表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
42/88

焦土の中

 ◆


 重症者の搬送が終わり、兵士たちすらも小休止に入った。

 ルナは軽傷者の中でも、傷の深そうな者や、あとの残りそうな者を優先に治療する。百人以上もいるのだ。さすがに魔力が足りない。


「若いのに治癒魔術を使えるとは……、さすがはあのフォルスターの弟子だ」


「ルナちゃん。無理するなよ」


「ありがとうございます。ヴェルデさま……」


 生徒の中にはルナのことを「さま」付けで呼ぶ者も多い。いつもなら呼び捨てにしてと言うところだが、今はそのエネルギーも惜しい。

 そうやって皆の間を駆け回っていると、多くの荷馬車とともにジルベルト王子が騎馬に乗ってやってくる。兵士たちが慌てて姿勢を直し、ヒザマズこうとするが、ジルベルトはそれを止めた。


「そのままで良い。皆、聞いてくれ」


 ジルベルトは笑みを浮かべている。


「皆の戦いぶりに、私はこの国の未来を見た。学生も、魔導師も、兵士も、立場を越えて戦い、背中を預け合う姿。私は深く感動を覚えた。良くやってくれた!

 学生の諸君には朗報がある。此度の第三試験に参加した者は、全員が合格である。おめでとう。君たちは第四学位へと上がることが約束された。追って各学園から、正式な書類が届くだろう」


 オドが眉を上げ、ディンセル校長に視線を送る。ディンセルは首を軽く横に振り、諦めたようなジェスチャーをした。オドも肩を竦め、水を差すのは止めておく。


「だが……だが、だ。今回の事件は、この国にこれから起こる苦難の縮図……。誰にもでも訪れる、危機がすぐそこまで迫っている。その確たる証拠である!

 魔王との戦い。魔王軍との戦争だ!」


 その言葉に観衆は動揺せず、様々な表情を浮かべた。

 王族が魔王の存在を口にしたのだ。それはこれから血の時代がやってくることを示す。このときのために、市長であるドラウスは魔王軍の噂(・・・・・)を流し、衝撃を和らげる空気を整えていたのだ。


「生徒の諸君にはすまないことをした。君たちはただ真剣に試験に挑んでいただけだった。だが、私は君たちを利用したのだ。

 王族である私が試験に来るとわかれば、魔王軍は必ず動くとわかっていた。私自身を囮に使う予定だったが、残念ながら魔王は私などには興味がなかった……。

 私の甘さが、君たちに余計な負担をかけてしまったことを、ここに謝罪する」


 騎馬の上とは言え、王族が顔を伏せたのだ。聞いている者の中には、感涙の涙を浮かべている者もいる。

 ルナはなんとなく構造が見えた。

 生徒が襲われたのは本当に予想外だったのかもしれないが、有力者の集まる公開試験で、魔王軍の襲撃を誘引する目的は完遂された。

 街の中に入り込んだ魔王軍を炙り出す。王子は今までの事件から、魔王軍は派手に見せつける傾向があると踏んでいた。

 王族が見物に来るというイベントを用意し、多くの有力者にその脅威を見せつける。そして、王国全体を動かし、戦争に向かわせる。

 戦争の口火を切り、国家の趨勢スウセイを支配するつもりなのだ。

 アルフォンスはこれを予測していたために、王子に近付くなという忠告をルナに送っていただと考えた。巻き込まれる心配をしていたのもあるが、戦争への強制的な動員を恐れてのことである。


「だからと言って、私は反省も、後悔もしない。国を守るために、民を守るために、家族を守るために……、私は止まることはない。私たちは止まるわけにはいかないのだ!

 愚かな私に力を貸してくれ! 私とともに、この国の守護者となってほしい!

