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ヴェルデのアトリエ

 ◆


 内部の出入り口は、図書室のものとは違って、門状の飾りがあった。他の建物と質感が違うため、おそらくは目印にするために、事前の調査の際に建てたのだろう。

 ルナは中に入ってみて、自分の過ごしたアトリエとは、様子が違うことを実感した。

 白亜の迷宮とも呼ぶべき場所であるのは変わりないが、前と違って緑色が点在している。

 建物の隙間や、亀裂から植物らしきものが芽吹いているのだ。中には既に木と呼べるほど成長しているものもある。

 他にも目に見える変化としては、空が違った。

 見上げると四方八方、天井にまで同じような建物が並ぶ場所であったのに、今はその建物が空気でカスんで、さらに遠くにあるように見える。そして、ルナが閉じ込められていた場所は、いわば箱の内側だったのに対し、ここは巨大な筒状空間のように見える。


「確かにアタシたちのいた空間じゃないね。何が起こったんだろう……」


 イルヴァがルナの様子を感じて、その疑問を口にした。それに答えたのは、クロムレフ魔導師だ。


「確かなことは言えないけれど、大体の予測はついてるよ。多分、ルナの閉じ込められていた空間は、アトリエの一部でしかない。オリエンスは結界魔術士だったから、その空間を自分の都合の良いように切り取っていたんだろう」


「時間の流れは……。どうして、今は普通なのでしょうか」


「それについては何とも言えない。アトリエの中には時間の流れが違う場所もある。古代魔術には時間すら超越する術もあったらしい。オリエンスがそれを使い熟せたとは思えないけれど、何らかの形で利用したのだと考えられる」


「つまり……、何もわかってないんですね……」


「身も蓋もないね……。まぁ、そうだけど」


「札は見つかってないんですか」


「君をここに引き込んだという札か。今のところ、それらしいものは見つかってない」


 ルナはこのアトリエに入ることを強制されたが、目的もあったのでそれを受容していた。

 オリエンスが使っていた、このアトリエ空間を出入りするための札には、魔神ヴェルディクタの使っていた呪文に、良く似たものが書かれていた。

 この世界にはない呪文だ。空間を移動する呪文だ。

 それを解読することができれば、ルナは元の世界に戻れるかもしれない。降って湧いた一縷の希望が、今のルナの原動力になっている。


「あれを見て」


 アンが指差した先の空に、高い塔が見える。明らかに他の建物とは違う雰囲気を漂わせている。

 周囲に浮かぶ六面体のは謎の物体は、ここからだと小さく見えるが、推定するにそれだけで10メートルから20メートルの大きさがありそうだ。あれが落ちてきたらひとたまりもない。


