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 ◆


 白い狐が足元に纏わりつくと、どうしても歩幅が小さくなる。


「おい、ルナ。こっちはまずいぜ。でかいヤツがいる」


「……」


 オリエンスは黙って進んでいたが、カンナの言葉に振り返る。


「そのケダモノはなんなのかね。どうしてここにいる?」


「私の使い魔ですよ。どうして大きな魔物の近くに行くのですか」


  ルナの問いにオリエンスはにこやかに答えた。


「不安なのはわかるが、俺を信用しろ。悪いようにはならない」


「つまり説明できない理由だと?」


  ルナはオルシアとイルヴァを庇うように、足を止めた。

  オリエンスはやれやれと首を振る。


「この辺りには小さな魔物はいないだろう。大きな魔物の近くには、小さな魔物は近寄らない。多数の魔物に警戒するより、ひとつの魔物に注意しておけば良いこの場所なら、ゆっくりと休めるはずだ。まったく……、この程度も知らずに良く、生き延びることができたものだ」


  アルフォンスも嫌味を言うが、オリエンスからは品を感じない。それとも容姿に引っ張られている先入観だろうか。


「無知で申し訳ありませんね。ついでに、この愚生にご教授くださいませんか。あなたはどうやってこのアトリエに入ったんですか。どうやってこの場所が安全だと知ったんです?」


 ルナはこのアトリエに入ってから、何日も過ごしている。

 安全と思える場所は皆無であるし、大きな魔物の気配をカンナが感じたこともない。それであるのに、入って来たばかりのはずのオリエンスがその場所を知っているかのように、迷いなく立体的な迷宮を進むのは不自然な話だ。

 オリエンスは鬱陶しそうな顔をする。


「君を助けに来たと言っているだろう。どうして、そんなに……」


 ルナは言い終える前に、自分の腹を押さえて見せる。


「そういえば、ずっと何も食べていなくて……。何か食べ物を持ってませんか?」


「何? 建物の中に食い物なら幾らでも……」


 オリエンスがそういった瞬間、ルナは魔術を放ち、オリエンスとの間に薄い木の壁を作り出す。そして、オルシアとイルヴァの手を引き、反対方向に駆け出した。


「待て! どこに行く! 危険だぞ!」


 始めから怪しいとは思っていた。なんならこのアトリエに入る前か、この男は気持ち悪かった。


「ルナちゃん、どうしたの⁉」


 オルシアが手を引かれながらルナに問う。


「あいつがこのアトリエに私たちを連れ込んだんだ。とにかく、ここから一度離れる!」


「賛成。あいつ、なんか嫌」


 イルヴァがそう言うと同時に、アトリエに変化が起こる。

 階段や建物が動き、壁が組み替わり、ルナたちの進路を塞ぐ。ルナもこんな現象を見るのは初めてだった。

 後ろからオリエンスが悠々と追いついてくる。


「どうして逃げるのだ。まったく、君というやつは……」


 ルナは舌打ちする。


(やるしかないの? でも、こいつは人間だし……。魔導師に私が敵うのか……)