 魔という脅威を、その手で討つ勇者よ! 立ち上がるのだ!」


 この様子は魔導師セシリアの魔術によって、空中のスクリーンに大々的に映し出されていた。それは街からも良く見えたし、聞こえていた。避難を完了していた有力者も、街の住人も、その演説を聞いていた。

 歓呼が波のように広がる。


「ジルベルト殿下、万歳!」


「ルトロネル王家、万歳!」


「魔王討つべし!」


 血に飢えた狂気が伝染し、正常な思考を放棄した民衆は、戦いの中へと突き進んでいく。


 ◆


 ヴィテウス・リルケーは広い廊下をウロウロと歩き回っている。

 これも王子の作戦なのかと考える。宮廷魔術師である自分を巻き込むことで、機運を己の望む方向へ持っていく。

 第四王子ジルベルトは、王になることを望んでいる。この戦争を利用し、その地位を高める。あるいは、他の王子を追い落とすつもりなのだ。


(いや、ライラを魔物が襲うなど、計算していたとは思えない。不測の事態が、あのバカ王子の方へと傾いたか……)


 色々考えずにはいられない。


(もし、ライラが死んだなら……、私は……私は、どうする? それでもあの王子に仕えるのか? 魔王への恨みを晴らすために利用するのか?)


「ええい!」


 杖の先を床に打ち付けた。大きな音が廊下に響く。護衛の騎士ドローランが咎める。


「ヴィテウスさま、大きな音を立てないでください。それで中の治癒術師の手元が狂ったらどうするのです。座ってください。アルフォンスさまがいるのです。必ずリリアナお嬢さまは助かりますよ」


「む、ぐ……!」


 ヴィテウスは怒鳴りつけそうになるが、理性を総動員して抑える。ドローランの言う通りなのだ。自分が動揺ばかりしていては、いざというときにリリアナを救えない。

 ヴィテウスが大人しくベンチに座ると同時に、処置室の扉が開き、アルフォンスが顔を出した。ヴィテウスは一瞬で詰め寄る。


「ライラは! 無事か⁉」


 いつものアルフォンスなら、近いしうるさいと返しそうだが、軽口を言える状況でもないし、アルフォンス自身も疲れている。


「近いですし、うるさいです。病院では静かにお願いします」


「無事なのか⁉ 答えろ‼」


「無事ですよ。だから、静かにしてくださいませんか」


 ヴィテウスはそう言われ、フラフラと体を揺らすと倒れそうになり、ドローランに体を支えられた。そのままベンチへと運ばれ、がっくりと力なくうな垂れた。


「そうか……。そうか、良かった……。怒鳴って、すまない」


「家長であるあなたがそのように動揺していては、リリアナも不安になってしまいます。少し落ち着いてください。あなたらしくもない」


「すまん。わかっているのだ。だが、どうして……、歳を取るとな。何人も子を育ててきたが、末の娘のこととなるとどうもな……」


 宮廷魔術師であるヴィテウスには、国政を左右する権力があるわけではない。ただ、王侯貴族に助言を与え、魔術を研究し、宮廷をその技で守るのが仕事だ。それには並外れた知識と技量、そして精神力が必要である。

