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乾いた青空

 ◆


 空中を舞う魚群の如く、空中の敵を切り裂くレオの杖は、空を飛ぶ魔物を寄せ付けない。

 アニエッラの生み出した水が、敵の足を止め、小さな魔物を溺れさせる。

 そこにライムンドの破壊力のある打撃が繰り出される。彼のそれは、魔術なのか肉弾攻撃なのか不明だが、魔物を一撃のもとにホフっていく。消耗を抑えるために、近接戦闘に切り替えたのだ。

 戦闘するうちに、誰が信頼できるのか、強いのか、ライムンドは理解してきた。

 ライムンドの背後にいたオークを、ロバルトの雷撃がその場に焼き付ける。ライムンドはロバルトの雷撃を利用し、自身の魔力を上乗せして、他の魔物へと放つ。


「今のはオレのスコアだ」


「いや、我の力だ。我のスコアだ」


 別に競い合っているわけでもないし、本気でもない。だが、話していると疲労のことを考えないで済む。


「アニエッラ!」


「やるよ!」


 オルシアの風がアニエッラの水を舞い上げ、嵐となって魔物の侵攻を阻む。空中に舞い上げられた地上の敵を、レオの刃の杖が仕留めていく。

 隣に誰かがいると、いつも以上に力が湧いてくるものだ。だが、限界もある。

 既に多くの学生たちは魔力が尽き、立ち上がるのもやっとである。ゴーレムたちが守っているが、このまま魔物が増え続ければ、被害が出る。

 魔導師も効率的に戦いを進めているが、それでも限界がある。いつ終わるとも知れない戦闘は、魔術士にとっては関わってはいけないものである。

 計算が狂っている。敵の戦力は想像以上であった。


「見ろ! 結界が!」


 誰かが叫び、皆が正面を見つめる。

 黒い靄のような結界が、揺らぎ消え去っていく。魔物たちを生み出していた門が消えたのだ。

 オドが言う。


「アルフォンスがやったか。さぁ、みんな! もうひと踏ん張りだよ!」


 にわかに活気付いたミルデヴァの民たちは、魔物たちを押し返す。

 今まで連携の取れていた魔物の攻撃が、どこか散漫になる。ゴブリンやオークのようなある程度の知能のある魔物は、押し返されないように纏まって行動するが、理性のない魔物の中には、別種の魔物を攻撃するものまで現れる。

 仲間割れ、というより、今まで協力していた理由がなくなった。あるいは、支配が解けて反旗をヒルガエした。そのように見えた。

 逃げ出そうとする魔物だが、こんな街の近くに放つわけにはいかない。ゴーレムたちが取り囲み、逃げ場を塞いでいた。

 あとは殲滅だ。

 最後の一匹まで倒しきったとき、兵士のひとりが勝鬨カチドキを上げ、魔導師も生徒たちも歓声を上げた。

 そのときになって、ようやく街の方から騎馬隊がやってくる。待機していた街の兵士たちだ。


「終わったのですか⁉」


 騎馬隊の隊長が兜を脱いで言う。


「遅いんだよ! 何やってたんだい」


 オドが文句を言うと、ばつが悪そうに隊長は答えた。


「申し訳ございません。王子の姿が見えず、多少の混乱が」


「あのジルベルト……。いつか絞めてやる」


 オドの言葉は聞かないようにして、隊長は周囲を見渡す。そして、部下に指示を出した。救護の必要そうな者を優先的に連れ帰る。隊を分け、周囲に生き残りがいないか探す。

 オドは遅いと言ったが、戦いが始まってまだ十五分も経っていない。戦っていた者にとっては、一時間にも二時間にも感じたのだ。


「しかし、これはどういう状況なのです」


 隊長は上を見上げている。

 黒い靄のかかっていた森は、ほとんど焼け落ちているが、その上にとてつもない巨樹が出来上がっている。魔術や魔物を見慣れている騎馬隊隊長も、然しもの光景に驚愕を隠せない。


「ルナちゃん!」


 オルシアがその巨樹の方へ駆け出し、オドはその先を見た。

 アルフォンスが何かの塊を浮かし、こちらに運んでくる。リリアナとアンを包んだマユだ。


「お、お嬢さま⁉ どうしてこんな……!」


 レオがリリアナを見て叫ぶ。リルケー家に仕える彼としては、リリアナをこんな姿にすることはあってはならないことだ。

 リリアナとアンは繭に包まれ、繭と同様の素材の管によって繋がっていた。リリアナの手は包帯でグルグル巻きにされたようになっているが、明らかに短い。手首から先がほとんどないのだ。