 ルナの動きが止まったのを見て、オルシアが前に出た。


「やるんだね、ルナちゃん。この人があなたの敵なら、私にとっても敵だよ」


 風が渦巻き始め、オルシアは本気である。イルヴァも杖を構える。


「その方が手っ取り早いかもね。こいつをボコして、出口を聞き出すよ!」


 二人が以外にも乗り気なことに励まされ、ルナも魔術の準備をする。

 ルナが躊躇チュウチョした理由は、オリエンスも目的がわからないこともあるが、問題は彼が魔導師であるという点だ。

 ルナはオルシアと違って、魔導師の戦いぶりを間近で見ていたわけではない。オルシアにとって魔導師は、決して手の届かない存在ではなかった。

 対してルナの魔導師の基準は、アルフォンスである。この国で五本の指に入ろう戦闘魔術士を基準に考えては、他の魔導師がかわいそうだ。

 そして、もうひとつ、戦いたくない理由がある。


「わかりました。多少、怪我をさせても私が治します。手加減しなくていいですよ」


 ルナがそう言うと、オリエンスは不快な表情を隠そうともしない。


「本気で俺と戦うつもりか。敵うと思ってるのか」


 オリエンスは短杖ワンドを引き抜く。

 魔術士同士の戦いの前の空気は、ひりつくような帯電し痛みを伴う。


 ◆


 図書室に開いた異空間に向かい、リリアナは自分の魔力を差し向けている。扇子で起こした小さな風で接触を試みるが、その程度では何の反応もない。


「ダメですわ……。やはり近付いてみませんと……」


 今はアルフォンスの作り出した非常線が、蜘蛛の巣のように張り巡らされ、ルナの消えたであろう位置は、マユのような仮の部屋となっている。

 既に深夜であり、生徒たちの姿はない。


「メルビム先生、もっと近付いて見てもよろしいでしょうか。このままではラチが明きません。こうしている間にも、ルナたちは……」


「落ち着きましょう。こういうことは焦りが一番禁物ですよ。まずは手掛かりを見つけてから、少しずつ距離を縮めて行きましょうか」


 優しく言われ、もどかしくも思うが、リリアナは道理のわからない者ではない。無理に近付こうとはしなかったが、先ほどから手掛かりのひとつも見つかってはいないのは、不安を掻き立てる。


「メルビム先生でも手掛かりが見つからないのであれば、物理的な干渉は不可能なのではありませんか。もっと儀式的な働きかけをしてみたいですの。ただ、私には結界魔術の知識が不足しておりますわ。何かご助言を頂けませんか」


「儀式的ね……。確かに結界魔術には一定の儀式をすることで解けるものもあるわ。ただ、今回はその儀式を読み取る手立てがないのよね……。普通であれば門の造りや、魔法陣の構成で読み取るものだもの。手当たり次第では……。

 いえ、そうだわ。普通であればこういった穴を開けるには、儀式が必要なのに、その痕跡がひとつもないなんて妙だわ。もしかしたら……」


 メルビムは何を思ったのか、繭を出て図書室の見取り図に向かった。見取り図に手をカザすと、ルナの行動を巻き戻してみる。

 特に変わったところはない。誰もがやりそうな動きである。だが、その近くにある人物の名前が表示されている。


「オリエンス……。彼がルナが消えたときにここにいた?」


 オリエンスはメルビムの弟子であり、彼もまた結界魔術を専門に使う魔術士である。そのため、この件の助言を仰ごうとしたのに、深夜であるのに彼の姿は自宅にはなかったとの報告が上がっている。

 メルビムはその動きを追う。ルナの近くを付かず離れずの位置で、オリエンスの名前がウロウロと動く。そして、ルナが消えたであろう時間に、オリエンスは図書室を去っている。

 メルビムはオリエンスがいたであろう位置に登り、そこで結界を展開する。それは魔術の痕跡を探すものである。


「過ぎ去りし未来、向かい来る過去、現在に滞留せよ」


 呪文が空気を伝わり、想像が現実となる。

 結界内に過去が去来し、曖昧ではあるがオリエンスの姿をした幻影が、手摺り越しにラウンジを見下ろしている。ルナを見ているのだろう。

 彼は文字が書かれているように見える小さな札のようなものを、その指に挟んでいる。それに息を吹きかける仕草をするところまでは見られた。だが、他の過去の幻影が重なり始め、オリエンスの幻影はその中に消えてしまう。

 幻影では細部はわからないが、メルビムは彼が何かをしたであろうことは確信した。


「いったい何をしたの、オリエンス……」


 自分の教え子が、何か酷い事件を起こしている可能性に、背筋が凍った。


「先生、この札のようなものを……、ルナも持っていましたわ」


 ルナがいた場所の過去ももちろん調べている。しかし、人が多く通る場所では、その過去は重なり合って曖昧になる。

 ひとりで本を読んでいるルナの姿の中に、テーブルに置かれた札が確かにあった。それはただのメモか何かだと考えられていたが、もし魔術的儀式の一部であるならば、手掛かりとして申し分ない。


