運命の出会い 2
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アルフォンスに連れられて、学園への道を行く。
彼は街を良く知っており、人通りを避けて、狭い路地や人通りの少ない住宅地を通ってくれた。ルナの人混み酔いに気を遣ってくれたのだ。
外壁の外も大きな街であったが、内側はもっと大きな街だった。
もし、元の世界でビル群を見慣れていなければ、建物ひとつひとつの大きさに、目を奪われていたはずだ。ルナが何も言わないので、アルフォンスが間を持たせるために説明してくれた。
「この街の建物は、ほとんどが共有住宅なのです。立派な街に見えますが、金持ちも貧乏人も、狭い家で暮らしている。人が多過ぎるからね。部屋の広さでいったら、外壁の外の街の方が大きいくらいですよ」
「そうなんですね。聞いたことのある話な気がします」
発展した都市はそう言う同じ問題に直面するのかもしれない。
郊外にある家の方が広く安いが、移動の時間を考えれば、家の快適性を犠牲にするのが、効率的ということだろうか。
「そう言えば、聞いていなかったね。君はこの街のどの魔術学園に入学するつもりだったのかな? これから連れて行こうとしているのは、ヴァルナ・ヴェルデ高等学園と言う名の場所なのですが……」
「え? 学園って幾つもあるんですか⁉」
「それも知らなかったのですね。この街には四つの学舎があるのです。ヴァルナ・ヴェルデはその中でも最も大きい学園になりますね」
「この街に、四つ⁉ さすが、学園都市……」
「魔術学園だけではないですよ。他にも工芸や政治学、算術専門など、魔術以外の学園もあります。だから、この街には君と同年代の若い学生が多い。君もすぐに馴染めると思いますよ」
「わ、若い……。ええと、入学には年齢制限とかはあるのでしょうか」
見た目は十四だが、中身は二十のルナこと翡翠は、そのことは黙っておくことにしたいところだが、入学に年齢制限があるならば、年齢詐称になってしまう。
「いや、そう言うことはないですね。様々な理由で入学できなかった人たちのために、学園はいつでも門戸を開いている。遅咲きの天才なんて、幾らでもいますから」
「アハハ……。そうですよねぇ! (良かった。最初の関門はセーフ!)」
ルナたちが大通りに出ると、そこには同じ制服を着た子どもたちが集っていた。大きな門扉があり、その先にはさらに大勢の子どもたちがいた。
アルフォンスはそのまま進み、ルナはその後に続く。学生たちは二人を好奇と疑問の目で見つめてくる。女学生がアルフォンスに向ける目は、それだけではなかったが。
ルナはそんな注目を集めるのは初めてで、ここで変身して顔を隠したい欲求に駆られた。
「フォルスター先生、何か御用でしょうか」
アルフォンスが門に近付くと、警備に目を光らせていた守衛は背筋を正した。
「うん。学園長はいるかな。彼女を会わせたいのだけど。ルナ君、彼の魔術を受け入れてくれ」
「え? え?」
守衛はルナを少しだけ見てからアルフォンスに向き直ると、手を翳した。
「校舎に入ることを許可します」
ルナとアルフォンスの体に不思議な光が灯り、すぐに消え去る。何らかの魔法だが、不快な感じはない。ルナはその魔法を受け入れた。
「ありがとう」
アルフォンスはそれが当たり前という風で、さっさと先に行ってしまう。ルナも何が起こったのかわからず、遅れまいと足を速めた。
校舎は城であった。
この街の中央にある城ほどの大きさはないが、それでも相当な大きさがある。その校舎の外壁に、様々な煌きが見えた。
「さっきの魔術は、この校舎にある結界を抜けるための魔術だよ。ルナ君、我々はあくまでも来客として入っています。この校舎は生徒を守るように設計されたもの。この意味がわかるかな」
「下手な行動を取れば、攻撃されるということですね」
「その通り。良かった。君がこの程度も理解できないようでは、学園長に会わせる顔がないからね」
