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神無

 ◆


 カンナが目を覚ますと、先ほどとは状況が変わっていた。

 セラは倒れたままで、四人の手下たちは壁に張り付いて伸びてままだ。しかし、カンナの怪我は完全に治っており、ドーリングはどういうわけか、汚い尻を丸出しにして地面に接吻キスをしている。

 カンナは身震いして汚れを払うと、セラに近付いた。彼女の姿は、今は普通の女の子に戻っていた。

 目を覚まさないセラの頬を、カンナは舐める。ザラザラとした刺激にセラはウナる。


「起きろ、セラ。もう、帰るぞ」


 セラは起き上がる。何が起こったのか全くわかってないようだ。

 彼女の見せた力がどんなものなのかカンナには理解できなかったが、今はとにかく彼女を無事に帰すことだけを考える。


「ま、待て! 体の自由が利かないんだ! 助けてくれ!」


 ドーリングは尻を天に向けて、見苦しい姿でカンナに助けを求める。手足を縛られているわけではない。体が動かないのだ。


「いい格好だぜ。余りまくった脂肪が、とってもセクシーだ。

 あんた言ったよな。ユニコーンの死骸シガイに森でつまずくって。それは幸運ってだけの意味じゃないんだぜ。幸運の扱いに困るって意味でもあるんだ。今がその状況だ」


 ユニコーンの角は貴重で、市場では高値で取引されることもある。しかし、同時に呪いと災いもモタラすこともあるとされている。

 良くに目が眩んで、ユニコーンの死骸に手を出せば、自分だけでなく周囲を巻き込んだ被害が出る可能性がある。間違った意味で使われる慣用句だ。

 ドーリングたちは露悪的ではあるが、全部が全部間違っているわけではない。親の借金で苦労している子どもなど、どこに行っても幾らでもいる。

 だからと言って、はいそうですかと、素直に言うことを聞く必要もない。


「おい! このままにしていく気か⁉」


「少しは謙虚さを覚えるんだな。あんた、魔術士に目を付けられたぜ」


 ドーリングの体は麻痺しているだけに見える。しばらくしたら元に戻るはずだ。そのとき、彼がどうするかは彼次第だ。もし、セラを追ってくるなら、そのときはどうなるか理解する能力を持っていることを祈る。

 カンナはセラのスカートのスソを口で引っ張って、早くするように促す。

 二人が表通りに出ると、イリニヤが狼狽ウロタえた様子で、入口周りを歩き回っていた。セラの姿を見止めると、駆け寄ろうとして途中でやめた。


「あんたたち……、無事なんだね」


「おかげさまでどうも。あっちでご主人さまは伸びてるから、介抱してやったらいい」


 セラは馬鹿にしたような声色で言う。


「……生きてはいるんだね」


「殺しはしてない」


「……軽蔑されても仕方がないけれど、あいつがいなけりゃ仕事がなくなるんだ。だから……」


「だから、殺してないって!」


 セラはイリニヤの脇をすり抜けて、先を行こうとする。その背中にイリニヤは声をかけた。


「二度とここには来ちゃいけないよ。せっかく自由になったんだから」


 セラは応えなかった。その代わり、自分の帰る場所を思い出していた。


 ◆


 セラは孤児院に住んでいる。

 彼女の話を聞くかぎりは、苦労しているわけではなさそうだった。カンナの想像では孤児院と言えば、酷く貧しい生活であった。


「へぇ、フォルスター子爵が金を出してるんだ。あのスカした男がねぇ」


 フォルスター子爵とは、アルフォンスのことである。セラはカンナがアルフォンスの使い魔だと知って(嘘だが)、驚いたようだ。


「すまん。正確に言えば、アルフォンスの弟子の使い魔なんだ。ルナ・ヴェルデの」


 セラはそう言われて、さらに嬉しそうに頷いた。

 孤児院の近くまで来たとき、道の向こうから走ってくる男の子がいた。セラの姿を見つけた男の子は、怒ったような嬉しいような複雑な表情で、こちらに向かってくる。目の前まで来ると結局は泣きながら、勢い良くセラを抱きしめた。

 セラの兄だ。


「セラ……、どこに行ってたんだ? みんな、心配してたんだぞ!」


 セラの兄は街中を駆け回っていたのか汗だくである。しかし、セラも汗で汚れるのも気にせずに抱き着いた。

 しばらくそのままでいたが、兄は立ち上がるとセラの手を引いて歩き出した。

 セラは振り返りカンナの姿を探すが、どこにも見当たらない。


「なんだ? みんなのところに戻ろう。探しに出ている子たちも呼び戻さないと」


 セラはそのまま兄の手に引かれて、帰路に就いた。カンナはその様子を屋根上から見送った。


(俺も帰るか……)