「リリアナ、あなたはルナのいた位置でもう一度、解析を。あたくしはこちらから同時に解析を行うわ。魔術を繋ぎ合わせて、空間を支配するわよ」


「はい、先生」


 ◆


 竜巻が周囲を飲み込むが、オリエンスは涼しい顔をしている。彼の防御魔術は、ありとあらゆる有害なものを弾く。

 防御魔術とは結界魔術の一種であり、オリエンスのもっとも得意とするものである。

 これを破るには直接触れて解析して相殺ソウサイするか、大質量・大熱量の破壊的な魔術で強引に突破するしかない。だが、オルシア・イルヴァにそのような魔術はなかった。

 この三人の中で、大質量魔術を使えるのはルナであるが、このアトリエではなぜか魔術の効果が十全に発揮できない。

 操るための土や水・木々がなく、それを作り出すための魔術も中途半端である。使えないわけではないが、余りにも非力であった。使い魔を一匹作るのに苦労したのも、これが理由である。

 そのためにルナは弓で攻撃力を補っていたのだが、その程度ではオリエンスの防御を崩すには至らない。

 そして、攻めあぐねている間に、不利な状況がますます不利になる。

 三人が攻撃の手を止めると、オリエンスは勝ち誇った顔をして見せた。


「終わりか? 俺に助けを求める気になったか。そろそろ素直になったらどうだ」


 イルヴァがルナの側に寄る。


「まずいよ、ルナ。こっちの手の内が完全にバレてる。アタシの音の魔術も対策されてる」


 イルヴァの相手に眩暈を起こさせる魔術は、音を使ったものだ。通常の防御を貫通することができるはずだが、オリエンスには通じていない。


「周りに魔物が集まり始めてる……」


 オルシアが周囲の気配を敏感に感じ取り、危険を告げた。これだけ暴れているのだ。魔物たちは獲物を見つけて、嬉々として集まってくることは当然だ。


「ほら、どうした。もう終わりか? さっきまでの威勢はどうした。これだから、口だけの天才は嫌なのだ。調子に乗って、自分の立場も理解できていない」


 いちいち腹の立つ男だ。今のルナならばこの男の顔面を殴るためなら、魔神に魂を売るかもしれない。

 今すぐにでも変身して、力押しをしたいのだが、今はできない。オルシアとイルヴァがいるからできないのではない。変身することができないのだ。

 ルナは首にかけている鍵を強く握った。さっきから変身しようと試みているが、やはりその魔術は掻き消されている。アトリエに入ったときから、この調子である。


「どうした、ルナ。まさか、あのドレスに着替えたいのか? 俺のために(・・・・・)


 ルナは悪寒を感じる。見破られている。ルナが『緑のドレス』を着ているところを見られている。どこで見られた。どうして、認識阻害が効いていない。


「ドレス?」


 イルヴァが疑問を口にするが、答える者はいない。代わりにオルシアの空気が変わった。


「この人はここで殺そう。ルナ」


「オリィ……?」


 オルシアが風に乗り、浮かび上がる。そして、重力とともに風圧を纏って、オリエンスに急襲を仕掛けた。複数の結界がその進路を阻むが、オルシアはそれを躱していく。

 巨大な結界の壁が、急襲を阻む。オルシアの両手から収束された空気の塊が放たれ、その壁を撃った。一撃目は防がれるが、二撃目で結界を砕き、オリエンスまでの道程が作り出される。

 ルナは矢を放ち、その軌道を魔術で操作し、オルシアを援護する。だが、矢程度では注意を引くことすらもできない。

 勢いのまま、オルシアはオリエンスに接近する。だが、オリエンスの手には一枚の札が握られていた。それが塵となって消えると、オルシアの姿は忽然コツゼンと消える。


「オリィ!」


 ルナは叫ぶが、オルシアの姿は完全に消えてしまっていた。

 イルヴァが杖を振るって、なんとか防御を突破しようとする。地形が変化し、オリエンスの姿が隠れた。その一瞬でオリエンスはイルヴァの後ろに現れる。そして、イルヴァの姿も消えてしまう。

 ルナはナイフを引き抜き、オリエンスに跳びかかるが、結界にぶつかって地面に倒れ伏す。


「……イルヴァ!」


 叫ぶが返事はない。


「はぁ……。ようやく二人きりなれたな」


 オリエンスはじっとりとルナを見つめた。


読んでいただきありがとうございます!

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