神隠し
◆
本の海の中で、ゆっくりとした水泳に興じる。
天井まで届きそうな棚にびっしりと本が敷き詰められ、壁側の本棚はもはや本自体が壁となっている。
手の届かない場所は、ダミーの本で埋められている場所もあるが、ヴァヴェル学園の図書室は、隙間を惜しむように、様々な本を蔵書していた。知の海であり、歴史の迷宮である。
ゴーレムに頼めば、目当ての本を探してくれるし、その分類の場所まで案内してくれる。手の届かない場所にある本棚も眺められるように、体を持ち上げてくれたりもする。
分類し、掃除し、片付けを粛々と行うゴーレムたちを、ルナは愛おしく思った。
常に図書室は清潔に保たれ、快適である。見た目は雑然とした印象を受けるが、おそらくは世界の中でも、屈指の秩序を持っている場所だ。
久々に独りの時間だ。放課後、オルシアにすら何も告げずに、図書室に訪れた。ルナは目的の本を探しつつ、目に付いた興味の深い書物を手に取ってはゆっくり眺めていく。
調べるのは不死者への対抗策である。今のルナにアルフォンスのような繊細な力技はできない。
唯一、真似できそうなことは、アルフォンスの使っていた魔槍である。
「それ、ください」
「やるわけないでしょう。欲しいなら力尽くで奪いなさい」
第四学位に上がってからは、また二人だけの訓練に戻っている。そこで合格祝いをおねだりしたのだが、無駄だった。
試験は順調に終わったとは言い難く、当初の予定である順位付けは行われなった。第三試験まで残った者は全員合格。それだけが通知されたのだ。
その結果、問題が二つ起こった。
ひとつの問題は、順位で賭けを行っていた生徒たちの揉め事である。
賭けの対象が消えたことで、生徒から集めたか金は宙ぶらりんとなり、それに怒った賭けをした生徒たちと、賭けの元締めとの間で、喧嘩が勃発した。
さらに、学園側も、王族の観覧試合での賭けという、風紀を著しく貶める行為を問題視し(というか金銭の動く賭け事は元々禁止らしい)、元締めの生徒の退学処分と、賭け金の全額没収を決めたのである。
賭けに参加していたイルヴァは盛大に嘆いていた。
オルシアとルナのオッズは、試験前に謹慎処分を受けたことでかなり低くなり、イルヴァとしては美味しい配当が得られるはずだったのだ。かなりの金額を賭けていたらしく、金欠になってしまったようだ。
ルナとしては自業自得だとしか思えないので、同情もしなかったが。しかも没収された賭け金は、生徒たちの教材の購入に充てられるらしいので、関係ない者には得でさえある。
もうひとつの問題は、ライジュ魔導師が用意した、成績一位に与えられる賞品、魔道具である。
第三試験の結果がわからないため、第一・第二試験だけの結果で判断しても良いのだが、それだと同率で一位の者が三人もいることになる。アン、リリアナ、オルシアだ(ライムンドはインフェルナ校の生徒なので関係ない)。
沢山の魔道具を持っているライジュも、三つも渡すのは惜しくなったようで、賞品贈呈は取り止めになってしまった。
ルナは本を一冊、本棚から取り出して独り言ちる。
「吸血鬼……、魔道具……、修復……」
ルナはその本の内容をパラパラと捲って見た。魔術師オルセウスの著書である。授業でも良く聞く名だ。
興味のある内容であるし、どうして魔物の分類の棚にあるのか理解できずに手に取ったのだが、内容は魔道具のことよりも、吸血鬼の対処方法と、今ある対処方法の間違いを指摘する内容であった。
十数年前に書かれたものだ。今では時代遅れであるが、そのひとつに気になる章題があった。
「出土品の修復依頼……」
出土品。魔道具の中で、もっとも貴重なものである。
何千年以上前に滅んだ古代魔術師が作り出した『アトリエ』と言われる空間で見つかるもので、中には一国の命運を左右するほどの力を持つ物もあるという。
原理はわかっておらず、基本的に複製も、修復も不可。