そう言われ、ルナは緊張した。もし、ルナの実力が学園長の眼鏡に適わなければ、アルフォンスの顔に泥を塗ることになってしまう。
「あの……、どうしてここまで良くしてくれるのでしょうか。治癒魔法が貴重なのはわかりますが、会って間もない私に……」
「ルナ君、僕はこう見えて博打好きな男なのですよ。君には何か特別なものを感じた。それだけの理由じゃ不満ですか?」
「不満です」
「ハッハッハ。わかった。では、理由を今考えます」
アルフォンスは一瞬だけ考えるとすぐに口を開く。
「僕はこれでも打算的な男なのです。君を学園に紹介することで、学園と君の両方に恩を売る。君が高位の魔術師となり、僕の仕事を少しでも減らしてくれれば良し。将来の君にこの貸しを使って、我儘を聞いてもらえれば、なお良し。そういうわけですね」
「先生は口が上手いですね。軽薄だと良く言われませんか」
「辛辣だねぇ。頭の回転が速いと言ってくれ給え。良く言われるのは事実だから、否定できないけどね」
アルフォンスは言葉を区切って、ルナに言い聞かせる。
「今の君に何かを要求するような外道ではないと、ここで弁明させてほしい。ただ、将来的にこの貸しは、倍にして返して貰おうかな」
ルナが並木翡翠として元の世界で暮らしていたとき、身寄りがないと知って言い寄ってくる男は多かった。孤独な少女ならば与し易いと思ったのだろう。学校でも日常でも、安心できるのは仲間とともにいたときだけだ。
(アル先生は、何か違う気がする……。不快な感じはしないけど、何かもっと別のことを考えている気がする)
ルナは人の顔色を伺ったり、何となくだが感情を読み取ることができた。それは魔法ではなく、人としての力だ。
アルフォンスにはその力が及ばない。何を考えているのか、ルナにはまったく理解できなかった。
「ここが学園長室だよ。少し待っていておくれ」
アルフォンスが立ち止まる。ノックして声をかける。
「アルフォンスです。オド学園長」
「開いているよ。お入り」
アルフォンスはルナをちらりと見やると、中に入って扉を閉めた。廊下で待たされることになったルナは、壁にもたれる。
(学園長室っていうから、もっと秘密の合言葉でしか開かない、やたら豪華な扉を期待したのに、普通の学校の部屋みたい……)
ルナは少しがっかりする。
以前、幻月の澪が、一緒に見たファンタジー映画の中の学校の扉を見て、
「何人も、毎日、何回も出入りするのに、いちいち合言葉とか、部屋に入るのに時間がかかるとか、絶対気が狂いそう。私なら一日目に扉を破壊する」
と冷静に言っていたのを思い出す。
日常生活で魔法は必ずしも便利なものではない。特に毎日使うような物は、何の仕掛けもないシンプルが一番なのだろうとルナは考えた。
しばし待っていると扉が開き、アルフォンスが入るように促した。ルナは少し緊張しながら、中に踏み込む。
部屋の中は、扉と同じく地味だった。不可思議で奇妙な装置や、本が所狭しと積み上げられてはいない。
調度品は出来が良くどれも高価な物だろうが、落ち着いた装飾で心安らぐ物だ。棚には大きな本が大量に並べられているが、完全に整理整頓されており、この部屋の所有者の性格が伺える。
どの家具も少しだけサイズが小さめなのは、所有者自身のサイズに合わせられているのだ。
「まぁ、お入りよ。随分と苦労してきたそうじゃないか」
部屋の奥にある執務机に、小さな少女が座っている。ルナよりも年下に見えるが、その瞳に宿る深みは、彼女がルナよりもずっと年上であることを物語っていた。
彼女はドワーフだ。背は低く子どものような見た目だが、寿命は二百年を超える者もいる。
「ふむ……。見たところは普通のメネル族のお嬢さんのようだね。私はこのヴァルナ・ヴェルデ高等学園の三代目学園長フィオ・オドという者だ。名前を聞かせて貰えるかな」
メネルと言うのは、所謂、種族名である。ドワーフがそうであるように、ルナはメネル族という種族に属している。
ルナとしては『人間』でしかないが、この世界で『人間』とは、メネル、ドワーフ、エルフ、デーモンなどの、文化文明を持つ種族全般を指す。
