楽しい試験
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ヴァヴェル学園の入学試験は、三か月に一度行われる。
ルナの昔住んでいた国では、大抵の学校の入学式は年に一度で、同期はほとんどが同年代だったが、この学園では実力によって学年が決められる。そのため年齢で学年が決められることはない。
ルナがいた前の世界でも、建前上は年齢と学年は関係なかったが、大抵の場合は、同期であれば同じ年齢であった。大学ではそれもまた違うが、ルナは大学に行く機会は得られなかった。
ヴァヴェル学園では試験の結果如何によって、入学時点で学年が変わる。そのため、全ての者が最低学年から始まるわけではない。
「その、色々教えていただけるのは、とてもありがたいのですけど……、街の中まで付いて回っていただかなくても結構ですよ。お二人ともお忙しい身なのですし……」
「そうは言われても、上官の命令ですので」
鎧を着こんだ衛兵イデルは、仕事中の顔をして、真面目に答えた。彼はルナの事情を知らないが、最初の縁があるため、入学までの期間の世話係として抜擢された。
「そうですよ。君は今、この街の重要人物なのです。護衛が付くのは当然です」
クレイン・アルフォンス・フォルスターは出会ったときとは違い白衣ではなかったが、威圧的な軍服である。
その威容も街を歩けば視線を集める上、ただでさえアルフォンスは長身で目立つ。
通り過ぎる男は道を開け、女子は彼に熱い視線を向ける。その間に立たされるルナとイデルは堪ったものではない。
「付いてくるのは結構ですが、せめて着替えてもらえませんか。軍服で付いてこられると、店に入り辛いんですけど……」
アルフォンスは自分の格好を眺めて、不思議そうに首を傾げた。
「おや。似合ってませんか? 今日はデートということで、かなりめかし込んできたつもりでしたのに……」
「デートじゃありませんし、アル先生は護衛の任務じゃないですよね。どうして、付いてくるんですか」
「それは君がイデル君にちょっかいを出されないか心配で、心配で……。保護者としては、放って置けません」
イデルは何とも言えない顔で、アルフォンスを見つめた。人のことを言える口かとでも言いたいのだろうが、上官に対する態度は、人前なので弁えている。
「あの……ですね……。確かに保護下には入りましたが……」
ルナは罵ろうとしたが、そこで口を噤む。あまりしゃべり過ぎると、色々とボロが出る可能性がある。
(私が二十歳だって知ってるのに、こういうことを言う。絶対、揶揄ってるよね、この人!)
イデルには年齢のことも話していないのだ。彼の前でこの話しをするわけにはいかない。
「暇なんですね」
「まさか。大切なあなたのために、貴重な時間を使っているのですよ」
「そうですか。ありがとうございます。でも、ここから先は、例えあなたが軍のお偉いさんでも入れないですよね。では、さようなら」
ルナは今、衛兵の女性用寄宿舎に宿泊している。男子禁制の場所だ。門の中に男性が入るには、厳重な許可が必要である。
「良いのですかー? 試験まであと一週間ですよ? 僕から魔術のことを学んでおいた方が良いと思いますがー?」
「わからないことがあれば、そのときに訊きます!」
そう言って、ルナはさっさと寄宿舎の中に入っていく。イデルはそれを見送ったあと、アルフォンスに疑問を投げかける。
「まさか、本当に口説き落とすつもりですか? あの娘を……」
「イデル……。僕を何だと思っているのですか。彼女は僕の弟子になるのですよ」
「そうなのですか。まさか、程よい頃合いまで待つとかそういう……」
「あのですね……」
アルフォンスはもう少しだけ、軽薄さを加減しようと思った。そこまで酷い女遊びをした覚えはないのだが、なぜかイデルや他の兵には、アルフォンスはかなりの遊び人だと思われている。
寄宿舎の中に入ると、非番の女兵士たちが集まってきて、ルナを捕まえた。
「ルナちゃあん! 大丈夫⁉ イデルに何かおかしなことされなかった⁉」
「すぐに風呂を準備する。皆の者かかれ!」
「お茶が入ってるよ~。お菓子もいっぱい買ってきたからね」
ここに泊まり始めて三日程度だが、毎日この調子でルナは甘やかされまくっている。
「ありがとうございます。まだお風呂は入りませんし、お菓子は昨日もいっぱい食べたのでいりません!」
「えー? 食べないと大きくなれないよォ?」
「大きくならなくて結構です!」
ルナの細々《コマゴマ》とした買い物の荷物をロッカーに仕舞うと、本を何冊か手に持つ。そこに短髪の女兵士が近付いて来て、ルナに話しかける。
「ルナ、冗談じゃなくて、本当に大丈夫なの? あのスカしたおっさんに何かされなかったの?」
「スカした……、アル先生のことですか? 大丈夫ですよ。そんなに悪い人じゃありません」