それゆえに市場に出回ると高値が付き、国家はこぞって出土品を欲している。冒険者が危険を顧みずにアトリエに潜るのも、その出土品を探しているからである。
章の内容はほとんど愚痴に近いものだったが、参考になる部分もあった。
「出土品の修復について、魔術の知識だけでは足りないことが良く理解できた。形を真似、模様を真似、構造を真似ても、直ることはない。精霊使いである私の相棒がいなければ、これが直ることはなかった。
古代魔術とは、魔術と精霊術の組み合わせであり、魔法と魔術の融合なのではないかと考え至った。
エルフである相棒に、その秘密を訊ねたが、教えてはくれなかった。どうやら相棒自身も、精霊術について何かを理解して使っているわけではないのである。
つまりは、私では修得は不可能なのだ。諦めるのは癪だが、言っていても仕方がない。自分にできることの範囲で、それを越えて見せれば良い――――」
前向きな著者に好感を持ちながら、ルナの知らない語彙を考える。精霊も魔術も知っているが、『精霊術』については残念ながら授業では教わっていない。
ルナは本を閉じて棚に戻す。魔道具の修復方法があるならば、試したいところである。
アンの杖である腕輪を修復できれば、もしかしたら彼女の力を取り戻せるかもしれない。古代魔道具とは別の物だとはわかっているが、試してみる価値はある。ただ、分類上で魔物の棚にある本から、得られるものは少ないと思ったのだ。
「黒炎についても調べたいし、治癒魔術についても調べたいし……。どこからやり出せばいいんだろう……」
ダウリのナイフが吸血鬼に効いたことも気になる。アルフォンスにもわからなかったことだ。
近頃のアルフォンスは、質問すると不機嫌になる。どうもルナが、アルフォンスにもわからないようなことを選んで質問している、と思っている節がある。そんなつもりはないのだが、師として答えられないことに腹が立つらしい。
「ありがとう。もう降りるね」
高い場所にある本を見るために、足長椅子に変形してくれていたゴーレムが縮み、床に下してくれる。奇妙な形をしたゴーレムをひと撫ですると、彼は少し嬉しそうに体を揺らしてから、自分の仕事に戻っていった。
足元に何かがあることに気が付く。紙きれだ。ボロボロの紙切れに何かが書いてある。本の隙間から落ちたのだろうか。ルナは拾い上げる。
「メモ?」
書いてあるのは、何かの言葉だ。
「呪文? 何の魔術だろう……」
『降魔の術、位相展開の法、臨剣の御簾、裂けよ』
ルナはその文字を見つめた途端、心臓が高鳴った。
それはルナを世界から追放した、魔神の呪文にそっくりだった。
◆
イルヴァが夜遅くに帰ってくると、オルシアが部屋の中を、グルグルと歩き回っている。
「何? 何かあったの?」
そう言うとベッドの上からダウリが顔を覗かせる。
「ルナが帰って来ないんだって」
「ルナ? フォルスター先生のとこじゃないの?」
「今日は訓練の日じゃないんです! 風を読んでるんですけど、見当たらないし……」
「……ルナだって女の子だからねぇ。誰かんとこで泊りなんじゃない?」
「ルナちゃんはそんなことしません!」
そんなことを話していると、寮の女子が何人か顔を覗かせる。
「ヴェルデさんなら図書室で見たよ。放課後の話だけど」
「怖い顔で呪文書漁ってたから、話しかけなかったけど……。あの調子ならまだいるんじゃないかなぁ」
オルシアが足早に部屋を飛び出す。
「ありがとうございます! いってきます!」
即座の行動を見送ると、イルヴァが眉間に皺を寄せる。
「元気だねぇ……」
ダウリがイルヴァに言う。
「一緒に行ってあげなよ。どうせ暇なんだから」
「ええ~。まぁ、いいけど」
そう言ってイルヴァはオルシアを追いかけた。
明かりが絞られ、薄暗くなった廊下を行く。オルシアたちが駆け抜けるたびに、明かりは忙しく明滅し、足元を明るく照らしてくれる。
