回生
◆
「良かった。では、とりあえず移動して、ゆっくり話をしましょう。お約束します。悪いようにはしません」
ルナの戦意がなくなった判断したファスミラは、手を差し出した。
「さぁ、いきましょう」
「……」
ルナはその手を取ろうと手を伸ばした。反対の手を後ろに隠して。
そして、手を取った瞬間に、黒いドレスの少女を引き寄せ、反対の手を突き出す。ファスミラはそれに反応し、突き出されたルナの手を掴んで止めた。
「そう来ると思っていました」
「だろうね」
「その小さなナイフで傷付けることができたとして……、その程度でわたくしを殺せると思っているのですか」
ルナはナイフを握っていた。ファスミラに止められ、その刃は届かなかった。
ルナはファスミラの耳元で囁く。
「止めてくれてありがとう……。効くことがわかってホッとしたよ」
緑のドレスは、魔装と呼ばれる。それは防具であり、戦闘服であり、儀式の服装である。とても丈夫で、魔法の力でルナたちの身体能力を上げ、魔法の精度を上げてくれる。
その代わりと言っては何だが、何かを隠すのには向いていない。体に完全に合った服は、秘め事を行うには向いていない。そして、丈夫過ぎる。
もし、この怪人が気にせず、ナイフを体で受け入れていたなら、ルナには成す術がなかった。さっきの巨樹の枝を使って飛ばしたナイフの奇襲が効いたのは、ただの偶然か、この怪人がルナを弄んでいるだけか。
だが、怪人は攻撃を止めた。
ルナの手に握られたのがダウリのナイフでなく、木で象られたナイフのような形の物であることに、ファスミラが気付いたときには既に遅い。
ルナの背中から腹を貫通して、ナイフが飛び出してきた。それは勢いを弱めることなく、ファスミラの胸の辺りを貫く。
「ぐっ!」
呻いたのはファスミラ、ルナ。どちらもだ。
ファスミラがルナの体を振り払い、距離を開ける。ルナの腹は自身が作り出した枝によって貫通され、その場に磔にされていた。
その価値はあったと、激痛の中ルナは確信する。ファスミラは心臓の付近から膨大な量の黒い液体が溢れ出し、踊りながら回転し周囲を汚している。
少女の形からとは思えない叫び声を上げて、ファスミラは悶える。悶えるたびに黒い液体が溢れ出してくる。
ルナは腹を貫いた枝を折り、そのまま走り出して無理矢理引き抜く。常人であれば致命傷。悪ければそのままショック死する大穴。激痛。
腹の穴を治療している時間はない。枝の先端に取り付けられたナイフを手に取り、さらにファスミラに斬りかかった。
残念ながらルナはナイフの扱いに慣れていなかった。斬るよりも突く方が、致命傷を与えやすいはずだ。しかし、無意識のルナは上から振り下ろすことしかできない。ファスミラは黒い血涙を流しながら、その斬撃を腕で防御する。
「ぎゃああ!」
ファスミラは悲鳴を上げる。腕は切り落とされたが、まだ致命傷ではない。
腕が膨れ上がり、切り落とされていない方の手でルナを包む。身動きひとつとれなくなり、ダウリのナイフを手離してしまった。巨人のような手がルナを圧し潰そうとする。
「死ね!」
悪魔のような声が響き、ルナの骨が軋みを上げる。内臓が潰れ、口から血が溢れた。声を上げることも適わないのに、肺から押し出された空気が、悲鳴のように響く。
それが止まる。
妙な感覚に、ファスミラは片眉を上げた。そして、何かに気が付くとルナを離し、後ろに跳ぶ。が、遅い。ファスミラの肉体はバラバラに切り刻まれ、また再生が始まる。
圧力から解放されたルナは、自分を治癒しながら理解できない言葉を叫ぶ。ナイフを拾い上げ、追撃しようとする。だが、襟首を掴まれ、前に進めなかった。
いつの間にかアルフォンスが背後に立って、ルナを止めている。
「……アル先生! そいつはすぐに再生を……⁉」
血反吐を吐きながら叫ぶ。が、怪人の様子がおかしいことに気が付き、黙る。
先ほどと同じように再生しているのに、別の場所には移動せず、塵となる肉体の中に、さらに新しい肉体を作り出そうとしている。
無限に同じ場所で再生と崩壊を繰り返し、その場に留まっている。
「え。なに……」
ルナはその様子に絶句する。何が起こっているのか理解が及ばない。
「ルナ。まずは自分の怪我を治療しなさい」