「あの塔を目指すんだよ。中には入らないみたいだけど」


 ミニティが言う。

 この入口には、何匹かの大型戦闘用ゴーレムが立っていた。このゴーレムが出入り口の安全確保と、目印となっている。

 さらに近くの建物を流用して、食料や最低限の生存用の道具が置いてあり、拠点としての整備が進められていた。

 レイニー魔術士がコートの中からベルを取り出す。それを高く掲げてひと振り。美しい音が、辺りに響く。

 冒険者たちはその音色には気を取られず、周囲の警戒をオコタらない。

 音色はしばらく経ったあとに、やまびこのように音が返ってくる。


「これは……」


 イルヴァが周囲を見渡す。同じ音を媒介にする魔術を使うイルヴァにはわかる。魔力の乗った音は反響し、複雑に絡み合った全体の地形を、一瞬の内に把握している。


「う~ん、ちょっと広すぎるなぁ」


 不意にコート脱ぎ捨てる。下着だけの姿になったレイニーに、冒険者の男たちが口笛を吹く。

 彼女はもう一度、ベルを優しく鳴らす。音は同じだが、今度はその受信する部品が違う。

 彼女が服を着ないのは、ただ単に露出狂であるという理由だけではない。全身で音を感じ、全身をソナーとするために、なるべく衣服を減らしているのだ。


「ん! いいかな」


 クロムレフがコートを拾い上げ、レイニーにかける。


「ありがと」


「相変わらずだよ、ほんと。ちょっと太った?」


「後で殺す」


 準備が終わったと見たアダリスが、隊列を組むように合図する。


「どれくらい地形を把握できた?」


「全体はさすがに無理だけど、この周辺2キロ程度、あの塔までくらい。魔物の場所も大体わかったから、安全に進めるはず」


「ひとつ疑問なんだが。その音で魔物に感知されたりしないのかな」


「するわけないでしょ。そんな危険な魔術だったら、一級になんてなれないって」


 アダリスがそりゃそうだと言う顔をして、隊列の細かい指示を出すと、先遣調査隊は塔を目指した。


 ◆


 レイニーの道案内と、アダリスら蒼光の短刀による先導で、道中はいたって安全であった。散発的な戦闘はあったが、ほとんどを蒼光の短刀が片付けてしまった。


「チ……。全く出番がないじゃねぇか。やっぱり、お守りじゃねぇか」


 黒曜戦団のヴィクトルが悪態をつく。さすがに大声で言ったりはしない。

 ルナが列の後ろに下がってくるので、ヴィクトルは距離を取ろうとするが、後ろから押されてこれ以上は下がれなかった。


「ぜひ、経験豊富な黒曜戦団のヴィクトルさまにお伺いしたいんですけど……」


「…………」


 ヴィクトルは言い返さないように、無言を貫く。黒曜戦団の隊員で、もっとも年上のエドマンが喉を鳴らしながら、代わりに応える。


「からかわないでやってくれ。こいつの口の悪さで、殺し合いになったこともあるんだ」


「そうなんですか。大変ですねぇ……」


 ミニティがルナを連れ戻そうとするが、その前にルナは訊ねる。


「本当に訊きたいこともあるんですって。皆さんは他のアトリエにも入ったことあるんですよね」


 正四面体の白い物体が目の前を通り過ぎて行き、それに触れないようにして足を止めた。また歩き出す。


「そりゃあそうだ。それが冒険者ってもんだからな」


「じゃあ、このアトリエについてどう思います? 他のアトリエと変わったところはないですか」


「変わったところ? ふ~む……」


 エドマンはあまりそう言ったことは考えない性格のようである。話に困っていると、隣で聞いていたドナトが会話に入る。


「ヴェルデの嬢ちゃんは、他のアトリエに入ったことはないのか」


「ヴェルデって言われるややこしいので、ルナで結構です。他のアトリエに入ったことはないですね」


「じゃあ、ルナ。他のアトリエってのは、人が住んでいるところにはほとんどない。アトリエからは魔物が出てくることがあるからな。人は住んでても、砦があって、兵士が寝泊まりしているくらいのもんだ」


「アトリエが街の中で見つかって大慌てってことですよね」


「そうだ。しかもこんなに広いのは珍しい。いわゆる、複合型アトリエだな。都市型アトリエの中に、迷宮構造と塔型構造を内在している。珍しい型ではあるが、他にこういうアトリエがないわけではないってもんだ」


「つまり……、別に変ったところはない?」


「ないな。典型的なアトリエのひとつだ。もちろん、アトリエにはそれぞれ特徴があるから、他に同じアトリエがあるとは言えないが」


 専門家らしい答えが返ってきてしまって、ルナは黙ってしまった。

 こんな摩訶不思議な空間がたくさんあるとは聞いてはいた。しかし、こうして実際に目の当たりにし、専門家から話を聞くのとでは違うものがある。

 アトリエは古代魔術師の創り出した世界である。つまり、古代魔術の技術の結晶であり、このアトリエ群から見つかるもので、現代社会にある技術は生み出されていると言っても過言ではない。


(あのオリエンスが使っていた札。あれに書いてあった呪文が古代魔術の呪文だったとしたら、魔神が使っていたのは、この世界では古代魔術?)