「レオカディオ。心配いりませんわ。それよりもあなたこそ、傷だらけですわよ」


 リリアナの受け答えがしっかりしていたので、レオは少し安心した。


「今はご自分のことだけを考えてください……!」


 アルフォンスに引かれ、二人を包んだ繭は進む。オドがその横に付き、足を止めないように話しかける。


「アルフォンス、何があったんだい」


「オド学園長。リリアナ君が内側から結界を破ってくれたのです。そのおかげで大幅に時間が短縮できました。アン・レデクシアが致命傷を負い、その治療中です。私はこのまま二人を病院に運びます」


「わかったよ。こっちは任せときな」


 アルフォンスは兵士から騎馬を受け取ると、そのまま駆け出した。一刻の予断も許さない状況であると皆理解している。

 レオは付いていこうとするが、魔導師に止められる。まだ周りに生き残りの魔物がいるかもしれないのだ。

 ルナは付いていかず、その場で見送った。既にアルフォンスの処置は完璧で、ルナにできることはないことはないが、アルフォンスに任せておけば問題ないはずだ。


「ルナちゃん! 大丈夫⁉ 怪我はない⁉」


 オルシアが肩を揺らす。


「大丈夫だよ、オリィ。私は無傷」


 無傷ではないのだが、負った怪我は既に回復している。わざわざ心配させることを言う必要もない。

 ロバルトも足を引き摺るようにして、ルナに歩み寄った。


「お前、あの結界の中にいたのか。リリアナと、あれはアンってやつだよな。二人は……」


「二人は大丈夫。重症だけど……」


 ルナが色々事情を話そうとしたとき、大声で名を呼ばれる。


「ルナ・ヴェルデ!」


 ライムンドが足を踏み鳴らして近付いてくる。ボロボロの姿をしているが、まだ元気そうだ。


「な、何? まだ、やるつもり?」


 ルナが構える。


「あれはお前がやったのか⁉」


 ライムンドは腕を振り上げ、巨樹を指差した。


「え? ええ、まぁ、そうだけど……。でも、結界を解いたのはリリアナだし、中の魔物を倒したのアル先生だから、私は……ほとんど何もしてない……」


 なんだか自分で言って悲しくなってきた。無力だ。


「……」


 ライムンドは少し小さくなったあと、目いっぱい背伸びして腕を振り上げ、空に叫んだ。


「おおおお! 我の負けだ‼」


 その大声に皆が耳を塞ぐ。


「ルナ! ロバルト! いずれ、我はお前たちを超える! 帰って訓練だ! ついてこい。レオ、アニエッラ!」


 大股で歩き出したライムンドだったが、インフェルナ校の魔導師に拘束された。あっさり捕まったのは、明らかに彼も限界だからである。


「元気なやつ……」


 ロバルトが呆れたように言ったあと、誰かの姿を探して辺りを見渡した。


「で、ディルタはどこだ。まだ地下にいるのか?」


「あ」


 ルナはすっかり忘れていた。


 ディルタは巨樹の頂上近くで寝転がり、空を眺めていた。

 決して下を見てはいけない。気絶してしまう。


「空が綺麗だなぁ……」


 黒い結界の晴れた空に、白い雲が浮かんでいた。


 ◆


 ギルムドは激痛で目を覚ました。

 汗をかくはずがないのに、全身が脂汗でべったりと濡れている。

 術の反動で脳が揺れ、手の震えが止まらないが、それを無理矢理に自分の顔に持っていき、形を確かめる。

 ここは宿舎となる場所だ。人間の宿舎と違うのは、並んでいるのはベッドではなく、棺桶であるということだ。人間が見たら、霊安室だと思うだろう。

 別に棺桶で寝る必要はないのだが、主の言いつけで棺桶に眠らされている。それは、「その方が吸血鬼っぽい」という理由であった。


「どうした、ギルムド。嫌な夢でも見たのか、くくっ」


 同じ主を持つ吸血鬼の従徒(レッサーヴァンパイア)のマルルスが、こっちを見て皮肉な笑みを浮かべる。

 吸血鬼は夢を見ない。眠ることもない。冗談のつもりだろうか。

 ギルムドは顔を上げ、マルルスを見た。マルルスは何かに気付き、顔色が変わる。そして、その場で慌ててヒザマズく。


「……申し訳ありません、ギルムドさま。まさか、王になられたとは知らず……」


 ギルムドは立ち上がると、自分の力でマントを作り出し、羽織った。


「いいよ。少し出掛ける。血が足りないから」


「ハ。……その、ファスミラは……?」


「ファスミラは死んだ」


 ギルムドがそう言うと、マルルスは少し震えた。

 これで従徒は自分だけだ。次に主が死ねば、今度は自分の番である。それに歓喜した。


読んでいただきありがとうございます!

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