前に出たアルフォンスは、片手から無数の糸を周囲に張り巡らしている。
「アル先生、あれは……」
アルフォンスが来てくれて助かった。だが、それよりも目の前で起こっている不思議な現象の方が気になった。
さっきまで饒舌に話していた怪人は、今は棒立ち姿のまま、剥製のように身動きを取れない状態にある。ぼやけては消え、また同じ場所に戻ってくる。
「不死者の殺し方のひとつです」
アルフォンスは簡単に言うと、コートの中からのんびりと何か取り出す。それは明らかにコートの中に納まる物ではなく、アルフォンスの身長よりも長い。
鋭い槍である。
「不死者はその生命力が尽きるまで再生しますが、不死者でさえ肉体から逃れられません。肉体を失えば、意識を失い、再生に時間を要します。
その時間を省略するために、不死者は自分自身の魂に、ある魔術を事前に仕込んでいるのです。前の肉体が死んだ瞬間に、新たな肉体を作り出す術。術者の意向に関係なく、自動で安全である場所を探し出し、そこに肉体を構築する。『転生の術』と呼ばれるものです」
ルナは頬の筋肉が痙攣した。
そんな魔術があるなら、不死者を殺すことなど不可能だ。無限に思える魔力を有している者を殺すには、無限の時間が必要になる。
だが、アルフォンスは不死者を殺すことができるという。現に目の前の怪人は、あっさりとアルフォンスの術中に納まったようだ。
「自動で安全な場所を探し出す魔術。であれば、安全な場所を用意してあげれば良い。魔術が感知できないほど、小さな危険を張り巡らした、安全な場所を提供するのです」
ルナは怪人の周囲を、目を凝らして良く見た。怪人の回りに薄い幕がかかったようになっている。だが、ぼやけて良くわからない。
しかし、アルフォンスの魔術は一貫している。そこからルナは予測した。
「糸、ですか。目に見えない糸の結界内に閉じ込めた?」
「その通りです。魔術の自動判定が、安全だと判断する程度の密度で、糸を張り巡らしています。僕は『輪糸無環の術』と呼んでいます」
糸は空気のように細く、魔術はその糸は無害だと判定する。魔術に意思はない。ただ、術者の意向を反映するだけだ。だから、意思を持ったように行動する使い魔召喚は、特別視される傾向にある。
糸を押し退け、肉体を再生すると、糸はまたピンと張り、肉体を切り刻む。糸を取り込んで肉体を再生しても、また同様に再生を阻害する。
糸で編み出した、終わることのない無限の死の空間。
これほどの細い糸を、再生に負けない強度で作れる、アルフォンスだけの術である。
アルフォンスは槍を回転させ、怪人に近付いた。とどめを刺すつもりだ。
「そいつを捕らえるのですか」
「いいえ。殺します」
「そいつは黒い炎を使います。情報を引き出したいのですが」
「残念ですが、ルナ。これだけの魔物を捕らえるためには、それ相応の危険が伴う。僕が思うに、この吸血鬼を安全に捕えておくことは不可能です。そして、今は時間がない。外で魔物の群れが暴れている。これに構っている時間はありません」
何気ない動作で、アルフォンスは槍を構えた。そして、突く。怪人の肉体に、深々と穂先が突き刺さる。怪人は何も抵抗しない。明らかにその槍は、何かの魔道具である。
ルナはジッとその様子を見ていようと思っていた。だが、目を逸らした。
怪人は、人だ。少なくともルナにとってはそうである。
何人もの命を救えずに失ってきたが、それと同じだけ怪人を救ってきた。方法はあるのだ。前にアルフォンスの友人のグリオンを救ったように。
しかし、この怪人は。
空間が歪む。
アルフォンスが穂先を引き抜くと、怪人の体が渦のように歪んだ。陶器の割れる音に似た甲高い音が響き、怪人の胸に黒い点が生まれる。
それは怪人自身の力だ。それが一点に収束し、周囲の空間を歪めている。光を吸い込み、肉体を吸い込み、消えた。
あれほど死と無縁そうに見えた魔物が、あっさりと、完全に、塵ひとつ残すことなく消え去った。
結界が晴れ、薄暗いルナの生み出した森に光が差す。
「これで終わりですね。戻りましょう」
アルフォンスは静かに言う。まだ戦いは続いているのだ。
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