 古代魔術は利用されているが、その仕組みを理解している者はいない。だから、現代魔術と古代魔術は区別される。現代魔術でさえ、完全に理解されているとは言えないのに、古代魔術を理解するなど不可能だとさえ言われている。神話時代の力なのである。

 先頭が足を止め、隊全体が止まった。蒼光の短刀のドワーフの戦士ドローチェが、斥候から戻ってきたのだ。

 ドローチェが隊長であるアダリスに何かを話している。レイニーとネストレンも集まって、話し合い始めた。

 もう、塔まではすぐそこである。何か問題があったのかと、ルナたちは大人しく待機していたが、アダリスが調査隊全員に聞こえるように話し始めた。


「少し早いけど、ここで大休止するよ。昼飯を食べちゃおう。見張りは黒曜戦団の方にお願いするよ」


 その言葉で全員が少し気を緩めた。黒曜戦団の隊員は交代で見張りを始める。話し合っていた役割のようである。

 レイニーが戻ってきたので、ルシオが訊ねる。


「何かあったんですか?」


「あんまり簡単に進めるから、罠の可能性があるねってことらしいよ」


「罠……ですか」


 クロムレフが生徒たちに説明する。


「アトリエの中には、積極的に外の生き物を取り込もうとするものもあるんだ。例えば、魔物のキメラが多くいるアトリエは、野生動物を喰う(・・)って言われている。アトリエの管理を行うホムンクルスを補充するために、人を喰う(・・)。それらの素材にするためにね」


 かなり気色の悪い話だ。

 アトリエは自身の防衛機構を維持するために、魔物を住まわせるという。中には魔物を作り出すアトリエもある。まるで生きているかのような機能を持ち、進化していくアトリエも存在する。


「じゃあ、引き返すってことですか?」


 ルナが訊ねると、レイニーが軽く肩を竦めた。


「さぁね。アダリスが決めるでしょ」


 ◆


 昼食を摂り、トイレ休憩まで済ませて、出発の準備が始まった。

 休憩の間にも蒼光の短刀は周囲の様子を探り、このアトリエが捕食を行うのか議論していたようで、アダリスが結論を発表する。


「みんな聞いてくれ。塔には近付かないことにする。ここに第二拠点を立て、地形の把握と魔物の種類を調べることにする。戦闘の準備をしてくれ」


 黒曜戦団から不満の声が上がる。


「おいおい。ちょっと慎重すぎやしないか」


「そうだね。そう思うけど、僕たちの役割はあくまでも情報を持ち帰ることだからね。本格的な調査は明日にしよう」


 アダリスの言うことはもっともだが、手持無沙汰にただピクニックをして終わった黒曜戦団からしたら面白くもない。

 レイニーがもう一度、感知魔術を使おうと準備し始めたとき、アトリエに変化が起こった。

 白亜の街を漂っていた正四面体や正六面体の正体不明の物体が、まるでアダリスの声を聞いていたかのように、空へと浮かび上がる。

 不明の物体が一瞬だけフクれ、破裂する。その中から飛び散るのは、真っ白な鱗を持つ蛇である。


「なんだぁ⁉」


 ヴィクトルが叫ぶ。

 冒険者たちは盾や武器で、無数に降り注ぐ蛇の雨を払い除ける。魔術士も魔術で防いだり、迎撃したりする。

 クロムレフやミニティが作り出した傘の中で、降り注ぐ蛇は防いだが、足元で跳ねる蛇にイルヴァが腕を噛まれてしまう。アンが地面から迫る蛇の群れを斬り払うが、他にも数名の冒険者がその牙に貫かれる。

 急激な眩暈メマイに襲われ、足を止める。毒牙を持つ蛇だったようだ。

 その調査隊の真上に、さっきまで塔の周りを漂っていたはずの、巨大な六面体が移動してきていた。


「ウソだろ?」


 冒険者の誰かが言う。


「全員、ボクの周りに集まって!」


 レイニーのその声に、冒険者たちの行動は早かった。蛇の毒に身動きを取れなくなった者を抱え、引き摺り、レイニー一級魔術士の足元に入り込む。

 レイニーのケインであるベルが鳴るのと、巨大な六面体が破裂するのはほぼ同時である。

 降り注いだのは蛇ではなかった。蛇には似ているが蛇ではない。その蛇には目がなかった。代わりにそのウゴメく蛇らの中央に、巨大なひとつの眼球。

 無数の蛇が絡み合ったような姿をした魔物・イヴィルアイが、先遣調査隊へと落ちる。


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