 カンナが振り返ろうとしたとき、下の道から呼ぶ声が聞こえ、下に降りる。


「遅いんだよ、来るのが」


「あのね、まずは感謝の言葉を口にしなさいよ」


「あ~あ~、ありがとうありがとう」


「腹立つ」


 ルナが溜息を吐く。


「どんな事情があるのか知らないけど、あんな場所に小さな女の子を連れてくるなんて……。ちょっと危機管理ができてないんじゃない」


「わかってるよ……。でも、助けてやりたいと思ったんだ」


 カンナの言葉に、ルナは再度溜息をつく。


「帰るよ」


 カンナが肩に乗ってくるので、ルナは重たく感じる。


「ちょっと、重いって」


「疲れた。近頃、鍛えてるんだろ。その一環だ」


 ◆


 学園にあるアルフォンスの部屋で、セラのことを相談した。

 もしルナが止めなければ、セラはあの娼館の裏手で、男たちを皆殺しにしていたはずだ。


「そうですか。セラ君も魔術を……」


 ルナがこの街に来たとき、セラとその兄ロウリは売り払われ、盗賊の元で奴隷のようにされていた。ルナが助け、アルフォンスの部下のイデルが保護し孤児院に入れたことで、今の生活がある。

 兄のロウリには魔術の才能があり、いずれは魔術学校に通わせるつもりで、アルフォンスは孤児院に資金を提供していた。

 初めのうちは、ロウリだけへの支援のつもりだった。子どもたちの才能を引き出すのも悪くないとルナに説得され、孤児院の全面的なパトロンとなる。

 カンナがそのことを知らなかったのは、ルナの記憶を全て受け継いでいるわけではないからだ。


「いや、あれは魔術じゃなかった。魔法の類だ」


 カンナがルナの肩から言う。


「ふむ。魔術と魔法の見分けがつくのですか?」


「どう見たって魔術じゃなかったからな。それくらいは畜生みたいな脳みその俺でもわかる」


「……ルナ君、どうしてこんなに口を悪く作ったのですか」


「そうですか? 別に普通くらいの口の悪さ(・・・・)だと思いますけど」


 ルナは悪びれる様子もない。


「そんなことよりも、セラの魔法は、多分、彼女が元々持っていたものではないと思うんです。何かの魔術の実験とか……。アル先生を疑っているわけじゃないですけど……」


 アルフォンスは難しい顔をする。


「調べてはみます。しかし、期待はしないでください。ロウリ君についてもセラ君についても、二人の出生は良くわかっていません。それにセラ君については前に調べたときは、魔力は感じられなかった。ここ数か月で魔法の力が発現するなんてことはありえないと思います。とくに何かの実験で、魔法の力を付与されたというのは、飛躍が過ぎます」


 断言されてしまい、ルナは肩を落とす。止めるのが遅ければ、セラは人を殺し、魔物(・・)として処分されていたかもしれない。それが感情をタカブらせている。


「他の魔導師にも情報を共有して、経過を見ましょう。あなたもセラを無理矢理実験に付き合わるようなことはしたくはないでしょう」


 アルフォンスにサトされ、ルナは頷く。

 魔法は生まれ持った力である。それがいきなり発現するということはなく、何らかの兆候が見られるのが普通である。

 例えば、親が魔法使いであったら、遺伝的に魔法を受け継ぐこともある。生まれたときに異常気象が発生したり、中には魔石を握った状態で生まれてくるような子も存在する。

 そして、そう言った魔法を持つ者は、体内にある魔力が多い。普通の人間は、生命力として魔力を蓄積するが、魔法使いは魔力を魔力として体内に持っている。

 ロウリは火の魔術を独学で使えるようになった才能のある子だが、独学ゆえにそれが魔法なのか魔術なのかは調べてみなければわからない。

 ロウリを調べるとき、セラについても魔力の有無を調べたので、アルフォンスはセラが使ったのは魔法ではないと思ったのである。


「セラ君については、僕が責任を持って対応します。あなたは自分のことに集中しなさい。

 新たなアトリエが見つかったことで、授業内容に変化があります。とくに実戦の始まる第四学位では、明確な敵である魔王と合わせて、より高度な魔術が求められるでしょう。

 誰かのことを気にかけている暇はありません」


「わかってます」


 ルナは話が終わったと思い、出口に向かう。その背中に、アルフォンスが言う。


「ルナ。二人を気にかける気持ちはわかります。ですが、必要以上の感情移入はしないように。治癒魔術師であるあなたが感情で動いては、救える命も救えなくなる。

 オリエンスのことは自業自得だったと割り切りなさい」


 ルナはオリエンスを殺してしまったと思っている。彼は行方不明となっているが、ルナは彼が死んだと思っている。

 例えその相手が敵であったとしても、救えなかったことに心を痛めてしまう。アルフォンスはそれを甘さだと切り捨てた。

 その罪悪感で、必要以上に人に構おうとする。

 以前にロウリを治療できず、自力だけでは救えなかったことを、ルナは悔いている。アルフォンスが来なければ、セラは兄を失っていた。

 それとオリエンスのことは比べられないが、ルナにとっては自分の実力不足でしかない。

 誰かを見捨てる選択がいずれやって来る。アルフォンスに言われた言葉だ。

 七魔剣として、この国最強の栄誉を得ている魔術士が、それでも諦めなければならないときが来るという。自分の力ではどうしようもないときもある。

 その重みはルナも理解できないわけでない。


「わかってます」


 もう一度、ルナは言った。わかってはいるが、諦めるつもりはなかった。


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