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根回し

 ◆


 イルヴァの言葉に、ルナは「そうですか。わかりました」と応えた。

  ルナがそのあとは何も言わなくなったので、放っておいてほしいことをわかってくれたと思っていた。

  だが、その日のうちに学園内にはイルヴァ自主退学の報が広まり、廊下を歩くたびに説得(・・)が始まった。


「イルヴァ、学園辞めるんだって?」

「実家に帰る? 問題ないと思うよ」

「何か他にも助けられることがあったら遠慮なく言え」

「寄付したから使ってくれ。少ないけどな」


「寄付?」


  イルヴァにはたくさんの知り合いがいる。ルナはその全員を味方に付けた。挨拶するたびにルナの説得が始まるのだ。

  昼休みに入り、ルナの顔を見たイルヴァはいきなり詰め寄る。


「あんた、何したわけ?」


「何がですか?」


「とぼけないで。歩くたびに金の心配はするなって言われるんだけど」


「そのことですか。とりあえず、三ヶ月分くらいの金額は集まりましたよ。ヴァヴェル学園の生徒って結構金持ちが多いですよね。びっくりしちゃいました」


「アタシはそんなこと頼んでない!」


  ルナはたったの一日のうちに、イルヴァの知り合いの生徒たちから金をツノり、イルヴァの学費を稼いでしまった。

  もちろん、ただ寄付をお願いしただけではない。ダウリの店の割引券を購入するという形で集金した。


「放っておいてくれって言ったつもりだったけど、伝わってなかったみたいね。アタシは学園を辞めたいと思ってるの。こんなことをしても無意味! 余計なお節介はやめて!」


  大食堂には生徒たちが集まり始めている。イルヴァの言葉を聞いている者も多い。彼女は甲高い声を上げて、人目もはばからず感情をアラワにする。

 ルナは黙って聞いていたが、イルヴァが言うだけ言って去ろうとするので、その手を掴んで止める。


「余計なお世話で結構です。でも、私はあなたが学園を辞めないと言うまでやめませんから」


「な……、あんた……。離して!」


 イルヴァが強く手を振ると、それがルナの頬に強く当たり、空気が凍る。少し離れて見ていたオルシアの周囲で風が逆巻き始めるのを、ロバルトがなんとか止めた。


「あ、ごめ……」


 ルナはぶたれた頬など気にせずに、イルヴァの両手を掴んでその場に留める。


「私は以前にイルヴァさんに助けてもらいましたから。その借りを返すために、今度は私が助けます」


 ルナの真っ直ぐな目に射貫かれて、イルヴァは口籠クチゴモる。


「助けたって……、いつ」


「私が入学したあとすぐです。ロバルトのバカが、丁度この場で私を攻撃しようとしていた。イルヴァさんは話したこともない私を助けてくれました。余計なお世話(・・・・・・)だったですけどね。でも、私は嬉しかった」


 聞いていたロバルトは、思わぬ流れ弾に天を仰ぐ。


「もうひとつ、言わせてもらえれば……。イルヴァさん、これはイルヴァさんのためだけじゃない。これは私のためにやっているんです。

 イルヴァさんが辞めたくても、私が辞めさせたくないんです。私のせいで辞めるなんて、絶対に許さない。だから、意地でも辞めさせません!」


「別に、あんたのせいってわけじゃ……」


 目の前で見詰められ、イルヴァは目線を逸らすしかない。

 途中から話を聞いていたダウリがやってきて、二人を両手で包んだ。


「青春だねぇ。かわいい妹分たちが青春してるよ」


「ダウリさん! 茶化さないでくだ……」


 ルナは言うが、ダウリが強く抱きしめるので、口が塞がれる。


「こういうことは言うのはどうかと思ってたけど、ルナが色々やってくれたから、ハッキリ言っておく。

 イルの両親はさ、イルに幸せになってほしくて、幸せになった顔を見せてほしくて、借金までして学園に送り出したんだよ。それなのに、イルは学園を辞めないってこともできるのに、意地を張って無理に辞めようとしているように見える。

 私の経験から言わせてもらえれば、そういう決断は感情で決めるべきじゃない。夜、ひとりのベッドで思い出して、最悪の気持ちになるからね。そんな未来はイルには似合わない。