 アルフォンスはヴィテウスとそこまで親しいわけではないが、このように動揺している姿を見ることは今までなかった。


「それで、容態は。会わせてもらえるのか」


「ええ。両手も元に戻ります。今から病室に移しますが、まだ眠っていますので話すことはできませんが、会うことはできます」


 何人かの治癒術師や助手たちが、アンをベッドごと運び出す。彼女の容態はカンバしくはなさそうだが、命は助かったようである。

 その後にリリアナも運び出される。両腕は魔術の施された包帯で何重にも巻かれ、痛々しい。ヴィテウスは病室についていこうとするが、アルフォンスに止められてしまう。


「なんだ? まだ何かあるのかね。ドローラン、ライラについていてくれ」


「御意」


 ドローランとリリアナが廊下の先に消えると、アルフォンスは口を開いた。


「アン・レデクシア君のことです」


「リリアナ君が私に譫言ウワゴトの如く言ってきまして。リルケー領で起きていることで、あなたに訊いておかなくては……」


「ほう。聞かせてくれ」


 そう言ったのはヴィテウスではなく、いつの間にか後ろに立っていたジルベルト王子である。


「王子……。油断も隙もない人だ」


「ハッハッハッ! そう褒めてくれるな。それでリルケー領が何だと言うのだ?」


 アルフォンスは溜息をつくが、どうせ知られることである。話してしまうことにした。


「アン・レデクシア君は、リルケー領のレデクス村の出身とのことです。そこでは領主による手酷い弾圧が行われているとか。何かご存じではないですか」


 アルフォンスの言葉に、ヴィテウスは眉をヒソめる。ジルベルトが興味深いと目を細める。


「弾圧か。それはヴィテウスに訊くのはお門違いだ。

 ヴィテウス・ライオ・コンテフォルツ・フォンデルケルン・リルケーは領地を持ってはいない。まだ、貴族社会に慣れていないようだな、アルフォンス」


「と言うと?」


 アルフォンスは興味がないことには首を突っ込まない。一応の貴族ではあるが、その社会の事情にはウトかった。

 ヴィテウスが説明する。


「リルケー領は、ヴェリンジャー・リルケー子爵家の領地なのだよ。私はフォンデルケルン・リルケー伯爵家の当主だ。同じリルケーなのだが、その辺りは少し複雑でな。

 フォンデルケルンはリルケー家の分家で、ヴェリンジャーがリルケー領を継いだ本家に当たる。ただ、今ではフォンデルケルンの方が高い爵位となり、ヴェリンジャー家とは疎遠な状態なのだ」


「そうでしたか……」


 ジルベルトは話を続けた。


「レデクシアか。あのアンとかいう娘が、その弾圧をやめて欲しいと、リリアナ嬢に頼んだということか?」


「いえ。そういうわけではないようです。ただ、アン君はリルケー家に対して、恨みに近い感情を持っているようです。リリアナはその誤解を解きたいのでしょう。それが今回の件にどう関係あるかはわかりませんが、何か引っかかるものがあります」


「なるほど。勇者レデクの出生伝説があるレデクス村には、魔法を使う者が生まれやすいと聞く。魔術、魔法を毛嫌いしているヴェリンジャー家が、いかにもやりそうなことだ」


「勇者レデク。確か、太陽の守護者でしたか。王子、良くご存じでしたな。私もすっかり忘れておりましたわ。確か、優秀な戦士を育てることを伝統としている村だったと記憶しております」


 ヴィテウスとジルベルトは、何かを考えて黙った。その間にアルフォンスは頭の中で話を整理する。

 ヴェリンジャー・リルケー家としての本家であるが、代々の宮廷魔術師を輩出するフォンデルケルン・リルケー家に爵位を追い抜かされてしまった。そこで魔術や魔法を嫌うようになり、魔法使いの村であるレデクス村を弾圧しているということだろうか。

 だが、この時期である。

 魔王軍の動きが活発になっているこの時期に、勇者の出身地を弾圧している貴族がいる。どうにもきな臭い話だ。

 ジルベルトが手を叩いた。


「よろしい。この件は私が預かろう」


「王子……。直接、ヴェリンジャー家に手を出すようなことは……」


「もちろん、わかっている。だから、別荘を建てることにする。丁度、新しい別荘が欲しかったのだ。そうだな。閑静な田舎の村が良い。道を整備し、村人を雇い入れ、食糧を買い入れ……。さて、忙しくなってきた」


 ジルベルトは獲物を見つけたようだ。

 レデクス村に王家の別荘が建てば、ヴェリンジャー家も表立った行動はできなくなる。優秀な魔術士見習いのアンに恩を売れるし、質の良い戦士を手に入れられるかもしれないと考えているのだ。

 ジルベルトは己の欲望に忠実で、良心を持ち合わせてはいないが、レデクス村は悪いようにはならないはずだと、アルフォンスは考えた。

 第四王子は自らが王になるとき、焦土の中に立つつもりはないからである。


読んでいただきありがとうございます!

ブックマーク、お気に入り登録、コメント等で応援お願いします!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