フィオ・オドは落ち着いた声色で、緊張している様子のルナに丁寧に語りかけた。ルナもそれに応え、落ち着いて名を名乗る。
「私は、ルナ・ヴェルデと申します。お会いしていただき感謝いたします、オド学園長」
「ん。意外だね。強い魔術士というのは、往々にして常識がないけれど。あんたは礼儀を知っているようだ」
執務机から立ち上がったオドは、来客用のソファに座り直す。ルナにその向かいに座るように促し、ルナも腰を下ろした。
なぜかアルフォンスは空いた執務机の椅子に腰かけ、クルクルと回転して遊び始める。オドはそれを気にせずに、話を進める。
「ヴェルデと呼ぶのは少し憚られるので、ルナと呼ぶけれど構わないかい」
「え、ええ。構いません」
どうしてヴェルデと呼ぶのか憚られるのかわからなかったが、ルナは素直に頷いた。
「では、ルナ。まずは……、あんたが治癒魔術師だというのは、本当のことかな。自分を治療し、人を癒すことが可能なのかな」
「はい」
ルナは端的に答える。今はあの黒い炎で、少し自信を失ってはいるが、その力は健在だ。
「ふむ。まぁ、アルフォンスの紹介だ。それは信じるとして、問題はあんたを信頼しても良いかということだ。今は入学試験の期間ではないし、このタイミングだ。色々と学内も混乱していてね」
「……このタイミングというのは?」
「各地で名のある魔術師が、次々と暗殺、あるいは行方不明になっているんだよ。魔物が活性化して、怪我人も増えている。そこに都合良く治癒魔術師が現れて、この魔術の大家であるヴァヴェル学園に入学したいという。何か裏があるように思えてね」
この学校の略称はヴァヴェル学園というとルナは覚えた。それよりも、魔術師の暗殺である。身に覚えのある話だ。
「それは、その……、魔王軍と関係のある話でしょうか」
ルナが少し躊躇して訊ねると、オドは目を見開いた。
「魔王。どこかでそんな噂を聞いたのかい?」
「……私の家族を殺した魔物が、その名を口にしていました」
この言葉に反応したのはアルフォンスだ。
「魔王軍。久しくその名は聞いてなかった。君はその襲撃を生き延びた、ということですか」
ルナが頷くと、オドが訊ねる。
「どういう敵だった? 魔物だったのかい?」
「多数のゴブリン、それとオーガです。オーガが人語をハッキリと喋り、ゴブリンの一匹は魔法を放ちました」
「魔法。どんな魔法だった?」
「それは……」
もし、あのゴブリンの魔法が、あまり使用されない魔法で、ここで話したことで魔王軍に伝わってしまったら、ルナが生命の魔女だと特定される可能性が高い。魔王軍の名前を出すのも勇気がいるのに、詳細を話すわけにはいかない。
言い淀んでしまった彼女を見て、アルフォンスが助け舟を出す。
「学園長、彼女は命を狙われることを警戒しているのです。全ての話を聞き出したいのであれば、学園に入学させてから聞き出してはどうですか?」
ルナはハッとして、その話に乗っかる。
「そうです。入学させてもらって、信頼できると思えば、話すかもしれません!」
「あんたたちね。これは結構、重要な話なんだよ……」
オドは溜息を吐きながら立ち上がり、執務机の後ろの窓を眺める。
「わかったよ。じゃあ、こうしよう。ルナ、隠している全ての話を聞かせてもらう。その代わりに、ルナには入学試験を受ける権利をやろう。私も実力のない者を、話を聞き出すためだけに、入学させてやるほどお人好しじゃないからね」
「当然、受験料と入学金は免除。試験結果が特待生級であれば、特待生として迎えていただけますね」
アルフォンスが言うと、オドが鼻を鳴らす。
「抜け目ないね。私だって身寄りのない子どもから、金を巻き上げようなんて考えていないさ。ただし、試験は一般と同じ。厳しいものだよ。それでいいね、ルナ」
「あの、特待生というのは……」
アルフォンスが答える。
「ああ、すみません。特待生は才能のある人物を、学校側が招いて生徒にする制度なのです。授業料も不要ですし、試験は本来行われない。今回は特例ということだね」
