違和空間
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閉鎖された図書室に前には、野次馬だけでなく、図書室を使用したい者たちも集まっている。
警戒線の張られた図書室には、魔導師しか入ることは許されないので、生徒の中には魔導師に本の貸し出しを頼む者もいる。
そんな混乱を横に、オド学園長と年配の魔導師メルビムは話し合っていた。
「ここにいるんだね」
「いるわね。三人とも移動していない。空間魔術の類いだろうけれど、高度過ぎる。古代魔術だろうねぇ」
「古代魔術……か。まったく、この学園は毎日毎日、退屈しないね」
オドもメルビムも、この学園に四十年以上務めている。
オドが学園長に就任するまでは、毎日のように生徒が消えたり現れたりする事件があり、学園内の方が街より危険とまで揶揄されたものである。
ゴーレムによる管理・監視が行き届いてからは、そういった事件も減った。油断していたわけではないが、忘れかけていたのも事実だ。
この学園でこのような事件が起こるのには、もちろん理由がある。この学園自体が、古代魔術師のアトリエ、そのものを流用して建てられたものなのだ。
アトリエにはひとつの共通点として、見た目の大きさに反して、内部の空間が大きいというものがある。
古代魔術師は魔術による空間拡張・空間圧縮によって、自分の世界を創り、自分だけの理を創り出そうとした者たちだ。
膨大な魔力と、人知を超えた魔術によって作り出されたアトリエは、人類にとって大変危険なものであるが、同時に恩恵も齎す。
学園にある変形する演習室や、長いはずなのに歩く距離は短く済む廊下、外からは狭い教室なのに、中はコンサートホールのように大きな教室などなど。少ない土地で様々な設備が使えるのだ。
ヴァヴェル学園は、世界でも屈指の魔術学校として有名になっている。それは古代魔術を身近に感じられる環境であることも、一因として評されている。
「まだ、こんな魔術が残っているとはね……。どうしたものか……」
古代魔術は解明が進んでいるものの、まだまだ謎の部分が多い。下手に手を出して、さらなる被害者を出す結果も想定しなければならない。
「でも、手をこまねいている暇ないわ。図書室を閉鎖し続けるわけにもいかないし、何か手を打たないと。あたくしが中に入りましょう。こういうときこそ、老人が出張らないとね」
「メル……。生徒を心配する気持ちはわかるけどね。それは最後の手段にしたい」
糸による空間の調査を行っていたアルフォンスが、諦めて二人に合流する。
「やはり、既存の魔術では難しいですね。ひとつ、許可を頂きたいのですが」
「なんだい。あんたまで中に入るって言うんじゃないだろうね」
「違います。リリアナ君に、魔術の解析をお願いしたいのです。解析ならば安全にできるとは思いますが、生徒を危険に晒すことにもなりかねないので」
「リリアナ・リルケーに? どうしてだい」
「彼女はおそらく私よりも魔術を解析する才があります。結界魔術士としての適性があります。それを試してみたい」
リリアナは前回の試験にて、その才能を見出されている。
魔王軍の張った結界を凄まじい速度で解析し、一部であるが支配を奪い取り、結界に穴を開けたのだ。それがなければ、アルフォンスはアンを助けることができなかったはずだ。
結界魔術士は需要が多く、結界を張るにしろ破るにしろ、現代の都市運営に欠かせない魔術士だ。しかも、その育成には大変な時間がかかることから、才能ある結界魔術士は、学生のうちから取り合いなることも多い。
そして、結界魔術とは空間魔術の派生であり、アトリエを構成する古代魔術との相性が良いとされる。結界で守られたアトリエを探索するのに、結界魔術士がいるだけで、その成否が大きく変わってくるのである。
とはいえ、リリアナは宮廷魔術師を多く輩出しているリルケー家の令嬢だ。金では勧誘できないし、雑に扱うこともできない。
「でもねぇ、あんたやメルにできないことを、生徒にやらせるのも……」
メルビムはその結界魔術の専門家である。今でこそ魔導師をしているが、若いことは多くのアトリエ探索で活躍した人物である。
そのメルビムがどうしようもないと匙を投げている状態なのだ。学生であるリリアナに何かできるとは思えない。
「いえ、やってましょう。若い力を信じるのは、あたくしたちの至上命題だわ。リリアナはあたくしが補助し、彼女に決して危険が及ばないようにしましょうかね」
授業の途中であったが、リリアナは呼び出しを受ける。どのみち、授業は手についていない状態だった。
リリアナは急ぎ、図書室に向かった。
◆
ルナが図書室で見つけた呪文が書かれたメモは、ルナがこちらに来たときに塵となって消えてしまった。
ルナは呪文を唱えてみる前に、呪文からそれがどんな魔術であるか予測しようとした。しかし、どの呪文書にも似た呪文はなく、唱えることは諦めたのだ。
もし、以前にルナが受けたような結果が待っていたなら、取り返しのつかないことになる。
寮に戻ろうと思ったとき、外はすっかり暗くなり、夕食の時間を過ぎてしまっている。