図書室の大きな扉を開けて中に入った。
規則性の無い様々な形のテーブルが置かれたラウンジが、オルシアとイルヴァを迎えた。
本を落ち着て読むための場所である。生徒がいるならここであるが、ひとりの姿も見当たらない。
オルシアが受付にいる司書ゴーレムに詰め寄る。
「ルナちゃ……ルナ・ヴェルデはいる⁉」
ゴーレムは軽く頷いた。立ち上がって図書室の見取り図を指した。
図書室は塔を丸ごとひとつ使っている。見取り図には五階層分の構造を示している。その見取り図にはゴーレムの場所と、人がいる場所が名前とともに表示される。
第五学位以上しか入れない四階の部分に数人の生徒の名前。地下一階は禁書の保管庫と、魔導師たちの専用のスペースで、何人かの名前がある。
オルシアとイルヴァはその中からルナの名前を探した。もちろん見取り図にはオルシアたちの名前も書かれている。そして、意外なことにルナの名前はすぐ近くにある。
「ここ? どこ?」
イルヴァがいうと、オルシアが振り返って探した。このラウンジに名前があるのだが、やはり人影は見当たらない。
「アタシが地図を見てるから、探してみて」
「わかりました」
オルシアがルナの名前が表示されている方に歩いていく。机の後ろに隠れているのかと、覗き込みながらゆっくり歩むが、やはり人影も気配もない。
「そこ! その目の前!」
イルヴァが叫ぶ。図書室で大声を上げるのはマナー違反だが、今は誰もいないのだから気にしなかった。
オルシアが足を止める。人の姿はない。ただ、机に本が何冊か乱雑に広がられており、その回りを二体のゴーレムが右往左往している。
「な、なに……?」
オルシアが不思議に思ってその場所に近付く。広げられている本は呪文書で、寮の女子からのルナの目撃情報と合致する。だが、誰もいない。
本を片付けようとするゴーレムたちは、机に広げられたそれに手を出そうとしない。まるで、そこに見えない誰かが本を読んでいるかというように。
ゴーレムは本が放置されていると考え、片付けようとしている。しかし、そこにはルナの位置情報があり、手を出せない。二体の司書ゴーレムは命令を遂行の、無限ループに嵌っているのである。
イルヴァもやってきて、その様子を見た。
「どうなってるの。ルナはどこ?」
異常事態に気が付いていない受付の司書ゴーレム。何が起こっているのか理解できない二人。どうしようもなく一瞬立ち尽くすが、オルシアの行動は早い。
「緊急事態! 学園長に連絡!」
オルシアが叫ぶと、ループに嵌っていた司書ゴーレムたちは跳び上がって、自身の命令を上書きする。他のゴーレムたちも呼応して、オルシアたちを見た。
「生徒がひとり、行方不明! ルナ・ヴェルデを探して!」
だが、ゴーレムたちの認識ではルナ・ヴェルデはいるのだ。主人であるオド学園長への連絡だけが行われた。
◆
眠っていたリリアナとダウリも知らせを聞いて、図書室に急ぎ合流した。
オドたちが、ルナがいたであろう場所を魔術で探っているが、目ぼしい情報は出てこない。アルフォンスが紐で非常線を張り、誰もルナのいた席に近付けないようにしている。
リリアナがダウリに事情を尋ねる。
「ダウリお姉さま、本当なんですの? オルシアもイルヴァさんもいなくなったって……」
「うん……。こんなことになるなら、私が探しに行くべきだった……」
「いいえ。お姉さまが巻き込まれなくて良かったですわ」
図書室で三人の生徒が失踪した。図書室は閉鎖され、その夜のうちに魔導師による本格的な捜索が始まった。
だが、ルナ、オルシア、イルヴァの姿は、どこにも見当たらない。
もうすぐ深夜と呼ばれる時間帯になるのに、休ませてくれないで弟子に、アルフォンスは溜息をついた。
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