「特待生級でなければ、授業料がいる。ということですね」
「そうなるね」
「わかりました。その条件で話を受けます」
ルナが言うと、オドが頷いた。
「わかっているかい。全て話すんだよ。包み隠さずね。こっちには嘘を見抜く魔術もあるんだからね」
ルナはその言葉に少し怯んだ。本当にそんな魔術があるかは知らないが、オドとアルフォンスに全てを話す決意を固めた。この世界のことも、あちらの世界のことも。
もし、これで魔王軍に狙われることになるなら、それはこの街が危険だということだ。すぐに出て行く覚悟も決めた。
(信頼し過ぎないように、必要な魔法を学ぶ。冷静に、冷酷に)
◆
アルフォンスはルナを送り、イデルに彼女を任せたあと、もう一度、学園長室を訪れていた。
「ルナ君の話、どう思いまいましたか。リンドー先生」
アルフォンスは二人きりのときは、オド学園長をリンドーと呼ぶ。
彼女のフルネームはリンドー・フィオ・オド。アルフォンスの育ての親である。
「魔神ヴェルディクタか。あたしらにはどうにもできないね。彼女を異界に帰す方法もない」
「そちらも気になりますが、魔王の話ですよ。各地で発生している魔術師の失踪。それが魔王軍の仕業であれば、憂慮すべき事態です。この都市にも無関係の話ではない」
「ああ。調査団を派遣するよう要請するよ。アル、あんたも国王に働きかけな」
「う……。それをすると僕が調査に行かなくてはならなくなるのですが……」
「それがなんだって言うんだ。子どもみたいなこと言わずに、しっかりおやり」
「はい……」
気落ちしたアルフォンスを見て、オド学園長は溜息をつき、話を進める。
「魔王出現の頻度が早すぎるよ。前に現れた魔王を私が倒したのが六十年前、その前に現れた魔王は、百年前。今回の魔王は偽物か、あるいは私が会った魔王が偽物だったか……。気になるところだね」
「確か、リンドー先生たちが倒した魔王も、背中に翼のある種族だったとか」
「それだけじゃない。奴は異界の神を名乗っていた。つまり、ルナは同じ世界から来た可能性が高い」
「それはつまり……、彼女も天翼族かも知れないと?」
「さぁね。災厄の使徒か、幸運の女神か。とにかく、監視下に置いて泳がせ、様子を見るつもりだよ」
アルフォンスが頷き、話題を変えた。
「彼女がヴェルデを名乗ったことはどう思いますか。この学園のヴァルナ・ヴェルデ高等学園の名を聞いても、何も反応がありませんでしたが」
「この学園の創始者のひとりが、狼型の使い魔を使っていたとか。そして、ヴェルデを名乗る異界からの訪問者……。ま、偶然にしては出来過ぎだけど、人はそういうことに因果を求める生き物だからね。あたしは本当にただの偶然だと思っているよ」
「そうですね。色々と面倒が起こりそうですが……。それも」
「そうだねぇ。どうしたものか……」
オド学園長が思案を巡らせていると、アルフォンスが良い案を思いついたようである。
「では、こういうのはどうでしょう。僕もこの学校の教師となります。そして、彼女の師匠となる。教育と監視、どちらも行えます。事情を知っている人物を最小限に留めるには、それが良いとは思いませんか。幸い僕は魔導師に資格も持っていますし」
「……あんたを学内に置いておくと、女学生が色めき立つから嫌なのだがね」
「色めき立っても、それが良い方向に動くなら問題ないでしょう。僕は優秀な生徒を集め、特別授業を行うようにすれば、中には僕に会うためだけに、勉強する者も出てくるはずです。動機は不純であれ、勉強することは良いことです」
アルフォンスがにこやかに言う。リンドーは育ての親として、その考えがわかった。
「あんた、調査に行きたくないだけだろう」
「ハッハッハ! でも、妙案だとも思いましたよね。では、その方向で話を進めましょう。国王への調査団派遣の依頼と、僕の教師としての採用。お願いしますよ、オド学園長」
アルフォンスが楽し気な足取りで部屋を出て行くと、オド学園長は呆れつつも、すぐに行動を開始した。
「全く……、いつまでも子どもなんだから」