(戻ろう。アル先生に相談してからだね)
しかも、どこからかはわからないが、視線を感じるような気がする。
近頃、ルナは生徒たちから視線を感じるのだ。始めから目立つ存在だったと自覚はしているが、何か起こるたびに関わっているルナに、理解しきれない視線を送られている。
椅子から立ち上がろうと、上体を前に倒した瞬間、軽い眩暈とともに目の前の光景が真っ白に変化し、ルナはこのアトリエの中にいた。
真っ白になったテーブルには、ボロボロの紙に書かれたメモだけが置かれていた。それが粉々に砕けて塵ひとつ残さずに消えると、ルナに残されたものは自分の身に着けていた物だけとなる。
ルナは呪文が発動したのだと悟った。
何のきっかけはわからないが、術は発動し、この別世界とも呼べる空間の中にいた。
「それで、それがどうしてあなたのせいになるの?」
イルヴァが言うので、ルナは言い訳めいて口籠る。
「……二人を巻き込んでしまったから」
「確かに巻き込まれたけど、それはあんたのせいじゃないでしょう」
オルシアが部屋の中を歩き回り、色々と観察している。
「ルナちゃん、弓、使えるんだね」
「え? ああ、そうだね。ほら、木で作れる武器で一番強力そうなのが、弓だったからね。罠のとしても使えるし」
「そうなんだ。私も練習してみようかな」
「いいじゃない? 軍に入るなら、武器は扱えた方がいいだろうし」
イルヴァが二人の会話を聞いて呆れる。
「あんたたち、なんでそんなに落ち着いてるの……」
二人は顔を見合わせる。
「まぁ、近頃、色々あったから……」
「私は落ち着いていません。ただ、自分にできることをやってい……外に何かいる」
オルシアの言葉に、イルヴァが腰を浮かした。だが、ルナが止める。
「あ、大丈夫。私の使い魔」
オルシアが外を覗く。階段を軽快に降りてくる白い狐が、オルシアを一瞥してから、ルナに報告する。
「ダメだな。離れた方が良い。この二人がいた辺りは、魔物同士の争いになってる。危険すぎるぜ」
「わかったよ、カンナ。とりあえずは、位置だけ覚えて、調査は後にしようか」
オルシアがにやけ顔で、カンナを屈んで見つめている。撫でようとすると、カンナはするりとその手を避けて、イルヴァの足に巻き付くように後ろに隠れた。
オルシアがイルヴァを恨めしそうな目で見つめる。
「いや、そんな、睨まれても……」
困惑しながらその視線から逃れようと、イルヴァもルナの後ろに隠れた。
「移動します。二人とも動けますか?」
「え、ここで寝るんじゃないの?」
イルヴァが嫌そうな表情を見せる。
「ここは魔物に狙われている可能性があるので……。眠たいってことは、外は夜……、そっか。まだ日を跨いでもいないんでしたっけ」
「そうだね。まだ深夜にもなってないかも知れない……」
外の時間の流れは、この空間から見れば、相対的にゆっくり流れている。
ルナとイルヴァたちのこの世界に来たタイミングを考えると、外の一時間で、こちらの四日か五日間くらいかもしれないと計算した。ただしこれは、ルナの体感時間での計算なので、当てにはならない。
「もう少し眠気は我慢してください」
ルナの言葉にイルヴァは肩を落とした。
そのとき、オルシアが外を見た。カンナも耳を立て、気配を探る。
「人が来る……」
「……ああ、人間だ。それか革靴を履いた吸血鬼だな」
カンナの軽口は無視して、ルナだけが外に出る。弓を構え、その人物が姿を見せるのを待った。
階段を上って来たときまず見えたのは、散らかった生え際である。彼はルナの姿を見止めると、少し嫌らしい笑いを浮かべてから、弓を見て手を上げた。
「落ち着いてくれ、ルナ」
魔導師である。第四学位の生徒しかいないこの状況では、とても頼りになるはずである。だが、ルナは嫌な顔をしないように我慢する。
オリエンス魔導師だ。
中年の魔導師で、ルナとは少しだけ因縁がある。入学時の試験官として、ルナを不合格にしようとした人物である。
それだけで嫌っているわけではないが、今は置いておく。
「オリエンス魔導師。どうして、ここに」
「もちろん。助けに来たのだよ。君が独りでいると思うと、居ても立ってもいられ……」
オリエンスは後ろにいるイルヴァとオルシアを見て、口を噤んだ。
「……ど、どうして君たちが」
オルシアが胸を撫で下ろす。
「ああ、良かった。魔導師がいてくれるなら、少しは安心です」
「……」
イルヴァも黙り込み、微妙な空気が四人の間に流れる。カンナが言う。
「おい。お見合いしてる場合かよ。さっさと移動しようぜ」
オリエンスが同意した。
「そうだな。良し。俺に付いてきなさい。安全な場所で話そうじゃないか」
オリエンスが先に行こうとし、オルシアが付いていこうとする。しかし、ルナとイルヴァが動かないので振り返った。
「どうしたの?」
「ん……、うん。いえ、なんでもない。行きましょうか」
三人と一匹はオリエンスの案内に従って、静かに移動を開始した。
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