ぶ。
「蒼光の短刀で足止めする! 他の者は黒曜戦団に従って、出口を目指せ!」
その言葉を聞いて学生たちは戸惑ったが、黒曜戦団の動きは早かった。隊長のネストレンが指示を出す。
「ドナト、エドマン、グレン。後方を守れ!」
先頭に二人、後ろに三人。学生たちを囲み、前進を開始する。
「蒼光の短刀は?」
ルシオがネストレンに訊ねる。
「奴らなら心配するな。一級冒険者だ。俺たちがいない方がやりやすいだろうよ」
そう言われても、リンドブルムのような巨大な魔物に、たった四人で対抗できるとは思えない。だが、黒曜戦団の方は気にも留めていないようである。
「進め、進め! 生き残ることだけを考えろ!」
上下する建物の道を、急いで進む。後方から凄まじい破壊音が響くが、少なくともこちらまでリンドブルムの巨体は届いていない。
行きには二時間近くかかった道を、帰りは三十分もかからずに踏破する。出入り口を守っているオドのゴーレムが見え、学生たちは安堵の息を吐くが、先頭のネストレンが止まり、つんのめりながら隊員たちは足を止めた。
「どうした、隊長」
少し先に進んでしまったヴィクトルが、振り返って言う。
「ゴーレムの様子が違う。待ち伏せだ」
その言葉にレイニーは素早くベルを振るい、周囲の状況を確かめる。だが、魔物はいなかった。ただし、ひとつの気配を感じ取る。
「あれは……」
巨大なゴーレムの足元から、身を潜めていた者が顔を覗かせた。それは魔術士の格好をしていた。
「オリエンス魔導師……?」
同僚であったクロムレフが呟く。
確かにオリエンス魔導師の格好に似ている。ただし、顔は違う。顔上半分は青黒い煙に覆われ、星空のような多数の瞳が瞬いている。マスクを被っているかのように見えたが、その空間は頭を覆い尽くし、明らかに異常をきたしている。
ルナには見覚えがあった。
娼館の裏手で、セラが見せた魔法の力だ。あのときのセラは目に見えない力で、傭兵たちを吹き飛ばしていた。その力がオリエンスにもあるのだとしたら、かなり厄介である。
オリエンスは何も言わず、静かに手を上げる。ゴーレムが崩れ、その隙間から大量の蛇が流れ出てくる。さらに地面から現れた、多数の四面体や六面体が、上空を覆っていく。
「罠にもほどがあったな。どこに隠れてやがった、この変質者は」
ルナたちの誘拐事件から、二週間以上が経っている。
オリエンスの周辺には厳重な捜査が入り、ミルデヴァの街の中に潜伏するのは難しかったはずである。
別の出入り口を使っていた可能性はあるが、学園内や街に隠されていた出入り口は、メルビムやリリアナたち結界魔術士の捜索によってほとんどが暴かれ、封印された。
アトリエの中で潜伏していたとすれば、オリエンスはこのアトリエを知り尽くしていることになる。そして、それを利用する術を持っている。古代魔術の一端を解き明かしたということだ。
「あの姿は……」
レイニーがオリエンスの不気味な姿を見て、眉間にしわを寄せた。
人ではない。魔物のように見えるが、あんな魔物は見たことがなかった。
怪人である。
進むにも退くにも、敵を倒さなければならない。調査隊は戦闘を余儀なくされた。
◆
間もなく調査開始から三時間が経過しようとしている。オド学園長が様子を見るために、アトリエの扉を外から開ける手筈になっている。そこまで耐えれば、勝ち筋が見えてくるはずだ。
オリエンスは、不明の多面体を作り出しては、そこから無数の蛇を放ってくる。さらにその横には二体の小型のイヴィルアイが、彼を守るように張り付いている。
この蛇は魔物の眷属だと思われるが、オリエンス自身には襲いかかることはない。つまりオリエンスも魔物であるということだ。
オリエンスが操っているのか、オリエンス自身も操られているのかはわからないが、彼に感情は見当たらない。今はルナだけを狙っているようにも思えなかった。あるいはルナ以外を排除しようとしている。
全方位からの飽和攻撃に、調査隊は息をつく暇もない。もし、ここで防御魔術を使えば、蛇はその周囲を逃げ場なく取り囲んで、術者が力尽きるまで待機するだろう。
大規模な破壊魔術では、それで全てを片付けられなかった場合、視界が妨げられて奇襲を受ける可能性がある。
小規模な魔術と、草を払い除けるような武器攻撃で、片付けるしかない。
だが、このままではジワジワと追い詰められる。背後でリンドブルムと戦っている蒼光の短刀も気になる。
(私がやるしかない……)
ルナが変身しようとしたとき、不思議なことが起こった。
「俺が」「オレが」「あたしがやるしかない」
三人がそう口にした。
ルナが見たイルヴァの瞳が星空の輝きを放つ。
イルヴァの短杖から、上空に魔術が放たれた。それはある程度の距離を飛ぶと、火花を散らして破裂する。
調査隊に音は届かない。高度に操作された振動は、指向性を持ち、それは蛇たちを臨界共振へと導く。溶けるように蛇の細胞は崩壊し、液体となって全てが消えた。
調査隊は何が起こったのかわからなかった。自分の役割を理解していたのは、エドマンとグレンだけである。
二人は信じられない速度で、己の武器を振るった。オリエンス自身は上空へと逃げるが、イヴィルアイは二人の刃に斬り裂かれ、絶命する。
他の黒曜戦団も理解はしていなかったが、自分の役割はわかっている。
「ヴィクトル!」
ネストレンの声に、ヴィクトルが長弓を放つ。矢は直線的にオリエンスを捉え、その胸に深く突き刺さる。オリエンスの表情はわからないが、通常であれば確実に致命傷である。
オリエンスは空中でバランスを崩して落下し始めた。そこにエドマンとグレンの攻撃が襲う。常人ではありえないほどの跳躍で、二人はオリエンスに剣を突き立てた。
オリエンスの体が破裂し、二人が勢い良く、地面へと激突する。
「グレン! エドマン!」
かなりの衝撃である。ネストレンが二人を心配し、悲鳴に近い声を上げた。だが、二人は何事もなかったかのように立ち上がると、上空を見上げる。
「い、生きてんのか……」
少し呆れたようにヴィクトルが言った。冷静に状況を見ていたドナトが、ネストレンに言う。
「今のうちに脱出しよう」
その言葉にネストレンも頷き、全員の足を急がせた。出入り口である門にクロムレフが呪文を唱える。
「境界の綻び、紡がれよ! 二つの標をひとつに束ねよ!」
それは難しい呪文ではない。アトリエ探索をする者なら聞いたことのある、隠し道の仕掛けを動かす魔術だ。この扉はリリアナが解読したおかげで、この汎用呪文でも通過できるようになっていた。
しかし、扉に反応はない。クロムレフは魔術に失敗したのかと思い、もう一度同様の術を使う。だが、反応はなかった。
「なんでだ……⁉」
レイニーが代わり、同様の魔術を使うが、門に反応はない。
異変はそれだけでは留まらない。オリエンスが弾け飛んだ空間に、白い亀裂ができていた。その亀裂の向こうに、ルナは見覚えある景色が広がっていた。
それはルナが何日も過ごした、あの迷宮である。
そこでようやく、ルナはあの空間は別の場所であることを悟った。そして、その空間にいる正体不明の魔物と目が合った。
だが、それが見ていたのは、ルナだけではない。アン・レデクシアを強く見つめていた。
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