「ふ~ん」
ルナはその短髪の女兵士の反応が気になり訊ねる。
「キノさんは、アル先生の、フォルスターさまのことをご存じなのですか? 皆さん、なんだか避けているような感じが……」
他の女兵士たちは、あまりアルフォンスのことを話題にしない。肉食系女子の巣窟である衛兵寄宿舎だ。彼ほどのイケメンで有能、金持ちならば、こぞって話題にしそうものだが、その話は敢えてしないようにしている節がある。
「ご存じというか。まぁ、有名人だからね。フォルスター家の長男でありながら、魔術士として身を立てて、七魔剣のひとりに数えられる実力者だ。しかも、あのルックスだろ? ここの女たちが放って置くはずない……って言いたいんだろうけど、ま、色々と噂がね」
七魔剣がどんなものかルナは知らないが、相当な称号なのだと想像した。
「噂?」
「ま、新人の子とか、事情を知らない学生や町娘は、熱を上げてるけどね。アタシらみたいな身近な人間にとっては、不気味というか……」
「どんな噂があるんですか?」
キノと呼ばれた女兵士は、後ろ髪を掻きながら、話して良いのか少し躊躇する。仮にも上官の話であるから、滅多のことは言えないのだ。
「いや、噂があるというか、噂がないんだよ。チャラチャラと女に話しかける割には、浮ついた話は聞かないし、同じ女と一緒に居るところなんて、目撃情報もない。貴族だから許嫁やらがいるのかと調べても、それもないし……。ま、あんたくらいのもんだよ、そういうのは。それでふの……、いや、それはいいや。とにかく気を付けなよ」
「はぁ(調べたんだ……)」
興味がないわけではないということだろう。
アルフォンスはスペックだけを見れば、かなりの優良物件である。玉の輿を狙う女兵士にとっては、諦めるのは惜しいということだ。
ルナは頷いて、キノに礼を言う。
「……わかりました。ご忠告、感謝します。でも、私は男の人に気を許すつもりはありませんから、あまり心配しなくても大丈夫ですよ」
「そういうのが、一番心配なんだけどね……」
キノは言うが、ルナは気にしなかった。荷物を持つと、勉強部屋に向かう。
「勉強しますので、屋根裏借りますね」
「ああ、他のやつには静かにするよう言っておくよ」
女兵士たちはとても良くしてくれるのだが、ルナをおもちゃかペットだと思っている節がある。勉強しようとすると必ず邪魔が入るので、誰も近寄らない屋根裏部屋がルナの勉強部屋となっていた。
梯子を上り静かな屋根裏に入ると、本を読み始める。試験まではあと三日しかない。ルナがこの街に来たときには、直近の試験まであと一週間しかなかった。
オド学園長は次の試験でも良いと言ってくれたのだが、ルナはすぐにでも試験を受けると申し出た。
受ける試験は、学生ではない者が受けられる試験の中では最高の試験、第三学位試験である。
学位階級は、低い順に第一学位から始まり、第六学位修了で卒業となる。
学生はどの学位試験を受けることも可能だが、ヴァヴェル学園に在籍していない者は、下から三番目の第三学位の試験までしか受けることはできない。いきなり現れて、第六学位を受けて、ハイ、卒業とはいかないらしい。
(私が必要なのは学位じゃなくて、情報。さらなる高み。卒業したら、金を稼ぎながら勉強しなきゃいけないけど、学生の内なら勉強し放題。実戦的な魔術は、アル先生を利用すればある程度は研究できるはず……)
それでも学位は必要だ。学位がなければ、学園から開示される情報は限られる。
(速攻で第六学位になって、無料で研究できるうちに、あの黒い炎の魔術を解き明かす。百五十年以上も生きたオド学園長さえ見たことのない魔術……。必ず対抗策を用意してみせる)
あの少女にしか見えないオド学園長が、ルナの倍どころではない年齢なのは、未だに困惑するが、そのおかげでルナが二十歳だという話も、あっさり受け入れられている。
(六年も暮らしていて、この世界のこと何もわかっていない……)
ルナは急に不安になってきた。第三学位は判断力が試されるとアルフォンスが言っていた。
第一が知識、第二がその応用。そして、第三学位から実戦形式の試験が主になる。
ルナは判断力には自信がある。多数の実戦を経験してきたし、治癒魔術師には冷静さは欠かせない。試験でもっとも障害となるのは、筆記テストの方だ。
ルナはアルフォンスに貰ったガラスペンを唇で挟んだ。
「まさか、この世界でもテストに悩まされることになるなんて、思ってなかったなぁ……」
前の世界では教え合える仲間がいたから良かったが、ここでは自分で学ぶしかない。出される問題の範囲も傾向もわからないから、とにかく詰め込むしかない。
「アル先生は役に立たないし……。何が師匠、何が「君の実力を確かめる良い機会だ」だよ! ぜんっぜん……、教える気ないじゃん!」
ルナは独り言で罵って、勉強を再開した。