 私の未来には、みんなが私の店に魔術士の衣装を注文しにくる未来があるよ。そこにはイルヴァもいるし、ロバルトもいる」


 ダウリがロバルトにウィンクしてみせる。またロバルトへの流れ弾が来た。ロバルトはダウリを殺しかけたことがあるので、彼女には頭が上がらない。


「だからイルには、私のためにも学園に残ってほしいな」


 ダウリの言葉に、イルヴァは口をモゴモゴとさせていると、周りからも野次が飛ぶ。


「そうだ、イルヴァ。やれることがまだあるなら全部やってからやめろ」

「甘ったれんな! 俺なんか六年も働きながら学生してるぞ!」

「魔術士になるのやめたら、親も借金返す充てなくなるだろ」

「未知のアトリエに入れる栄誉。私が代わるから、退学しろ」


 切実な野次が飛ぶが、ダウリがひと睨みすると黙った。

 ようやくイルヴァが言葉を口にする。


「ハァ……。なんなの、みんなして……。辞めるに辞められないじゃない」


 ダウリの腕から解放されたルナが、親指を立てる。


「それが狙いだしね!」


「というわけで、放課後と休講のときは、私の店で働いてね。ルナの縫製の仕事取ってくるのも、イルの仕事だし」


「なんか、良いように使われているだけな気がする……」


 それは気恥ずかしくなった言い訳であることは、イルヴァにもわかっている。


 ◆


 まだ空も白んでいない時間に、ルナとイルヴァは目を覚ました。その音にオルシアとダウリも目を覚ます。


「もう朝?」


 ダウリは目を擦りながらベッドの上から言った。いつもならイルヴァがその役目だが、今回は早くに就寝していたため、オルシアとダウリが寝惚け眼(ネボケマナコ)である。


「ルナちゃん、イルヴァさん、いってらっしゃい……」


 目もほとんど開かないオルシアがベッドから降りてきて、フラフラとルナに抱き着く。


「はいはい。いってきます。ちゃんとベッドに戻って寝なさいよ」


「気を付けてね。常に油断せず、冒険者の言うことを良く聞いて……」


「わかってるって、ダウリ。お土産ミヤゲ期待しておいてよ」


 前夜に用意しておいた荷物を持つ。多くはない。少しの着替えと、保存食くらいのものだ。支給された丈夫なリュックに詰め込んである。


「結局、カンナちゃんは来ないの?」


「もう二度とアトリエに入るのはごめんだって」


「それで昨日から姿見せないのか……」


 大食堂で軽い朝食を摂っていると、アンが合流する。


「おはよう」


「おはよう、アン。良く眠れた?」


「まぁまぁ」


 アンは制服ではなかった。胴をおおう革鎧に、金属製の手甲とスネ当てを付けている。リュックではなくいくつかの腰袋を付けており、少し柄の長い両刃剣を背負っていた。


「アンのその格好。めちゃくちゃ板についてない? 着慣れているというか……」


 イルヴァが言うと、アンは頷いた。


「幼いときは村で戦士の訓練を受けていたから。こちらの方が制服より慣れている」


「へぇ……。凄く心強いわ」


 イルヴァのその様子を見て、ルナが茶化す。


「まだ緊張してるんですか?」


「当たり前でしょ! あんたたちと違って戦えないんだから! 昨日だって、ほとんど眠れなかったし……」


「え? でも、呼びかけても応えなかったじゃないですか」


「……」


 そんな話をしていると、二人の生徒たちが大食堂を訪れる。どちらも知った顔だ。

 もうひとりは前までルナたちの寮の寮長をやっていたミニティだ。彼女はついに第六学位に上がり、自分の研究室を持てたので寮長はやめてしまった。

 ひとりは第五学位の生徒ルシオ。彼の方は制服ではなく、動きやすさ重視の短めのコートの下に、革鎧で守りを固め、手には頑丈そうな中杖ロッドを持っている。


「おはよう、みんな。準備はできてる?」


 ミニティの言葉に頷く。第六学位の彼女が、学生の調査隊のリーダーである。


「ふう。緊張する。打ち合わせ通り、僕が先頭を行く。危険を感じたら、僕の後ろに隠れるようにしてくれ」


 ルシオが第四学位の三人を見渡した。ルシオは優しい顔をしているが、この学園では珍しい、戦闘専門の魔術士だ。

 五人は図書室へ向かうため、まだ生徒たちのいない薄暗い廊下を進む。図書室の扉は開け放たれており、中には複数の人影が見えた。


「来たかい。おはよう、生徒諸君」


 オド学園長がルナたちを出迎えた。オドはいつもの格好である。


「学園長も入るんですか?」


「いいや。ただの見送り」


 ルナは図書室のラウンジを見渡す。ラウンジには相変わらずアルフォンスの張った警戒線が張られており、使用ができないようになっている。


「アル先生は……」


「アルフォンス? あの子が見送りに来るような殊勝な子に見えるかい」


 ルナは否定する。顔を見られれば少しは心強く感じられたのだが仕方がない。


「ルナ。心配しなくとも、あんたの言っていた魔物はいなさそうだし、オリエンスの死体も少なくとも近くでは確認されていないよ。それに時間の流れもこちら側と同じだ。前みたいなことにはならないから、落ち着きな」


 その話は既に聞いてはいるが、不安なことは変わりない。イルヴァが緊張していることを茶化したが、ルナの方が緊張している。

 ここに集まっているのは、『ヴェルデのアトリエ』先遣調査隊の隊員たちである。

 冒険者商会から九人、魔術協会からひとり、ヴァヴェル学園の魔導師ひとりに、生徒五人。計十六人の調査隊である。

 早朝からアトリエに潜り、夕刻には調査を終える予定だ。

 問題がなければ良いだろうが、アトリエという古代魔術の遺跡は予測できない。遊びでも、遠足でもないことを、もう一度、イルヴァは噛み締めた。


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